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第十三部-姦しい。
「こちらに居られるのが、この街の領主であるゲーラ様だ」
暗殺者が紹介をする。
「彼女に紹介された様に私が領主だ。覚えておいて貰えると助かる」
「私の名はレイ、以後お見知りおきを。…で、本日私達が呼ばれた理由は何でしょう?」
軽く挨拶を交わすと、レイはすぐ様に本題に移るよう促す。左右に居るデリの事もクリスタルの名も紹介しない。
「簡単に言えば…私は君たちを雇いたい。自らの戦力としてだ」
領主の言葉はダンジョン攻略者に告げる言葉の中でも、もっとも予想出来るモノだった。
「…その言葉に、私が頷くと思っているのでしょうか?」
「いや、まさか。頷いてくれるなんて思っていない」
レイの心からの疑問に、領主は首を横に振る。
「私が雇いたいのは短期間だけだ。そう、王が決まるまでの間だ」
領主が続けた言葉は、権力闘争を示唆していた。
「なるほど、一時的な戦力がお求めですか」
それなら、余興としても問題無いなと彼女は思う。所詮一国程度のそれでは、彼女にとってお遊戯にしか成り得ない。
どうせ、この世界は終わりを迎えるのだから。
「報酬は?」
「白金貨…「金の類は要りません」…」
この国の白金貨がどれほどの価値を持つのか、それはわからないがレイは拒否をする。
「教養の高い人物を頂けませんか?」
いつも通りのレイの要求。即席の人材と言うのは金に勝るモノだ。
「…教養の高い?」
「ええ」
出された飲み物を啜りながら、彼女は頷く。
「…どれほどの存在を求める? 王政に携わる者か?」
「それこそ、貴方の…いえ、国の誠意が見える部分でしょう? ダンジョン攻略者として"だけ"で、呼んだわけでも無いのでしょうに」
"勝手に決めろ。ただし、それによって今後の対応を決めるからな"とレイは言っているのだ。また、彼女の言う通りで、目の前の領主は彼女達が何処の所属かを知っている。
「…わかった、ならばそれで手を打とう。今日からはこの屋敷に住んでくれ」
「短い間ですが、よろしくお願いします」
少し笑みを浮かべた領主を、レイは澄まし顔であっさりと躱した。
☆
「…こんなにあっさりと国政に関わって良いのか」
クリスタルは領主によって用意された部屋で、ポツリと呟く。
「その様な事は気にしなくても大丈夫です。あちらが関わってくれと言っているのですから」
レイは本当に気にしていないらしい。
「…ん…」
ベッドの上でパタパタとデリが足を振るう。
「ですが…具体的には何をするのでしょう?」
クリスタルは国に関わる事になったからと言って、大々的に動くことになるとは思っていない。
それはそうだろう。彼女達が大々的に動いてしまえば、ミリがこの国に内政干渉をしたと、後ろ指を差されても可笑しくないのだから。
「内戦に参加すること以外に思い浮かびませんが?」
「やはり、戦争ですか。…国の中で戦争するくらいなら、国を分けてしまえば良いだろうに」
クリスタルはレイの言葉に苦い顔で返す。彼女は内戦の意味を理解できなかった。
故郷を故郷の民で荒らすのだ。故郷の民が故郷の民を殺すのだ。
そこまでして、一体何をこの国が手に入れたいのか? また、たかが王族の派閥争い程度で住民や国の為にと志願した兵士が命を落とす必要があるのか? ほとほとに国の王族に問い訊ねたくなってしまう。
所詮、王と言えど人でしかない。王は一級品ではない。上に立つ存在に替えが利かない訳が無いのだ。その程度の存在が、自らの民を薪にくべると言うのだから、彼女が苦い顔をするのは当然と言えよう。
「…人…何時…なっても…変わら…ない…」
デリは興味無さげに、只思った事を呟く。それは懐かし気な心を無意識のうちに含んでいた。
「ここか…」「お止めくださいっ!!」
「知らんっ! お前こそ名折れだと思わんのかっ!! どこぞの馬の骨とやらに王族を差し出せと言われたのだぞっ!?」
部屋の外が騒がしい。その騒がしさにクリスタルとレイは目を合わせる。
「…はあ、行ってきます」
クリスタルは溜息を吐いてから、部屋の扉を開け放す。すると、"ゴンっ"という音と共に何かが倒れ込んだ。
「…ん? ああ、すまない。先程騒いでいたのはお前か?」
扉をぶつけられ、尻餅をついている男をクリスタルは見下ろす。
「貴様っ! 我が王族だと知っての無礼かっ!!」
その男は勢い良く立ち上がり、顔を真っ赤にしてクリスタルに叫び散らす。
「お前が王族だと? …だからどうしたと言うのだ?」
目の前の男が王族だった事に驚きはあったが、"だから?"という思いも強かった。少なくとも派閥争いの為に国を荒らす王族など、王族と言えるのかも怪しいだろう。
「…本気で言っているのか?」
「…何がだ?」
"何処を嘘だと思ったのだろうか?"と、彼女は心の中で思考を巡らすが、結局出てきた言葉はそれだった。
「王族か否か…だ」
そんな彼女の言葉に、男は声を低くして問い直す。
「…逆に聞くが。他国の戦力を当てにしたお前達王族が敬われると思っていたのか?」
「なんだとっ!」
男は彼女に掴み掛かるが、それより先に彼女の足が男の顎を蹴り飛ばす。
「内戦が有るのか否かは知らないが、国の内側で死者を出そうとするなど…愚の骨頂でしかない。その程度の王族に払ってやる敬意は無い。もう2度と私達の部屋の前に来るな、次は殺してしまうかもしれない」
段々とレイの思考に染まってきているのか、今のクリスタルには他国の王族を手に掛ける事への抵抗が無い。
ばたん、と扉を閉めた。門前払いと言うやつだろう。
「お疲れ様です。如何でしたか?」
レイはベッドの上でデリを抱えながら、部屋の中に戻ってきたクリスタルに問う。
「もう関わりたくありません」
まっすぐな否定が彼女から返ってきた。
「…そうですか」
デリを抱えたまま、レイは"ぽすっ"とベッドに横になってしまう。
「…腕…じゃま…」
デリが身体を広げようとするとレイの腕が邪魔をして広がらなかった。少し不服そうにレイに告げた。
「…ああ、すみません」
レイは腕の位置を変える。
「…それなら…良い…」
腕の位置が変われば、邪魔にならなければ、抱き疲れていることに不満は無いらしい。
「…クリスタル…来る…?…」
更に仲間外れのクリスタルにデリは声を掛ける。
「…いや、良い」
クリスタルの返事に葛藤が含まれていた事は否定できないだろう。だって、レイがあんなにも気持ち良さそうに抱き着いているのだ。
彼女も気になって仕方が無い。
「…来る…?…」
「うっ…」
再度問い掛けられ、クリスタルの心は揺れ動く。
「…少しだけ」
とうとう彼女は折れた。
そして、デリの肌にペタペタと触れてみる。
(本当にヒンヤリしている…)
そんな感想と共に感動も覚えた。触り続けていると、不意に柔らかいモノが彼女の手に当たる。
(柔らかい…?)
"むにゅん"と、彼女の手が沈む。彼女の身体には無い感覚だった。
「…えっ…ち…」
デリは特に表情を変えずに、それだけを呟く。
「…あ、すまない」
クリスタルは手を放してすぐに謝った。そして"世の男は柔らかいのが好きなのか"と、自らもつい夢中になった事によって納得する。
「…お返し…」
今度はデリが強引にクリスタルを押し倒す。レイが抱えていた筈なのに、あっさりと彼女はレイの腕を抜け出した。
「…っつ!?」
「…好きな…人…は…?…」
上からクリスタルの顔を覗き込み、デリは訊ねる。
「…いる」
"ごくり"と生唾を飲み込むようにクリスタルは告げる。…すると、あっさりと彼女はクリスタルの上から退いた。
「…不用意…に…触らない…」
デリは自らの胸を触った事に対して注意をする。一言断りを入れれば、彼女が注意する事は無かっただろう。
「…わかった」
"いない"と告げていたらどうなっていたのだろう? そんな思いが彼女の中で渦巻いた。
「…触っても…良い…けど…」
「…本気で言ってるのか?」
「…ん…、…あ…」「あ…」
クリスタルとデリの会話に割り込むように、レイの腕が伸びる。彼女の腕はデリに絡まり、彼女の中にデリを抱きしめた。
「クリスタルに独占はさせませんよ?」
「…いや、しませんから」
一昨日からそうだが、レイはデリと出会ってからデリを抱き枕にする事に無駄に固執している気がする。
冷たい、柔らかい、小さいの三拍子が揃っているのだから、それも仕方が無い事なのかもしれない。
☆☆☆
場面は移り変わり、ミリが治める街の屋敷では…。
「ティル、そちらは終わったのか?」
一足先に秘書としての仕事を終えていたローズが、彼女らの寝室に帰ってきたティルに問い掛ける。
「おう。…まあ、なんとかな」
今まではレイに頼っていた部分、それらの殆どを彼は管理しなくてはならなかった。それ故に疲労の色も濃く出ている。
「…そうか、なら眠ってしまうか?」
ローズは彼に"自らを意識していない事に"文句を言いたくなるが、寸での所で言葉を引っ込める。彼女は彼に"自らを女として見ろ"などと、言える立場では無いのだ。
「だな。そうしねえと死んじまう」
そんな彼女の心境に彼は気付くはずも無く、彼は眠る支度を始める。彼は彼で、クリスタルが自らの元に帰ってくるまではローズに触れようと思わない。
だって、不誠実だろう? まるで自らの恋人が近くに居ないからと、ここぞとばかりに女漁りをしている様に見えてしまうから。
クリスタルは彼の一番であれば文句は無いと言っていて、彼女の旅の期間中にティルとローズが身体を重ねた所で何も言わないだろう。
だが、政略結婚的な意味合いで顔を合わせた女と好き合って一緒になった女とでは、彼にとって比べるまでも無いのだ。
どうやったって、例え縛り付けられていなかったとしても、クリスタルを想い優先するのは当然なことだった。
(…クリスは何時帰って来るんだ?)
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