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第十三部-話し合い。
「では、こちらの男は私達が貰っていきます」
領主との話し合いの後、レイは暗殺者の男に首輪を付けた。
「…それで良いと言うのなら私は何も言わないが…」
「何度も言うようですが、私達は人材を探しているのです。報酬には金より人材が欲しいのです」
レイだけの話ではないが、使える人材、即席の人材と言うのは、かなり重要な存在である。
「暗殺者の件に関してはここまでにしましょう。これからの予定をお聞かせください」
今までは暗殺者の処遇についてをずっと話し合ってきたのだが、レイは話を切り替える様に相手に促す。
「そうだな。まず…暗殺者を仕向けられた以上、黙って見ている訳にもいかない」
「そうですね」
領主の思いも十二分に理解出来るモノだ。やられっぱなしでは困るのだ。
「…仕返しの件は私達にお任せして頂けませんか?」
どうやら、何かをレイは思い付いたらしい。
「場所がわからないだろう?」
「ええ。ですから、場所を指定して頂ければ私達が出向くと言っているのです」
どこの刺客かなど、彼女に知る由が無いのは当たり前だが、逆に言えば場所さえわかれば何とでもなるのだ。
「それから、襲撃した屋敷に居た人材は全て私達が頂きます」
「…結局それが狙いか」
「ええ、何か問題でも?」
領主に大々的な処刑などの一切は出来なくなる。敵派閥を見せしめにする事すら出来ない。だがしかし、それを狙ってレイが告げた訳でも無い。
「貴族の子女を一人でも構わないのだが…」
「貴族の子女…ですか、貴方はそれに見合う対価をお出しになられますか?」
「…ぐう」
貴族の子女が奴隷として売られていれば、それはそれは相当な高値が付く筈だ。そんな金を出せるのか? と聞かれれば一領主であれば出せるだろうが、レイが"見込んだから"と更に金額を上げてしまえば、結局は手の届かない額になってしまう事が理解出来る。
こんこん、そんな音が話し合いの場に響く。
「…入ってくれ」
領主は流し目をやってから、扉の向こうに居る存在に許可を出す。
入ってきたのはクリスタルだった。
「…殿下は何処に?」
「医務室にぶち込んである。多少顔が変形しているかもしれないが命に別状はない。だから気にするな」
クリスタルの言葉は全く安心出来ない。
「…わかった。その言葉を信じよう」
安心は出来ないが、この場で席を空けて一人の王族の様子を見に行く事は出来ない。
「レイ様、一体どの様なお話を?」
クリスタルはレイの隣に座り訊ねる。
「敵勢力の奴隷化…ですね」
「…はあ、また大層な事を考えているのですね」
レイの言葉を聞いても、クリスタルは特に何も思わなかった。やはり彼女は慣れてきたのだろう。
「貴族として教育を受けた子女が、奴隷として価値があるのはわかっているでしょう?」
「…ああ、なるほど。派閥争いの勝者としては晒し者にしたいのですね」
民衆に勝者は"自らが勝った"と宣言をしなくてはならない。それを民衆に解りやすくする為には、敗者を晒す事が一番手っ取り早い。
「別に子女である必要も無いのでは? それこそ敵派閥の頭首を生きたまま捕縛すれば良い筈ですが」
レイが若者を捨てるのを惜しがっているのは、クリスタルにだってわかる。ならば年寄りを晒せば良いだろうと言うだけの話だ。
「…そんな事が出来るのか?」
貴族の頭首を生きたまま捕らえる。それは存外難しい事だ。だからこそ、胡散臭そうな目を彼女達に領主は向ける。
「やってやれない事は無いでしょう。まあ…当然、捕獲した後は"貸し出す"と言う形で、晒し者になってもらう事になりますが」
だがしかし、貴族なので仕事も出来る。それをみすみす手放す事もレイはしない。
「…晒し者になる事は許容するのだな?」
「奴隷を貸し出すだけの対価は頂きますが、それでも良ければ構いません。当然お安くしましょう」
これ以上の提案をレイはするつもりはない。…が、妥協出来る場所は妥協せねばならない。
「では、こちらの契約書に名前を書いてくれ」
「…なるほど、呪いの類ですか」
レイに差し出された書類は、"約束を守らせる"為の呪いが掛けられた物だ。破れば命を奪う為の物…まあ、通常の人族であればだが…。
「最後に魔力を通してくれ」
「良いでしょう」
きっちりと隅々まで読み切り、契約に穴が無いかを探し、自らに要らぬ危害が加わらぬ様に精査する。特に問題が見受けられなかったので、その呪いを発動させる為に魔力を通した。
「これで契約完了だ。では、相手が解り次第伝えよう」
「ええ、お願いします。私達は失礼させて頂きます」
レイとクリスタルは同時に立ち上がる。ちょっと遅れてデリも立ち上がった。
彼女達は話し合いの場を後にした。
☆
「…で、暇だからと外に出てきた訳ですが…」
領主の屋敷から外に出て、ふらりふらりと歩いていた。すると、男達に絡まれてしまった。思わずクリスタルは溜息を吐いた。
「所属はどちらでしょう? …と聞くのも無駄でしたね。こんな真昼間から女漁りをしている時間がある職など…冒険者くらいしか有り得ませんからね」
「よくわかってんじゃねえか。うへへ…、どうだい?」
「残念ながら、私達の輪は男子禁制です。他を当たってください」
レイもクリスタルも夫もしくは恋人持ちであり、デリに至っては死人なのでちょっと論外だ。
「おいおい、連れねえな」
「もう男が居るので。では…」
今回は比較的に常識持ちだったのか、立ち去った彼女達を追いかけては来なかった。
「冒険者も暇なのですね」
「まあ…堅気のお仕事であれば、真昼間から街に繰り出したりはしないでしょう」
結局はそう言うところなのだ。ミリが街から冒険者を追い出した理由の一つでもある。
「しっかりと品性が保障されていれば、その様には言われませんが…、やはり、度々街の女子供に手を上げた…などと聞きますからね」
暇があって悪事に働かなければ良いのだが、残念ながら働いてしまうのが冒険者だ。全てが全てとは言わないが、その職に就いたと言う事は、そうやって見られることを許容せねばならないと言う事でもある。
悪事の前例が有り過ぎて、そう言われてしまうのも仕方が無い。
そんなレイとクリスタルの会話を右耳で聞きながらも、もきゅもきゅとお肉をしゃぶっているのはデリだ。
「…本当に動じないな」
「…ええ、気に留めてすらいないとはこの事でしょう」
デリの様子を見て、一種の尊敬の様なモノをレイとクリスタルは向けた。
「おい、姉ちゃんたち。ちょっと付き合えよ」
不意に、レイの肩に見知らぬ男の手が伸びる。…が次の瞬間、その腕は捻りあげられる。
「…女性に不用心に触れるのは如何な物かと思いますが?」
「…ぐっ」
そして、レイは男を突き放した。
「行きます…「おいおい、こんな事しておいて帰れると思ってんのかよ?」」
声が遮られる。
「…相変わらず下劣だな」
…が、声を遮った主の顔面に拳が減り込んだ。
「レイ様、行きましょう」
クリスタルは拳を減り込ませたまま地面に頭を叩き付け、ニコリと微笑んだ。
☆☆☆
「こことここは地盤が弱いと聞いているので、人魚の居住地域としては使えません」
陵は人魚族女王様の第一夫君であるクアライドの意見を受け入れなかった。
今、人魚族女王の為に用意された屋敷に陵と美鈴は居る。
「…だが、それでは場所が足りなくてだな」
「代案は…、一応無い訳ではありません」
地盤が弱いから止めておけ、そう陵に告げたのはシンだった。だがしかし、それでは収容できる人数が減ってしまうのも事実だ。
だから陵が代案し、少し無理を言って通した"取れる手段"がある。
「聞かせてくれ」
「先に新たな世界に行ってもらう…と言う事です。当然、向こうの世界にも仕事は作れるので困らないでしょう」
ちょっぴり強引な形になったとシンは言っていた。だって、未だに地球の最高神の依頼は完遂されていないのだから。
それでも、何とか融通を利かせてもらい、一足先に新たな世界に足を踏み入れる事を許可してもらったのだ。
「…それは私達が行く事も可能なのか?」
「ええ、まあ。シン様やミリ様が永住する事は取引の都合上、ダメな様ですが…」
それはそうだ。先に彼らが新たな世界に住んでしまったら、取引の全てが意味を無くしてしまう。彼らが依頼を完遂させる事は難しい訳では無いのだが、今はまだ時期ではない…という事だ。
「その新天地に関しての資料はあるか?」
「はい、こちらです」
"待ってました"と言わんばかりに、陵は手元の資料を取り出した。
「…新たな世界に魔物は居ないのか?」
「はい。…ですが、魔物が居ないことによっての、個々の種族の戦闘力の低下はミリ様も危惧して居られました。また…それへの対策も、ミリ様が移住を躊躇う大きな理由の一つでもあります」
レイがあっさりと人族側の最高神擬きを殺せるように、魔族側の最高神擬きもあっさりと殺せて当然だ。ましてや勇者や魔王など、特にあっさりと消滅させられるだろう。
だが、それを行ってしまうと、彼らはこの地に留まる事を許されなくなる。
地球の最高神とシンの取引と言うのはその様なモノなのだ。
「なるほど、実質問題は無い筈だ…と?」
「そうですね」
陵はクアライドに深く頷きを返す。
「…むう、そうするしか無いか…?」
「私はそちらが宜しいと思います。地盤の柔らかい土地に強引に住みついた挙句、天災によって命を失ってしまっては元も子もありません」
この提案に乗らなければ、また別の案が見つかるまでの間、ずっと同じ話をしなくてはならない。
「少し時間を貰っても良いか?」
「ええ、もちろん。お決まりになりましたら、また使いの者を走らせて頂ければ駆け付けますので」
結局、結論には至れなかった。
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