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青い薔薇 12

 サバンナは危険な場所だ。本来ならば人間が立ち入っていい場所ではない。  密猟者たちもおそらくは命がけだろう。ローズはその性質上サバンナを怖い場所だとは思っていなかったが、他の人間からすれば命を取られる場所だ。そんなローズと輝は、二人でサバンナ中をめぐって密猟者を探すことにした。おじさんはその周りを見ながら、二人に襲い掛かる危険を払いのけていく。無茶なお願いをした、そう輝は言ったが、おじさんは快く受けてくれた。なぜこんな役目を快く受けることができるのか謎だったが、今の輝の作戦を遂行するには、必要な役割だったので、正直嬉しかった。 「一つ伺いますが」  いまだ不機嫌そうについてくるローズに、輝は聞いた。 「ここは禁猟区ですよね」  すると、はっと気が付いたように、ローズは口を押えた。そうだ、ここは禁猟区だ。なのに、猟銃を持ってここにいる。これでは密猟者と何も変わらない。 「大丈夫ですよ。俺たちは密猟者を殺すためにここに来たんです。説明すればわかってくれますよ、動物たちも」 「でも、パトロール隊には通じないわ」 「なら、やめますか?」  輝の問いに、ローズは口を閉ざした。密猟者は憎かった。彼らに対する憎しみは言葉でいい表せないものだ。自分を慕ってくれる動物がたくさんやられた。彼らのせいで苦しんで死んでいった。それを目の当たりにして、黙っていられるほど彼女は安っぽい人間ではなかった。ローズのもとに集ってきて休んでいた動物たちを大量に殺していくものもいた。そんな卑怯なやり方をする密猟者たち。彼らを殺すすべがあるのなら、何度そう考えたことか。 「この手で密猟者たちを殺せるのなら、私はなんだってするわ」  その答えを確かめて、輝はおじさんと目を見合わせた。おじさんは輝の考えを汲んだのか、頷いて応えてくれた。そして、その深い青の瞳を草原のかなたにやった。 「トラックが来るな。二台。パトロールではないだろう」  その車は輝には見えなかった。エンジン音すらしない。おじさんはどれだけの視力を持っているのだろう。砂漠やアフリカの人間は視力がいいとは聞いていたが、東洋人で、肌も黒くないこの人がどうしてそんなに目がいいのか気になった。 「こちらへ来る。輝、どうする?」  訊かれて、輝は一瞬どきりとした。やはり試されている。この人は自分で何でもできるはずだ。輝の指示を仰がずとも作戦をうまく立てて自分でローズを救うこともできるはずだ。だが、それではいけない。それもわかっていた。ここは輝が何とかしなければならない。輝の立てた作戦なのだし、輝がローズを救うと言ったのだから。 「おじさんは正確な射撃ができますか?」  訊くと、おじさんは頷いた。 「この弾丸が届く距離ならば」 「なら問題ないか。じゃあ、ここから百メートルほど先で彼らを足止めしてください。タイヤをパンクさせるのが最善策だと思うんですが」  輝の提案に、おじさんは笑って答えてくれた。 「吹っ切れたな、輝。いいだろう、それくらいなら朝飯前だ」  おじさんはそう言って猟銃を構えた。しばらくすると、トラックが地面を走る音が聞こえてきた。そう遠くはない。輝にもそれがそうと分かるくらいに近くに来ていた。おじさんは猟銃を構えたままじっとしていた。そして、トラックが射程に入ると、一発だけ、猟銃を撃った。その球は見事にトラックのタイヤを貫通した。バランスを崩したトラックが暴走しだすと、おじさんは二発目を撃った。すると、ものの見事に反対のタイヤがパンクして、トラックは動きを止めた。  それは見事な射撃だった。二発目は特に、車の挙動と路面状況に加えて風向きや人の乗っている位置、動きまで計算に入れなければ当たらないはずだ。  トラックが完全に動きを止めると、中から人が出てきて、タイヤの様子を見た。  その時、ローズが動いた。  隠れていた茂みから躍り出て、タイヤの様子を見に出てきた人間の前に立って、彼らに猟銃を向けていた。 「危ない、ローズさん!」  タイミングが早すぎる。これでは人数の多い密猟者にやられてしまう。しかしそれは輝に関しても同じことだった。声を上げてしまった時点で彼らに気づかれてしまったからだ。密猟者たちは四人いた。彼らは、震える手で自分たちに猟銃を向けるローズに近寄ってきた。声を上げた輝も位置を特定されてしまっていたので、出ていくしかなかった。そこで輝は出ていくときにおじさんのほうを見た。彼も見つかってはいないだろうか。そう思って隣の茂みに目をやった。するとそこには誰もいなかった。猟銃もない。忽然と姿を消していた。  不思議に思ったが、今はそれにとらわれている場合ではない。輝はすぐに目の前にいるローズに視線を戻した。すると、今度はローズが怯えた目で何かを見つめていた。  どうしたのかと問いながらローズの視線の先を見ると、密猟者たちが全員、いつの間にか倒れて気を失っているのが見えた。 「これは?」  輝の問いに、ローズは何も言わずに首を振った。口に手を当てて怯えている。  すると、どこからかおじさんが現れた。この人は何者なのだろう。そして、いったいどこで何をしていたのだろう。  おじさんは、輝たちの前に現れるとすぐに、倒れている人間たちの体に触れた。そして、輝たちのもとへ来ると、震えているローズの猟銃を受け取って地面に置いた。そして、その場に座らせて輝を呼んだ。 「彼女は闇を見た。話を聞いてやるといい」  そういうと、自分が来ていたジャケットをローズの肩にかけてやった。 「彼らは? 密猟者たちはどうなったんです?」  輝が聞くと、おじさんは右手を挙げてひらひらさせた。 「気絶しているだけだ。なんとでもなる」  おじさんは、そう言って三人分の猟銃を片付け始めた。また、禁猟区内のパトロールにも連絡を取るために、無線を使って連絡を取り始めた。輝は、ローズが落ち着くまで待って、彼女の話を聞くことにした。  しばらく経って、ローズの呼吸が落ち着いてくると、彼女は一言目にこう言った。 「鏡が、見えた」  そして、輝がきちんと話を聞く態勢であることを確認してから、話し始めた。 「鏡の中の自分が、笑いながら猟銃を撃ったのよ。するとその弾丸が確実に密猟者たちを殺していった。ひどい光景だったわ。何が何だか分からなかった。鏡の中の私は、なりふり構わずに、彼らの死体を踏みつけた。恐ろしくなって叫んだら、その叫び声で鏡が割れたの。そして、現実に戻ってきたら、私は銃を構えたまま、気絶した密猟者たちの前に立っていたわ。手はしびれて、肩が痛かった。訳が分からないわ、いまも」  確かに、訳の分からない話だ。しかし、これで輝は彼女のことが少しわかった気がした。 「ローズさん」  輝は、震えるローズの肩に手を置いた。 「鏡の中のあなたは、おそらくあなた自身がどういう人が、自分自身で気付いてもらうためにあんなことをしたんだと思います」 「私自身が? どういう人間か?」  輝は、その問いに頷いて応えた。 「ローズさんは、密猟者を全員始末すると粋がっていました。でも、本当は殺したくはなかった。人を殺すことが怖かった」 「それは」  いいかけて、ローズは言葉を呑んだ。輝の言っていることは確かだった。本当に密猟者たちを殺そうと思っていたなら、死体を踏みつけている時に悲鳴など上げないはずだ。密猟者たちは憎い。しかし、そんなことよりもっと大切なことがあった。 「あそこで密猟者たちを本当に殺してしまっていたら、あなたはそれこそ密猟者たちと同じになってしまう。ただいたずらに自分の感情で生き物の命を奪う。それができないから、あなたは人間として、人間でいられるんです。あなたは分かっているはずです。本当に罰するべきは何者なのかを」  輝の言葉に、ローズは頷いた。 「輝、あなたにそれが分かるのなら、彼らをどうにかできる?」  ローズは、真剣な瞳で輝にそう問いかけた。しかし、輝はその言葉に首を横に振るしかなかった。 「俺にそんな力はありません。ただ、みんなが力を合わせれば、できないことはない。そう思います。そのためにはあなたの力も必要なんだと思います」  輝一人の力では到底太刀打ちできない。それだけ、密猟者のもととなっている問題は大きく、深い根を張っていた。しかし、ローズほどの力を持っている人間や、様々な人の力を借りれば、おそらくは少しでも変えていくことはできる。今の輝にはそう思えた。 「俺は、あなたにそれを知ってほしかった。だからあえて猟銃を持ってここに来て、おじさんに車を止めてもらってから出てきた密猟者たちをボコボコにして、そこであなたに銃を向けてほしかった。自分が今何をしようとしているのかを知ってほしかった。こんな形にはなりましたが、誰一人犠牲を出さずにそれができたことは、結果的に良かったことなんでしょう」  輝がそう言うと、ローズは泣いた。自分を思ってくれる人間がいる。自分を必要としてくれる人間がいる。そして、何より自分の本当の性格をどこまでも信じていてくれた。ローズが、本当は人殺しなどできない人間だということを信じていてくれた。それがうれしかった。 「輝、ありがとう。青い薔薇のシリンとして礼を言います」  涙を拭いて、ローズは笑顔を見せた。  その笑顔は、日差しの強い草原の中にあって、さらに光輝いていた。
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