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第十五部-ダンジョンに突入する前に。
「朝…だな」
陵は少しだけ眠そうにしながらも、ベッドから身を起こす。
「んー…美玲、起きて」
隣でゴロゴロしている美玲を、ゆっくりと起こそうとする。
「むにゃむにゃ…」
陵が美玲の肩を譲ったが、帰ってくるのは寝言か否かもわからない声だけだった。
ゆっさゆっさゆっさ
だから、今度は大きく肩を譲ってみる。頭がぐわんぐわんと揺れるくらいに。
「ちょっ…、ストップ。頭が揺れちゃう…」
なんとか目を覚ました美玲は、頭を揺らす陵を静止する。少し酔いそうになった。
「ん、起きたなら外に行くよ?」
「…そうだね。ふあああ……」
陵の言葉に彼女は欠伸をする。
陵と美玲は起き上がって、ローブを着て、テントから外へと出た。
外はまだ明るくなったばかりの、独特な空気を出していた。所謂、"朝の匂い"と言われる奴だろう。
天照大神謹製のテントを自らのアイテムボックスに仕舞い、ティルらが眠っているテントを見る。どうやら、未だにティル達は眠っているようだと、彼らは決めつけた。
「牛神さん、任せたよ」
『我、神なんじゃが?』
定番になっている美玲の牛神の扱いは、思わず、何も行っていないのにも関わらず牛神を唸らせる。
「神様が便利で助かってるよ」
『ぬう…、嬉しくないわっ!』
声に合わせて、牛神の大斧から地面に、大量に木の棒が投げられる様に飛ばされる。そして、木が着火させられた。全て、牛神がやったことだ。
「はい、いつもありがとー」
美玲は何食わぬ顔でフライパンを取り出し、煌々と燃える火の上に当てる。
「ベーコンと野菜と、ご飯と」
ボンボコと美玲は、暖かくなったそれに、アイテムボックスから投げ入れる。
「バターと醤油をぶち込んで…おっけ、ちょっと炙ったら完成かな?」
美玲は炒飯みたいな物を作っている。目指しているのは炒飯だが、簡略化し過ぎていて、炒飯と呼ぶのには少しだけ抵抗があった。
ぐぎゃぎゃっ!
魔物の声が聞こえてきた。
「…ゴブリンだな」
この五年間で、否が応でも聞いてしまう魔物の声であったが為に、すぐにわかってしまった。
周りには竜族が居るので、ゴブリン如き放置をしておいても勝手に殺されてくれるだろうが、かと言って、そんな便利道具な様に新世界の住人を使う訳にもいかないだろう。
「俺が行ってくる」
「任せた」
陵は光線銃ハンドガンを二丁持ち、声の方向に向かって行った。
「発見っと。…料理の匂いに釣られたのかな?」
「「「ぐぎゃぎゃぎゃぎゃっ!!」」」
五体程のゴブリンがそこには居た。陵はそれに問答無用で光弾を撃ち込む。
「ぎゃぎゃっ!?」
五体のうち二体が、生命活動を中止する。別に狙った訳ではなく乱れ撃っただけなので、2/5も当たれば、良い方だろう。
「1体〜♪♪」
陵は踏み出して、残ったゴブリンの背後に回り込む。ゼロ距離射撃だ。
ドサッとまた一体が生命活動を中止する。
「ぎゃぎゃっ!!」
無造作に近付いてきた陵に、反射的に一体のゴブリンが襲い掛かった。
「よっと」
陵は飛び掛ってきたゴブリンを蹴り落とした。そして、不時着したそれに光弾を何発も撃ち込む。これも動きを止めた。
「待って、逃げないで」
最後の一体が逃走を図るが、陵は光線銃を乱れ撃ち、明らかなオーバーキルと共に、生命活動の中止に追い込んだ。
「ふう…」
両手のハンドガンをアイテムボックスに戻し、陵は美玲の食事にありつく為に、足早にテントの近くへと戻った。
「おかえり、どうだった?」
「只のゴブリンだったよ」
「じゃあ、気にしなくても平気そうだね」
美玲は帰ってきた陵の話を聞いて、心に留める必要も無いと結論付ける。
「よっと、出来たよ」
フライパンからザラザラと、お皿に炒飯擬きを移し替える。
「はい」
「貰う」
二皿に分けて、彼女らは食事を始めた。
☆☆
「はあ…」
ローズは一人、剣を置いた。彼女の周りには大量の死骸が転がっていた。
(そろそろ戻るか)
彼女はそう結論付け、剣をアイテムボックスに入れ、自らのテントに戻ることにした。
「あれ、ローズ?」
テントのすぐ近くまで移動すると、外で椅子に座り、のんびりと朝を楽しんでいた美玲に声を掛けられる。当然、陵の目線もローズに向いていた。
「起きるのが早いな」
「いつも通りだよ? ローズはどうして?」
「昨日教わった事の反復を少し…な」
「ふーん、頑張ってね。…ローズは何か食べる?」
美玲に問われ、ローズは自身の空腹度を測る。
「何がある?」
「うーんとね…、…面倒くさいから私達と一緒でも良い?」
説明する事と、新しく考える事が面倒くさくなったらしい。
「もちろん、それでも構わない」
「じゃあそれで。ティルとクリスタルの分も作っちゃうから、ちょっと時間が掛かるかもしれないけど、許してね」
美玲はそう告げると、自らの分と同じ要領で牛神を行使して、フライパンを使い、調理を始めた。
☆☆
「ふあ…、…久しぶりに眠り過ぎてしまったな」
ベッドから起き上がり、辺りを見回す。クリスタルはローズが居ない事に気が付いた。
いつもなら朝練をするのだが、今回は場所が場所な為、する気が起きなかった様だ。
(とは言え…、ローズは今日も欠かさず…か)
ローズが居ない事への理由は簡単に想像出来る。だって彼女が修練を重ねている力は、クリスタルが与えたモノだからだ。
「ティル、目を覚ませ」
隣に眠っているティルに手を伸ばし、初めから無造作にも叩き起こそうとする。
「…いってえ、耳引っ張んなよな…」
ティルは不満そうに、目を擦りながらも彼女に文句を言う。
「優しく起こした所でお前は起きないだろう?」
「…何も言えねえ」
ティルも彼女に続いて起きあがる。共に地面へ足を着けた。
「にしても、ローズの奴は熱心だよな」
「私達と同じ様に、鍛錬をしていなければ不安を感じるのだろう。それにも関わらず、色々と任せてしまった訳だが」
効率的とは言え、本人の本来の気質を折り曲げてまで協力してもらった事に変わりはない。
「わーってるよ。だから、俺達の中で一番力を持つ眷属ってのを、ローズにしようって話になったんだろ?」
ティルだってそれは理解している。だからこその眷属化だ。
「まあ…それはそうなのだがな。まるで、家族に対して顔色を伺う様で、少しだけ気に入らないのだ」
「そんな事言っててもしょうがねえだろ。じゃあ、何の恩返しもしねえってのか?」
「…それは違う」
「だろ? ま、取り敢えず外に行こうぜ?」
「そうだな」
考えても仕方の無い事は、頭の片隅に寄せておいて、彼らは一日を始めた。
「おはよう。ティル、クリス」
「「おはよう、ローズ」」
テントの外に出ると、そこにはローズが居た。
「「おはよう」」
「「おはよう」」
陵と美玲とも朝の挨拶を交わす。
「これ、朝食だから食べちゃって」
美玲はずずずいっとお皿を押し付けるように彼らに渡す。
「む、眠っている間に用意してくれたのか? ありがたく頂こう」
「気にしないで、少し早く起きちゃっただけだから。私達は朝の散歩に行ってきたいんだけど、3人でここを見ててくれないかな?」
クリスタルがそれにお礼を言い、美玲が彼女達3人にお願いをする。
「構わねえけど…どこまで行く気だ?」
「そんなに遠くは行かないよ?」
「まあ、ならいいけどよ」
ティルは首を傾げながらも、問題無いと美玲に告げる。
「ありがとー、じゃあ、行ってくる」
「おう、気をつけろよ」
こうして、美玲は陵と共に朝の散歩に出掛けることになった。
☆☆☆
「おおー…綺麗な川だね」
美玲と陵は、とても水が澄み、水の奥底までが見える河に足を運んでいた。
「そうだな。んと、お、冷たくて気持ちいい」
陵は"さっそく"と言わんばかりに、手を水の中に突っ込んだ。
河の流れが心地好く、水に突き立てられた彼の腕を避ける。
「気持ち良いねー」
美玲も陵の隣で膝を畳んで、手を水にじゃぼじゃぼと叩き付ける。
「人の手が入っていない森って、…幻想的だな」
「…だね」
彼らの目の前には、朝日が青々とした木々の間から差し込んだ、それが照らし出した幻想的な風景が広がっている。
だがしかし、そんな風景は、この世界では大して珍しいものでは無い。
「今更だけど、この世界に来てからは、あまり周りを見てなかったな」
「だって、余裕無かったし。それに、身を固めてからは、森の中に入ったりはしなかったしね」
ほう…っと、陵と美玲は安堵する。
「…敵?」
平和な時間を過ごしたかったのに、その想いは何者かの敵意に晒された事によって、霧散してしまう。
「っつ!?」
ガキんっ!
陵は咄嗟に取り出した剣で、突然振るわれた何かを防ぐ。
「お前達が…世界を滅ぼす者だな?」
何かを振るったそれは、陵に問い掛ける。
「…だとしたら?」
「ここで討たせてもらうだけだ。勇者の名にかけて…な」
"勇者"と告げたそれは、陵が知っている勇者とは明らかに違かった。雰囲気も威圧感も…つまり、彼が殺して来た勇者よりも数倍は出来るという事だ。
「…で?」
何者かに反撃の金的を入れようとするも、何者かはあっさりと躱して後ろに移動した。
「俺が知ってる勇者よりも…明らかに戦い慣れしてるな」
「ふっ、帝国が呼んだ偽物と一緒にしてくれるな」
「…はっ。勝手に呼び出しておいて偽物呼ばわりって、随分と自分勝手な世界だな」
挑発には挑発を返す。
「…お前はあれを知っているのか?」
「知ってるも何も、被害者だよ。…まあ、過剰防衛をしちゃったけど」
明らかに異常な人数を殺している彼らにも、一応はやり過ぎている自覚があるらしい。
「…そうか。だが、世界を壊させる訳にはいかないからな」
「だから、壊させる訳にいかないからなんだって?」
陵は無造作に剣を振り下ろす。
「まるで素人だな」
その剣はあっさりと払われ、彼の首元を敵刃が襲う。
「まあ、だろうな」
彼は敵刃の腹を拳で跳ね上げて、掌底を勇者の顔面に放った。
「効かないな」
「充分だよ」
勇者の顔面は、非力な陵の打撃を通さない。だがしかし…
「ぐっ!?」
「力が弱い分、身長が無い分、技を覚えてるよ」
勇者の顔に置いてあった掌底から、彼は発勁を放つ。彼の思い通りに勇者にダメージを与えた。
この技術はこの世界に来てから覚えたモノだ。
「よっと」
「がっ!?」
バランスを崩した勇者の首に、軽やかに舞い上がってカカト落としを決める。
「…掴まえた」
カカト落としを行った脚を、勇者はガッチリと掴んだ。
「…で?」
掴んだ腕はあっさりと、陵の剣によって切り飛ばされる。体制が不十分のままに彼の身体は地面に落ちる。
すんでの所で受け身を取り、ゴロゴロと勇者から距離を取った。
「…これで終わり?」
パンパンとローブの汚れを払いながら、陵は彼に尋ねる。
「…ふっ!」
すると、返ってきたのは煙玉だった。
「…逃げたな」
「逃げたね」
勇者は片腕を取られたことにより、あっさりと負けを認めて敗走を決意したらしい。
陵も美玲も、その場にあった敵意を感じる事が出来なくなっていた。
「…帰るか」
「そうだね」
もう用は無い。先程の気分もぶち壊された。彼らも自らの拠点に戻る事にした。
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