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第十三部-気に入らない。

 突然、クリスタルの目が覚める。どうやら、敵がやって来たようだ。 「…ふあ。わかっているから出て来い」  隣のベッドに眠っているレイと抱えられているデリを見てから、クリスタルは天井裏に声を掛ける。 「逃げなくても良いだろうに…」  バレた事に気が付いた何者かは、天井裏から逃げようとするが、クリスタルの結界によって退路を塞がれてしまう。 「…動くのも面倒だからな。お前が降りてこない限りは一生このままだぞ?」  今現在、何者かが歩みだせる退路は、クリスタルのベッドの上に飛び降りる事しかない。 「…動かないのなら朝まで待っていろ」  最後の1枚、新たに結界を張り、何者かを完全に天井裏に閉じ込めてしまうと、彼女は二度寝をした。まだ朝焼けも見えない様な深夜だった。 ☆ 「…ん…」   レイの腕の中でぬくぬくとしながらも、眠りから覚めたデリは腕を抜ける。 「…何か…居る…?…」  目覚めてしまえば、天井裏に居る存在に気が付かない筈も無くて…。  彼女は天井裏を繰り抜いてみる。するとそこには、結界に閉じ込められた男が居た。 「…誰…?…」  彼女は首を傾げる。だがしかし、返事は無い。 「…えい…」  彼女は結界を壊した。デリは神の力で生成された結界をあっさりと壊した。  その次の瞬間、男は走り出す。 「…ダメ…」  …が、あっさりと彼女に捕縛されてしまった。 「…暗殺者…?…」  手足を縛り、豚の丸焼きの様に吊るすと、男を見てもう一度首を傾げる。だがしかし、返事は無い。 「…多分…暗殺者…」  彼女は何故か男を決めつけてしまう。 「…レイ…起きて…」  隣の女性を起こす事にした様だ。 「…何でしょう?」 「…敵…」 「…ああ、昨晩辺りに潜んでいた男の事でしょう? 放っておきなさい」  彼女の言葉にレイはつまらなさそうに返す。レイが気が付いていない筈が無かった。 「…でも…朝…」 「…なまけ癖が付いたのかもしれません」  更に続いたデリの言葉に、レイは眉を顰めながら呟く。かつての屋敷の様に彼女に仕事が無いから、早く起きる意味も無ければ、メイドらしい健全な生活を送る必要も無い。  故に、怠け癖がついてしまった。  にゅーっと、レイは軽く伸びをする。 「デリ、一旦、その男を外に出して貰えませんか?」 「…ん…わかった…」  レイの言葉を聞いたデリによって、木の弦によって、男は部屋の外に閉め出される。当然、腕も足も首もどこもかしこも拘束されたままなので、彼に動ける余地は一切無い。 「着替えましょう、デリもこちらに。それから、クリスタルも起きなさい」  レイはデリに服を渡しながら、腕を変形させ、離れたベッドに眠っている彼女の肩を叩く。 「…ん…」  レイが一々服を用意するのは、デリが服に対して無頓着過ぎるから。 「…んう」  クリスタルは寝ぼけ目を擦りながらも、ゆったりずんぐりと起き上がる。 「…ん? レイ様、上に何者か居ませんでしたか? 捕獲して置いた筈なのですが…」  夜中にあった気配が消えていて、尚且つ、自らの結界が壊れている事に気付いた彼女は、少し難しそうな顔をして訊ねる。 「それなら外に転がしてあります」 「…壊し…ちゃった…」  簡潔に告げるレイと、"てへぺろ"とでも言いたげなデリの全く違う方向性の返事。 「いや、自力で脱出していないのなら良い」  そんな返事で彼女は納得するらしい。 「クリスタルもさっさと着替えなさい」 「あ、はい、わかりました」  レイに急かされてしまった。 ☆☆ 「…今回の件はこちらですね。まさか、私達の部屋にまで暗殺者が忍び込んで来るとは、思いもしませんでした」  レイは目の前に王族の一人と領主を据えて、捕まえた暗殺者を披露する。 「…何と、それは真か?」 「証拠があるだろう? …それでもそう問うのか?」  レイの隣に座っていたクリスタルは、領主のその発言を責めた。 「いやいや、そんな意味合いは無い」 「他には?」 「いや、君たちの所が初めてだ」 「…つまり、元々私達の存在を注視していた者が他派閥に居たのか、もしくは、意図的に私達の存在を告げた者が居るのか…だな」  彼女達が多大な戦力になる事は、ダンジョンを攻略した事によって理解出来る筈だ。つまり、本当に領主の屋敷で暗殺を行いたければ、彼女達が眠っていた部屋は後回しにされる筈なのだ。  だから必然的に、捕獲された暗殺者は彼女達を狙っていたと決定付けられてしまう。 「貴様っ! まさか我々を疑うのかっ!?」 「…お前は煩い。典型的なダメ王族の象徴だな」  王族の男がクリスタルに食って掛かるが、彼女はバッサリと辛辣な言葉を浴びせる。 「何だとっ!? …っ」  更に食って掛かろうとすると、クリスタルが通常の騎士剣を王族の首に当てる。 「煩いと言ったぞ。…領主、この様な男は二度と話し合いに参加させるな」  王族の隣に座る領主に、王族を退出させる様に彼女は告げる。 「それはだな…」  流石に今回の派閥争いの渦中である王族を、この話し合いから退かす事に領主は躊躇する。 「…なら、私がやりましょう」 「いえ、むしろ話し合いをレイ様にお任せしたいのですが?」  レイは話し合いが面倒になったのか、外に出る理由を見つけたのか作ったのか、外に出て行こうとする。…が、それをクリスタルに封じられた。 「・・・」「・・・」  レイとクリスタルの目が交錯する。 「…わかりました。そちらの問題児は貴女にお任せします」 「では、その様に。…ほら、さっさと外に行くぞ」  レイは話し合いを情け負う、クリスタルは王族の調教…では無く"黙らせる事"を情け負う。少なくとも、雇い主の派閥である顔が、王族が、話し合いで声を張り上げるような馬鹿者では困るのだ。  だが、それ以上に王族に彼女は思う所がある様だ。 「きっ、きさっ「ボコッ」…」 「…黙って言う通りにしていろ」  鼻から血を流す王族を容赦無く、彼女は話し合いの場から外に放り出した。 「貴様っ! 殿下に何をしているっ!!」  彼女が彼を叩き直そうと騎士の訓練場に向かうと、そこの偉そうな騎士に食って掛かられる。 「ほう…? こいつは王子だったのか。ほら、私が剣を貸してやるからさっさと構えろ」  だが、そんな騎士は無視して、自らと距離が空くように王族の男を押し飛ばす。すると、その男は転倒する。おまけと言わんばかりに倒れ込んだ男の真横に剣が刺さった。 「…早くしろと言っているだろう」  立ち上がらない男にイラつきを隠そうともせずに、クリスタルは告げる。 「殿下に何をしているのか聞いているだろうっ!?」   相手にされなかった騎士は再度叫ぶ。 「貴殿はここのリーダーか何かか? もしそうならば話が早い、剣を構えろ」  どうやらクリスタルは、王族の男が立ち上がる前に、叫び散らす男を叩き潰すつもりらしい。 「…後悔しても知らぬぞ?」 「戯言は良い。さっさと掛かって来い」  お互いに剣を抜いた。騎士の男はクリスタルに切り込む。クリスタルは正面から剣を合わせて、形に沿わせて受け流す。  受け流した次の瞬間には、クリスタルの膝が騎士の溝に打ち込まれていた。 「がっ…」  軽く下がった騎士の顔をクリスタルは真上に蹴り上げると、騎士の意識はあっさりと消失した。 「…次はお前だ」 「…何故この様な事をする?」 「私は構えろと言った。…死ぬぞ」  王族の問い掛けに一切答える気は無い。忠告と同時にクリスタルの剣が王族の前髪を斬り飛ばす。 「…む、手元が狂ったな。本来なら頭を叩き斬っている筈なのだが」  クリスタルの今の言葉は完全なブラフだ。だが、斬り飛ばされた王族からすれば冗談になど聞こえる筈も無くて。 「くっ…」  とうとう王族は剣を取った。そしてクリスタルに斬りかかる。  クリスタルは王族の剣筋に合わせる様に剣を振るい、均衡を演出する。少々の時間を演出に費やすと、彼女は彼の剣を弾き飛ばした。 「お前は負けた。このまま死んでもらうぞ」  クリスタルは防御手段の無い王族に剣を振り上げる。…が、斬り飛ばす事はしなかった。殺す事が目的では無いからだ。 「…今、お前は恐怖を感じたか?」  王族の首には剣が食い込み、血がドクドクと流れる。そんな王族に彼女は問い掛ける。 「答えないのならばそれでも構わない。…が、お前達王族や貴族が下らない派閥争いをしている間に、今の様な事が何度も繰り返されている事は心得ろ。一人死ねば、その者の父や母、もしくは夫か妻か、もしくは子供か、はたまた友か仲間か…少なくとも涙する事だけは心得ろ」  その羅列された静かな言葉には、クリスタルの確かな激情が乗っていた。その激情は思わず喉を詰まらせる程だった。  騎士団長の娘だったからこそ、国の為にと散って行った者達を彼女は知っている。  当然、自らの父の部下であった者達が内戦で命を落とした事は無い。彼女の父も彼女と同様、素晴らしい人材であったからだ。  …だが、それでも他国との戦争で亡くなった者達は居る。遺族の元に挨拶をしに行く事も何度だって有った。死んでしまったら大義も糞も無いと彼女も思う。  …が、戦わなくては家族の住む街が火の粉を被るのであれば、戦う者であれば迷わず剣を取る筈だ。  そこには確かに一兵の意思があり、一騎士の意地がある。国の為ではあるが国の為ではない。そこには誰かの為では無くて、自らの為だと言う意思が含まれる。  大事な何かを守るのも、"自分"の為だから。  本来、騎士も兵士もそう有るべきモノだ。それなのに、それが派閥争いに使われようとしている。  それを騎士団長の娘だったクリスタルに許容せよと言うのは無理な話だった。そんな下らない事の為に、彼らは力を付けている訳では無いのだから。 「やはり、気に入らないな」  食い込んだ剣を鞘に戻し、彼女は茫然と立ち尽くす彼を置いてきぼりにした。
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