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第七部‐戦線へと向かう。
「態々、見送りまで…。一夜だけですが、ありがとうございました」
陵は一夜のみお世話になっただけの、泊まる場所を貸してくれた領主に、見送りに来てくれた彼に礼を言った。
「いえいえ、この街を私は離れる事が出来ません。だから…と言う訳では無い、それでも、貴方の様なお若い方にお任せするのは…心が傷んでしまうのです」
昨日の夕食は領主家族と共に陵達は食事を取った。だから…ある程度領主も彼らの事を知る事が出来たのだ。故に…心を痛める。
「それは我慢してくれとしか言えません。昨日も話した通り…私にも勇者には因縁があるので…」
紛れも無く…勇者は敵である。
「異世界召喚か…」
苦い顔をしながらも、領主も重々しく呟く。
「…まあ、そういう事ですから」
陵は飯の肴として、"異世界召喚"の件を同情を誘える様に告げた。詳しく言えば、自身の"この世界に対しての怒り"などの負の感情についてを告げなかっただけだが…。
初対面の人にそんな事を告げても引かれるだけなので…。
「では、補佐官殿、行きましょう」
吸血鬼上位種の使者(使者を偽ったお偉いさん)が陵に、出発を促す。
「そうですね。では…」
陵は領主に軽く会釈をして、息を吸いこみ…
「では、騎士の皆さんっ! 出発しますっ!!」
自身らの後ろに並ぶ彼らに、よく聞こえるように告げ、軍の百足は動き始めるのだった。
☆☆
「魔物…か。次の街まで1日も無いはずなんだけどな…」
暫く歩いていると、魔物に出会った。
「美玲、あれだけだよな?」
陵はアイテムボックスから刀を抜き、戦闘態勢に移る。
「他は居ないよ」
「ま、オーガだし…個体で歩いてる事もあるのかもな」
自身より数倍もあるオーガに、進軍を止めさせずに、近付いていく。
陵は1人でオーガの前へと躍り出る、オーガの棍棒が振り下ろされた。そして紙一重で躱し、代わりに首へ刀を突き刺した。
死したオーガはアイテムボックスに仕舞われ、仕留め終えた少し後に、騎士や他の面子が倒れた地を通る。
「使者さん。この道で魔物が出るのは当たり前なんですか?」
陵は使者に問い訊ねた。
「いえ、前回もお話しましたが…魔物の大量発生が原因でしょう」
「…ああ、なるほど」
今回、使者が力を貸してくれと頼みに来た原因の1つでもあった。
「勇者と魔物ですか。…大変ですね」
陵はしみじみと、思ったようだ。
「その割には…苦戦の欠片もしていない様ですが?」
「1体で遅れを取るなんて有り得ませんよ。…まさか、若いからと今まで侮ってました?」
軽く視線を使者に投げる。それも直ぐに戻してしまったが…。
「言い忘れていましたが…私達は、正面からは戦争に参加しません。あくまで援護のみをする予定です。それでも…しっかりと勇者の処理は終わらせるので安心してください」
流石に100人ちょっとで、何も工作をせずに正面から戦う気は無い。
「は…はあ」
使者からすれば…きっと、神祖の吸血鬼の武力を期待していた筈だ。それを表立って使わない…と言われたことによって、彼の表情には不満が宿っていた。
「少なくとも…戦線がこちらに傾くまでは」
陵は欲張りだ…というよりもミリが欲張りなだけなのだが。戦線が傾き次第、聖国軍の持ち物を根こそぎ奪う気らしい。
危険な場に騎士を投入して死なせる訳にはいかない。1人でも欠ければ、レオンから大目玉を食らう事は必須なので、陵にも無理をする気は無い。
それでも…最大の戦果を上げようとしているのは事実で、奴隷騎士らもそれは十二分に理解している。
陵が率いる騎士団が目的とするのは"奪う"事だ。戦力を削ぐ、武器を盗む、何でも良いが、とにかく、自身が相手から何かを奪う事に、今回は重点を置いている。
それ以前に目障りな勇者を排除しなければいけないのだが、逆に言えば、それさえ排除出来れば終わりなのだ。
奴隷騎士の練度は非常に高い。勇者の様な、特殊な存在でも無い限りは負ける可能性すらない。
故に、勇者と奴隷騎士は戦わせない。いや、勇者に剣を振る機会すらも与える気は、陵には無かった。
「使者さん、戦況はどうなってるんですか?」
陵は色々と考えながらも、使者に問う。
「着いて見ないことには…」
「そういうのは良いから、貴方がお偉いさんである事はわかってるのでさっさと情報をください」
使者が領主よりも目上の立場であった事は、陵には理解出来た。つまり、彼は戦況を知っている筈だ。
少なくとも、戦場に近い領地を収めている人間の、更に目上の立場の存在が、それと話して"戦況"を聞かないなんて有り得ないだろう。
「はて?何の事でしょう」
使者は本当にわからない様な素振りを見せる。
「…お前、うぜえよ。いい加減にしろ」
陵はイラつきの声を返す。陵からすれば、おちょくられた気分だ。人の生死が関わっているのだから、そんな巫山戯た事を言われてしまえば、イラつかない訳にはいかない。
「・・・」
流石にこれには使者が絶句する。それはそうだろう、今までは丁寧に丁寧にと心掛けていたであろう対応が一気に変わったのだから。
「答えないなら良い。こっちは勝手にやって勝手に帰るから、ここでアンタとはお別れだ」
情報を吐き出さない使者なら要らないし、むしろ間者の可能性すらも疑えてしまう。
「…お待ちください」
「…ならさっさと話せよ。こっちはアンタと腹の探り合いをする為に来てる訳じゃない」
使者が吸血鬼である事は知っている。上位種である事も知っている。それでもここまで陵が強気に出れるのは…絶対に殺せると踏んでいるからだ。
「…では、説明致します」
内心に冷や汗をかきながらも使者は説明し始めた。きっと神祖様を怒らせたら不味いだとか考えていたのだろうが、ミリが怒ることはまず無いだろう。
国交が無くなるだけである。
使者が持っている情報によると、王国軍は勇者が率いる聖国軍に押され気味らしい。
もう既に国外を正面に篭城戦に入ろうかとしている所らしい。
あくまで入るか入らないかを迷っているだけの段階ではあるが…。
「その街の周りに森はある?」
「ありますな」
「…わかった、予定変更する。このまま合流せずに聖国を叩く…いや、正確には勇者を処理する。貴方は聖国軍まで案内を頼む」
陵は使者に指示を出し、勇者を処理する為の道筋を描いた。
「…この人数で?」
使者は怪訝そうな顔をする。
「これが騎士団長とか、ベテラン戦士相手だとキツいんだろうけど…所詮平和な国を生きてた日本人だしな」
勇者は幾らか前まではただの一般人であるし、勇者である事により得た力でここまで無双してきたのだとしたら…奇襲には滅法弱いだろう。
だから…気付かれる前に殺す。
「それと…クリスタル」
後ろについて来ている彼女に、陵は声を掛けた。
「…何だ?」
クリスタルもこんなタイミングで話し掛けられるとは思っていなかった様だ。
「ティルと一緒に街に行って、俺達が味方である事を伝えてきて欲しい」
クリスタルは仮にも、この王国の騎士団長の娘。発言力が無くとも信じるに値する筈だ。
「良いだろう」
「俺は護衛って訳だな」
クリスタルもティルも頷く。
「クリスタルを死なすなよ?」
「わーってるよ」
実は街は既に占領されていた…となっていた場合、ティルとクリスタルは死ぬ気で街から脱出しなくてはいけなくなる。
そこまで想定しての指示だった。
「じゃあ、街が見えてきたら別れるから…各自、寛いでおいて」
陵のその言葉を最後に、会話は途切れるのだった。
☆☆☆☆☆☆
やがて、少し日が傾き始めた頃に、奴隷騎士達を含めた彼らは、目標だった街の防壁を視界に収めた。道中の側面には、森が広がっていた。
「じゃあ、ここからお別れだ」
「ああ、行ってくる」
ここでクリスタルとティルが集団から離脱した。
「騎士の中で大盾の扱いが上手い人、居ませんか?」
陵はそれを見送ってすぐに、次の行動へと移る。
すると、数名の手が挙がり、手を挙げた彼らに、陵は1箇所に集まる様に指示を出した。
「騎士の皆さんには…少し離れながら私達について来て貰います。また…大盾を扱う数名の方は私達の万が一の盾になってもらう為に、他とは別行動になります」
そんな陵の言葉に奴隷騎士は少しザワつき始めた。
「ああ、盾とは言っても死ねって事じゃないから、そこは間違えないでください」
そのザワつきで、少し言葉が足りなかったなと陵は付け足す。
「では、えっと…隊長さんは私達が見えるか見えないかの範囲で、他の騎士を牽引してください。後ろの指示は貴方に任せます」
更に、奴隷騎士の中の隊長格の人物に指揮権を移行した。奇襲は美玲と陵の手によって、直接行われるからである。
「大盾使いの騎士さんも3人くらいで多分平気…かな。貴方と貴方と貴方…で、他は戻ってください」
先程別れてもらった大盾使いの大半から3人だけを選抜して、他には他の騎士達と同じく、少し離れてついて来て貰う事にする。
「では3人は、私達の前で盾になってもらいます。使者は森の中から…聖国軍が見える位置に抜けられるように案内してくれ」
陵は指示全ての、最後の締めとでも言わんばかりに、一泊をあけてから、使者と3人の騎士に指示を出す。
それと同時に、陵の両手には光線銃サブマシンガンが握られ、美玲の両手には光線銃ハンドガンが握られる。
お互いに本物と偽物-投影された-を1丁ずつだ。
「わかりましたぞ。では…行きましょう」
その神具に、何か特殊な道具なのだろうと目を細めた使者は、彼らの案内を始めるのだった。
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