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第十二部-ダンジョンでの調整。
「っつ…」
木枝が木端微塵に潰されてしまう。手の平で軽く握っただけなのにこうなってしまえば、クリスタルは苦い顔をせざる得ない。
(簡単な力で無い事はわかっているが…)
それでもやはり、自らの身体なのに制御が利かないと言うのは気持ちの悪いモノで…。
「…はあ、どうしたものか」
思わずボヤいてしまう程に、彼女は自らの現状が気に入らない。
こんこん、そんなノックの音と共に扉が開けられる。
「どうですか? 力の制御に関しては…」
レイはクリスタルの手元の小枝を見て、聞く必要が無いと理解しながらも訊ねる。
「…この通り、全然出来ません」
「一朝一夕でどうにかなるモノでも無いでしょう。その為のダンジョン都市ですからね」
レイの言葉に、彼女は自らがダンジョン都市に居る事を思い出す。
「敵と戦いながら自らの力を理解しつつ、制御出来る様に頑張りましょう。…先に朝食ですが」
レイは彼女に、この宿の女将さんから受け取った朝食を差し出す。ちょっと頑丈な食器を添えて。
「…壊れない」
「それは私の調理器具ですから。以前お見せしたフライパンも、恐らくは壊れない筈ですよ」
「…ああ、なるほど」
以前、レイがゴブリンの頭に持ち手を突き刺したフライパン、あれもどうやら特別製らしい。
レイに軽く会釈をしてから、彼女は朝食を取り始める。手元にある"スプーン"を見ながら、そう言えば"携帯電話"も壊れなかったな、などと思っていた。
「ありがとうございます」
「いえいえ。…では、ダンジョンに行きましょう」
クリスタルが食事を終えると同時に、彼女達はダンジョン都市の代名詞である、"ダンジョン"向かう事になった。
☆☆
「ここが…」
クリスタルはダンジョンの入り口の、その前に立って呟く。
「ええ、では、入りましょう」
「…え? 警備の人が居るのですが?」
「身分証明が出来て、ある程度の実力が示せれば問題ありません。その為に貴女の祖国に手を貸したのです」
クリスタルの祖国であるガランディナ王国、国王からの身分証明書とミリからの身分証明書が有るのだ。通さなければ逆に問題になる。
「…いつの間に国交を?」
「ちょっとばかりミリが脅しまして…」
クリスタルの知らない所での話に決まってはいるのだが、そう言われてしまえば閉口するしかない。
レイが警備員に話しかける。彼女達はダンジョンへ足を踏み入れた。
「私の記憶が正しければ、ですが、確か冒険者が常習的に使う場所だと…」
「それは間違っていませんよ。ですが、ダンジョンはこの国の土地ですから」
ダンジョンに入るのは冒険者だけの特権ではない。だがしかし、クリスタルが言う程に冒険者の特権の様に見えているのも事実だ。
ダンジョンの中は、ダンジョンだからと異色な光景が広がっているわけでは無く、一般的な洞窟風景が広がっていた。
「…ダンジョンに入った経験は?」
「父上に一度だけ。奥まででは無くて、大体こんな感じだと教わりました」
全く知らないわけでは無く、彼女も大体こんなモノだと教わってはいる。だから、冒険者の特権である様に錯覚してしまうのだ。
「…早速ですか」
クリスタルはいつも通りに剣を抜いて、前に出現したゴブリンを瞬殺しようとする。
「クリスタル、暫く剣は封印してください。普通に殴れば問題ない筈です」
その必要は無いと、レイが彼女の手を止めた。
「…わかりました」
彼女は剣を仕舞い直す、と同時に彼女に対してゴブリンが襲い掛かる。
彼女はゴブリンが振り下ろした棍棒に沿わせる様にクロスカウンターを決める。ゴブリンの頭はビチャっと弾けた。
「・・・」
ゴブリンの血がクリスタルの顔面にモロに掛かった。
「顔をこちらに向けてください」
言われた通りにレイに顔を向けると、クリスタルの顔には濡れタオルが当てられる。すぐに血は拭き取られた。
「…下も凄い事になってるな」
クロスカウンターを打ち出す際に、クリスタルは地面を軽く踏み込んだ。その際に地面は陥没してしまっていた。
「それはもう、慣れるしかありませんね」
慰めにもならない投げやりな言葉をレイから受け取る。
「もう少し奥に行きましょう。ここだと目立ってしまうので」
「…そうですね」
「…クリスタルは気が付いていますか?」
「つけられている事なら…」
四階ほど下った所で、レイが足を止めて問う。どうやらクリスタルも気が付いているようだ。
「…出て来なさい」
レイは後ろを振り返って、曲がり角に命じる。そこに人種が潜んでいる事は既にわかっている。
「どうしてわかった?」
すると一人のピチピチスーツと暗器を身に纏った女性が現れた。その女性の姿を見て、ラインの出方を見て、クリスタルが顔を顰めてしまったのは仕方が無いだろう。だって、痴女にしか見えないし。
…例え、暗殺者であっても。
「普通に気が付いただけですよ」
どうしてでも何でもなく、単に暗殺者がたてる小さな音や殺された気配すらも、彼女には感知できるモノであっただけに過ぎない。
「…っつ!?」
クリスタルが"縮地"で、あっさりと女性との距離を縮める。そして足を蹴り飛ばした。
「ぐうっ!?」
思わず悲鳴をあげてしまう程に、勢い良く女性の足は圧し折られてしまう。
「…あ、すまない。加減が出来なくてな」
クリスタルが万全であれば、転ばせて無傷で捕獲も出来たのだろうが、いかんせん今の彼女の状態が良くなかった。
「治療しますね。少々痛いかもしれませんが、我慢してください」
ばきっ、と今度は逆方向に足を折り直す。レイはそこに時間逆行型の回復薬を振りかけた。
「…こ、これは」
「他言無用でお願いしますね」
驚きの表情を浮かべたからと言って、レイは何も答えない。
「…レイ様、彼女はどうするのですか?」
「放置します。そちらの方が面白そうですからね」
レイの返答は、クリスタルにとっては十二分に違和感のあるモノだった。いつもならあっさりと殺して終わる筈だ。
「では、もっと奥に…ああ、敵ですね」
レイとクリスタルの前には複数体のオークにオーガの集団、合計20は居るだろう。先程クリスタルに捕えられた女性は、未だ立てないままだ。
「…わかりました」
レイの目を見て、クリスタルは単騎、オークとオーガの集団に突っ込む。
オーガの棍棒を正面から拳で叩き割る。後ろ回し蹴りで全長2m以上は確実にあるオークを蹴り飛ばす。ドミノ倒しの様に連鎖する。
5m以上のオーガの拳が彼女へと、彼女は拳に拳を合わせて逆に粉砕する。
(うん…?)
少しだけ拳に違和感を感じる。彼女の拳がオーガに触れた感覚が無かったのだ。先の棍棒粉砕時も同じだ。だから拳を見ると、自らの拳には何やら透明な板が作られていた。
(結界?)
透明な板と言えば"結界"くらいしか思いつかないクリスタルは、首を傾げながらも次の個体を仕留める。
(…敵を倒すにしても、過剰な力だな)
オークを倒すにしろ、オーガを倒すにしろ、彼女の力は大き過ぎた。
あっという間に敵は肉塊へと変わり果て、クリスタルは肩を落とした。
「レイ様、この拳に発生しているモノが何か…わかりますか?」
クリスタルは拳を彼女に見せる。
「…結界ですね。それもかなりの強度…」
レイはつんつんと彼女の拳に触れながら告げる。
「盾でも作ってみたらどうですか?」
「…盾、ですか?」
クリスタルが常用している武器、結界はその武器の代わりになれる筈だ。どちらも身を護る技術なのだから。
「…あ、出来ました」
クリスタルの腕元には、彼女が一番使っている小盾の形をした結界が生み出された。それを小さくしたり大きくしたり、はたまた宙を浮かせてみたりと出来ることが判明する。
「…これが神の力?」
「おそらくは。ですが、神となった貴女のみの力だと私は思います。…貴女が殺した似非最高神は、その様な能力を一切使っていなかったので」
彼女の新たな力、結界を作る能力は彼女が神になった証だと言っても良いかもしれない。
「神になった。…帰らねばわかりませんが、貴女にも神としての名がついている筈ですよ」
レイに他者の情報を見抜く力は無い。見抜かれることに対する耐性はかなり高いが。
「あ、さっきまで居た彼女は何処に…」
クリスタルは、先ほど自分が折り飛ばした女性が姿を消している事に気付く。
「私達が会話をしている間にそそくさと消えました」
「…良かったのですか? 口封じをしなくても?」
「ええ、その必要はありません。むしろ…泳がす必要があるのです」
この地でもまた、色々とレイは何かをするつもりなのだ。
「そうですか…」
彼女の前に浮かぶ結界は、複数枚になったり、分厚くなったりと、割と変幻自在な様に見える。…が、壁にしか成らない様だ。
「では、更に奥に進みましょう。今日はダンジョン内で寝泊まりをする予定ですが、構いませんね?」
「あ、はい、問題ありません」
クリスタルは、遊ばせていた結界を消すとレイの足が向かう方向へと歩き出す。彼女達は更に一階層を下った。
クリスタルに次から次へと魔物が当てられる。レイが他所に居る魔物を連れて来ては彼女に相手をさせているからだ。
既に彼女が倒した数は百を超える。…だがしかし、彼女は一切の息切れをしていない。
(人外…とはこの様な事を言うのだろうな)
倒され消えていく魔物を見ては、そっと心の中で思う。とは言え、神様スペックを十二分に使い過ぎると、逆に効率が悪くなる事も理解した。
ならば、上手く抑えるしかない。幸い、壊してしまっても問題は無いのだから、思う存分に自らの身体を調整しよう。そう彼女は考えた。
「この階層はこれらが最後です」
レイが大きな声で、けれど落ち着いた声で、彼女に向かって走ってくる。…多くの魔物を引き連れて。
彼女は魔物1体1体に、仕切り-結界-を作っては進行を食い止める。と、同時に完全に身動きを封じる。走り出す、彼女は一体一体を的確に拳を当てて殺していく。
(…頭を的確に揺らす)
一体一体に与える一撃に、彼女は神経を尖らせる。自らが人だった頃に得た技術に、自らの身体を合わせる。
(…まだ)
また一体。
(まだ…)
また一体。
(初動が遅れた)
また一体。
(この力なら…、もっと速く踏み込めるはずだ)
また一体。
(力を掛ける向きが違う。もっと前に…)
また一体。
(踏み込みの力が強過ぎる)
また一体。
やがて、最後の狼型の魔物を拳で殴り殺す。
「…あ、終わってしまった」
彼女からすれば、気が付いたら敵が居なくなっていた、という感覚だった。彼女自身、どれだけを殴り殺したのかわからない。
「クリスタル、今日はここまでにしましょう」
「…あ、はい」
そんな彼女を見て、レイは先に進むのを止める事にした。
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