163 / 176

第十四部-五年後の日常。

「…人が集まったな」  シンは五年の月日を超え、実感の篭った声で呟く。 「そうね」  彼の隣に立っていたミリが、小さな声に頷きを返す。 「…色々と任せてしまったな」  ダンジョン国家での奴隷作り、もとい、奴隷回収はクリスタルとレイに任せてしまった。勇者を召喚した某帝国の奴隷回収は、聖剣使いこと雄二にお任せしてしまった。  他にも、ティルが別の国のストリートチルドレンを探して集めてきたり、陵や美鈴が新たに訪れた勇者組の調教を行ったり…と、かなり多種多様な事が行われていた。 「私達は新世界の方が色々と忙しかったじゃない。気にする必要も無いわよ」  ミリの言葉は事実だ。新世界への移住の土台作りに、彼らも掛かり切りだったのだ。 「気にしていても…意味がないのは事実だがな」  とは言え、少し気に入らないのも事実だ。  コンコン、彼らが居る部屋が叩かれる。 「入れ」 「失礼しまーす。シンさん、人魚族の移住は完了したよ」  入ってきたのは陵だった。報告に来たらしい。 「そうか。人魚族を案内してくれて助かった」 「まあ、タダで食っちゃ寝する訳にもいかないしな」  案内先は、地球の最高神より与えられた新世界だ。 「新世界に行ってみた感想は?」 「自然が豊かって事くらいかな」  人魚族を案内する際に、案内人である陵や美玲が、新世界に踏み込む事になるのは道理だろう。 「そうか」 「じゃ、俺は戻るから」  陵は彼らに報告をして、部屋を後にした。 ☆ 「デリさん〜気持ち良過ぎ〜」  とある場所に、デリの大きな胸に顔を埋める美玲の姿があった。 「…ん…」  特に気に止めている訳では無いが、何かが動きに干渉したのか、デリは身動ぎをした。一方、変わらずにデリの胸に彼女は顔を埋め続ける。 「美玲、デリを独占するのは許しませんよ?」  そんな美玲の顔を、デリの胸から引っこ抜いたのはレイだった。 「ええーっ、レイさんはどうせ抱き枕にして寝るんでしょ?」 「それとこれとは関係ありません」  不満タラタラな彼女の言い分を、レイは軽く一刀両断にする。  美玲が動いた。レイの腕を躱し、デリの胸に…  がしっ 「んぎぎぎぎぎっ…」 「やらせませんよ?」  レイの腕が彼女の顔面を突っ張ったせいで、それは叶わなかった。 「…デリも大変だな」  美玲とレイが格闘?をしている間に、デリの後ろから"にゅっ"とクリスタルが現れた。 「…嫌わ…れる…より…、…良い…」 「いやまあ…、それはそうだろうが…」  そんな問題ではない気がするが、クリスタルは敢えて言及しない。  デリは人を無条件で引き付ける力がある。その力が神に目を付けられた要因とも、結果的にではあるが、ダンジョンに閉じ込められた要因とも言えよう。  そんな彼女らの頭上を竜の影が通る。竜の影から飛び降りて来た存在が居た。 「ライエルか」 「ん? クリスタルも居たのか」  (ドレッグ)の嫁であるライエルだった。  彼女はクリスタルとかなり仲が良い。お互いに騎士としての生活をしてきたせいか、きっと気が合ったのだろう。 「…何かあったのか?」 「いや、ミリ様に報告するだけだ。…あ、クレイズから聞いたのだが、ボロ勝ちしたらしいな?」  クレイズやパライドはライエルの奴隷時代からの知り合いだ。故に、五年以上が経った今も、彼らは彼女宅を訪れる事がある。 「そうだな。あれくらいの武芸者を倒してこそ意味が有るものだ」  パライドもクレイズも、神の力の一切を封じたクリスタルに負けた様だ。 「クレイズが愚痴っていたぞ? "小さいのに強過ぎるだろ"とな」 「…お前に比べたら小さいが、そこまで言われる程小さくない筈だが?」  ライエルは180cm、クリスタルは170cm有るか無いかだろう。とは言え、クリスタルも小さい訳では無い。だが、彼女は若く見えてしまう為、相対的に見て、更に小さく見える事も無くはないだろう。 「さあ? それは言った当人に聞いてくれ。生憎、酔って告げただけかもしれん」 「…まあ、酔っていたとしたら納得…か?」  首を捻ってみても、やはり少し納得が出来ない様な、微妙な感覚に陥る。 「単に悔しかっただけだろう」 「それなら納得出来る」  頭を悩ました時間が無駄になる様な、そんな簡潔過ぎる答えに到った。 「では、私は行く。また時間があったら相手をしてくれ」 「ああ」  ライエルは次の手合わせをクリスタルに匂わせ、ミリの元へ報告に向かう。  …因みに、クリスタルとライエルの戦績は、クリスタルが神の力を使用しない状態で8:2である。 「…ん…?…」  ライエルを見送ったクリスタルを下から眺めていたデリは、首を傾げて、何かを告げたそうにする。 「…どうした?」 「…身体…、…動かし…たい…?…」 「まあ…な。とは言え、ライエルも忙しい」  ライエルとの手合わせは、彼女にとっても悪くは無いものだ。 「…動かす…?…」 「デリが相手をしてくれるのか?」  デリは近接戦闘が出来ない。つまり、魔法で相手をしてくれるのだろう。 「…ん…」 「なら、頼む」  クリスタルとデリは、街の外へと転移する。 「「あっ…」」  デリを取り合っていたレイと美鈴が、彼女達が転移した事に気が付いたのは、完全に彼女らの姿が消えてからだった。 ☆ 「ティル、次はアラエット共和国の孤児を集めるのだろう?」  ローズはティルの少し後方を歩きながら、これからの予定についてを話す。 「んあ? おう、そんな予定だったな」  五年経った今、ローズはティルの秘書に成っていた。 「しっかりしてくれ…」 「もう、お前がやっちまえよ」 「…それは無いだろう?」  ティルの言葉に怪訝そうに返す。 「俺は悪くねえと思うけどな。俺よりお前の方が頭良いだろ?」 「そういう問題では無いだろう。今までの間、孤児達の面倒を見てきたのはお前だし、慕われているのもお前だ。そう簡単な話では無い」  それくらい、少し考えればわかる事だ。 「そんなん、勝手に時間が解決すんだろ? やってみろよ」 「…そう言われてもだな」  ローズはティルの提案に口ごもる。そもそも、彼女に(メイン)になって何かをする権利は無い。 「ってか、そろそろ母様の目も緩くなってんだろ?」  五年間も、何一つとして大きな問題を起こさずにミリにローズは尽くしてきた。彼の言う通り、そろそろミリの目は緩められているだろう。 「…まあ、それはそうだが」  彼女も五年間で、それなりにミリの信を得られる程度には関わりを深めている。故に障害が減ってきたのは彼女も理解が出来る。 「んじゃあ、何かやりてえ事はねえのかよ?」 「いきなりそう言われてもな…」  ローズは悩んでしまう。彼女はこれからもずっと、裏方として生きていくのだろうと考えていたからだ。 「ティル、ローズ、そこに居たのか」  そんな彼らの後ろから、クリスタルがやって来た。彼女の服は少しだけ汚れている。 「ん~、何か用か?」 「用も何も…私の力とティルの力をローズに渡すのだろう?」 「やべ、忘れてたぜ」  ティルは闘神、クリスタルは守護神だ。そしてローズは只の人族だ。 「…力を?」 「簡単に言ってしまえば、眷属にするだけだ」  神の二柱が今ここに居る。地に足を着けた存在が神の二柱だと言われても、あまりピンと来ないのは仕方が無い事だ。 「…だけでは無いだろう???」  ローズは彼らの中で唯一の常識枠である。ここ最近、ティルとクリスタルは人の枠を精神的にも逸脱し始めている事を、一番に理解している存在だ。 「そういうモノなのか? 私は普通に出来てしまうのでな」 「俺も多分出来ると思うぜ?」  人の感覚と神の感覚は決定的にずれ始めている。だが、神に言われてしまえば、人としては納得をするしかない。 「そ…そういうモノなのか」 「だから気にするな」 「残念ながら、気にしないのは無理だな」  クリスタルの言葉をしっかりとローズは否定する。 「むっ…そうか?」 「ま、そんな事は良いじゃねえか。さっさと眷属化させちまおうぜ?」  クリスタルとローズの長くなりそうな会話を、ティルがぶった切った。 「とは言え…だ。眷属化させるにしても、義父上の立ち会いの元が良いだろう?」  体感的に、自らの眷属を創る事が出来るのは理解しているが、眷属化が失敗する可能性も考慮に入れる。 「…だろーな。んじゃ、父上の所に行こうぜ」  ティルがこれからの予定を決めた。 「それが良いだろう」 「…もう、好きにしてくれ」  クリスタルのハッキリとした声とは対称的に、彼女の声は諦めと妥協を含んでいた。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!