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第十二部-ダンジョン攻略。
「・・・」
クリスタルの瞳は、通常の洞窟風景とレイを映し出す。眠りの時間は終わりを告げた。
「おはようございます」
「…おはようございます」
彼女は無造作に横たわっていた身体を揺り起こして立ち上がる。
「では、本日はもっと奥を目指して頑張りましょう」
「…はい」
クリスタルは"頑張る"と言えるほどに、戦闘に苦戦をしていないのも事実である。もっと言ってしまえば、只々動くサンドバックを殴っている状態なので、彼女の返事が濁るのも仕方のない事だった。
1日が始まる。
☆☆
「…ランドドラゴン」
地下、第10階層まで潜った彼女達は、所謂"ボス部屋"と呼ばれる空間に辿り着いた。
「私は見ているだけですから」
クリスタルの呟きに対し、レイは素っ気ない。それは彼女も、レイが手を出さないスタンスで貫くつもりである事を、十二分に理解しているからだ。
クリスタルは腕に結界を纏う。ランドドラゴンに突っ込んだ。
「Gyaaaaaaa!!!」
ランドドラゴンが雄叫びを上げてクリスタルを迎え撃つ。
彼女と怪獣はぶつかり合う。だがしかし、タッチの差で彼女が怪獣の真下に潜り込んだ。
結界を纏った拳を、腰が入った拳を、地面が陥没する程の体重が乗った拳を、彼女は怪獣の顎に叩き込んだ。
めきゃ、という音と共に彼女は怪獣の身体を宙に弾き飛ばす。怪獣の身体は地面に着弾した。
「…ふう」
ランドドラゴンの身動きが止まる。彼女は追撃はせずに待った。すると、ランドドラゴンの身体は分解されて消えていった。
「お見事です」
レイは"パチパチパチ"と拍手をする。かつてはティルが苦戦した魔物も、彼女は一撃で倒して見せた。これは素晴らしい成長だ。
「どうも…」
クリスタルはそんな彼女に軽く会釈をする。
彼女達は、敵を倒したことによって出現した階段を下った。すると、その先に人達が居た。恐らくはパーティーメンバーか何かだろう。休憩中なのかもしれない。
クリスタルもレイもコンタクトを一切取らずに先に進もうとする…
「おいおい、休まないで行くのか?」
…その声により、それは困難になった。
「ええ」
「…凄腕なんだな。確かに全く汚れてねえ」
服に一切の汚れが無い事から、声の主は無駄な事をしたと理解する。
「では、ご武運を」
「ああ、そっちもな。まあ…言うだけ無駄か」
レイは軽く肩を竦めて見せて、更に先に足を踏み出した。
☆
「アンデット系は…殴りたくない…のだが」
と愚痴りつつも、クリスタルは容赦無くゾンビの頭を粉砕する。
「10階層以降はアンデット系が多いようですね」
「…結界が張れて良かった」
レイは死体だろうが肢体だろうが、殴る蹴る斬り裂くと容赦をする必要性を感じないのだが、クリスタルは生理的に嫌がっていた。
「…だが、人型だからな」
クリスタルはそう自らに言い聞かせる。人型のアンデット(ゾンビなど)は人を殴った時と感覚が似ているため、良いサンドバックにはなるのだ。
つまり、対人関連の練習を積める事になる。
一人一人、原形が崩壊しかけているゾンビを彼女はひたすらに殴り続ける。
やがて次の階層に到達。
次の階層に上る。今度は魔法使いのゾンビが大量に。
同じように殴り倒す。
次の階層に上る。今度は狼型のゾンビが大量に現れる。
彼女は結界で動きを封じてから、一体一体を処理していく。
次の階層に上る。今度はオークやオーガなど、大型の人型のゾンビが出てくる。
人のゾンビと同じ様に殴り倒す。
「…レイ様、これはいったい何時まで続くのでしょうか?」
単調過ぎる繰り返しを続け、さしもクリスタルと言えど飽きてしまったのか、レイに訊ねる。
「貴女が満足するまでですね」
レイはあくまで、彼女に力の扱い方を練習出来る場を提供しただけに過ぎない。
「…もう勘弁してください」
その言葉を聞いて、クリスタルは即刻ギブアップした。
「まあ…最終階層までは行きますが」
「…え?」
ギブアップに対し、レイは悲しくも続行宣言の様に聞こえる言葉を吐く。
「ええ、最終階層に面白い存在が居るので」
「…そうなのですか?」
だが、レイは私事で行くつもりらしい事を理解すると、彼女も気を持ち直す。
「ええ。…クリスタル、魔物は倒さずに先に行きますよ」
レイはクリスタルに触れ、何度も何度も転移を繰り返した。
「…ええ」
ダンジョンを進む上で絶対に避けられない行為、"魔物とのエンカウント"をレイは全て避けて、階層を下って下って下り続ける。
クリスタルは唖然とせざる得ない。
「…クリスタル、相手をしてみませんか?」
だがしかし、その足はとあるボス部屋の前で止まってしまう。
「中に何が?」
「恐らくは空を飛べるタイプの竜種ですね。…ゾンビ化していますが」
その"ゾンビ化"という言葉に、クリスタルは顔を顰める。先程の彼女の戦闘で、"殴り倒す"という言葉を使ってきたが、あれは文字通りの意味だ。
ゾンビは核になる何かを破壊するか、もしくは、骨を全て折り動きを封じるか、もしくは浄化系の能力を使うか、の3種類しか止める方法が(基本的には)無い。
クリスタルも神の力を受け継いだ以上、浄化をする事は不可能ではない筈…だが、彼女は元々、近接系戦闘職だ。
その様な考えには至らず、ただひたすらに骨を全て圧し折っていた。
つまり、俗に言うドラゴンゾンビとやらが彼女達の先に待ち構えている訳だが、どう考えても倒す為に時間を費やしてしまうのは確実だった。
…いや、まあ、レイなら秒殺もイケるけど。
「…わかりました。折角ですから」
「では、その様に。…行きましょう」
レイはボス部屋の扉を開けた。
☆
「厄介過ぎる…」
空飛ぶゾンビと言うのは、元人だったクリスタルからすれば厄介な代物で、未だ撃ち落とせないまま10分近くが過ぎた。
(…踏み場は、無い)
ボス部屋の壁に、足を引っ掛けられる場所が無いかと見回すが、そんな物は存在しない。地面に棒立ちなままのレイと彼女に、ドラゴンゾンビは何度も何度も火球を撃ち放つが、全ては結界に遮られ届く気配すらを見せない。
(…そうかっ! 結界を踏み場にすれば行けるな)
揺れる気配を見せない結界から、空中移動のヒントを得る。得たら実行するしかない。
彼女から目視出来る位置に結界を張る。その上に乗ってみる。…成功だ。
(これなら行ける)
彼女は一気に10枚以上の結界を作り、ドラゴンゾンビへの道を作る。走り出した。
ドラゴンゾンビの火球を全て正面から潰し、そのまま走り続ける。やがて到達、彼女は上から振り下ろすように拳を叩き付けた。
ドラゴンゾンビは地面に不時着、再度飛び立とうとした時には、彼女の手が頭を地に押し付ける。
彼女は頭を潰す。次に翼を捥ぐ。更に足を引き千切る。
それから、ドラゴンゾンビの反応が無くなるまでひたすらに殴り続けた。やがて、ドラゴンゾンビは粒子化した。
(少し苦戦したな)
新たな力を持ってしても瞬殺には至らない存在が居る事に、何となく安堵する。レイなどを除いた上で…ではあるが。
「お疲れの所を申し訳ないのですが、次に行きましょう」
そんな彼女に一息吐く間も与えずに、レイは先を急いだ。
(あと何階層あるのだろうか?)
レイに抱えられながら、クリスタルは未だ見えぬ終わりを憂いた。
「私達の周りに結界をお願いします」
「へ? わかりました」
レイの言葉を受けて、クリスタルが結界を張る。レイは彼女を抱えたまま、一面が火の海な階層に突っ込んだ。
結界のお陰か、彼女達は特に何も思わぬままに抜け切ると、次は氷河の階層にたどり着く。こちらも結界によって何の事なく突破する。
やがて数え切れぬほどの階層を駆け降りると、彼女達は再度ドラゴンゾンビと出会う。数え切れぬ量のドラゴンゾンビだった。
当然、それらは彼女達に牙を向いた。
「クリスタル、各自で狩りましょう」
「わかりました」
レイはクリスタルを降ろし、ドラゴンゾンビの群れに逆に襲い掛かる。それを見たクリスタルも遅れは取らんと言わんばかりに突撃した。
レイの腕が一振りされるごとに、5体以上のドラゴンゾンビがぶつ切りに斬り飛ばされる。一方クリスタルは、一体一体を丁寧に再起不能にさせていく。
「数が…っ!?」
「そうですね。…この先に待っている存在はもっと大きな敵ですが」
レイは先の存在を凡そ理解している。だからこそ、いくらドラゴンゾンビが群れていても、少々前座にしても物足りない気がした。
「…私とある程度戦える。それだけで、この程度では相手に成り得ません」
レイ曰く、この先の存在はレイと殺し合えるだけの存在らしい。レイが今まで戦ってきた中で、最も強かったのはシンだったが、最も弱かったのはミリだ。
似非最高神はミリよりも強い。つまり、一応戦いに成ったとレイには判断されている。また、この先に居る存在は、ミリ以上、似非最高神以下である。
彼女の腕が触手上に変形、触手の先は刃に代わり、先ほどよりも広範囲に高速にドラゴンゾンビをぶつ切りにして行く。
通常なら風切り音さえも聞こえない斬撃が、レイの周りを飛び回る。
はたから見れば、レイに近付いた途端にミキサーに掛けられてしまっている様な、そんな光景だった。
骨、牙、鱗、何でもお構いなしだ。
やがて、数に終わりが見える。少しでも翻れば札束の海では無く、肉片の海。クリスタルが最後の一体を殴り倒した。
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