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第十四部‐些細な欲求と日常と。

「…はあっ? ラブホテルが無いか? そんなモノ、この世界にある訳無いだろう」  シンは陵の言葉を聞いて、珍しく素っ頓狂な声を上げる。 「あー…、やっぱり無いよな。うちに弟が居るから出来なくてさ、代わりになるのでも良いから、何か心当りない?」  陵が弟と表したのは、フィルドの事だ。単純に人としての欲求を満たしたいが為に、彼はそう言う場を求めている。  この五年間、一度たりとも美玲と身体を重ねる事が出来なかった。 「そう…言われてもだな。…ああ、クリスタルは森の中にティルを連れ込んだらしいが?」 「…それは普通じゃない。ってか、野外はレベルが高い」  そこら辺の文明人らしい常識は、彼はしっかりと持っている。  聞いてしまっている時点で、文明人も何も無いと言われれば無いが…。 「ふむ… 思いつかないな」 「あー…、そっか。じゃあ、新世界に新居を構えるまで我慢するよ」  無いなら無いで無理にとは思っていない。そこまで飢えている訳でもない。 「…あ」 「あったの?」  何か思い付いた様に呟くシンに、少しだけ期待する目を向ける彼。 「"ヘブンズガーデン"にお前たちの住居を造ってしまえば良いのではないか?」 「…なるほど。でも、そう簡単には作れないけど?」  家を造るのだって、時間が掛かるのは当然で当たり前だ。 「人魚族の移動を終わらせたボーナスだ。私が造ってやろう」 「ん~…、良いよ。それで行こう」  ボーナスがそれで飛んでしまうと考えると、少しだけ陵の頭を悩ませることになったが、それでも貯金が大量にある事を思い出して、家を造ってもらう事にする。 「一時間後…で良いか? まだ、ここら辺の地形調査のキリが悪くてな」  シンは何処かの地図を開いて陵に見せる。きっと、使い魔でも創っては飛ばしているのだろう。 「あー、それは問題無いよ。急だったし」  陵もそれに否を言う筈は無くて。 「なら、一時間後だ」 ☆☆ 「陵、美玲、行くぞ」 「「おー」」  書斎部屋で仕事をしていた彼らは、ヘブンズガーデンにシンと共に転移する。 「何度来ても…この空間は馴れないな」  陵は"ヘブンズガーデン"に足を着けて、ボソッと呟く。普通は特に何も思わない筈なのだが、彼には何となく作り物な様に感じられてしまった。 「ちょっと明る過ぎるもんね。生きてるって感じがあまりしないって言うか…」 「…あー、そうかも。地球とかラフタみたいに大地が生きてないんだ」  美玲の"生きてる"という言葉は、陵のモヤモヤとした感覚に綺麗に当てはまった。 「ふむ、生きていない…か」  シンは興味深そうに頷き返す。 「あ、別に否定してる訳じゃないよ???」 「それはわかっている」  否定している訳では無いのだが、彼女はただ漠然と、この空間は人の住むべき場所ではない…と、感じている。  感じているからと言って、住めない訳では無い。 「この空間の話はもう良いだろう。お前達の家を作ってしまおう」 「「おー、ありがとうございます」」  陵も美玲も、若干テンション高めにお礼を言う。これから作られるのは、彼らが持つ初めての家だ。感情が昂ってしまっても仕方ないだろう。 「ここの土地を使ってもらう」  シンは足元を彼らに示して告げると、自らの前に家を生やす。 「「おー…、おー?」」  家が生え始めた時、彼らは"おおー、すげー"となっていたのだが、完成間近になってくると"なんだこれ??"となってしまった。  だって、片手間に家が生えたし。 「シンさんって本当に何でも出来るんだな」 「…まあ、大体はな」  少しだけ、何か出来ない事は無いかと考えたが、出来ない事で困った事は無いと言う結論に至る。 「俺も便利な力が欲しいなあ…」 「お前達には"相思狂愛"と言う恐ろしげな能力があるだろう」 「んー…、ま、確かに便利より愛を感じられた方が良いけどさ」  "相思狂愛"を捨てなければ、シンが持つ様な様々な能力を手に入れられないのなら、陵は間違い無く"要らない"と答える。 「愛なんてそんな大層なモノでも無いけどねえ…」  美鈴はそんな陵の言葉に、シミジミに呟く。 「…まあ、確かに」  陵も美鈴も自分がお互いに求めているだけで、相手の事などを考えてはいない。それは悪い意味では無くて。 「でもまあ、簡単に捨てられちゃったら人生否定された気になりそうだし」 「それは思う」  そんな効率化を求めて、自身が依存するモノをあっさりと捨てられる程、彼らは人を辞めている訳ではないし、彼らはむしろ人である事に依存している。 「私は造り終えたから帰るが…お前達はどうする?」  彼らの他愛無い会話に割り込むようにシンは言う。彼も忙しいので、何時までも付き合っている訳には行かない。 「あれ? 仕事はしなくて良いの?」 「まあ…しても良いが、普通は休まないか?」  ここまでやっておいて、今更仕事をする為に書斎部屋に戻るのか? と言った具合である。 「あー…、うん」 「じゃあ…お言葉に甘えて…」 「明日の朝迎えに来る。食料は…」  彼らに明日までの食料を渡していない事に気が付く。  「あるっけ?」 「ある」  陵と美鈴はお互いに頷き合う。 「なら、私は先に帰る。明日の朝に迎えに来よう」  音も立てずに、シンは帰ってしまった。 「「あ、帰っちゃった」」  シンもマイペースだが、陵も美鈴も大概マイペースである。 ☆☆☆ 「疲れた」 「お疲れ」  ローズが重い腰を上げた所に、彼女の顔にクリスタルが冷えたグラスを当てる。 「助かる」 「助かっているのはこちらの方だ」  今現在、クリスタルの仕事の大半をローズが受け持っている。理由は簡単で、彼女に仕事をする時間が無いからだ。  クリスタルは五年前に手に入れた"神の力"を使いこなせていない。自らよりも弱い相手、また、同等な相手なら難なく叩き潰す事が出来るのだが、自らより強力な存在には手も足も出ないのだ。 「それこそ…お互い様だろう。ティルはどうなっている?」  ティルもクリスタルと同様に"神の力"を乗りこなす為に、レイの元で訓練を受けている。いつもなら常に、彼らは二人で戻ってくる。 「ティルはまだ"ヘブンズガーデン"に残っている。帰って来るのは遅くなるだろうな。いや…最悪帰ってこれまい」  レイの元で過酷な訓練を受けている。神の身でも恐ろしく過酷に思えてしまう訓練だ。 「まあ良い。この後はどうする?」 「今日の仕事はこれで終わりだ。…お前たちが終わったら私にも力の扱い方を教えてくれ」  ローズはティル、クリスタルの両方から力を受け継いでいる。つまり、彼らの力の一端を、神の力の一端を行使できるのだ。…人の身でありながら。 「それは約束する」 「なら…こちらは任せろ」  ローズが彼らの仕事を情けおう事は、かなり効率的である。 「…すまないな」  座って仕事をするよりも、身体を酷使している方が彼女は好きだ。故に、ローズを机に縛り付けている事を申し訳なく思ってしまう。 「力を付けてくれれば無駄にはならない。だから、気にする必要も無い」 「それはわかっている。…だがまあ、言わない訳にもいかなくてな」  やってもらっているのに、例えそれが彼女の役目だったとしても、それを全く気にせずに居られるほど恥知らずでは無い。  少なくともローズが居なければ、彼らは自らに集中する事が出来ないのだから。 「そろそろ夕食の時間だ。行こう」  部屋に掛かっている時計を見て、会話を切る様に彼女は告げた。 ☆☆☆  場面はまた"ヘブンズガーデン"に戻り、日本の主神が度々訪れる庭に移る。 「凄い…な」  リオンの夫である、グリフォンのグリムラグはリオンが装備したバトルスーツを見て、茫然と呟く。 『凄いでしょ』  彼の声に彼女はマイク越しに返事をする。今彼女が着込んでいるのは、空中制御を訓練する為だけの練習用スーツだ。 「…私はお前を助ければ良いのだな」 『落ちた時にね。じゃあ…発進』  "ドンっ!"と言う音と共に、彼女の身体は前に動き出す。やがて、彼女の身体は宙に浮いた。グリムラグは彼女を追いかける為に、正真正銘グリフォンの姿へと変身する。  背の翼は虹色に、体毛は白に、身体は緑に、彼は彼女を追いかける為に空を駆けた。  リオンは空中で方向変換を行うと、彼の方向に向かう。ここからは実戦練習が集まる。  彼の口から火球が飛ぶ。リオンは噴出機の微調整を行い、紙一重で躱す。流石に五年以上も空中訓練を続けていれば紙一重でも躱せる様になるだろう。…きっとなると思う。 『っつ!?』  彼女が躱した位置に上手く彼が火球を置く様に放つ。それを目前ぎりぎりに急上昇して躱すと、かなりの加重が彼女の身体に掛かった。  半神半人の身体で無ければ、ただの人族であったのなら、正気を失ってしまっても可笑しくない動きだった。    紙一重に淡々と躱し続ける。五年の間に訓練を続けた結果だ。  だがしかし、被弾した。怪我はしないがバランスを崩し彼女は地面に落ち始める。   『グリムラグ、助けてー』  墜落中なのにも関わらず、落ち着いた間延びした声でリオンは彼に求めた。 「はあ…もう少し焦ってくれ」  彼は彼女の前まで飛んで行き、翼をそのままに人化する。彼女を鎧ごと抱きかかえて地面に着地した。  ずざざっ…  彼は手馴れた雰囲気で地面に降り立った。 『まあ、助けてくれるのはわかってたからね。言うまでもないって言うか…』 「…まあ、そうだな」  彼は少しだけ気難しそうな顔をして、彼女を地面に降ろす。 「そんな顔されても困るよ」  そんな彼に苦笑をしながら彼女はヘルメットを脱いだ。 「自覚はあるのだろう?」 「まあねー」  彼女は彼の言及を何処と吹く風と言いたげに受け流す。 「…家に帰ろう」  リオンの頭を軽く殴り、グリムラグは彼女を引き摺って家の室内に帰った。
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