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第六部‐とある王国からの使者。

「代表代理様っ!! オルクェイド王国の使者を名乗る者が現れましたっ!!」  街門の番をしていた兵士が、慌てた様子で屋敷の書斎部屋に飛び込んで来た。 「何処に居る?」  シンが問い訊ねる。 「こちらに向かわせております」 「わかった。報告ありがとう、下がっていいぞ」 「はっ!」  報告を聞き、シンは彼を下げた。 「…で、オルクェイド王国って?」  その様子を見ていた陵が訊ねる。 「クリスタルと言う娘が居るだろう? 彼女の国だ」 「って言われてもあんまり話さないしねー」  美玲にそれは通じなかった。 「最近は勇者組と仲良いって聞いたけどな。シンさんの息子さんと一緒に、孤児の面倒を見てるとか…」  陵は思い出した様に呟く。  陵も美玲もあまり自由な時間が無いので、屋敷に居る全てと関わる事は無い。だから、人伝ての内容しか知らないのだ。 「そうらしいな。地球では高校生と言えど、孤児に勉学を教えてくれる良い人材だ」  勇者組の極めて普通な知識を、シンは買っていた。 「あいつらが役立っている様で何より。…俺達ももう少し話した方が良いかな…」  今更ながら、屋敷の住人とあまり関わっていない事に、陵は焦りを覚えてきたようだ。 「はは、なら、オルクェイド王国の使者とやらを迎え終えたら…好きに話してくると良い」  シンも、彼らを仕事で縛り過ぎている自覚はある。彼らの基本的な自由時間は、昼間と就寝前の時間だけなのだ。 「なら、そうしてみる」  陵と美玲は、そんな提案に頷いた。 「…私は少し出る、いつも通りに頼むぞ」 「はいよ~」「りょーかい」  そんな彼らに仕事を任せ、使者を迎える為に、シンは書斎部屋を後にするのだった。 ☆☆☆ 「レイ」  シンは廊下に居るレイを捕まえた。 「何でしょうか?」 「使者が来たらレイが対応して、いつも通りに食堂に通してくれ」  シンのそんな言葉に、"承知しました"と返し、すぐに彼の目の前から消えた。  それを見て、シンは食堂に歩を進めた。 ☆☆ 「そこはもう少し強く」 「塩分の摂りすぎはダメですよ。塩は多く振りすぎてはいけません」 「零してしまったのですね。それくらいなら拭いておいてください」 「あー…あー…水を思いっ切り…。脱衣所で着替えて来なさい」  レイが転移した先は、屋敷の玄関口では無く、様々な家事をしている孤児達の元だった。来客が来るからと言って、世話に手を抜く気は無いようだ。 (到着したようですね)  レイは来客の気配を悟ると同時に、屋敷の玄関前に転移した。 「ようこそいらっしゃいました。中で主がお待ちです」  そして、私語は無く、ただ言葉を叩き付ける。これは馴れ合いではなく戦いだ。使者と思われる人物は、顔を隠し肌を隠していた。 「え? あぁ、こちらこそ宜しくお願いします」  突然姿を表したレイに驚きながらも、その人物は一礼する。 「では、案内致します」  レイはその人物を、室内へと招き入れた。 ☆  やがて、その人物は食堂に案内される。 「オルクェイド王国の使者だな? 態々、ここまで足を運んでくれてありがとう」  シンは、レイに招かれて食堂へと踏み入れた人物に、手を差し出し握手を求めた。 「いえいえ、こちらこそ丁寧に対応して頂いてありがとうございます。…お話では、代表は女性の方だと…」 「代表は不在でな、変わりに私が代理を務めている。すまないな」  その人物にシンは、動きだけで中央のテーブルへと誘導する。 「いえいえ、こちらも突然の訪問でした。気にしないで頂けると助かります」 「こちらもそう言って頂けると助かる。長話になるかもしれない、そこに腰掛けてくれ」 「では…遠慮無く…」  そうして、シンと使者を名乗る人物が向き合って、お互いに席に着いた。 「…で、態々吸血鬼の上位種が、使者としてここにやって来る理由はなんだ?」  少し溜めを作り、シンは相手のペースを握る為だけに、話の真核になりそうな事柄を、唐突に投げつける。 「流石…気が付かれていましたか」  しかし、目の前の使者は何の事なく、平然と"唯々、感服した様子"だけをシンに見せた。 「オルクェイド王国が他種族国家なのは知っている。その中に…吸血鬼だけで作られた暗部が存在している事もな」  どうして行ったこともないのに知っているのか…今は置いておこう。 「そこまでお知りになられているとは…さては、相当に優秀な者が居ますな?」 「さあ? どうだろうな」  シンは明言はしない。あくまでしないだけ。 「神祖の吸血鬼が収めるとあれば…、他より優秀な存在が居ても驚きはしません」  "神祖"を敢えて強調してくる辺り意味があるのだろうが、それが吸血鬼族にとってのモノなのか、世界的価値観のモノなのか、シンにはわからない。 「…そうか」  シンは頷きつつも、真の目的をさっさと話せと、催促の目を向ける。 「…本題に入って欲しいようですな。ならば、入りましょう。…我々に加担していただけませんか?」  一気に場の空気を抑える為、使者は少し、回りくどい言い方をした。 「加担…とは、聖国と王国の戦争の事か」 「おや、そこまで知られているとは…少し驚きますな」  そんな目の前の人物の言葉に、"大して驚いてもないだろうに"とシンは思う。 「聖国に加担する事は無いが、…王国が負けるとも思えないな」  シンは正直に言って、彼らが自身らに要求をしに来た理由がわからない。 「ええ、本来ならそうでしょう。…ですが、不幸にも魔物が大量発生し、兵力が減少してしまっているのです。このまま疲弊させたまま兵士を戦場に送り込む訳には行かないのです」 「なるほど、それは災難だったな」  "手は有った方が良い"という事だろう。 「それに加え、聖国には勇者が居ります」 「…ほう? 帝国ではなく聖国に…か?」 「はい。…恐らく、帝国に借り受けた存在かと思われます」  これにはシンも少しだけ驚いた。 「帝国はこちらに皇子が一匹いるが…あ、いや、あれは死んだんだったか…」  勇者組と共に捕まえた皇子は、ミリの計らいで食事を抜かれ、餓死させられた。  何故か?  単に利用価値が亡くなった為に放置され、そうなっただけである。 「帝国からは一言も?」 「ああ、私の妻…いや、代表が利用価値が無いと判断した」  その皇子に対して、帝国は何の反応も見せなかったのだ。  丁度このタイミングで、彼らのテーブルに菓子と飲み物が置かれる。 「皇族の口減らしだった…」 「だろうな。…で、加担するという話だが、私達に何の利益はある?」  シンは脱線しかけた話を元に戻した。 「自慢ではありませんが、我が国は他の国よりも発展しており、大国と呼ばれております」 「・・・」 「ですので、この街をグランパレス共和国からの独立を認め、後ろ盾になり、尚且つ…私達が恐れる程の武力を抱えていると周辺国に周知しましょう」  その使者が告げる取り引きは、国として金銭を払う訳では無いが、それ以上に意味の有るものであった。 「簡単に言ってしまえば、宣伝をして貰うという事だが…その宣伝に、更にもう1つ周知して欲しい話がある」  シンはもう1つだけ、条件を引き出そうとする。 「何でしょう?」 「この国が…様々な種族を求めている事を宣伝してくれ。移民を求めている」 「その程度であれば構いません。では…引き受けてくれるという事で宜しいのですかな?」 「ああ、すぐ様に兵が欲しいと言われると困るがな…」  今は奴隷の騎士団も居ない。そろそろミリがそれを率いて帰ってくる頃だが、それを待たなければ何も始まらない。 「…何処かに?」 「ああ、吸血鬼の大国とやらにな」 「…ああ、古き王族共ですか。神祖の吸血鬼ともあれば、彼らが放っておく事は無いでしょうな」  使者は吸血鬼故か、その国を知っているらしい。 「だが…、そろそろ帰ってくる頃だろう」 「ならば待たせて頂きます」 「そうか、なら、宿は街中にある物を使ってくれ。屋敷の客室は子供達で埋まってしまっていてな」  シンがこう言うが、実際は一部屋だけ空いている。だが、そこはとても小さく、到底使者を泊める事は出来なかった。 「子供が?」 「息子が育てている孤児達だ。流石に貴方も…子供を追い出せとは言わないだろう??」  鋭くは無いが、シンはじろりと使者に目を向けた。 「ええ、もちろんです」 「そうか、話が通じて何よりだ。宿の案内は小さなメイドに任せるから…、何かわからない事があれば、聞いてくれて構わない」  そして告げてから、タイミングを見計らったかの様に食堂に入って来たアリスを、自身の元に手招く。 「彼女が貴方の街案内をするアリスだ」 「よろしくお願いします」  シンがアリスを使者に紹介し、アリスはぺこりと下げた。 「これはこれは、可愛らしい娘さんですな」  まだ年端もいかない子供ではあるが、存外に使者は寛容なようで…。 「この屋敷では2番目のメイドだ。そして…私の娘でもある」 「…なるほど」 「身分においても問題は無いだろう」  自らの娘として扱っている彼女を粗末に扱うのであれば、あっさり交渉に亀裂が入る事くらいは誰だって理解出来るだろう。  そして、シンはチラリと何かを促す様にアリスを見た。アリスはこくりと頷いて、一歩前に出る。 「それでは使者様、宿までご案内致します」  丁寧な口調でそう告げるのだった。 ☆☆☆  アリスに先導され、使者は屋敷外へと出て行った。 「お疲れ様です。主」  レイはテーブルの上の物を片付けながら告げる。 「…アリスを行かせて良かったのか?」 「主こそ…いつまで過保護で有るつもりですか?」  今回、使者の案内を任せるように、シンに提案したのはレイだ。 「…それもそうか」  シンはその問い掛けに、仕方が無い事だと諦めた。少なくとも、アリスは彼女に見出された上で使者の案内をするのだから。  だからこそ、そこで"危ないから"とやめさせる訳にも行かない。 「理解が得られて何よりです」 「・・・」  出来ない筈は無い。別に親バカでもないし、例え自身の娘として扱っていたとしても、それを壁にする訳にはいかない。  …そんな極普通な当たり前の事を理解出来ずして、子供を引き取ろうなどとは言えまい。 「さて…私も仕事に戻ろうか」 「お互い頑張りましょう。…ミリが居ないというのも不思議な物ですね」  家族の一員である。1種の大黒柱である彼女が、今は自身らの周りに居ない。…それは少しばかり、自身らの心に空白を作っていた。 「…そうだな」  シンはそれがわかっていながらも、それだけを告げ、陵らが居る書斎部屋へと戻った。 ☆☆☆☆☆☆☆☆  シンらが住まう屋敷では、その建物の庭では、極めて真剣に鎬を削る二人が居た。  がんっ!! 「ぐうっ!?」  クリスタルの腕が盾ごと、ティルの馬鹿力によって弾き飛ばされる。ティルはここぞとばかりに、素手で盾を殴る殴る殴る。クリスタルは3発目の拳に正面から盾を合わせ、相手の動きに乗るように弾き飛ばされた。…つまり、"わざと"だ。  ティルは当然、空中に浮いた彼女へと距離を詰める。 「ふっ!!」  しかし、それを円盾を円盤の様に投げつけ、牽制し、無事に地面に着地した。だが、そんな作った間も一瞬。ティルはクリスタルの目前に拳を振るう。しかし、彼女は盾と同じ容量で-腕で-受け流し…  がっ…  その腕を瞬時に捻りあげた。そのまま腰を落とし、体重を急速落下させる事によって関節を外しに掛かる…が外れない。  ティルは力のままに彼女を弾き飛ばそうと上に身体の重心をあげ… 「…もらった」  ほんの少しばかり上がった重心を、彼女は払いやすくなった足を掬う。そのままクリスタルは彼の上に落下し、無事に倒す事に成功したのだった。 「ふぅ…今回は私の勝ちだな」  一息を吐き、満足げにティルの上に座って、クリスタルは呟く。 「あー…またかよ…。力では勝ってんのになあ…」  ティルはクリスタルの下から、悔しそうに呟いた。 「力だけでは私は負けん。ふふっ、それでも…しっかりと相手をしてくるだけ良い訓練になる」  クリスタルはティルの上から退き、横に倒れ込んでいる彼の手を取り、そして引っ張り上げた。 「そりゃあ、訓練だからな。真面目にやらなきゃ意味ねえだろ」 「案外、私達の年齢だとそれがわからぬ馬鹿が多い」  ティルは齢16、クリスタルは齢15である。この世界では、これくらいの年頃の者達は、"普通は"そこまで本気に訓練を行ったりしないだろう。 「おっと…」  少しだけクリスタルの足が縺れ、それを彼が支えた。 「…すまない。連戦はキツそうだ」 「いや…それくらいになってもらわなきゃ、俺の自信が無くなる。ほら…俺も一応ランドドラゴンとか狩ってるしよ…」  ティルは思う。あんだけ大きな魔物は狩れるのに、目の前の彼女は倒せないのかと。 「私の対人経験が豊富なだけだ。ただ…ティルと戦っていると、まだまだ行けると思えてしまってな」 「うえ…お前、まだ強くなんのかよ」  更に求める彼女に、彼は苦笑いしか出来ない。 「それはそうだろう? 自身がどこまで行けるのか…物凄く楽しみになる」  清々しい顔をして、透き通った青色の目を輝かせて彼女は言う。 「…俺は羨ましいわ。クリスタルの生き方が」 「そうか? ティルも出来るだろう?」  何を馬鹿な事を言うんだと、クリスタルは思う。 「俺はお前ほど出来ちゃいねえよ」 「何を馬鹿な事を言っている。私は戦っているだけで、それは誰にだって出来る事だ」 「戦いって…あんな笑ってやるもんじゃねえだろ?」  先程の訓練試合と言い、楽しむものでは無いだろうと、ティルはそう言いたいのだ。 「戦いは楽しんだ方が良い。勝つにしろ負けるにしろ笑って死ねる出来るくらいにはな」 「何か、すげーのな」 「そう思うか? そうでも無ければやってられないだろう?」  その価値観の差は、貴族が見える視点と孤児が見える視点のそんな違い。  騎士団長の娘として様々な物を見て、家族に愛された彼女と、虐待され、自身の周りしか見れず家族に愛されなかった彼の、大きな差だった。 「でも…確かにそうだな。俺も楽しんでみっかな」  こういう話をティルはしない。  シンやミリは、ただひたすらに肩の力を抜けと、自身を大切にしろと、そう言うだけだからだ。  そして、だから、少しでも良いと思えたから自身に取り入れようとする。  良くも悪くも、彼はまだ…迷っている。 「そうしてみろ。きっと…もっと見えるはずだ」  クリスタルは、そんな彼に笑いかけるだけだった。
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