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第十四部-眷属化と書斎部屋で。
「…眷属化の立会人をして欲しい?」
ティルの説明を聞いて、シンは首を傾げる。
「はい。…少しだけ不安があるので」
「…まあ、構わないが」
シンは少しだけ悩み顔をする。
「今からか?」
「忙しければ別日に改めます」
「ああいや、忙しいという訳では無い」
シンは眷属化をするにあたって、どの場所を使おうかと考えていただけで、時間が無い訳では無い。
「クリスタルとティルとローズで良いな?」
「え? は、はい」
一瞬だけ、シンの指している事柄がわからなくなったが、理解を追い付かせてティルは頷く。
シンの手によって、彼ら三人は"ヘブンズガーデン"の荒野に転移した。
☆
「…何だ、ここは…?」
ローズは目の前に広がる荒野を見て、正確には荒野に作られた様々なクレーターを見て、唖然とする。
「ここは私やティル、偶にミリ様なども使う運動場だ。唯一、神の力を使える場所だな」
ティルもクリスタルも、このクレーターだらけの荒野で力の扱い方を覚え、使いこなせる段階まで昇華させた。
ティルが亜闘神から闘神に進化した際に使われていたのも、このクレーターだらけの運動場だ。
「改めて…と言うのも変なのかもしれないが、やはり、私だけが違うのだな」
クリスタルも神で、ティルも神だ。ローズだけが人で、更に言えば、彼女は二人の世界に割り込んだだけの女でしかない。
そんな意識が無くなる筈も無くて、それを気にしない程にすぶとくも成れなくて。
「その手の話には、私は何も言えないな」
クリスタルは彼女を"可哀想な女"だと哀れむ事はあっても、"邪魔な女"だとは思わない。それは彼女が優秀だからだ。
また、彼女に対して"可哀想"だと思ってしまうのは、誰かの一番に成れない事が原因だろう。
クリスタルはティルの一番であると自他共に胸を張って言える。だがしかし、彼女は言えない。酷く言えば同情の末に"仕方が無い"とティルが"受け入れる"事を決めたのだ。
その結果をクリスタルは心の底で哀れんでいる。当然、口に出すのは間違っているし、表面に浮上させる話題でもない。言わないのが当たり前だ。
だが、しかし、共に生きる事を強要された事実を哀れまずにいられるだろうか? いいや、いられまい。
それはクリスタルが普通に男を見つけ、自らで"共に生きる"事を選択する贅沢があったからに他ならない。
「…すまない」
ローズは口にすべきでは無かったと深く反省する。
「気にするな。そんな疎外感もあればボヤきたくもなる」
また、クリスタル、ティルとローズの間には小さな小さな溝がある。それが疎外感を生み出している。
「始めるならさっさと始めてくれ。私も暇ではない」
「…あ、すみません」
シンの言葉を聞き、ローズの後ろにティルとクリスタルが回り込む。
「ティル」
「…合わせろよ?」
「ああ」
ローズの肩にそれぞれの手が伸びる。クリスタルの金髪は神気に当てられ逆立ち初め、ティルの黒化した腕から湯気が立つ。
「…ぐっ」
ローズが呻く。ティルの持ち得る力とクリスタルが持ち得る力が彼女に注がれ、反発し合い、彼女の身体で喧嘩をし始めてしまった。
「耐えられるか?」
シンは呻く彼女に問う。
「ぐう…っ。 なん…とか…」
彼女の頬には脂汗が伝う。
「ならば耐えろ。死ぬことは無い」
痛みを耐えろと言い切るのは、少し酷な事かもしれない。だが、それ相応の力がローズに与えられようとしているのは事実だ。
耐える事数分、彼女の赤髪が金と黒に染まっていく。守護神の色と闘神の色が彼女を侵食し始めたのだ。
「ティルっ! 少し抑えろっ!?」
「クリスがこっちまで持って来やがれっ!」
彼女に注がれた力の割合が、少しだけ闘神の方に傾く。
「むうっ!?」
クリスタルから注がれる力が一気に上昇、ティルが超過させた量に追いついた。
「ぐうっ!?」
ローズの身体に激痛が走る。
「馬鹿がっ! 無茶をするなっ!! 死ぬぞっ!」
シンの叱責がとぶ。
「そのまま水平を保てっ! 時間を掛けろっ!! 早期に終わらせられると思うなっ!!」
無茶をし出した彼らに指示を出し、彼らのコントロールをシンが奪う。ここからはシンの指示通りにしなくてはならない。
シンは指示を出しながら、片手間にフィリカを召喚する。
「彼女のケアを頼む」
「…はあ、わかりました」
ローズの身体は許容量の超えた力を注がれてボロボロになってしまった。だから、癒し手を呼んだ。
現在のローズの身体は、内包された力によって破壊され続けている状態だと言っても良い。
フィリカは手始めに、杖から神経系の毒を排出させローズに嗅がせる。痛みを取る為の麻酔の様なモノだ。その神経毒が回ったと同時に、彼女の意識は暗転する。
さらにフィリカは、内部から身体の組織を編み直していく。
神に注がれた力によって破壊された身体を、追いかける様に彼女は編み直していく。
「まだ止めるな、もう少しだけ行ける」
ティルとクリスタルの感覚では、もうこれ以上は力を与えられないと感じたのだろう。だがしかし、シンはまだ終わっていないと、彼らに告げる。
「よし、そこで止めろ」
彼の言葉を持って、彼女の眷属化への作業は終わりを迎えた。
「クリスタル、ティル、お前達には後で説教だ」
先程の無茶な行為に対して、彼らを叱らない訳にはいかなかった。
☆☆
「…おは…よう…」
ローズが目を覚ますと、彼女の顔を覗き込む優し気な笑みが視界に移り込んだ。その笑みだけで、人を癒す事が出来る…と言っても過言ではない。
「…デリ様、おはようございます」
そんな彼女の顔を見て、"死人なのに"と思い、"関係無い"とローズは思い直す。
デリは遥か昔から言い伝えられる程の人物であった。そして、ローズはそれを知っている。かつて王族故に取り入れた教養の一つに、彼女の存在が描かれていたからだ。
「…様…、…要らない…」
「初代聖女様を呼び捨てになど…」
ラフタと呼ばれる世界において、"聖女"の概念を初めて纏った存在がデリである。
「…聖女…なん…て…無い…ほうが…良い…」
だがしかし、例え生前何と呼ばれていたとしても、今の彼女は彼女でしかない。
「…王族…も…、…英雄…も…、…無い…方が…良い…」
嘗て王族だった者を目の前にして、それは不必要だと告げる。
「…結局…、…人…は…、…人…でしか…無い…。…特別…なんて…無い…」
彼女がどんな過去を歩んできたのか、それはこの時代に住まう"人"にわかる筈も無い。過去の存在であり、今を作るのは彼女では無い。
「…ゆっくり…して…」
デリはマイペースな姿勢を崩さず、億劫な口をゆっくりと動かしながら、ローズが目覚めた事を報告に向かう。
☆
「ああ…終わりが見えないわねえ…」
書斎机に突っ伏しながら、ミリはボソリとぼやく。
「お疲れ様です」
隆二が軽く会釈をしながら書斎部屋へ入ってくる。
「変わってもらえないかしら~?」
「…残念ながら出来ません」
ミリだから出来る仕事のみが彼女に回っている訳で、それを他者が出来る筈は無い。
「知ってるわよ…」
「落ち込まれても困ります。神狼族の新世界への移動は完了しました」
突っ伏したまま足をバタバタさせるミリに、隆二は報告する。
「ああ、終わったのね。貴方はそのまま神狼族の所に居なさい」
つまり、隆二は"ラフタ"では無く、新世界で暮らしていく事を余儀なくされた。
「わかりました」
隆二は一礼すると、書斎部屋を後にした。
「失礼します。ドワーフ族との交渉を終えました。全体の約三割ほどが新世界に移動する事になりました」
隆二と入れ替わる様に入って来てのはレティーナだ。彼女はレイの支配下から、ミリが"この子頂戴"とレイに懇願した結果、ミリの支配下へ移動させられた。
「…流石元王族、相変わらず手早いわね」
「お褒め頂き光栄です」
綺麗なドレスの端を持ち上げ、ミリに対して優雅に一礼をする。
「今日の所は終わりで良いわよ?」
「仰せのままに」
「…あ、ちょっと待ちなさい。貴女、お見合いに興味はあるかしら?」
立ち去ろうとしたレティーナをミリは思い付いた様に止める。
「いえ、考えたことがありません。奴隷ですから」
「ん、そう。なら行っても良いわ」
レティーナの返事次第ではあったのだが、ミリはそこで話を打ち切った。お見合いをさせるべきでは無い…と言うよりも、ミリ自らが告げるべきではないと考えたからだ。
奴隷という意識がある以上、彼女が薦めてしまえば、レティーナは彼女の言いなりになってしまうだろう事が容易に想像できてしまった。
「失礼します。帝国への侵攻準備が整いました」
更に、出て行ったレティーナの代わりに入ってきたのは、聖剣使いこと雄二だった。
「あら、早いわね? 焦る必要は無いのよ?」
「いえ、レオン様からお借りした手勢があまりにも優秀でして…正直、私が何かをする必要も無かったので…」
「貴方がそう言うなら私は何も言わないわ」
聖剣使いこと雄二は、帝国を破壊するべく約3年ほど前から動き続けていた。そして、約一週間ほど前、帝国破壊に必要なモノを揃え終えたばかりだ。
「侵攻開始の日時なのですが…」
「特に決めるべきことも無いわよ?」
「では、二日後にこの街を発つことにします」
「わかったわ」
「これで報告を終わります。失礼しました」
雄二は深く一礼をして、部屋を後にしようとする。
「あ…、雄二。その聖剣…一時的にで良ければ、人の姿に直す術が見つかったわよ?」
「ほ…本当ですか?」
雄二がこの世界に来て、聖剣を手に入れて、ずっと探し続けてきた術は、ひょんな事からもたらされた。
「ええ、それにはかなり色々なモノが必要なのだけれど」
「…可能、なのでしょうか?」
「集めるのも不可能では無いわね。…ま、この話に関しては、帝国を崩壊させてからにするわ」
彼が幾らそれを欲しがったとしても、先に入っていた予定が優先である。
「わかりました。失礼します」
雄二も、ここで功を焦ったりはしない。ミリがヘソを曲げてしまえば、せっかく掴みかけた方法も遠のいてしまうから。
彼を最後に、大きな報告が彼女の元に来る事は無かった。
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