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第七部‐弱さと彼女。

「えっと…、母様?」  ティルは自身と対峙しているミリを見て、少し戸惑いがちに言う。  今、彼と彼女は屋敷の庭に立っていた。ギャラリーにレイとクリスタルを置いて。 「…貴方、レイに教わっているのでしょう? いつも通りに戦えば良いわ」  ミリは普段着で、とても戦う服装には見えない。 「え…でも、何故?」  何故ミリと自身が戦わなければならないのか? それがティルにはわからなかった。 「貴方が言ったんでしょう? 時間が足りないって…だから、見て覚えなさい。それと…ま、これは終わってからで良いわね」  ミリはレイ程に、常識外れな動きを基本としている訳では無い。いや、それでも十二分に常識外れなのだが…。  今回、ミリは吸血鬼特有の技を使う気は無かった。 「ほら、かかって来なさい」  彼女は彼に動く様に促す。 「…わかりました」  ティルは腰を落として構える。そして、一気にミリに詰め寄り、拳を振るった。  彼女は正面から、力を一切受け流さずに拳を腕で受け止めた。  ティルは微動だにしない腕を見て、目を見開く。  レイはティルに対し、教育になる様にと、力を受け流して見せるのだが、ミリは受け流さずに受け止めるだけだったのだ。 「止まらないで」  ミリは告げると同時に、ティルの足にローキックを決め、そのまま彼を一回転させた。彼は地面に頭から落ちる。  当然、すぐに立ち直す為に、彼はミリから距離を取った。 (いってえ…)  ローキックを貰った脚が、じんじんと痛む。 「貴方の力は…通常の人からしてみれば、今の貴方と私の関係の様なものよ」  ミリはゆっくりと、しっかりと彼に聞こえるように告げながら、悠然と彼に近付いていく。 「・・・」 「あら?もう終わり?」  距離を取り、こちらを伺うだけのティル対し、言外に彼女は"早く掛かってこい"と告げる。  彼はまたも一瞬で急接近し、ミリに拳を振るう。彼女は平然とそれを受け止める。  ティルが接近する際に使っている技術は、縮地と呼ばれるものだが、それを彼自身は知らなかった。  それは、彼が勝手に"そう呼ばれる動き"をする様になったからに他ならない。  受け止められた拳とは反対の拳を振るう。彼女はその拳を、自身の膝で蹴り上げ、彼のガードを無くす。そして掌底を彼の胸中央にぶち込んだ。  あっさりとティルは吹き飛び、地面にゴロゴロと転がってしまう。そして起き上がれなかった。  クリスタルは彼の怪力を知っているからこそ、とても驚いていた。()()()()()()が持ちうる力に対して。また、あっさりと力技だけでねじ伏せたという事に。 「貴方は弱過ぎる。いえ…本当は子供にこんな事は言いたくないのだけれど…、貴方1人では何も成せないわよ?」  なぜ1人で決めるのか。何故周りと相談した上での解で戦わないのか、意見を貰わないのか、ミリにはその気持ちが理解出来なかった。  …だから、荒療治の様な物でもある。 「私の夫であり、貴方の父親であるシンは…1つ、大きな夢を持ってるわ」  ミリは語り掛ける。 「・・・」  一撃で、今までの物を崩された事に憤りを覚えながらも、ティルの目はミリの方を向いた。 「いつか将来…人が私達と対等に並ぶ事をね。でもそれは…彼が与えた力ではなく…人の手で掴んで欲しいと言っていたわ」  その言葉を聞き、そんなのは無理だとティルは思った。  それは彼がどんな存在かを、彼も朧気に知っているからだ。  だって、何処に街壁を手で触れただけで破壊出来る"人"が、どんな自然現象をも引き起こせる"人"が居る?  そんな事が出来たら"人"とは呼べないだろう。 「だから…夢なのよ。でもそれは…シンだけの力では無理なのよ」  それはそうだ。対等に立つのはシンの様な化け物ではなく人なのだから。1人では無く複数なのだから。 「彼ですら1人ではやっていけない事を知っているのに…、貴方は理解が出来ないのかしら?」  長命種である存在の大半は、少し生きてしまえば、朧気に孤独という物を恐れるようになる。そしてそれは…自我が現象に成り下がる第1歩になってしまう。 「…そ…ん…」 「そんな事が無いのであれば…、貴方は身の回りの人に態度で示さなくてはならないわ。さっきのクリスタルの話も、貴方の独断なのでしょう?」  言い返そうとするティルを遮って告げる。 「・・・」  彼は黙りこくるしかない。 「貴方にはもう少し…頭を冷やす事をオススメするわ。貴方は1人ではないのだから」  ミリも…彼の人間不信をどう直せば良いのかわからないのだ。  愛された事の無い彼に、様々な感情の源泉になる愛情を注がれてこなかった彼に、どうすれば良いのかわからない。  だからせめて、間違っていると思える部分だけは正したかったのだ。 「レイ、後は任せるわ。…どうすれば良いのかしら」  ミリは転がったティルをレイに任せ、自らの仕事場に戻るのだった。 「はあ…こってり絞られましたね…」  レイは隣に並んで見ていたクリスタルと共に、ティルの顔を覗き込む。 「・・・」  肋が正面から叩き割られていて、苦しくてティルは声を出せなかった。 「クリスタルさん、他言無用で御願いしますね」 「え…」  レイは告げるだけ告げ、"時間逆行"させるエリクサーをティルに飲ませた。 「これはっ」  そして淡い光を放ち出したティルに、クリスタルは驚く。 「お教え出来ませんよ」 「あ、ああ…わかってる」  やがて光は収まり、ティルは起き上がった。 「どうですか? 戦ってみた感想は?」  あえて傷を抉る様に、レイはティルに訊ねた。 「…どうすれば良いのかわかりません」  彼はこう答えるしかない。 「それで良いのです。ほらここに、貴方と同年代くらいの女性が居ます。でしたら…聞いてみたら如何ですか?」  レイはクリスタルを示し、ティルに提案する。 「ふふっ、私が居ても話し辛いかもしれません。では、失礼させて頂きます」  提案しっ放しで、そのまま、レイは姿を消した。 「案外…弱いのだな?」  レイが消え、クリスタルはティルに問い掛けた。 「…悪いか?」  彼は唯々、問い返すだけだった。 「いや、あれだけの怪力を持ってしても弱くなってしまうのだな…と思うだけだ」  クリスタルは力だけの固執しなくて良かった。そう、ティルを見て思うだけだった。  強くあれる力を求めたクリスタルは、強さの根幹を理解していた。彼女がそれを理解出来ているのは、一重に彼女の父のおかげであろう。 「俺って、人の信じ方がわかんねえんだよ。周りが敵ばかりだったってのもあるけどよ」 「…そうだな、突然私を雇うという話になった時は驚いた」  ティルやクリスタル、それから勇者組と陵、美玲との間の会話では、"新たな人材を雇う"という話で纏まっていたのだ。 「それは…悪い」 「まあ私も、孤児に対してのお礼…という形を取れた事を完全に失念していた」  クリスタルも、自身が行う事に問題がある事は理解していた。だがしかし、それを取り除きうる形が取れた事を、レイの姿を見て始めて気が付いたのだ。  それは、レイが調理場で、子供達に指示を飛ばしている姿を覚えていたから。 「…で、何か聞きたい事はあるか?」 「いや、ねえよ。つーか、マジで何を話して良いかもわからねえ」  ティルからすれば、どんな言葉を繋いで尋ねれば良いかもわからない。  そんな彼を見て、クリスタルは彼の事を知ろうと思った。今なら話してくれるのではないかと。 「…私はお前の事を全くと言って良い程に知らない。だが…まあ、他の男より興味があるのは事実だ」  そうでなければ"付き合ってみる"という選択肢も取らないだろうし、長い間、彼と試合したりする事も無いだろう。 「・・・」 「陵の言った"付き合う"…というのは、そう言う事柄を知る為ではないかと思う」  自身の価値観に"付き合う"の理解を落とし込んでいくクリスタル。 「ティルはどういう存在なのだ? 私が知っているのは魔力が無い事と怪力である事くらいだ。是非、教えて欲しい」  故に、彼を知る事から始めるつもりのようだ。  当然、レイはこんな事を話させる為に姿を消した訳では無いが、クリスタルからすれば、この機会は絶好のチャンスだった。 「どんなって…そんな話せる事なんてねえよ…」  彼は話す事を躊躇った。というより、本当に話せる事が無いのだ。 「何でも良い」  ずいっと、クリスタルはティルに近づく。 「ここに来る前の事でも良い」 「…俺は捨て子だ。話せる事なんてねえよ」  少しだけ、そんなクリスタルに気圧されながらも、そう返す。 「つまり…エルフの村から?」  ティルがエルフである事は、耳を見ればすぐにわかる。だからクリスタルは、強引に話を広げようとする。 「そうだな。魔力がねえからってな」 「…そうなのか、それは災難だったな」  捨て子である事に、クリスタルはあまり驚いていない様子だった。 「それはあんまり災難でもねえよ。やっぱし…周りを見るとな」  彼の周りは、家族が居ない存在が多過ぎた。 「…確かに周りを見るとそうだな」  彼女も頷かざる得ない。屋敷の住人の殆どは孤児だからだ。 「なら、今度は私に聞きたい事は無いか?」  クリスタルは、少し話を掘り下げたものの、そこで話を切り替えようとした。それは単に、ティルの過去をほじくり返し過ぎない為だ。  先程の行動からは真逆な様に見えるが、真逆では無い。少しずつ知っていけば良いだけで、今、全てを話して貰う必要は無い。  それは彼女が1番理解している。 「じゃあ…クリスタルって騎士以外に何をしてたんだ? ほら…ずっと剣を振ってた訳じゃねえだろ?」  クリスタルは聡明である事はティルにもわかる。剣を振っただけで、ここまで視野が広がるものかと思う。 「剣以外…か? いや、特には無いな。…あ、でも、父上の仕事について行ったりは結構したな。学園は行ってないが勉強はしたぞ」 「え…? 騎士団長の娘だろ?? 学園行ってねえの??」  ティルは彼女の言い分に、思わず破顔する。  この世界の学園は基本的には貴族専用であるが、彼女が住まう王国は庶民、貴族、王族、誰でも入学出来る。 「入学はした。だが、学ぶ事が一切無かったのだ。私は跡継ぎでもないのでな、父上に学費の無駄だと告げたよ」  実はクリスタル、首席合格で入学したのにも関わらず、あっさり学園を辞めている。  本を読みたければ父に頼めば良い、剣の振り方なら父に教われば良い。そして何より、彼女は魔法らしい魔法が使えない。魔力はあるが、火や水を創ることは出来ないのだ。  そんな中で学園に行く意味が無かった。では、非行少女の様に王国から扱われているのかと言うと、そうではない。  学園の生徒や近辺の住人が参加する剣術試合で、出れば必ず優秀な成績を収めて帰ってくるなど、知る人ぞ知る天才扱いを受けていて、尚且つ、試合相手からは、何があったのか知らないが、敬意を評されて臣下の礼を取られかける事もあるなど、人望も厚い。  一応彼女自身も、他者と違う生き方をしている事を理解しているので、ちょくちょくその様な大会に出たり、父に頼み込み、学園の定期試験の問題を貰ったりなどして、周りと比べる事も怠らなかった。  故に、常識知らずという訳では無い。…が、友達を知らないし、当然恋愛も知らなかった。  今もあまり理解出来てはいない様ではあるが…。 「いや…お前、天才??」  ティルにだって、彼女が学園を追い出された事でないのはわかった。恐らく彼女の言っている事は真実だろう。 「どうだろう? 私は人より勉強もしているし、剣も振っているからな」 「…いやー、うん、俺なんかと付き合ってて良い人間じゃなくね??」  彼はどんどん自信を無くしていく。 「それは私が決める。お前が嫌だと言うなら別だが…」 「…それはねえけど」  ティルが断る理由は当然の様に無い。 「そうか、それは良かった。私としても…女性らしさが無い事は理解しているからな」 「…まあ、それはそうだな」  確かに常日頃から騎士服を着ている女性は少ないだろう。 「さて…体は治ったか?」  地べたに座り続けているティルに、彼女は声音を変えて問い掛けた。 「おう。…わかったわかった、相手してやるよ」  クリスタルの眼を見て、彼女が自身との試合を求めている事を、ティルは理解した。  先程のミリとティルとの戦闘で火がついたのかもしれない。  こうして彼らは、いつも通りに試合をする事になるのだった。
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