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第七部‐オルクェイド王国に到着。
あれから、約30と5日が経ち、場面はとある馬車道へと…。
「あちらがオルクェイド王国の最南端になります」
とある男…いや、使者として来ていた吸血鬼の上位種が告げる。
「あれが…随分と大きいんですね」
陵が馬車道から見える、大きな壁を見て感想を述べた。
「ええ、まあ。今日はあちらで休息を取り、明日に戦場へと向かうつもりです」
使者の計画では…だが。
「少し時間をください」
陵達は、約100程の奴隷騎士を連れ、この地まで来ていた。
「って事だ。ティルもクリスタルもそれで良いよな?」
そして、何故か彼らについて来ているティルとクリスタルにも、陵は確認をとった。
美玲は常に、陵の隣に控えていた。
「ああ、我儘を言ったのだ。文句は無い」
クリスタルは言い、
「まあ…ねえな」
ティルもそう言った。
「では、そういう事ですから、私達の方は問題ありません」
再度、使者に向き合って陵は告げた。
「了承しました。では…いつも通り進みましょう。…それと王国についてはどれくらいお知りに?」
使者が陵やその周りの者に訊ねる。
「いえ、良ければ説明して頂けますか?」
陵も美玲も詳しい事は知らないので、丁寧に説明を頼んだ。
「構いませんよ。では____」
使者である彼の話では、オルクェイド王国という国は、他種族国家であり、また、この世界において最も様々な種族が存在している国なのだそうだ。
竜人やエルフ、ドワーフ、吸血鬼、etc..。
また、それはそれは強大な王国である事を、常に彼は強調していた。
国の雰囲気に関しては、陵は行ってみない事にはわからないと、彼の話を聞きながら結論付けた。
「態々、ありがとうございます」
話が一段落した所で、陵は話を区切る様に礼を告げる。
「参考になれたら幸いです。そろそろ到着しそうですな」
そうして彼は国を鼓舞する様に、手を動かし、街門へと陵達の視線を誘導させた。
やがて使者である彼が門番と何かを話し、100人ちょっとの集団は街の中へと引き込まれた。
「泊まる場所の用意をお願いします。雑魚寝でも構いません」
陵は使者に頼む。流石に100人も入れる宿は存在しないだろうと考えて。
「ええ、もちろん。既に用意してあります。今から案内します」
使者は、そんな事は当たり前だと言う様に告げた。
"招いているのはこちらなのだから、泊まる場所を用意するのは当たり前だろう"と、考えていた。
「手際が良いんですね。助かります」
陵はそれだけを告げて、視線を隣の美玲に向けた。
美玲は新たに辿り着いた異国の地を視界に収めた。それによって、若干ながらも興奮の渦にぐるぐるされていた。
そんな美玲の肩に陵は手を置く。彼女は"何?"という視線を彼に向けると、陵は"また今度来よう"と視線だけで返した。
街並みは賑やかで、けれども質素で、露店などもあり、2人でデートをするにはもってこいな風景だった。
…それでも仕事が優先なので、仕事(戦争)を終わらすまでは後回しだ。
また、美玲が口を開かないのは、単に自身らの身内では無い存在が、共に行動しているからだ。下手に探りを入れられない為に…と、基本的に陵が受け答えする事になっているから…、というのが主な理由である。
「着きました。こちらが街の兵が生活する兵舎です」
陵や美玲の様子を見ていたのか否かはわからないが、使者が目の前の敷地を見て告げた。
「ここに彼らを?」
「はい」
「よし、じゃあ、騎士の皆さんと俺達は、一旦ここでお別れみたいなので…何方の指示を聞けば良いのですか?」
使者に返事をし、100人程の奴隷騎士に指示を出そうとしたが、彼らに誰の指示を仰がせれば良いかがわからなかった。
「今来ました、2番隊隊長である彼に任せます」
使者が、丁度今来た新たな男を示して、言う。
「だ、そうです。騎士の皆さんは彼に従ってください。あ…それと、隊長さん。もし…それ奴隷だからと彼らに危害を加えた場合…、この街は無くなるので、それは十二分に理解していてくださいね」
奴隷騎士に指示を出した後、陵は若干、目の背景が消えた様な、感情の起伏が全く感じ取れない目を隊長に向け、予め警告をしておいた。
「…わかりました」
隊長は軽く会釈をして、承知の意を示した。
「では、使者さん。次の案内をお願いします」
「わかりました。…では、領主の館へ案内しましょう」
彼が促すと使者は告げる。その内容は"やっぱりか…"と、陵を面倒くさがらせるモノだったが、彼はお首にも出さずに了承した。
☆☆
「こちらが領主の屋敷です。まずは、領主と顔合わせを」
使者の言葉に頷くだけで、陵は了承する。そんな彼の隣には美玲が、後ろにはティルとクリスタルがついて来ていた。
「では…、そこの男性の方、この屋敷の主に取り次いで貰えますかな? …が来たと」
何故か一部だけを陵らに聞こえないように告げた使者。そんな彼の言伝てを預かり、屋敷の門番は中へと走って行った。
やがて走って行った門番は帰ってきて、使者に入場の許可を出す。
"では…"と言い、使者によって陵らは屋敷に招かれた。そんな彼らを案内する使者の足取りは、彼がこの街に住んでいる訳でもないのに、迷いの無いモノだった。
「ようこそ、補佐官殿。此度は我々に加勢していただき、誠にありがとうございます」
とある扉を開け、中の部屋へと招かれると、その中には立派な服装をした男が居て、その男は陵らに軽く会釈した。
「こちらこそ、態々、出迎えて頂いてありがとうございます。場所も提供してくださった事も感謝します」
陵は軽い会釈と言葉を返した。
「いえいえ、それこそ、こちらが言うべき事でしょう。長旅で疲れているであろう事はわかります。こんな老骨と会話をするよりも、体を休めた方が良さそうだ。そこの君っ! 彼らの部屋を用意して差し上げなさい」
その男は近場に居たメイドに指示を出す。
「承知しました。お客様、お部屋へと案内致します」
「ああ、使者殿は残ってくれ」
使者だけには残る様に、彼は指示を出した。
「では、そういう事ですので…ここで一旦お別れです」
「ここまでありがとうございました。召使いの方、案内をお願いします」
そうして彼らは、メイドに今日一日を住まう部屋へと案内された。
☆☆
「こちらがご用意させて頂いたお部屋で御座います。4人一部屋となっておりますが、ご不満があれば、別けられた部屋をご用意させて頂きます」
案内された部屋の前で、メイドは、ティルとクリスタル、それから陵と美玲に説明した。
「俺達は良いけど…ティルとクリスタルは?」
確実に敵に回らない、と決定付けられるのであれば、寝室を一緒にされた所で、陵は気にも止めない。その逆も然り…ではあるが。
「俺も問題ねえ」
「私も無いな」
「じゃあ、ここで大丈夫です。ありがとうございました」
美玲は彼らの返事を聞いて、メイドに告げた。
「承知しました。夕食のお時間になりましたら…再度お呼び致します。では、ごゆっくり」
メイドはそう告げて、一礼し、するっとその場を後にするのだった。
…それを見送った彼らは…。
「取り敢えず…入ろうか」
「だな」「ああ」「ちょっと楽しみ」
陵はドアノブに手を掛け、"ガチャり"と扉を開いた。
「おおー…、ひっろい部屋だねーっ!」
美玲は部屋の豪華さを見て、思わず感嘆の声を上げる。
「豪華なのはわかるが…それでも何処か質素さを感じる。…良い部屋だな」
と言うのはクリスタルだ。
「落ち着くって事しかわかんねえ…」
と寂しげに呟いたのはティルだった。
「ベッドは…シングルが4つ、窓は…うん、開けられるな。照明はサイドテーブルに1つずつか」
陵は淡々と部屋の機能性を調べ、避難経路などの確認もした。
この部屋はかなり広く、豪華ではあるが、何処か質素さを感じさせ、それは、人を落ち着かせる効果を出していた。また、シングルベッドが横並びに4つ並んでいた。
「ふう…一息付けるな」
クリスタルはベッドの1つに腰掛けて、落ち着いた顔をする。
「あっ! これ…シャワーじゃない??」
一方、美玲はその部屋の中でも個室になっていた扉を開け、陵に報告する。
「本当だな。…夕食までに汚れを落としておけって事かな?」
陵は美玲の後ろから顔を出し、思った事を口に出す。
「それはあるだろうな。汚れを落とす時間があるのなら落とした方が良いだろう」
クリスタルはそんな彼の言葉に、ベッドに座ったまま告げた。
「クリスタルが言うなら…洗っちゃおうか。えっと、誰から入る?」
クリスタルが貴族社会を知っているのは、彼女らも知ってるので、彼女がそう言うならそうしようと、陵は思う。
「あー…じゃあ、俺からで良いか?」
ティルは少し遠慮がちに手を上げて言った。
「良いよ。えっと、お前の着替えは…これだな。間違ってもシャワールームから全裸で出てくるなよ?」
陵は彼の言を聞いて、アイテムボックスから着替えを取り出して渡す。
「わかってる。んじゃ、先に入る」
きぃぃ…パタン…。
ティルは彼から受け取り、シャワールームの扉を閉めたのだった。
「ふぅー…やっとゆっくり出来るねえ…」
美玲は1番端っこのベッドに、腰掛けて、そのままベッドに横になった。
そんな足をぶらぶらさせたままの彼女のすぐ隣に、陵は座る。
「あ、クリスタルに聞きたい事があったんだ」
美玲のお腹をナデナデしながら、陵は確認をしておきたい事を思い出した。
「何だ?」
1人、違うベッドにポツンと座るクリスタルは聞き返す。
「あの使者さんって、多分偉い人だよな?」
「…何故それを?」
彼女は使者の本来の立場を知っている。…が、使者である彼は、本来の立場を彼らに明示していない。
「あ、別にクリスタルが口止めされてる訳では無いのか。ううん、それさえ解れば良い」
陵は深く聞く気は無いので、それで会話を切って、自身も美玲と同様に横になる。
…美玲のお腹を枕にしながら…。
「…ちょっと重い」
美玲が置かれた頭にそう言う。
「許して」
「許す」
嫌な訳は無いので、彼らは続けた。それどころか、お腹に置かれた頭に手を置いて撫で始めた。
「…ヤバい、眠れる…」
柔らかなお腹に頭を置き、その上で優しく撫でられる陵は眠気を誘われた。
いや、逆に誘われない訳が無いだろう。長い間、嗅ぎ慣れてきた匂いが鼻につき、柔らかな腹は呼吸と共に、ロッキングチェアの様に上下する。
「…眠って平気だと思う?」
陵は頭を乗せている相手に問い掛ける。
「寝てたら起こしてあげる」
完全にのんびりモードな彼に、美玲はそう返した。
「…ん、…ありがと」
陵はスヤスヤと、美玲の腹の上で寝息をたて始めるのだった。
ガチャ
「出たぞ〜」
ティルがシャワールームから出て来たようだ。
「次、誰が入る?」
クリスタルは出て来たティルに目を向けて、周囲に問う。
「私達は後で」
美玲は動けないので、そうなってしまうのも仕方がないだろう。
「…だろうな」
クリスタルは自身しか居ない事を把握して、ティルの代わりにシャワールームへと入って行った。
「陵…寝てんの?」
それを見送ってから、ティルは美玲に聞く。
「寝てるよ。静かにお願いします〜」
いかにも"いや〜本当に申し訳ない"とでも、言いたげな口調で、美玲は言った。
「美玲は眠らなくて良いのか?」
「私は平気。陵がほら…やっぱり、一番頑張ってたしね」
使者との会話にしろ、奴隷騎士の指示出しにしろ、全ては陵が行っていたのだ。
「あー…そういやそうだったな。俺も出来る様になんねえとなあ…」
同じくらいの年頃の男が、自身より、明らかに多くの仕事をこなしている。その事実がティルを突き上げる。
「でも、ティルってクリスタルの護衛なんでしょ?」
美玲の言う通りで、今回の彼の役目は、クリスタルの護衛である。必要か否か別として、対外的に見て…である。
「今回はな。けど…多分、このまんまじゃあ、俺は陵みたいな事は出来ねえよ」
「まあ…そうだろうね。奴隷騎士にしろ、人の上に立つのは無理だろうね」
美玲はベッドで横になりながらも、陵の頭を撫でながらも、辛辣にも、隠さずに告げる。
人の感情に疎い存在が人の上に立った所で、人の士気は上がらない。
愛を知らない存在が仲間を作るのは難しい。いや、愛を知らないと人間味が極端に減る。
そんな減った存在に、部下は、仲間は、ついて来ない。
「ミリさんが常に言ってる筈だけどね」
「俺には理解出来ねえよ」
「まあ、無理にわかろうとしても難しいし、それで良いんじゃない?」
彼女はティルの状況に興味は無い。故に投げやりになる。
そもそも"愛し愛される"とは、理解するものではなく感じるものである。
美玲は当然それを理解しているが、それを彼に告げる気は無い。教える気も無い。
「「・・・」」
そこで会話は途切れてしまった。態々話さなければいけない訳でもない。
それから沈黙の間が始まる。
「上がったぞ」
それも、クリスタルがシャワールームから出てきた事によって、終幕を迎えるのだった。
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