92 / 176
第六部‐帰還と弱音。
「代表っ!街が見えてきましたっ!!」
騎士団の1人が前を向いて、住んでいる街を指さして、勢い良く言う。
「それなりに遠かったものねえ…」
出陣してから少なくとも40日…、それ以上は確実に経っている。
「国に着いてからはあっという間でしたが…」
「そうねえ…貴方達の武器も凄いものよね」
闇夜に紛れし最強の種族である吸血鬼、そんな彼らをあっさりと黙らせられたのは、奴隷騎士1人1人に、かの太陽神の加護が付与された剣があったからだ。
地球の最上級神である天照大神、そんな彼女の小さな小さな加護でさえ、太陽を苦手とする吸血鬼には耐え難いものだった…という訳だ。
「そう…ですね。私の知っている話では、やはり、切っても斬っても死なず…」
一般的に吸血鬼は、再生力が凄まじく、不死性も兼ね備えている。
その他の人型種族からは、やはり、簡単に脅威に成りうると考えられている。
「天照大神様様ねえ…」
その実感の篭った騎士の感想に、流石天照大神だと、ミリは思う。
そんな彼女らが、街からも見える様な位置まで辿り着くと、街門の兵士や、壁の上で見張りをしていた兵士が慌ただしく動き始めた。
"代理に伝えろ"とか、"迎える準備をしろ"とか、"門を開け"だとか。
ミリはやがて、自身が統治している街に足を踏み入れる。
「代表、長い旅路、ご苦労様でした」
兵士の代表が、街の代表であるミリに頭を下げた。
「お勤めご苦労様。こっちは勝手にやるわ、貴方達はいつも通りに戻りなさい」
「はっ!」
兵士が頭を下げて、一斉に持ち場に戻って行く。そんな中、ミリと奴隷騎士、最後にレオンらが、街門を通過する。
「んじゃ、俺達はここでな」
レオンとフィリカは自身の騎士を連れ、ミリとユニコーンのユウが帰るべき屋敷とは、違う方向に歩き出した。
彼らは奴隷が大量に収容されている施設に向かったのだ。
「私達だけが…屋敷なのね」
ミリは、自身の隣を歩くユウ以外に、共に屋敷に向かう者が居ない事に寂しさを覚えた。
『私もすぐに帰る』
ユウは屋敷に帰り次第、"ヘブンズガーデン"に送還されるだろう。
「明日からまた…日常に戻るのね」
長くはないが、それなりに行軍中は楽しかったようで、名残惜しさを彼女に感じさせた。
やがて、彼女らは屋敷の敷地に、足を踏み入れる。
「ミリ」
そんな彼女を迎えたのはシンだった。
「シン、久しぶりね」
「そうか? まあ…無事に帰ってきてくれて良かった」
そしてそのまま、軽く彼らはハグをし合った。
「ユウは帰るか?」
『そうしてくれ。甘ったるいモノを見せつけられても…かなわん』
このままここに居れば、彼らの甘ったるい光景を見せつけられるのは確実だろう。
「…そうか」
シンはユウを"ヘブンズガーデン"に転移させてしまった。
「…ミリ」
そして、そのまま彼はミリに、首に手を回し、"お帰り"と深く唇を合わせた。
「ん…」
ミリは、そんな彼の腰に手を回し、それに呼応する様に舌を絡ませる。
同時に彼女は思う。"迷えるわけが無い"と。
「…、どうした?」
シンはそんな彼女の感情の揺れに、敏感にも反応した。
「わかっちゃうの? それとも覗いた?」
ミリは少しばかりおどけた様に告げた。
「記憶は見ていない。…そんな野暮な事はしない」
シンはそのまま、撫でるように腕を回して、ミリをお姫様抱っこする。
「あら…随分と大胆ね。仕事は良いの?」
「取り敢えずはな。彼らに任せている」
任せている…とは、当然、陵や美玲の事である。
彼は抱っこしながらも、敢えて転移はせずに、屋敷の扉を開け、廊下を歩いた。
「ち…母様、帰ってこられたのですね」
そこに顔を出したのはティルとクリスタルだった。
「あら、久しぶりね。…私が居ない間に、随分と仲良くなったわねえ?」
ミリはシンに抱えられながらも訊ねる。
「そうですね。気も合うので」
ティルは単純に頷いて返した。
「ふ〜ん?」
その返事を聞いて、視線をスライドさせる様にクリスタルに集中させた。
「な、何でしょうか…?」
クリスタルは彼女の視線を受けて、少し焦る。
「…いえ、何でもないわ」
もしや我が息子に春が…なんて事を期待したミリだったが、ティルもクリスタルもその手の話には疎いようだと考え、内心で溜息を吐く。
「それより…貴方達は用があったんじゃないのかしら?」
取り敢えず、彼らの残念さを横に投げて、ミリは彼らの用を訊ねる。
「あーえっと、父上に相手をして貰おうかと…」
それは言わずもがな、試合相手である。…軽く捻られて終わるだけなのだが。
「あー…すまない。今日はミリが帰って来たからな」
シンはその頼みを断った。折角帰ってきたのだから、当日ぐらいはイチャついても罰は当たらない筈だ。
「そうですよね。では、また今度」
流石にミリとシンの雰囲気的に、ティルにそれが察せない訳もなくて…。
「ああ、気を遣わせて悪いな」
「いえ、では、失礼します」
ティルとクリスタルは共に彼らに軽く礼をして、離れて行った。
「良かったの?」
「ああ。態々仕事も投げて来ているのに、他の事柄に時間を使いたくない」
投げて来ている…けれどもそれは、陵と美玲と、そして未来の自分にである。
「そう…そこまで言うのなら…」
ミリはシンの首に手を回し、下から唇を合わせた。
「早く寝室に行きましょう? …そう言う気分では無いのだけれど、その…ぐっすり眠りたいの」
「そういう気分では無い…か。まあ、私はどちらでも良いが、取り敢えず行こう」
ミリにそう言われ…少し、いや、もっと極少な、ほんの僅かに"弱さ"を見た彼は、廊下で話し続ける訳にもいかないと、彼女を抱いたまま自らの寝室に歩を速めた。
「ん、ありがとう」
ミリはシンに、ベッドの上に下ろされた。そして、いつも通りに服をアイテムボックスに収納する。相も変わらずに、美しい肢体が顕になる。
「・・・」
そんな彼女の隣に、シンは柔らかい生地の服を身にまとったまま腰を掛けた。
ミリは自宅で眠る時、基本的に服を着ない。邪魔らしい。
「…シン」
ボソッと消え入りそうな声で、ミリは呟いた。
「ん?」
そんな声をしっかりと掬い上げるように、彼ははっきりと聞き返した。
「眠いのなら…そうだな、横になれば良い。…折角だ、私も眠ろう」
隣に座っている彼女を押し倒し、そのまま、上から柔らかな布団を二人で共有する。
「ん、…ありがと」
上に覆い被さった彼に、彼女は唇を合わせる。
「・・・」
合わせながら、彼は彼女の上から、彼女の横に転がった。
「んう…ん、もっと近くに来て…」
唇が離れ隣に転がったシンを、彼女は手を伸ばしてかき集めようとする。そしてそのまま、顔を向かい合わせたまま、身体を重ねた。
彼女の方が背丈が大きいのに、彼の胸に彼女はおデコを当て、顔が彼から見えないようにしていた。いや、結果的に見えなくなった…と言った方が正しいかもしれない。
「私ね…妹を見殺しにしたの」
そして…ボソボソっと、どうしようもない話を自身の夫に呟く。
「・・・」
シンは妻の後頭部に手を回し、"聞いている"と返事をする様に、ほんの少しだけ抱きしめた。
「王族が…私の家族の…街の壊滅に関わっていたの」
「・・・」
「それで…妹が奴隷として扱われていたの。…私が王を殺そうとした時に…人質として彼女を取り出したの」
「・・・」
「…私、多分…頑張れば、助けられたと思うのよね。"危険"を犯せば…、1回でも後手に回れば…」
「・・・」
「でも…無理だったわ。自身が殺される可能性なんか…怖くて増やせなかったのよ」
後手に周り、何か恐ろしい兵器が発動したとしたら? そう彼女は考えてしまった。
後手に回って言うことを聞いた所で、結果は変わらない事も簡単に理解出来た。
「・・・」
シンは話の全容があまり見えていないが、それでも…ただ聞くだけだった。
彼は片手だけをミリの背に回り込ませ、指でとんとん、とんとんと叩く。
その指に呼応する様に、"むぎゅう"とミリは彼に抱きつく。
「王を殺してからすぐに…私を殺す為に、短期間で準備した様な物も見つかったわ…」
「・・・」
「…ごめんなさい。あまり言葉が出て来なくて…」
ミリはそこで、何を言いたいのか、弱音を吐きたいのか、わからなくなってしまった。
「良い」
ただ一言だけの返事をして、シンはミリを少しだけ強く抱きしめる。
「弱音を吐き終わったのなら…眠ってしまえ」
そして、再度優しく包む様に抱きしめる。
「…面倒な女でごめんなさいね」
「・・・」
眠気を誘う為に、トン、トン、トン、トン、と一定のリズムで、シンは彼女の背に指を置いた。
「ミリはそれで良い。喜怒哀楽を表現出来るのは、ミリの素晴らしい所な筈だ。…だからそれで良い」
ミリの頭に自身の顔が乗り掛けるように置き、彼女の上から、そっと、彼女の肯定をする。
「…おやすみなさい」
「ああ、ゆっくり眠れ」
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい
ともだちとシェアしよう!