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第十二部-死王との出会い。

「最終階層…ですか。私が人のままであれば、信じられない光景です」  クリスタルはダンジョン最下層、所謂ラスボス部屋の前で、少しだけ感慨深そうに呟く。 「…人の身で辿り着く事は、不可能でしょうね」  レイはそんな彼女に微笑みながら告げる。そして、早速扉を開けた。 「…人?」  最後の空間には、一人ぽつんと突っ立っている者が見えた。 「…よう…こそ…」  それは彼女達に友好的な笑みを浮かべる。他の魔物とは、他のゾンビとは違うように見えた。けれども何となく、クリスタルも姿形のままの人ではない事実だけが本能的にわかってしまった。 「…お茶…も…無い…けど…、…ゆっくり…して…行って…」  それはフードを被っていて顔が見えないが、その言葉はやはり今までの敵とは違った。ご丁寧にテーブルと椅子までもを用意してくれた。 「ご一緒させて頂きます」 「レイ様っ!?」  レイもそれに対抗するかの様に、用意されたテーブルに3つのカップを並べて、焦げた匂いのする黒い液体を注ぐ。 「クリスタルも座りなさい」 「ですが…」 「座りなさい」  クリスタルは目の前の強大な存在に少々怯える。だが、レイに強制的に座らされる。 「…これ…?…」  並べられたカップに、それは首を傾げる。 「お口に合うかはわかりませんが…」  目の前のそれは、レイが差し出したカップに口を付けた。 「…苦い…」  顔は見えないが、声音から相当に驚いている事はわかる。 「…でも…美味しい…」  だがしかし、お気に召したらしい。 「それは良かった」 「…ん…、…ありがと…。…でも…そろそろ…帰った方が…良い…」  軽く一息を着くと、それはレイに帰る様に促した。 「…殺したくない…」  その言葉は懇願にも聞こえる。 「…ふふ、貴女に私が殺せますか?」  レイは挑発を返す。目の前の存在に対してではなく、目の前の存在を縛る境遇に対して。 「…殺せるか…、…殺せないか…、…どうでも…いい…。…でも…傷つける…嫌…」 「私もそう簡単にはやられませんよ?」 「…じゃあ…、…私…殺す…?…」 「・・・」  それの最後の言葉に、レイは返事をしなかった。只々、目の前の存在を見て、少し笑みを浮かべるだけだった。 「…ごめん…、…もう…お話…出来ない…」  椅子に座っていたそれから、凄まじい威圧感が放たれる。その威圧はまさに、死者の王と呼ぶに相応しいモノだった。 「っつ!?」  クリスタルは座っていた椅子から一瞬で後ろに跳び、距離を取る。だがしかし、レイは未だにカップを手に取って、口を付けたまま。 「クリスタル、神話の戦いをお見せしましょう。()()はかなり出来ますよ」  カップを仕舞い、レイは告げる。 「自我が無いのですか。…相変わらず、この世界の神々は酷い事をしますね」  続けて呟く。 「…そうだな」  その呟きに答えたのはシンだった。 「予定では、この旅で主の手を煩わせるつもりは無かったのですが…」 「気にしなくて良い。…だが、私が行うのはダンジョンから彼女を開放する事だけだ」  どうやらシンは、レイに呼ばれたらしい。 「ええ、もう暫くは2人旅…いえ、3人旅を楽しませて頂きます」  レイはシンに対して軽く一礼をする。 「…なら、始めよう」  レイは目の前の存在へと、シンはダンジョンコアに向かって転移した。 「貴女の相手は私です。そろそろ素顔を見せても良いでしょう?」  レイはそれの付近に転移をして、僅かな時間でフードを取る。暗い灰色の長髪と、コバルトブルーな綺麗な瞳が露わになった。 「…そんな、泣かれても困りますよ」  コバルトブルーの瞳には涙が伝う。それはやはり、目の前の彼女の身体が、彼女自身の意思で動いていない証明だった。  次の瞬間、レイを取り囲むように幾千の魔法が展開される。暴風雨の様に降り注いだ。 「・・・」  レイは自らの時間を加速させ、一つ一つ冷静に躱し撃ち落とす。だが、キリが無い。 (思った通り、すぐ様に制圧とは行きませんか)  ならばと、レイは目の前の彼女と我慢比べに興じる事にする。 (主が彼女とダンジョンの繋がりを切れば…止まる筈ですから)  これには終わりがあるから、それが解っているからこその我慢比べだ。 「っつう!?」 (なんて威力だっ!?)  一方、彼女とレイの激戦を自らが張った結界の中から見ているクリスタルは、彼女達の強大さに戦慄する。竜の火球でさえもビクともしない結界が、レイと彼女のぶつかり合いの、その余波だけで揺らされる。  直撃もカスリもしていないのに、結界が揺れているのだ。怪獣と呼べてしまう竜の火球が、余波で掻き消されるという事実の証明だ。 (神の力を持ってしても…先は有るのだな)  だがそこで感じたのは、更なる高みへの可能性だった。  本来破壊される筈の無いダンジョンの壁は、余波によって罅を入れる。  天井が割れる。落石はもちろん、上層の通路が見える。だがしかし、天井が落ちたからと言って止まる彼女達ではない。 (…っつ、気を抜いたら…死ぬっ!)  観客として彼女達の戦いを眺めるだけで、クリスタルにとっては冷や汗ものだった。落ちた天井を結界で支えてから蹴り飛ばし、彼女らから放たれる余波に身構え直す。  レイへと放たれる魔法は一秒当たり1000以上。だが、そんな魔法を一寸の狂いも無く躱して叩き落とす。   (まだ…でしょうか?)  レイは自らの主に催促の念を送る。単調過ぎて飽きて来たのだろう。  攻めに転じる気は無いが、だからと言って、長い間受け続けて飽きが回ってしまうのは仕方が無い。 『待たせたな』  今か今かと待っていたシンからの念話がレイに届く。  シンは片手に結晶状の球を持って、彼女の後ろに現れる。その球を彼女にぶつけた。 「…う…」  彼女の猛攻は止まり、身体をグラつかせて前のめりに倒れた。 「…主、近かったのですから、支えてあげるくらいしてあげてください」  レイが彼女を支える。 (…終わったのか?)  クリスタルはそんな彼らを見て、そう結論付けそうになるが、もう少しだけ様子見をする事にした。先程の戦いに巻き込まれたら一溜まりも無いからだ。 「クリスタル、大丈夫だ」  そんなクリスタルを見て、シンが手招きをする。 「え、あ、わかりました」  それによって、彼女は彼の元に向かった。 「…それにしても、シン様は一体何故?」  彼女は彼に問い訊ねる。 「レイに彼女を救って欲しいと言われてな。気に入ったらしい」  彼は視界の隅に、レイが彼女を丁寧に横たわらせているのを見ながら、クリスタルの問いに答えてくれる。 (とは言え、レイが()しがるとはな)  彼女の問いに答えながらも、彼は心に思う。 「レイ、私は帰るが…問題はあるか?」  シンが必要になる事は既に終わった。ならば、すぐさま帰ろうと考えるのは道理だ。 「いえ、特には。それから、ありがとうございました」 「いや、これくらいなら構わない。私は帰る…」  レイに背を向けたシン、しかし転移をする寸前で動きを止める。 「クリスタル、お前は"守護神"になった」  それだけを告げて、彼は姿を消した。 「え? あ、シン様っ!?」  言い残された言葉を問い訊ねようとしたが、時既に遅し、彼は消えてしまっているのだから届く事は無い。 「…レイ様?」  ならばと、クリスタルはレイに懇願の目を向ける。 「貴女は守護神という神になった。それだけでしょう。ティルが闘神になった様に、アイが隠密神になった様に、ただそれだけですよ」  レイはあどけなく眠ったままの彼女を撫でながら、クリスタルに"あまり気にするな"と言外に告げる。  正確に言えば、ティルは完全な闘神では無いのだが…この際それは関係ない。 「…そう、ですか」 「変な意味を持ったところで、貴女は貴女なのですから」  守護神に成ろうが、隠密神に成ろうが、闘神に成ろうが、結局は成る前の当人のままだ。何も変化は起こらない。 ☆☆☆☆ 「…ん…、…あれ…?…、…私…が…存在…してる…」  彼女は目を覚ます。 「…ん…?…」  自らが死んでから、死人に成ってから手に入れた力とは別の力が、自らの中に在る事を理解する。 「目覚めましたか?」 「…さっき…の…」  薄ら薄らな記憶を辿り、声の主-レイ-を見上げる。 「・・・」  "何で助けたのか?"、そんな野暮な事を彼女は聞かない。ただジッとレイを見つめるだけ。彼女の長らくの孤独を見続けた目が、深淵が無言で問い掛けるだけだ。 「こちらに来ては如何ですか?」  レイは彼女が行った様に、テーブルと椅子を揃えていた。そして、彼女の為のカップを置き直しお茶を注ぐ。 「…ん…」  彼女はレイの隣に座り、喉に茶を注ぐ。 「貴女の名前は?」 「…無い…」  レイの問いに対する答えを、彼女は持っていない。いや、置いてきてしまっただけかもしれない。 「…でしたら、"デリ"という名はどうでしょう?」 「…その…名前…、…貰った…。…私の名…デリ…」  それは死人が名前を手に入れた瞬間、死人が存在証明を始める瞬間でもあった。 「では、その様にしましょう。クリスタルも良いですね?」 「…はい。私はデリ様とお呼びすれば良いのでしょうか?」  クリスタルは目の前の彼女を認識すると同時に、デリに問い掛ける。 「…デリ…良い…。…敬語…要らない…」 「…わかった」  クリスタルは引き攣りそうになりながらも了承した。何故なら、目の前の彼女は明らかに年上で、強力な存在だからだ。 「…?…」  デリは彼女の様子を見て、首をコテンと傾げる。 「「・・・」」  そんな彼女に、レイとクリスタルの視線が集中する。 「…?…」  そんな彼女らの視線を浴びて、またも首をコテンと傾げる。 (わざと…なのか?) (…これが素なのでしょうか?)  容姿的に見ても、彼女の行動は何ら可笑しくは見えなかった。
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