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第十三部-夜分遅くに。

 今は真夜中、レティーナは不意に目が覚める。レイに"寝ろ"と命令され、奴隷にされたばかりな緊張状態にも関わらず、無理矢理に眠らされてしまった。  …だがしかし、こうやって目覚めてしまったのなら、レイに下された命令は果たし終えた事になる。 (あの方達はいったい何なのでしょう?)  彼女はこの国の王女様だ。状況を理解し、自らの身体が"今は"自由に動く事を理解する。レイに見つかってしまえば、また、彼女は命令で縛られることになるだろう。  彼女はソロリソロリと、レイに放り込まれた部屋から脱出した。 ☆  彼女はこの屋敷の構造を良く知っている。だって、彼女は日が明けている間まで、この屋敷で過ごしていたのだから。 (あの方達が何者なのか…祖国に知らせねばなりません)  彼女か確固たる意志の元、例え自らが殺されてもと、襲撃者達の姿を探す。  陽は無い。明かりを灯せば位置がバレやすくなる。だから壁に手をついて、ゆっくりゆっくりと先に進む。 (居ませんね)  人が集まりそうな食堂に顔を覗かせて見たが、襲撃者達の姿は無い。  なら次だ。彼女は一息を吐く間も作らずに、次を目指す。  客間にも顔を出して見るが、やはり襲撃者の姿は無い。 (なら個室…?)  何処かの小さな部屋に居る可能性はある。…と言うよりも、彼女に出来る事など、襲撃者の意図を探る事以外に無い。  だから、彼女は一つ一つの部屋を探り始めた。 「レイ様、これは何時まで続くのでしょうか?」  不意に声が聞こえてくる。それは開け放されたままの部屋からだった。 「ティルの事でも恋しくなりましたか?」  彼女を捕らえた声が聞こえる。 「…それは否定しません」 「否定をしないのはわかっています。森の中で襲ったくらい…「何故それをっ!?」」  叫びが声をかき消した。 (…襲う?)  情報を少しでも多く集めたい彼女からすれば、かき消された先の言葉を知りたい。 「逆に気が付かれないと思ったのですか?」 「周りに居ないのは確認しました」 「…ああ、見てはいませんよ?」 「…ほっ…、それを先に言ってください」 「まあまあ…それは良いのです。それよりも…」 「そうですね。…そこに隠れているのだろう? …出て来い」 (バレたっ!?)  内心に焦りが浮かぶ。彼女は一度だって襲撃者に姿を見られていない筈だ。  相手が思い過ごしだと考える事を彼女は願った。  だが、現実は非情だ。そんな都合の良い事など有り得ない。 「やはり、レティーナだったか」  クリスタルは彼女の前に顔を覗かせる。 「!?」  彼女は後ろに後退る。そして逃げようとする…が、逃げられない事を思い出した。 「探りでも入れに来ましたか?」  次いで、レイが質問を投げる。 「・・・」  彼女は何も答えない。 「レイ様、意地悪はしないでください。どう考えても可笑しいのはこちらなのですから」 「…クリスタルが言うのなら引きましょう」  レイは少しだけつまらなさそうな顔をして、クリスタルの言葉に従う。 「レティーナ、部屋に戻れ」  クリスタルは彼女に命令する。だがそれは、"眷属のシール"によって縛られた命令では無く、あくまで言葉だけのモノだった 「…問わないのですか?」  流石に彼女も訊ねざる得ない。奴隷なのだから無理に従属すれば良いだけなのだから。 「問うも何も…聞かずともお前がここに来た理由も、こんな夜分に出歩いていた理由も想像がつく」  クリスタルは訊ねる必要が無いから訊ねなかっただけだ。彼女は必要の無い事を態々する様な性格をしていない。当然、例外もあるのだが。 「…ならば、何故罰さないのでしょうか?」 「奴隷にしたからと人権を無くしたいわけでは無いからな。他人がどうかは知らないが、奴隷にする為の…所謂、従属させる為の道具は、反乱や戦争を起こさせない物としても使えるモノだと私は考えている。万が一が存在しない…様にも出来ると」  当然、長く語られたクリスタルの理論は、当然"いずれ死ぬ者"には出来ない事である。 「とは言え、私も首輪などを付けるのは嫌いだ。…だが、今は仕方が無いだろう。何時何処で捕らえた者達が反逆をするのかがわからないのだから」  そして、他人に首輪を付け従属させる行為は、彼女の人としての感性が嫌う部分でもある。故に、反乱の芽が摘まれるのであれば、彼女は奴隷化を解くつもりでいた。 「納得できたか?」  明確に告げた訳では無いが、彼女の言葉が指し示す意味は理解できるはずだ。 「…奴隷で街でも作ろうと言うのですか?」  彼女はちょっぴし外れた事を言う。明らかに間違っている訳では無いし、人からすればスケールが違い過ぎるのだ。 「街ではない。…が、似た様なモノだ。私の上司…に"ミリ"と呼ばれる方が居る。出会ったら聞いてみると良い」  "上司と言って良いのだろうか?"と彼女は思いつつも、レティーナに告げた。少なくとも、新世界に関しての事柄を彼女の口から告げるのは憚られた様だ。 「どちらにせよ、私達が話す内容ではない。部屋に戻れ」   ☆☆ 「戻りましたね」  出て行ったレティーナを見送ってから、レイはボソリと呟く。 「…はあ、不安にならない筈がないか」  クリスタルはとても悩ましい顔をしていた。 「慣れてもらうしか無いでしょう?」 「…それはわかっています」  幸い、奴隷にされた者達の処遇は悪くない。少なくとも、こんな国よりもマシだろうと彼女も思う。  だからこそ、彼女は奴隷化させる事に抵抗があまり無かった。  …でも、不安に思う気持ちは痛い程に理解出来るし、王女が国を憂いてしまう事も理解出来る。  王女がレティーナとしての生きた証なのだとしたら、それはクリスタルが騎士を辞める事と同義である。  嫌な感情が無い訳が無かった。…まあ、そもそもの話だが、今回の状況で何も感じれない存在を、ミリが自らの手元に置こうとは考えなかっただろうし、場合によってではあるが、彼女がティルと共に在る事を許しはしなかっただろう。 (私が考えても…何も変わらないのだがな)  答えを出せない答えを彼女は出して、証明を終了した。 ☆☆☆  耳に付けていたイヤホンが震える。どうやら着信が来たらしい。 「ん~…誰だ?」  ティルは耳に付けていたそれのスイッチを押す。電話が繋がった。 『…ティル』 「…ん? クリスか?」  少し重たい声音で、クリスタルの声が彼の耳に届く。 『忙しかったか?』 「いんや、寝る寸前だったしな」  丁度、彼は寝室に向かう途中だった。 『・・・』 「…何か言いてえことがあったんじゃねえのかよ?」  黙りこくってしまったクリスタルに、ティルは呆れた様に言う。 『…あったのだが、何と口にすれば良いのかわからなくてな』  心を言葉にする、それは存外難しい事だ。心を形にする以上に、それは難しい事かもしれない。 「そうかよ。…こっちも色々と進んだぜ? お前が居ねえ間に、孤児達がそれぞれに何をやりてえかって見つけたりよ」  ならばと思って、彼は彼女に近況を報告する。 『そうか。…私は真逆で少し悩んでいてな』 「悩むって…何をだ?」  彼女が歩く道が、明日に突然、進路変更しましたとなる事はない筈だ。 『この在り方で良いのか…と』 「それは…聞かれてもわかんねえよ」 『いやなに、ティルに答えを求めて電話をした訳では無い』 「まあ、だろうな。クリスが俺を頼るなんて…想像つかねえよ」  クリスタルは何処まで行っても、守られる様な存在ではないし、"助けてくれ"と叫ぶ様な存在でもない。 『つれない事を言ってくれるな。…少し気にしている』 「別に嫌味を言った訳じゃねえよ?」  少しだけ"ムスッ"とした声音に、ティルは少しだけ慌てて否定する。 『わかっているさ』  彼女の言葉は、お互いの暗闇に落ちる。  少しだけ大きく、彼は息を吸った。 「俺はよ、お前のスゲー所ってのは考えるのを止めねえって事だと思うぜ? 今回、お前に何があったかは知らねえけどよ」  そして、ハッキリクッキリと彼女の心に染み込ませる様に言葉を紡ぐ。 『・・・』 「だってよ、考えるの止めちまって、あれが正しいだのあれが悪いだのと綺麗に分けたままにしちまえば…それって楽だろ? それを考え続けるって、スゲー事じゃねえのか?」  自分を変えない存在。簡単に言ってしまえば、"芯が通った者"や悪く言えば頑固親父等が挙げられるが、それは思考の停止をしている、または、時間や場所の止まった正義を持っている、と言えるだろう。  そんな在り方は一時はカッコ良く見えるのかもしれない、それがヒーローと呼ばれるのかもしれない。  けれど、クリスタルの様に自身に問い掛け、時には不安になり、やがて答えを出す。またその答えを崩し、組み立てる。  その様な事を繰り返し、自らの正義を更新し続ける在り方に比べて、ヒーローは何千倍も楽な生き方な筈だ。  彼女は奴隷化された王女様を見て、自らが騎士を辞めた姿を思い浮かべてしまった。また、その苦しみをレティーナに押し付ける事が、本当に正しかったのか否か…いや、"正しくないが正しい"のはわかっているのだが、そのフワリフワリとした答えのせいで、彼女が不安を持ってしまったのだ。   『悩む事が凄い事…か』 「俺はそう思うけどな。だって、俺はそんなこと考えてらんねえし」  ティルは仕事をする事に何も問わない。故に、クリスタルの様に何かを悩む事はない。 『…もう少し考えたらどうだ?』 「面倒そうだし止めとくわ」  彼女の提案をあっさりと彼は払い退けた。 『…少しの間だったが、付き合ってくれてありがとう。私は眠る事にする』 「おう。…ふあ、俺も寝みいよ」 「『おやすみ』」  その言葉を境に、通信は終了された。
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