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第十四部-五年後の日常。
「…人が集まったな」
シンは五年の月日を超え、実感の篭った声で呟く。
「そうね」
彼の隣に立っていたミリが、小さな声に頷きを返す。
「…色々と任せてしまったな」
ダンジョン国家での奴隷作り、もとい、奴隷回収はクリスタルとレイに任せてしまった。勇者を召喚した某帝国の奴隷回収は、聖剣使いこと雄二にお任せしてしまった。
他にも、ティルが別の国のストリートチルドレンを探して集めてきたり、陵や美鈴が新たに訪れた勇者組の調教を行ったり…と、かなり多種多様な事が行われていた。
「私達は新世界の方が色々と忙しかったじゃない。気にする必要も無いわよ」
ミリの言葉は事実だ。新世界への移住の土台作りに、彼らも掛かり切りだったのだ。
「気にしていても…意味がないのは事実だがな」
とは言え、少し気に入らないのも事実だ。
コンコン、彼らが居る部屋が叩かれる。
「入れ」
「失礼しまーす。シンさん、人魚族の移住は完了したよ」
入ってきたのは陵だった。報告に来たらしい。
「そうか。人魚族を案内してくれて助かった」
「まあ、タダで食っちゃ寝する訳にもいかないしな」
案内先は、地球の最高神より与えられた新世界だ。
「新世界に行ってみた感想は?」
「自然が豊かって事くらいかな」
人魚族を案内する際に、案内人である陵や美玲が、新世界に踏み込む事になるのは道理だろう。
「そうか」
「じゃ、俺は戻るから」
陵は彼らに報告をして、部屋を後にした。
☆
「デリさん〜気持ち良過ぎ〜」
とある場所に、デリの大きな胸に顔を埋める美玲の姿があった。
「…ん…」
特に気に止めている訳では無いが、何かが動きに干渉したのか、デリは身動ぎをした。一方、変わらずにデリの胸に彼女は顔を埋め続ける。
「美玲、デリを独占するのは許しませんよ?」
そんな美玲の顔を、デリの胸から引っこ抜いたのはレイだった。
「ええーっ、レイさんはどうせ抱き枕にして寝るんでしょ?」
「それとこれとは関係ありません」
不満タラタラな彼女の言い分を、レイは軽く一刀両断にする。
美玲が動いた。レイの腕を躱し、デリの胸に…
がしっ
「んぎぎぎぎぎっ…」
「やらせませんよ?」
レイの腕が彼女の顔面を突っ張ったせいで、それは叶わなかった。
「…デリも大変だな」
美玲とレイが格闘?をしている間に、デリの後ろから"にゅっ"とクリスタルが現れた。
「…嫌わ…れる…より…、…良い…」
「いやまあ…、それはそうだろうが…」
そんな問題ではない気がするが、クリスタルは敢えて言及しない。
デリは人を無条件で引き付ける力がある。その力が神に目を付けられた要因とも、結果的にではあるが、ダンジョンに閉じ込められた要因とも言えよう。
そんな彼女らの頭上を竜の影が通る。竜の影から飛び降りて来た存在が居た。
「ライエルか」
「ん? クリスタルも居たのか」
竜 の嫁であるライエルだった。
彼女はクリスタルとかなり仲が良い。お互いに騎士としての生活をしてきたせいか、きっと気が合ったのだろう。
「…何かあったのか?」
「いや、ミリ様に報告するだけだ。…あ、クレイズから聞いたのだが、ボロ勝ちしたらしいな?」
クレイズやパライドはライエルの奴隷時代からの知り合いだ。故に、五年以上が経った今も、彼らは彼女宅を訪れる事がある。
「そうだな。あれくらいの武芸者を倒してこそ意味が有るものだ」
パライドもクレイズも、神の力の一切を封じたクリスタルに負けた様だ。
「クレイズが愚痴っていたぞ? "小さいのに強過ぎるだろ"とな」
「…お前に比べたら小さいが、そこまで言われる程小さくない筈だが?」
ライエルは180cm、クリスタルは170cm有るか無いかだろう。とは言え、クリスタルも小さい訳では無い。だが、彼女は若く見えてしまう為、相対的に見て、更に小さく見える事も無くはないだろう。
「さあ? それは言った当人に聞いてくれ。生憎、酔って告げただけかもしれん」
「…まあ、酔っていたとしたら納得…か?」
首を捻ってみても、やはり少し納得が出来ない様な、微妙な感覚に陥る。
「単に悔しかっただけだろう」
「それなら納得出来る」
頭を悩ました時間が無駄になる様な、そんな簡潔過ぎる答えに到った。
「では、私は行く。また時間があったら相手をしてくれ」
「ああ」
ライエルは次の手合わせをクリスタルに匂わせ、ミリの元へ報告に向かう。
…因みに、クリスタルとライエルの戦績は、クリスタルが神の力を使用しない状態で8:2である。
「…ん…?…」
ライエルを見送ったクリスタルを下から眺めていたデリは、首を傾げて、何かを告げたそうにする。
「…どうした?」
「…身体…、…動かし…たい…?…」
「まあ…な。とは言え、ライエルも忙しい」
ライエルとの手合わせは、彼女にとっても悪くは無いものだ。
「…動かす…?…」
「デリが相手をしてくれるのか?」
デリは近接戦闘が出来ない。つまり、魔法で相手をしてくれるのだろう。
「…ん…」
「なら、頼む」
クリスタルとデリは、街の外へと転移する。
「「あっ…」」
デリを取り合っていたレイと美鈴が、彼女達が転移した事に気が付いたのは、完全に彼女らの姿が消えてからだった。
☆
「ティル、次はアラエット共和国の孤児を集めるのだろう?」
ローズはティルの少し後方を歩きながら、これからの予定についてを話す。
「んあ? おう、そんな予定だったな」
五年経った今、ローズはティルの秘書に成っていた。
「しっかりしてくれ…」
「もう、お前がやっちまえよ」
「…それは無いだろう?」
ティルの言葉に怪訝そうに返す。
「俺は悪くねえと思うけどな。俺よりお前の方が頭良いだろ?」
「そういう問題では無いだろう。今までの間、孤児達の面倒を見てきたのはお前だし、慕われているのもお前だ。そう簡単な話では無い」
それくらい、少し考えればわかる事だ。
「そんなん、勝手に時間が解決すんだろ? やってみろよ」
「…そう言われてもだな」
ローズはティルの提案に口ごもる。そもそも、彼女に主 になって何かをする権利は無い。
「ってか、そろそろ母様の目も緩くなってんだろ?」
五年間も、何一つとして大きな問題を起こさずにミリにローズは尽くしてきた。彼の言う通り、そろそろミリの目は緩められているだろう。
「…まあ、それはそうだが」
彼女も五年間で、それなりにミリの信を得られる程度には関わりを深めている。故に障害が減ってきたのは彼女も理解が出来る。
「んじゃあ、何かやりてえ事はねえのかよ?」
「いきなりそう言われてもな…」
ローズは悩んでしまう。彼女はこれからもずっと、裏方として生きていくのだろうと考えていたからだ。
「ティル、ローズ、そこに居たのか」
そんな彼らの後ろから、クリスタルがやって来た。彼女の服は少しだけ汚れている。
「ん~、何か用か?」
「用も何も…私の力とティルの力をローズに渡すのだろう?」
「やべ、忘れてたぜ」
ティルは闘神、クリスタルは守護神だ。そしてローズは只の人族だ。
「…力を?」
「簡単に言ってしまえば、眷属にするだけだ」
神の二柱が今ここに居る。地に足を着けた存在が神の二柱だと言われても、あまりピンと来ないのは仕方が無い事だ。
「…だけでは無いだろう???」
ローズは彼らの中で唯一の常識枠である。ここ最近、ティルとクリスタルは人の枠を精神的にも逸脱し始めている事を、一番に理解している存在だ。
「そういうモノなのか? 私は普通に出来てしまうのでな」
「俺も多分出来ると思うぜ?」
人の感覚と神の感覚は決定的にずれ始めている。だが、神に言われてしまえば、人としては納得をするしかない。
「そ…そういうモノなのか」
「だから気にするな」
「残念ながら、気にしないのは無理だな」
クリスタルの言葉をしっかりとローズは否定する。
「むっ…そうか?」
「ま、そんな事は良いじゃねえか。さっさと眷属化させちまおうぜ?」
クリスタルとローズの長くなりそうな会話を、ティルがぶった切った。
「とは言え…だ。眷属化させるにしても、義父上の立ち会いの元が良いだろう?」
体感的に、自らの眷属を創る事が出来るのは理解しているが、眷属化が失敗する可能性も考慮に入れる。
「…だろーな。んじゃ、父上の所に行こうぜ」
ティルがこれからの予定を決めた。
「それが良いだろう」
「…もう、好きにしてくれ」
クリスタルのハッキリとした声とは対称的に、彼女の声は諦めと妥協を含んでいた。
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