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第十三部‐道具を手に入れる。
「とうとう…襲撃ですか」
ダンジョンから出てきたクリスタルは、軽く伸びをしながら口に出す。
「ダンジョンは1日掛かってしまいましたが…、所詮貴族ですからね。半日もあれば終わるでしょう」
レイの言う通りで、今の彼女達は、ちょうどダンジョン攻略を終えた所なのだ。現在、彼女達が終わらせたダンジョンは4つだ。
「…ん…、…所詮…人…だから…」
デリはレイに頷きを返した。…と同時に石ころに躓き彼女の身体は浮いた。
「…大丈夫ですか?」
「…ん…、…ありがと…」
レイがキャッチして、デリの身体を地面に置き直す。転びそうになって反応できない者は彼女達の中には居ない。
ただ、デリは運動神経が極めて低く、戦闘中も常に魔法で移動する程なので、彼女が如何に歩く事すらも苦手なのかが理解出来るだろう。
言葉が途切れ途切れになるのも、口を動かすのが億劫だからだ。
「デリは歩くのすら苦手なのだな…」
「…ん…、…生前…も…そう…」
流石に生前から、口から出る言葉がこんなに途切れ途切れだった訳では無い。
「そうなのか。…大変だな」
クリスタルはしみじみに呟かざる得ない。身体を動かすのが苦手…と言うのは彼女には到底受け入れ難いものだから。
「…体質…諦める…。…変わり…魔法…ある…」
「私は魔法の一切が使えないからな。魔力は有るのだが…」
デリは魔法においては、シンを上回りかねない程の腕の持ち主である。つまり、クリスタルとは正しく対極に居るような存在である。
体が有るのに動かせない。魔力が有るのに魔法が発動出来ない。
「…クリスタル…、…魔力…いっぱい…」
デリは両手を広げて、クリスタルの魔力量を表現しようとする。
「…そうなのか?」
あまり使わない力に関しては、例え自身の事であってもよくわからない。
「そうですね、クリスタルの魔力量は莫大です。…ですから、主が無理にでも魔力を使える様にしようと奮闘したのです。鎧で魔力を消費出来る様にしているのは、その奮闘のお陰なのですよ?」
シンが魔力を流す事によって、様々な能力を発揮する金色の鎧を作ったり、沢山の盾を渡したりしたのは、彼女の魔力量が寝かせておくのには惜しいと思える程に大きかったからだ。
「…そうなのですか」
とは言え、わからない以上はクリスタルは頷くしかない。
「…着いた…?…」
デリは前に見えてきた、大きな屋敷を見つめながらレイに訊ねる。
「ええ、あそこでしょうね」
今回の仕事のターゲットは、大きな屋敷の中に居る街の領主だ。暗殺者を送ってきたのも此処らしい。
彼女達の足取りは迷いが無く、屋敷の門番をふっ飛ばして敷地に侵入した。
☆
「止まれっ! …ぎゃっ!?」
クリスタルはワラワラと集まってきた、恐らくは領主の私兵であろう一人を殴り飛ばした。
「殺してはなりませんよ?」
「わかっています」
手加減をすれば貴重な労働力が手に入る。…そう考えれば殺す理由など見当たらない。人の心は物の様に単純ではないけれど…。
「ふぐっ!」
レイの拳が別の兵士に減り込む。
「…デリ、一気に動きを封じられないか?」
これでもかとゾロゾロと出てくる兵士たちに、クリスタルは眉を顰めながらもデリに問う。
「…出来る…」
デリは返事をすると、直立不動のまま魔法を発動させる。立派な木の幹がうねりながらも生やされ、兵士たちの腕や足や武器に絡みつく。
「…終わり…」
「…初めから頼めば良かったな」
あっという間に片付いた現状を見て、少しだけ後悔する事になった。
☆
「姫様っ! 早くこちらへっ!!」
ドレスを纏った気品の高そうな女性が、一人の執事に連れられて馬車へ向かおうとしている。
「そこまでです」
そんな彼女達に待ったを掛けたのはレイだった。
「くっ! 私が時間を作りますっ!!」
「そんなっ!?」
執事と姫様の会話を聞いていると、明らかに悪役はレイの方である。…いや、事実、レイは完全に悪役なのだが…。
「貴女の名は?」
レイは執事が飛び出すのを抑える様に、先の姫様に問い訊ねる。
「…レティーナ」
姫様は恐る恐る答える。
「服装から見れば、それなりの地位に居る方の様ですが…」
「…私を殺しに来たのでしょう? 何故、ご丁寧にもそんな事を聞くのかしら?」
だが、少しでも情報を聞き出してやろうと、彼女の言葉は攻勢に出た。
「…なるほど、第一王女でしたか。ならば…問いましょう。先程の屋敷に住んでいた者達ですが…全て鎮圧しました」
「なっ…!?」
領主の屋敷に居る者達で、目を開いている者は一人も居ない。
「ですが…まだ、殺していません」
「…人質、ですか?」
「ええ、話が早くて助かります」
王女様だとバラした彼女は、レイの瞳をキツく睨みつける。
「そんな事許されるわけないだろうっ!! ぬんっ!!」
執事はレイに襲い掛かった。
「…甘い」
執事が片手に持っていた暗器を落とさせ、レイは首に手刀を、腹に膝を打ち込んで地面に沈ませる。
「…当然、彼もですよ?」
崩れ落ちた執事の身体を持ち上げて、王女様に見せびらかす。
「…くっ」
「・・・」
レイは彼女の決断を誘わせる。
「…わかりました、私の命はどうなっても構いません。その代わり…」
「ええ、他の者の命は保障しましょう」
こうしてレイは、王女様を捕まえる事に成功した。
☆
「クリスタル。どれくらい終わりましたか?」
執事を肩に乗せ、王女様を引き連れてレイは制圧済みの屋敷に戻ってきた。
「半分くらいです」
「なるほど。デリに任せてしまったらどうでしょう?」
「…魔法で一辺に張り付けて貰う…と?」
クリスタルは魔法に馴染みが無い為、どうしても魔法と言うのを意識の外に追いやってしまう。
「…どれ…?…」
「これですね」
奴隷にする為の首輪を渡す…のではなく、張り付けるシールをレイはデリに見せる。
「…魔力…流す…?…」
「ええ」
「…出来る…やる…」
デリの後ろから、何本も腕が伸びる。土の手だったり氷の手だったりと様々だった。
その複数の腕は、転がされた屋敷の者達の服をペラペラと捲り、シールをペタペタと張り付けていく。物凄く速い動きだ。
「…今までの私の苦労はいったい…」
クリスタルはその状況に膝を折らざる得なかった。
「…あの、それは一体?」
「眷属の首輪の様なモノだ」
眷属の首輪は、奴隷化する際に一般的に取り付けられるモノである。
「そ、そんなっ! 約束がっ!?」
「私は命を保障したまでですよ?」
自由まで保障する…などと、一言も言っていない。
「…っつ!?」
「貴女も同じですが」
レイは王女様の背をはだけさせ、そこに他のシールとは違う、色鮮やかなそれを張り付けた。
「ひゃあっ!?」
「貴女を殺す気も無いのです」
はだけさせた服は、すぐ様に元通りに着させられる。見せしめにと全裸で歩かせる様な理由も無いし、レイにその様な事への興味はない。
「…では、いったい何を?」
「さあ?」
彼女らの使い方を決めるのはミリの仕事であって、レイが口を出す様な事ではない。
「…あの、貴女は私と同じくらいの年頃だと思うのですが…?」
王女様は、今度は藁にも縋る想いでクリスタルに話し掛ける。
「私がか? …興味はないな」
年頃云々はクリスタルがあまり考えた事のない話だ。でもきっと、そう言う話では無いと思う。
「…そうですか」
「すまないな」
会話が初手で潰されると言う事に、王女様は恐怖しそうになる。奴隷化されたのだから、"奴隷が話し掛けるな"とか、簡単に言えば拒絶をされると思っていたのに、拒絶でも何でもない反応が返って来てしまった。
情報の集めようがない。
「…終わった…」
デリが帰ってきた。
「ご苦労様でした」
「…倒れてる…、…纏め…といた…」
奴隷化を進めながら、デリは掃き箒の様に倒れている人々を1つの大部屋に纏めてくれたらしい。
「それは助かります。では、そちらに向かいましょう。王女…レティーナもついて来なさい」
「これは…」
レティーナは言葉を失う。死んでいる訳では無いが、無造作に横並びにされている人々を見て、何も思わない訳にはいかなかった。
「では…この屋敷で一泊しましょう。明日になれば目覚めるでしょうから」
「わかりました。目覚めたらここを動かぬ様にと、指示を出しておきます」
クリスタルはデリと共に、"眷属のシール"で奴隷の行動を縛った。
「…それなりの調理場ですね。久しぶりにしっかりとした物を作るので、そちらの食堂で座っていてください」
レイは彼女達と共に調理場に顔を出すと、他には近くに見える食堂に行くように指示を出す。
「え…」
まさか襲撃者が調理場で調理をし出すとは思わないだろう。
「レティーナ…だったか? レイ様は私達が住まう屋敷のメイド長でな。この様な場所の使い勝手も嫌と言う程に理解している」
クリスタルが大人しく食堂で待つようにレティーナに促した。彼女が驚きたい気持ちもよくわかったが、出来ない者が居ても調理の邪魔である事は変わらない。
「…メイド長が戦闘を?」
調理場から出て、レティーナはクリスタルに問う。
「いや、メイド長は趣味だ。…と思う」
レティーナの言葉に彼女は答えるが、彼女の自信も怪しげな物になった。
「…座ろう…?…」
そんな自らよりも背の高い彼女達の袖を、デリはクイクイと引っ張った。
「そうだな。レティーナも座れ」
「…宜しいのですか?」
「奴隷が同じ席に座る…と言う奴か? 単に逆らわれない様に奴隷化しただけだからな、そこら辺は気にしなくても良い」
奴隷との格式を示したいと思う存在が殆どである事は知っているが、クリスタルは思わない。と言うよりも、彼女にとって"奴隷化"というのは"便利な道具"でしかない。
逆らわない、反乱を起こさせない為の道具だと言う認識しかない。
もっと人道的に反した言い方をすれば、人を道具化する為の"道具"だと言う事だ。
「…レイ様が来るまで待つしかないな」
レティーナが座り、クリスタルはボソッと呟いた。
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