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青い薔薇 7
アフリカ行きには、フォーラが同行してくれることになった。世界各地の土地柄や文化に精通しているのは、彼女が月のシリンであるからだという。英国で町子と輝が住む屋敷はロンドン郊外の田舎にあった。一つの屋敷を借りて、輝と町子、そして、町子の伯父と伯母の四人が住むことになった。アフリカに行く前に日本に一度帰った輝と町子は、日本に置いてくることになった町子の母・夏美と秀晴に挨拶をした。そして、町子は、一緒に学校を退学扱いになった田中朝美と吉江友子を連れて、輝は一人きりで、引っ越しの準備をし、荷物を引っ越し業者に託した。
しかし、そこで一つの問題が発覚した。
空港のロビーで、町子の後ろを見ると、そこに、テンがいたのだ。
輝と町子はびっくりして、その座敷童を帰そうとしたが、テンは町子についていくと言って聞かなかった。
座敷童は普通の人間には見えない。
なので、連れて行っても問題はないのだが、純粋な日本人の座敷童であるテンが、英国の屋敷に慣れることができるのか、皆不安に思った。
そして、その座敷童は、よりにもよって、アフリカにまでついてきてしまったのだ。
「あたしはね」
アフリカに着いて、現地で一番大きな町の入り口に差し掛かったところで、テンが胸を張って言った。
「すごい力があるんだよ。この袖に」
テンは、自分の着物の袖に手を突っ込んでガサガサと何かを探すしぐさをした。そして、手を引っ張り出すと、その手に牛乳のパックをひとつ、持っていた。
「あ、それ、私がきのう買った!」
町子が驚くと、テンは得意げに笑った。
「実は、この袖はおうちにつながっているんだよ! だから、好きな家の中の好きなものをこの袖の中から取り出すことができるの。まあ、あたしの手に掴めるものだけなんだけどね」
テンは、だれよりも得意げになっていた。
「確かにそれは便利な能力だけど」
輝は、そう言ってテンの頭を小突いた。
「お前、泥棒はすんなよ」
「するわけないじゃん、輝のバカ! あんたにだけは叩かれたくないわ!」
テンが輝に向かってアッカンべーをしたその時、フォーラがテンの口をふさいだ。
「静かに。何かの気配がするわ。この町の中に」
「町の中?」
輝の問いに、フォーラは頷いた。そして、町の中を見渡すと、ゆっくりと人ごみの中に入っていた。町の中は混雑していてありとあらゆるものが売っていた。見たこともない野菜や果物、動物、お土産用の小物から生活雑貨、織物、服。ここに来て、お金さえあれば何でも買える気がした。
そんな街の中を、フォーラは慎重に進んでいった。町子も輝も、そしてテンも、だれも何も喋らなかった。黙ってフォーラの後をついていくと、突然、彼女は走り出した。
「誤算だわ!」
そう言いながら、フォーラは何者かを追った。人ごみの中なので追うのは苦労したが、フォーラはどんどん進んでいく。上に羽織っていた長い上着を脱いで、町子に渡した。
「誤算って、どういうこと、伯母さん?」
必死に走ってついていく町子が、フォーラに聞いた。フォーラは、走りながら、その額に汗を浮かべて答えた。
「月は存在を示す度合いが強い。つまり、同じシリンなら遠くにいても気づかれやすいのよ。私が探しているのが、もうばれてしまった。今逃げている人がおそらくは」
そう言って、言葉を止めた。追いかけることに集中するためだ。そして、しばらく追いかけていると、町の中心街を抜けて住宅街に入り込んだ。日干し煉瓦で作られた住居がそこら中にあり、どれが誰の家なのかわからないほどだった。住宅街のそこかしこには裏路地があり、そこには飢えた子供や、その家族がテントを張って生活していた。
そんな中を、逃げる人影がようやく見えた。よく見ると女性だった。その女性の肌は黒く、髪の毛も漆黒の色だった。色鮮やかな布を体に巻きつけている。そんな恰好で逃げるものだから、住宅街に出たとたん、ジーンズで追いかけてきたフォーラにすぐに捕まってしまった。フォーラは、彼女の手を何とか掴んだ。すると、逃げることをあきらめたのか、その女性はフォーラの手を払いのけて、視線をそらせた。そして、追ってきた町子と輝を待ってから、こう言った。
「月のシリンともあろう方が、私に何の用なんです? もし薔薇の件でしたら、お帰りください」
すると、今度はその女性の手を、輝が握った。フォーラや町子たちを振り払い、強い力でその女性を連れて郊外へ逃げる。
「あんた、逃げたいんだろ」
輝が走りながらそう言うと、女性はびっくりしたような顔をしたまま、頷いた。それを確認すると、輝はそのまま住宅街のほうへ入っていってしまった。
「待って! 輝君、どうしたの?」
フォーラが驚いて追いかけようとすると、町子がそれを止めた。首を横に振り、不安そうに町子を見上げるテンに寂しげに笑いかけた。
「いきなりいろんなことが起きて、いきなりこんなことになって、何もかも心の整理がつかないままで、聞きわけができるほど、人間上手くできていないよ。輝は輝で、答えを出したら帰ってくると思うから、だから今は好きなようにさせてあげて」
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