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第七部‐勇者殺し。
「見えたな。…あれが聖国軍で間違いないか?」
陵、美玲、使者、それから騎士3人は静かに森を歩く。やがて森を抜ける寸前で立ち止まった。
「はい、少なくとも王国軍ではありません」
陵の問いに使者は答える。
「なら…美玲、ここから狙えるか見てくれる?」
「あいあいさー」
陵に頼まれ、美玲は光線銃スナイパーライフルを取り出し、土塗れにならない様に、腹這いになる為の布を下敷く。
「騎士の皆さんは美玲の前で盾を構えていてください。魔法が飛んできたら盾になってくれれば良いから」
3人の奴隷騎士はそれに頷き、美玲の前に横並びになり、大盾を置いた。
その3人を見て、美玲は大盾と大盾の間から、銃身の銃口からスコープまでを突き出し、腹這いになった。
そしてスコープを覗き込む。
「美玲、まずは数の確認をしてくれ。…絶対に撃つなよ?」
陵は少し緊張感を持たせた声で言い、美玲を落ち着かせるように、陵は腹這いになった美玲の背に手を置いた。
「…ん」
彼女の意識はスコープ越しの風景に集中する。故に、返事の声も小さなモノだった。
「…見つけた」
彼女はスコープ越しに勇者を何人か見つける。
「全部確認してからな」
「今の所確認出来たのは…3人。あの強姦魔が…しかも高そうな剣持ってる…」
何であれがあんな高そうな剣を持ってるんだろう?と、美玲は思う。少なくとも知り合いを強姦したクズ人間が握れる様な剣では無いだろうに…と思う。
「まだ撃つなよ。…逃がす気は無いけど」
「逃がさないよ」
美玲は銃身を傾け、見つけた勇者らとは別の場に視線を向け、敵軍の確認をする。
「お偉いさんも居るね」
次は貴族っぽい、高そうな人を見つけた。
「あ、こっちにも3…4人、勇者が居るね。…高そうな武器は持ってない」
「7人…結構多いな」
勇者が7人。帝国が聖国に、勇者を"貸しただけ"にしては、数が多い様に感じられた。
「…他は?」
「お偉いさんっぽいのが10人。神官っぽい」
「聖国だしな」
言葉を交わしながら、陵と美玲は、いつどのタイミングで、戦いに出るかを考える。
「勇者が1箇所に集まったりしないかな?」
そうなってくれれば撃ち抜きやすいのに…美玲はバラバラに動いている勇者に対して、苛立ちを隠せないでいた。
「それまで待ってようか」
「集まらなかったら?」
「時間が空き過ぎたら…強姦魔から撃って。その時は言うから」
「はーい」
因縁が強いからと処理しようとするのは、勇者の命に優先順位など無いからだ。とはいえ、絶対悪であると断定出来ていた方が、精神面で殺しやすい。
だが結局、悪役であろうが正義の味方であろうが、敵であれば容赦なく引き金は引けてしまうのだろうが…。
「他にも勇者が居ないか…一応確認して」
「した。あの7人しか居ないよ」
じっと、銃を構え、スコープを覗いたままで、彼女は待ち続けた。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「・・・」
「駄目、集まる気配が無い」
美玲がボヤく。
「結構時間も経ったし…暗くなって来たな。…まだ見えてる?」
陽が傾き、陰るくらいまで、待ち続けたが、勇者が1箇所に集まる気配は無かった。
「うん。…でも、これ以上は無理」
暗闇で狙いを外さない程、彼女の射撃技能は高くない。そんな事が出来るのなら"精密射撃"とでも呼べてしまうだろう。
「じゃあ…そろそろだな。騎士の内2人は、私達と共に、合図と共に敵軍に突っ込みます。っで、貴方は後ろの集団に私達について来るように伝えてください」
1人の肩だけに手を置いて、陵は別の指示を出した。
「…わかりました」
騎士はいよいよかと思いながらも、指示に頷いた。
「使者は好きにしろ。じゃあ…美玲、5カウント後に撃って」
更に使者と美玲にも指示を出す。
「…ん、わかった」
それを聞いた美玲はいよいよ、全ての集中をスコープから先に向ける。
「5」
「4」
「3」
「2」
「1」
「0」
陵のカウントが終わりを迎えた瞬間、美玲のスナイパーライフルは光弾を撃ち放つ。少し銃口を傾け、1、2、3、と一定の銃声を響かせながらも、何度か撃ち込んだ。
スコープ越しに、目標の頭が吹っ飛ぶのを確認する。
「強姦魔の周り…勇者4人の排除完了。まだ動かないで」
美玲は少し予定を遅らせ、更に何度か、またもや火を吹かせた。
本来は勇者を殺したのなら…そのまま襲撃する予定だったのだが、もっと狙えると判断し、銃撃を繰り返したのだ。
「…おっけ」
「わかった。騎士3人は指示した通りに…動けっ!」
美玲の射撃が終わり、陵は行動を開始させる。彼女は大きなスナイパーライフルをアイテムボックスに仕舞い、牛神の大斧を手に持った。
その斧を見て、使者が驚きの顔を見せたような気がしたが、今はそんな事を気にしている場合では無い。
「突撃っ!!」
美玲は大斧を、陵は援護の為のサブマシンガンとハンドガンを持ち、走り出した。騎士2人も、そんな彼らに置いてかれるまいと足を踏み出すのだった。
☆☆
突然、勇者と何人かの貴族や神官を失った聖国軍は大混乱を迎えていた。
慌ただしく、状況を理解しようとその他の貴族らが務めようとしている。そんな彼らに"襲撃です!"と兵士から報告された。
そんな慌ただしい状況で、美玲は報告と同様に聖国軍に接触する。と同時に大斧を振るい、一気に5人以上の体を叩き斬り裂く。
陵はそんな美玲が動きやすくなる様に、すぐ後ろから援護射撃を続ける。
美玲が仕留め損ねた者、彼女の大斧が少しだけ届かなかった者、など、命を偶然取り留めた存在を容赦無く撃ち抜いた。
だがしかし、人数が多い。故に美玲は、突然牛神の魔法を大斧に纏わせる。
その魔法は、今まで2メートル弱あったであろう大斧に土塊を纏わせ、10メートル超の大きな土斧に形を変えさせる。
牛神の大斧は使用者の美玲に重さを感じさせない。その特性を最大限に生かした方法だった。
1振りすれば2桁の数を引き倒す、土塊の斧。大きくなった事により殺せる人数は減ってしまったが、それは陵の仕事は増える以外に問題を引き起こさなかった。
陵と美玲のお付きになっていた2人の奴隷騎士が、巻き込まれないように必死だったのは言うまでもない。
そんな中、殺した勇者達とは別の集団に居た勇者が名乗りを挙げて、彼らの前に立ち塞がった。
次の瞬間にそれらは死んだ。
名乗りを挙げている間に、陵は首元にナイフを突き刺したのだ。転移があるのだから、そんな絶好の機会を逃す手は無かった。
これで、この聖国軍に存在していた勇者を全て殺し遂げた事になる。
完全に旗色がこちらに向いた時、彼らの後ろからついて来た、一般の兵士に対しては一騎当千を誇れる100近い奴隷騎士が、聖国軍と完全に衝突する。
奴隷騎士達は、上空から見れば、木に鉄ヤスリでヤスリがけでもする様に、淡々と聖国軍兵士を削って行った。
チラッと、自身が進んで来た後方を確認し、そんな奴隷騎士達の状況を確認した陵は、使者を名乗っていた男の姿が見当たらない事に気が付いた。
口には出さず、けれども、その使者に対しての警戒レベルを一気に引き上げつつも、彼は彼女と共に軍の中央へと向かう。
「…美玲、中央までどれくらいかわかる?」
美玲の真後ろに立ち、陵は訊ねる。どうやら人が多過ぎて、目標までの距離がわからなくなったようだ。
「貴族が居る場所でしょ? あともう少し」
美玲は答えながらも、土塊の斧を振り翳し、兵士を一気に弾き飛ばす。
「…わかった」
弾き飛ばされても尚生きている兵士に、的確に光弾を撃ち込む。
1回、2回、3回、4回、美玲が斧を振り翳す度に、まるで石ころの様に敵兵士は転がる。
そこには感慨も意思も無く、ただ与えられた仕事をこなしているだけの彼女の姿があり、それを援護する彼も同様だった。
それを繰り返し続け、聖国軍をかき分け、やがて、貴族様が居そうなテントを彼らは視界に収める。
「一気に行くよ」
「わかった」
美玲は陵に告げると、強大な大斧を振り上げ、進行方向に全力で叩きつけた。
どがぁああっ!
そんな音と共に叩かれた地面は陥没、と同時に魔法で大斧に纏った土塊も決壊を始めた。土塊を纏っていた超巨大な斧は、2メートル弱の本来の、大斧の姿を顕にさせる。
「走るよっ!」
「はいよっ!」
地面の陥没や抉れによって、テントまでの道を完全に肉薄にした彼らは、その道が埋まる前に突破を試みる。
彼女らを足止めしようとした兵士を斬り捨てた後、彼らはテントに接触、彼女はぶち壊す為に、勢いをつける為に、一瞬だけ陵の方に目を向け、更に合図をする。
次の瞬間、美玲は大斧をテントにぶち当てる。ダイナミックにテントを破壊しながらも、彼らはテントの中へと入り込む事に成功した。
…が、彼らの視界には、とある吸血鬼が貴族共を惨殺しただけの、静寂な現状しか映らなかった。
「またアンタかよ」
陵は物凄く面白くなさそうな顔をしていた。
「好きにして良い、そう言われましたからな」
「あーはいはい。じゃあ、俺達は引くから、事後処理はよろしく」
彼は使者の言葉を聞き、面倒事を全て押し付ける事に決めた。
「美玲、騎士を集めて戻ろうと思うんだけど、何か意見ある?」
「んーん、ない。あの街に行くんだよね?」
陵と美玲は、使者が見える方向から曲がれ右をして、今まで自身らが歩いてきた道を戻る事にするようだ。
「そうなる。他にやらないといけない事も無いし」
「じゃあ、街に行ったらデートしよ?」
美玲は悠然と戦場を歩きながら、陵に提案する。
「良いな。そうしよっか」
陵はそれに頷いた。と同時に、そんな事をするのも久しぶりだなあ…と想いを抱いた。
「やったね。じゃあまずは…」
早く街に行こうと催促する様に…
「騎士達を戦線から離脱させないとな」
彼らは、今来た道を逆走し始めた。
☆☆☆☆
やがて彼らは、騎士を戦場から下げ終わる。が、完全に日が暮れてしまった。
「隊長さん、怪我人は?」
陵は近場の街に帰ろうと、気持ちを急かしながらも騎士の隊長に訊ねる。
「鎧のお陰で居ません。相手も所詮素人同然の兵士でしたから…尚更、怪我はありません」
所詮雑兵、レオン直々に鍛え上げた騎士に傷1つ付けられなかったらしい。
「わかりました。じゃあ皆さん、近くの街まで撤退しますよ。私達について来てください」
陵は奴隷騎士達に丁寧に告げて、彼らと共に、暗くなった平原を歩き、やがて街壁のすぐ側に到着するのだった。
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