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第七部‐始まりの朝。

 温かい腕の中で、深い微睡みの中で、ミリはゆっくりと瞼を持ち上げた。 (…今は?)  そして、顔を上げる。 「ミリ、おはようございます。昨日は目が覚めなかったので、少し驚きました」  シンの胸に埋めていた顔を上げると、それを待つように覗き込んでいたレイが、彼女に声をかける。 「あらやだ…私、夕食も食べてないの?」  それには少し、彼女自身も驚いた様だ。 「ええ、随分とお疲れの様ですね」  レイは、ミリが抱き着いているシンの背から顔を出し、彼女を見下ろしていた。 「…そうね、少し疲れちゃったわ。でも、もう大丈夫よ。こうやってシンにも慰めてもらったわ」  ミリはシンの腕からするりと抜けて、上体を起こす。 「それなら良かった」  思ったより元気そうだと、レイは彼女を見て思い、少し安堵する。 「レイも心配性よね」 「それはお互い様です」 「主を起こしましょう」「そうね」  こうして、シンは叩き起された。 「…ミリは、もう少し眠っていても良いだろう?」  起こされたシンは少し不満げに言う。 「既に日が1度隠れてしまっています。諦めてください」  そんな言葉をピシャリとレイが切った。 「…そうか、そんなに眠ったのか」  シンも、隣のミリに倣って上体を起こす。 「ミリ、服を着なさい」  そんなシンを一旦放置して、レイはミリに命令する。 「あ…、そ、そうね」  ミリは一糸も纏っていない。故に、布団から出ている上半身、起こした上体が、乳房が完全に顕になっていた。  言われた通りに彼女は着込んだ。…上だけ。 「私としては…眠る時もぜひ服を来て欲しいのですが…」 「服なんて無い方が落ち着くわよ」 「…その気持ちがわからないわけでは無いので」  レイはミリが服を脱いで眠る事に苦言を呈すが、そこまで…である。 「そろそろ起き出そう。ここで話しているのも悪くは無いが…」 「ええ、そうね」  シンはそのまま、一気に布団を捲り、ベッドから床に脚を降ろす。  ミリは床に立ち、下半身に褪せた赤いドレススカートを纏う。いつも通りの服装だった。 「では、行きましょう」  レイがそう告げて、寝室の扉を開けた。 ☆☆☆☆ 「…んう」  美玲が抱えて眠っていたフィルドが、目を覚ました。 (…朝…かなあ…)  美玲に抱き抱えられている事を完全に無視して、ただ起き上がり、目をゴシゴシとする。 「…お姉ちゃん、起きて」  フィルドは美玲に手を置いて揺さぶった。 「…ん、…どうしたの?」  美玲は揺さぶられた勢いのまま、肩を下に眠っていたのを、背を下に転がった。 「朝」 「あ、朝なんだ。そうなんだ〜…」  彼女はフィルドに促される様に起き上がろうとする。  がし…  毎朝恒例で、陵の腕によってそれが阻まれる。それどころか離すまいと、眠っているのにも関わらず、美玲を抱き寄せようとした。 「ぬぐぐぐ…は…な…せ…」 「あ、ちょっ…こらっ!腹を掴むなっ!?」  陵の手が美玲の腹を掴んだらしい。 「お姉ちゃんとお兄ちゃん、仲良し〜」  この時ほど、純粋な幼子の前で負い目を感じた事は無かったと、後に美玲は言った。  …とは言うものの、そうやって求められる事が嬉しかったり…。 「うにゅう…やめないなら仕方ないね。最終手段…とりゃっ!!」  美玲は強制的に止めさせる‐起こす‐為に、後から抱き着いている陵に、懇親の一撃‐ヘッドアタック‐を決める。 「ごほっ!?ごほっ!ごほっ!…気持ち良く眠ってたのに…」  陵は胸にヘッドアタックをされ、咳き込みつつも、自身の眠っているベッドに、美玲から離れて大の字になった。もちろん、不満そうだ。 「お腹を揉むのが悪い」 「…ええ?気持ち良かったのに」  陵は眠っている間に行った所業の感触を確かめつつも、"駄目なの?"という目を美玲に向けた。 「私は良いけど、今はダメ」 「あ、はい…」  フィルドが居るのだから…という理由で、陵は素直に頷いた。 「はあ…、じゃあ、起きよっか」 「そうだな。フィルドも着替えないとな」 「うんっ!」  こうして彼らは、朝食を食べに、屋敷の食堂へ向かうべく、準備を始めるのだった。 ☆☆☆☆ 「くあ…」  ティルはいつもより遅くに目を覚ました。  早朝に目を覚ませなかったのは、昨日、かなり夜遅くまで、クリスタルと鎬を削っていたからだ。 「クリスタルの奴…大丈夫か?」  曲がりなりにも、自身が怪力と呼ばれる部類の力を手に入れ始めている事を理解している。そんな彼は、昨日、夜遅くまで、付き合っていたクリスタルの事が少し心配になっていた。  彼女が"ただの人"である事は、今まで手合わせをしてきた彼がよくわかっていた。それでも…自身の攻撃を受け流し、反撃までしてくるのだ。  だから、どれだけ凄い存在なのかも理解していた。 (まあ…俺が考えた所で、何にも変わらねえか)  それは事実だが、それでも、心配する事に変わりはない。 ☆☆  ぱちっ  急に、突然に、ぱっちりと目を見開いたのはクリスタルだった。  彼女は小さな部屋で眠っていて、開いた視界には、ある程度見慣れてきた天井が見えていた。  ズキっ  少しだけ腕が悲鳴を上げる。昨日、少しばかり無理をし過ぎたのだろう。 (あれだけの怪力を受け止めれば…当然か)  彼女は、自身の身体の状態に、仕方が無いという答えを出す。  そのままグーパーグーパーと手の感覚を確かめる。…動作には問題が無いようだ。  彼女はベッドから床に足を付け、立ち上がり、寝間着をバサりと床に落としながら、騎士服を着込んだ。そして、軽く髪を梳いた。 「行くか」  扉を開けた。 「おお、ティル、どうした?」 「いや、ちょっと気になってよ」  どうやらティルは、彼女が気になって、部屋の前まで来ていたらしい。  今にもノックをする所だった…という訳だ。 ☆☆☆☆  眠る時も起きている時も、常に光は変わらない。だから起きているとは言っても、"目が覚めた"という表現はおかしいだろう。  布団を無言で捲りあげたのは、盲目の竜人、ハイルだ。 「・・・」  特に考える事も彼は無い。だから、地に足を着け、父から貰った衣服を身に付ける。  そして杖剣を手に持つ。  食堂までの道順も覚えているので、そのまま扉を開け、食堂に向かうだけだった。 ☆☆☆☆☆☆  それから場面は食堂へと移り…。 「クリスタル、ティル、こっちだ」  彼らを呼んだのは陵だった。そんな陵の周りには勇者組が居て、孤児達ほど年齢は低くなかった。若造の集まりである事に変わりは無いが。 「おはようさん」 「ああ、おはよう」  お互いに挨拶を交わし、彼らも陵らが座っている席の周りに座った。 「朝食が出来るまで、少し時間もあるし、お前らはティルに報告しとけば?」  陵が言う報告、というのは孤児の教育の事である。算術や物語の読み聞かせが主だ。 「そうだな。って事で…って言ってもいつもと変わらない」  勇者組の隆二は端的に述べた。 「んじゃ、俺が考える事もねえな」  ティルはそれに対し、ただ頷くだけだった。 「でも、剣を振りたいって言う子は出て来た。ほら、外でティルとクリスタルが剣を振ったりしてるのを見て…」  ただ、それでも要望が出始めたことだけは伝えた。 「まだ5歳にも届いてない子達でしょ? ちょっとそれは危なくない??」  美玲は反対らしい。  そう、5歳以上の剣を振りたいという子供達は、レオンの奴隷収容施設まで行き、そこでレオン直々に教わっているのだ。 「私は構わないと思うがな。ただ…小さな子供が持ったとしても剣は危ない」  クリスタルは騎士団長の娘だ。その年には既に剣を触れていた。 「そうなんだよ、だからそこの所をティルに聞きたい。俺達も一応、ティルやクリスタルに稽古を教わってる身だから…剣の扱い方や危険性は説明できる。逆に言えば、剣は野蛮だと洗脳教育も出来るんだよ。だから聞きたいんだ」  勇者組の隆二がそう告げると、他の勇者組も頷いた。 「…剣を嫌いにならないで欲しい」  クリスタルはその言葉には素直に反対した。 「俺もそんな事を教えるつもりは無いけど、でも…それぐらい重い物である事は教えないといけないと思う。…だって、人が殺せるんだぜ?」  そこは隆二の、いや、勇者組の日本人としての逃避感だろう。 「…俺はその考えがお子ちゃまだと思うけどな」  陵と美玲は、孤児の教育には全く関わらない。精々、こんな感じの話し合いの場で、横で聞いているだけだ。  とは言え、隆二の発言には、陵は口を挟まざる得なかった。 「…どこが?」 「だってそうだろ。そもそも、人なんてのは獣と変わらないんだ。例えばだけど…花蓮を強姦した人型は()であって()じゃない」  人型…とは帝国に居る勇者のことである。 「…本気で言ってるのか?」  あまりに日本人あらざる発言に、口を挟まなかった庄司が問う。 「これは本気。…ってか、襲い掛かってきたり、非人道的な事をするのは人型であれ何であれ獣だろ。っと、話を反らしちゃったな。剣を教えるのに殺す殺さないは考えなくて良くて、それこそ…、日本の剣道みたいにただ黙々と教えるだけでも良いと思う」  日本人の価値観を持ち続けている勇者組に対しての言葉と、孤児に教育させる事への意見を両方とも述べた。  高校や中学で学ぶ義務的な剣道の様に、そこまで深く考えさせる必要は無いと、陵は言っているのだ。 「振り方は教えようって話?」 「そういう事、今の子供達ってチャンバラっぽい事はしてるんだっけ?」 「してるな。運動が好きな子はしてる」 「じゃあ、そのごっこ遊びにルールを作ってやらせれば良いんじゃないか?」 「その子が剣を握ったら?」 「だから、そのチャンバラをさせる前に教えるべきだろ。人を殺す殺さないとは別に危険性を、剣を振るう事使う事を"殺す事"と混同させるなって言ってんの」  少しだけ陵はイライラしていた。何故こうも勇者組の面子は、"剣を握る=殺す事"になるのだろうか?…と。 「武器は使う人次第だろ。お前、日本で何見て生活してきた訳? あんなにネットとか見れる世界で何を見てきた訳?」  隆二は"剣を振る事の危険性=殺してしまう事"だと言った訳だが、そもそも殺す殺さないは危険性でも何でもない。  子供に物事を教えている者としては、視野が狭すぎる。 「だが危険なのは事実だろう?」  クリスタルは陵に問う。 「そんなの何だって持ってれば危ない。子供達が殺してしまう事を剣を教える時に考慮すべきじゃ無い。人を殺す殺さないは子供達の人間性が決めることなんだから」 「…なるほど」 「だから、俺としては怪我をしたら危ないから…って事で剣を持たせるべきでは無いと思う」 「それはそうだ。だが、私は木剣くらいは持たせても良いと思っていたのだが…」 「木剣だって頭を殴れば殺せるよ」 「むっ…確かにそれでは危険か」  クリスタルからすれば、木剣に危険意識は無い。だが、子供達がそれらで殴り合いでも始めたら…。 「剣の握り方、使い方を教えるのは反対じゃないし、娯楽もない世の中だから、チャンバラが良い運動にはなると思う。でも…それ以上は求めてはいけない。剣の危険性は再三にわたって告げるべきだけれども、人を殺す殺さないは関係無く、恐ろしく危険である事を教えないといけない」 「教える為の道具を、子供に持たせっぱなしにするのも駄目だろうな」  小さな子供は気の迷いが起こりやすい、なら尚更だった。クリスタルは理解出来たらしい。 「俺はよ。剣より素手で戦う方法を教えるべきじゃねえかなって思うんだ。何で態々剣を教えるんだよ?」  ここで、ティルが前提を吹き飛ばす意見を投げる。 「剣を振るのだって歩法は大事だろ? それに武器も何も要らねえよ」 「それは…彼らが教えられないんじゃないか?」  勇者組にそんな密な事を教えろと言うのは、少々無理な話だ。 「それに…子供は飽きる」  クリスタルは無理だと言う。 「そんなんで飽きる程度の奴には、剣を持つのは諦めろって発破でも掛けとけば良いんじゃねえの?」 「…あ、そっか、そもそもやる気を無くさせれば良いのか」  陵も、本来剣を振るためには基礎鍛錬が重要である事は理解していた。少し目から鱗である。 「それじゃあ駄目なのか? だいたい、ゴチャゴチャ言ったって、年いってねえガキはわかんねえよ。  俺は教える教えないってんなら教えた方が良いって思う、技術は無駄にはならねえ。だったら興味がある内に基礎鍛錬はやらせた方が良い」 「確かに…それなら剣がどうのとは思わないな。木剣の振り方も教える意味は無い」 「ま、そもそもの話、教えられる奴が居ねえんだけどな」 「私がやろうか?」 「クリスタルは馴染みまくってあれだけどよ。…客人だろうが」 「「「あっ!?」」」  クリスタルが個人的に教える分には何ら問題は無い。けれども、子供に教育をさせるという主題で話している以上、個人の話には成り得ない。 「そう言われると痛いな…」 「どっかで基礎ばっかりやってる生真面目な騎士が居ればいいけど…」  その人材は目の前に居るのだ。だが、使えない。 「騎士は基本的に基礎が疎かになる。少なくとも人に教える程じゃない」  クリスタルは思案声をバッサリ切った。確かにクリスタルは基礎固めもしっかりしているが、他の騎士はなあなあで済ませている事が多い。  それは単純で、剣を振ることも強くなる事も趣味では無いから。所詮職業上でしかない…という事である。 「お、丁度料理も出来たみてえだし、ここで話は終わりにしようぜ?」  ティルは会話に参加している彼らに告げるのだった。
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