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第七部‐物語はほんの1ミリくらい進んだ。
屋敷に廊下には、陵と美玲、それからクリスタルとティルが歩いていた。丁度、朝食を食べ終えた所のようだ。
陵と美玲はいつも通りに仕事場に向かっているだけだが、ティルとクリスタルは違った。とある頼み事を代表にする為である。
「そう言えば、ティルとクリスタルって仲良いけど…付き合ってるの?」
陵は、朝に出来なかった、高校生らしい会話をティルとクリスタルに振った。
「んあ? いやいやいや、んなわけねえだろ」
顔色は変わらないが、口調からは、ティルが動揺しているのは良くわかる。
「そうだな。そんな事実は無いな」
クリスタルはきっぱりと否定した。
「だが…他にはそう見えたのか??」
彼女は否定に問い掛けを続ける。それはきっと、恋を知らないからだろう。
「ん〜…私はそう言われても違和感無いよ?」
美玲は断定はしなかったが、感想は述べた。
「ふむ。…そうか、ティル、良い機会だから付き合ってみないか?」
「「!?」」「はあっ!?」
クリスタルの何とも思い切りの良い?発言に、陵も美玲も驚愕し、巻き込まれたティルに関しては"ワケわからねえっ!?"である。
「む…? 私は変な事を言っただろうか?」
周りの驚愕に、クリスタルは思わず首を傾げる。彼女からしてみれば、知らないから知ってみようという心持ちが大きい。
「う〜ん、私達は常識をわからないから…、結局はそれをティルが受け入れるかどうかじゃない?」
美玲はティルに問題を丸投げした。
「ほう…? どうなんだ?」
美玲の言葉を聞き、クリスタルは目線を隣のティルに向ける。
「どうって言われても…いきなり過ぎだろ…」
ティルは頭を抱えそうになる。
「でもまあ、付き合ったからって結婚する訳でもないしね」
だが、美玲や陵からすれば、所詮付き合った程度でしか無いのだ。
ティルは重く考えているが、陵も美玲も軽く考えている。
「ほう…?」
"詳しく"と言う目を美玲に向けるクリスタル。
「付き合うってのは、自分と相手の相性が良いかを確かめる物だからな。結婚前提に付き合いますってのとは全然違う」
それに変わるように陵が答えた。
「ふむ?」
「偶に、色々な人と付き合う人を貶す人が居るんだけど、それって全然悪い事じゃない。だって、趣味が合わないとか馬が合わないとかって、知らないで結婚とかしたら最悪だろ?」
「…例えば?」
あまり"趣味が合わない"や"馬が合わない"などの想像が、クリスタルには出来なかったようだ。
「クリスタルの場合は…クリスタルが鍛錬をする事を夫が嫌うとか」
「そ、それは嫌だっ!?」
剣を振るのを禁止されたら、クリスタルは間違いなく仲違い出来る自信があった。
「そういう事だよ。生まれた時から愛してますとか、それくらいじゃなきゃ、色々な人と付き合ったりして、自分が1番自然体であれる人を探すべきだ。…でなきゃ、生まれた子供が不幸になる」
「・・・」
「あ、だから…体を重ねるのは結婚してからが良いと思う」
「流石にそれはない」
クリスタルにもそれくらいの貞操概念はあった。
「…で、まあ、そういう訳なんだけど、ティルも付き合ってみても良いんじゃない?」
陵はティルに話を振った。それはティルの出自を知らされているから、彼の親役であるシンやミリがどう考えているかを知っているからだ。
別に少し助言したって、バチは当たらないし、自身に損得があるものでも無い。
「陵がそう言うってんなら、取り敢えず付き合ってみるか?」
ティルも陵の話を聞いて、"重く受け止める事は無い"と理解したらしい。
「だから、私はそうしようと言ってるだろう」
「あー…そうだった。…わかった、よし、付き合おう」
どうやら、彼らはそういう結論に至ったらしい。
「盛り上がりそうな所で悪いんだけど、着いたよ」
そしてこれから話を膨らませようという時に、美玲が今までの話をザックりと切るのだった。
美玲は書斎部屋の扉を開ける。すると、その中には風呂上がり…にも見えるミリがレイに髪を乾かされながらも、えっちらおっちらと書類を見ては動かしていた。
「…え?何これ?」
"まだ勤務時間じゃないんですけど!?"というのが陵と美玲の心の声だった。
「昨日、シンが置いていったのは…これで終わりね。流石シンというべきかしら?」
昨日はミリに構う為、シンは早めに仕事を切り上げていた。故に昨日の仕事が残っている筈だったのだが、存外に少なく、美玲が扉を開けるまでに終わってしまったという事だ。
「まあ…主ですからね。大方…自分にしか出来ない事だけでも終わらしたのでしょう」
ミリの後ろから、金髪を優しく手櫛しながらも、レイが言った。
「ええっと、ミリさん? レイさん?」
美玲はそんな一家団欒にも見える風景に遠慮がちに割り込んだ。
「あら、陵くん、美玲ちゃん。久しぶりね」
すると、今気付いたと言わんばかりに彼らを見て、ミリは微笑む。
「話したのはね。…で、何をしてたの?」
「昨日、シンが残した仕事があるでしょう? それをさっさと終わらせようと早く来たのだけれど…今終わったところなのよ」
「へ〜」
「昨日は面倒を掛けたわね」
シンが仕事場に居ない間の仕事は、全て、陵と美玲がしていた事を知っているからだ。
「ううん、ミリさんもお疲れさま。てっきり、今日の午前中もシンさんがやるんだろうなって思ってたんだけど…」
恐らくシンもそうだった筈だと美玲は思う。流石に妻に会いに行くためにとは言え、任された仕事を放置したりするのはカッコ悪いだろう。
「あー…それは、私が無理に止めさせたの。シンはああ見えて結構忙しいのよ」
「へ〜…、確かにシンさんが何をしてるか知らないや」
「ま、色々と勝手にやってるわ」
美玲の疑問に私もわからないと、ミリは返した。彼女はシンが何か為になる事をしようとしている事しか知らないのだ。それでも聞かないのは家族だからだろう。
「あ…でも、1つだけ陵くんと美玲ちゃんにお願いしたい事があるのだけれど…」
「「?」」
ミリが言い辛そうに口を噤んだのを見て、陵も美玲も、内心で同じタイミングで首を傾げた。
「戦争…参加してみない?」
「え?」「は?」
シンの仕事を手伝っていたのだから、彼らは既にどんな戦争を指しているかを理解出来た。
「え、嫌だって言えるの? それに対してのお金とかも欲しいし…それに、明らかに補佐官の仕事じゃないよね?」
美玲は少し慌てたように聞く。
「そうねえ…。報酬って言われても、何が欲しいのかわからないのよね」
ミリももちろんタダ働きさせる気は無い。けれど、彼らが何を求めているかは全くわからなかった。
それは彼らが満たされているからだろう。
「そもそも貴方達は…どこまで知っているのかしら?」
流石に国家機密レベルの内容であるのだから、そうホイホイとシンが、陵や美玲に話しているとは、ミリは思っていなかった。
「えっと、聖国と王国が敵対してるって事しか知らない」
陵は正直に答えた。
「そう。…勇者が敵に居るって言われたら…貴方達のやる気は出るかしら?」
「見知らぬ人と戦うよりは…。でも、態々行こうとは思わない」
陵からすれば、勇者はどうでも良かった。それは美玲も同様だ。強いて言うのなら、花蓮を強姦した害虫を駆除出来たら"良いな"程度でしか無い。
目の前に現れたのなら、特に問題が無ければ戦いに発展するだろうが、それで利が遠ざかるのであれば、彼らは動かないだろう。
「そう…よねえ…。…あ、王国の観光はどうかしら??」
ミリは閃いたとでも言いたげだった。
「お金飛んじゃうから無理」
「貴女…相当貯めてたわよね?」
「だって、いつ職が無くなるかわかんないし」
陵も美玲も、給料を払われても懐に仕舞うだけで手を着けていない。それは単に、彼らの欲しい物が無いからに他ならない。
「はあ…わかったわ。騎士を何人か付けるけれども、旅行代もこっちから出してあげる。それならどうかしら?」
それなら…と、彼女は更に条件を上乗せした。
「えっ!? 旅行代出してくれるのっ!?」
「え…ええ」
美玲の物凄い食いつきに、ミリは思わず引いてしまう。
「じゃあやるっ! やりますっ! やらせてっ!! 「ゴスっ!!」」
美玲の食い付きは凄かった。その食い付きを抑えるように、陵のチョップが美玲の頭に叩き付けられた。
「ううっ…」
美玲は頭を抑えて疼くまる。
「…で、命の危険性はどれくらいなの? シンさんみたいなのが居たら嫌なんだけど」
そんな彼女と入れ替わる様に、陵は安全性を問う。
「そんなの、この世界の何処を探しても居ないわよ。ああ…でも、勝てないとわかったら引き返しなさい」
「それは言われなくても」
ミリに言われた事は、彼等にとって至極当然だった。
「了承も貰えたし…それで話を進めるわよ」
ミリは最後に確認をする。陵はそれに頷きを返した。
「旅行と旅行費を報酬に、貴方達は戦場に立ってもらう。…で良いわね?」
「わかった。…あ、フィルド達の部屋を用意してもらえない? 流石に戦場に連れて行けないから」
戦場に行く、いや…遠出をするという時点で、彼らは天照大神特性のテントを持ち運ぶ事になる。だからと言って、戦場にフィルドを連れて行く訳にはいかないのだ。
「レイ?」
「可能ですよ。私の娘に保育を任せても宜しいでしょうか?」
ミリは家事全般を取り仕切っているレイに訊ねた。すると、交換条件の様なものをレイは提示した。
「アリスちゃんだよね?」
いつの間にか復活した美玲は、心当たりの有る子を想像する。
「そうです。良い機会ですから…ダメでしょうか?」
「ううん、アリスちゃんだったら良い」
ティルの妹である事もあるが、それ以上に、彼女がしっかりとメイドをこなしている事は、陵も美玲も見ていたので、文句の一切は出なかった。
「では、そちらはその様に取り計らいます」
「という訳で決定ね。出発日は…最悪一日前には教えるわ」
「はいはーい」
取り敢えず、話は決まったらしい。
「っで、ティルとクリスタルはどうしたの?? …浮いた話でも有ったの?」
そして、その話を区切り、少し上品に、優しく微笑みかけるようにミリは、ティルとクリスタルに目を向けた。
「浮いた話…って、そうでは無くて、孤児の教育の話です。小さな子供達が剣を振りたいと言うんですが…その、剣を教えられる人が居ないんです」
先程の出来事も含め、ちょっとギクリとするのを抑えながら、ティルは少し申し訳無さそうにミリに告げる。
「貴方は教えられないのかしら?」
「…正直に言えば、俺には時間が足りません。父上に言われた薬ですら…まだ取りに行ける目処も立っていません」
随分と前にティルによって、延命させられた少女の話だ。
「貴方の実力を付ける事と、孤児に教育する事。その2つが足りていないのね?」
「いえ、違います。俺は…もうレオン師匠に教わった動きが崩れ始めています。もう…我流に進み過ぎました」
そう、ティルはもう自覚している。騎士の動きにしろ足運びにしろ、動きの根幹の意味を伝えられる程に、彼は技を磨いている訳では無い。
むしろ、レイやシンなどの人にそぐわない動きに似て来てしまっていた。
「…ふうん? で?」
「クリスタルを…金を払って雇えませんか?」
そこでティルが切り出したのはそんな案。それを聞いたクリスタルは驚き、陵も美玲も驚いた。
ミリはティルの独断である事を理解する。
「成程ね。体裁は守らなければいけないわね」
「はい」
迷い無い返事にミリは溜息を吐きそうになる。何故、周りに人材が揃っているのに独断で決めたのかと。
「クリスタルが良ければうちで雇うわ。一応騎士団長からは、後継ぎではないと言われても居るし…充分1人前にも見えるから、貴女の判断で決まる事になるわ」
それでもその案は使ってはいけない訳では無いので、ミリはクリスタルに話を振る。
「でしたらミリ様、私に3食のお返しをさせてください。ミリ様では無く、孤児に対してという事で…」
クリスタルはティルの案に乗る気は全く無かった。これ幸いにと、レイが調理場で教えている孤児の存在を彼女は利用した。
「それなら、私に言えることは無いわね」
その言葉を聞いて、クリスタルは軽く頭を下げた。
「はあ…。ティル、貴方は私について来なさい、外に行くわよ。陵くんと美玲ちゃんは仕事を任せても良いかしら? あまり時間を掛けるつもりは無いのだけれど…」
ミリは何かを思い付いたらしく、ティルに指示を出し、陵達に訊ねる。
「どうぞどうぞ」
陵も美玲も、ミリが何をしようとしているのかを、朧気に理解した。
「あら、ありがとう。貴女も興味があればついて来ても良いわよ?」
ミリはクリスタルにも言葉を掛けて、自らの席から立ち上がった。
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