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第六部‐狂気は理外を抑え込む。
程良く日が照りつけ土がもろ見えする庭は、光を眩しく反射させていた。
「ふっ!」
陵は両の手に握っている槍を振り下ろす。
「・・・」
それを受け止めたのはシンだ。
「はっ…」
更に一息を吐くと同時に、シンの動きを"模倣"した突きを放つ。
がんっ!
あっさりとその突きは、彼の持っていた槍によって弾き飛ばされた。弾き飛ばされた手には同じように槍が"投影"され、もう一突きを繰り出す。
がんっ!
あっさりと弾かれる。弾かれた事を合図に、陵は後ろに飛んで距離を取った。そもそもシンの身体強化された肉体と、陵の身体強化が出来ない肉体では、力の差が歴然で、だからこそ陵は槍が弾き飛ばされる事を前提に振るっていた。
「…疲れた。汗だく…」
来ていたシャツが肌に貼り付き、それによって顔を顰めながらも呟く。
「今日はここの所で終わりにしよう」
シンはそんな陵に告げる。
「いや〜…ホントに良い運動になる」
それを聞いた陵は頷きを返し、追加で投影した木の棒で、今さっきまで動かしていた腕を伸ばし、脚を伸ばし、身体を伸ばした。
「ずっと書斎部屋に篭っていてもな」
「それ。凄い身体が固くなるから、イイ感じに…うーー…」
身体を伸ばしながら、とぎれとぎれに返事をする。ずっと書斎部屋で書類を弄っていれば、肩も凝るし、気も滅入るだろう。
「陵、シンさん、終わったの?」
そんな彼らの元に、屋敷の中から美玲が近付く。数日前に目覚めた勇者組の所に行っていたのだ。
「丁度、終わった所だ」
「あー…間に合わなかった~」
シンの答えを聞いて、少し残念そうにシンは言った。
「うん? 美玲も運動がしたかったのか?」
「最後だけちょこっと参加したかったんだけど、終わってるなら仕方ないよね」
"終わってるなら仕方ない、また次も有るだろうと"、美鈴はあっさりと諦める。
「なら…最後の締めとして、2対1なんてのはどうだろう?」
そんな美玲を見て、シンは自身の興味を満たす絶好の機会だと思い、彼らに訊ねた。
「えー、シンさんが1だよね?」
「そうだな」
「さっきまでのヤツでしょ?」
槍だけを使って戦っていたのは、美玲も知っている。
「最後だから…何でもアリにしないか??」
シンは自分の欲望に忠実に、彼らに提案を重ねた。
「えー…、庭がめちゃくちゃになっちゃうし危なくない?」
美玲は少し悩む。
「そこは…レイにでも頼もうか。少し待っていてくれ」
彼は返事を待たずに姿を消してしまう。
「あ…まだやるって言ってないのに…」
美玲は共に取り残された陵と、お互いに見つめ合いながら呟く。
「もう断れないだろ。…はあ」
美玲が誘導に乗ってしまった事に、陵は溜息を吐いた。
「ま、軽くだろうし、良いんじゃない?」
美玲は相変わらずあっけらかんとしていた。
「待たせたな。審判と周りを護るのはレイに一任する」
そんな中、シンがレイを連れて戻ってきた。
「…なあ、観客が多くないか?」
屋敷の二階から顔を出している、ハイルやティル、クリスタル、それから孤児達を見て、陵は少し不満そうに告げる。
その中には、レイが教育しているソフィアやアリスの姿もあった。
「見られて減るものでも無いだろう?」
「いや…まあ、そうだけどさ」
陵は何も言わなくなった。確かに、自身の能力を試す良い機会だとも思えるし、見られても減らないのは確かだ。
「家事が残っていますので、主も陵、美玲も、早く位置に付いてください」
レイは彼らを急かす。仕事途中に引っ張られたので、まだ残っているのだ。
「わかった」「「はーい」」
彼らは二手に別れ、少し準備をしてから位置についた。
☆☆☆
陵と美玲はお揃いの黒いジャージを着ていた。
対するシンは、いつも通り、白いYシャツに黒いズボンを身に纏っていた。
「では、この銅貨が地面に落ちたら始めてください」
レイはそう告げて、銅貨を真上に投げた。
やがて地面に銅貨が不時着する、と同時にシンの後ろに陵が転移する。
(…いきなりか)
(流石に喰らわないよな…)
陵が振り下ろした刀は剣によって防がれる。刀はあっさり、陵の腕を離れて飛んで行ってしまう。飛んで行ってしまうと同時に、陵は転移で距離を取る。
変わりに美玲は転移と同時に剣をぶつけに行った。シンに渡された多種多様な武具は、既に"投影済み"なのだ。その剣もあっさりと弾き飛ばされる。
物理的力の差が歴然過ぎる。だが、それを補う様に、陵と同じように転移で距離を空ける。
そして、同じように陵が別の刀を右手で振り下ろす。弾き飛ばされた。左手に用意していた槍で突きを放つ。シンはそれの刃のない棒部位を素手で抑える。
形は綺麗だが、突いた槍を瞬時に引き戻す筋力は彼には無い。故に突きっぱなしで手を離し、追撃はせず、同じように転移をして後ろに逃げる。
シンは彼の転移先を感知した様で、自らが転移先に飛んで追撃しようとする。
(…阻害された)
彼の魔力が一時的に、上手く作用しなかった。魔法による転移が、恐らく"相思狂愛"によって阻害されたのだろうと予想する。
そんな事はお構い無しに、美玲が彼に追撃をかける。阻害されたからと言って、シンも美玲の追撃を受ける事は無かった。
何回か繰り返された通りに、地道に美玲の攻撃を捌く。またも、美玲が後ろに転移をして逃げる。シンは同じ様に追いかけようとするが、やはり阻害された。
(魔力がダメなのか…)
代わる代わる、次は陵が追撃を仕掛ける。シンに対して、転移を連続使用する事によって、休む間のないヒットアンドアウェイ攻撃が続く。
(ん?)
シンが行っていた魔力による身体強化も、段々と出力が落ち始めた。
(…体内にも干渉するのか)
故に、シンは身体強化を解除、素の力だけで、彼らを迎え撃つ事にした。シンは陵の剣戟が弾き飛ばせなくなる。
(…あれ?)
陵は不審に思った。今までとは明らかに感触が違った。
未だに、断然にシンの方が力は強いが、今までは、鍔迫り合った剣を手放さなければ、肩ごと持っていかれてしまう程の力だった。
だが今は、剣をはね上げられても、手放さなくとも、怪我を負わない程度の力に縮小していたのだ。
そこで、今までとは違う動きで陵は攻め始める。正面でシンと打ち合っていた彼は、シンの真後ろに転移したのだ。
そして…剣を振り下ろす。しかし、そこには既に剣が置かれていて、防がれてしまった。"直感"による先読みの結果、シンはそこからの連撃も全て防ぎ切ってしまう。
彼は防ぎ切った次の瞬間、押し返そうとする…が、そこで美玲と陵はバトンタッチ、攻撃の手を緩めない。
シンは1つ1つを的確に躱し、気に距離を離す。離れたと同時に、彼らに追撃を貰わないように、大地を分断する。深さはおよそ2mくらいだろう。
(離れれば影響は受けない…か)
更に、その距離を魔法で追撃する。氷の矢を無数に彼らに降らせた。すると、彼らの周り、半径5mだけが、それらが地面に刺さらなかった。
(これが俺達の能力って事か)
彼らの目前で、氷の矢は溶ける様に消失したのだ。そして、陵も美玲も段々と自身の能力を認識する。
(…その距離か)
今度はシンから、彼らのすぐ側に転移仕掛ける。…だが、その範囲外に、自動的に、弾かれるように転移先が変更されてしまった。
(これも…ダメなのかっ!?)
今更ながら、陵と美玲の能力が厄介過ぎる事を理解した。
そんな明後日の方向に転移したシンを見逃す筈もなく、陵と美玲は、先程のヒットアンドアウェイ攻撃に戻っていく。シンは全て防ぎ切る。それは問題無い。問題なのは、決定打が与えられないという事だ。
(星ごと破壊…か。それは無いな)
最終手段を思い付いたものの、それはたかが試合程度で使えないものだった。
(ならば…物理的にこじ開ける)
シンは目の前で剣を振るう美玲から一気に距離を取る。
そして、自身の身体を実軸から虚数軸に移動させ、彼の身体を幻‐厳密には違う‐のように、現実世界からの干渉が不可能な様にする。ただし、虚数世界から現実世界に干渉する事も不可能だ。
故に、"相思狂愛"も例外では無い。
陵と美玲がシンに飛び掛り、斬り掛かる。シンは彼らの振るったもの全てをすり抜ける。
「「!?」」
丁度、陵はシンの体と影を重ねた時、シンは最大限に身体強化を行った物理的な一撃をぶち込む。
星をも破壊する一撃は虚数空間に非合理的な風穴を空け、彼の身体は実数世界へと、そして、その衝撃は威力をほつれさせながらも陵の身体を弾き飛ばした。
威力が低くなったとは言え、人外の一撃だ。反射的に陵は後ろに飛んだ様だが、それでも、陵の身体には恐ろしい衝撃を受けた。
シンの拳が陵に触れたと同時に、一気に身体強化が解除されてしまう。
「がっ…」
この世界に来て、初めて貰う一撃。だが、陵は飛ばされると同時に光線銃サブマシンガンによる、照準も合わさっていない射撃で牽制する。
シンはそれを肉眼で避け、吹き飛ばした陵に一気に距離を詰め、剣を首に当てようとする。そこで美玲が乱入、シンの剣を腕に覚えのあるナイフ術で防ぐ。反対の腕でシンに銃撃、シンはそれを躱し、美玲に足を掛け、地面に転ばせる。先に美玲にトドメを刺そうとするも、そこに陵が間に合い、またも妨害する。陵とシンの剣が一撃二撃と合わさり、転ばされた美玲から、上に向かって援護射撃が放たれる。それを躱す事で一瞬のスキを生み出したシンは、陵の体重の乗った飛蹴りを貰い、後ろにたじろいだ。
たじろぎに合わせるように"射影"した鬼火と、少し前に勇者組が使っていた"ウォーターボール"を左手と右手に生成、重ね合わせて暑い霧を発生させる。
様々な能力が著しく下がっているシンは実質煙幕の様なそれで、彼らを見つける事が出来ない。
故に後ろに飛び、"相思狂愛"の範囲外に入った瞬間に、更に遠くへと転移した。
陵らも、霧を生み出した陵を美玲が掴んで、後ろに逃げる様に転移した。
「いってえ…」
先程、喰らった一撃による痛み。それが陵の顔を歪ませる。
「シンさんの能力が封じられてるのが良くわかるね」
そんな陵を無視して、美玲はシンを見据える。
「封じられてるのに…色々と抜け道見つけてるよな」
明らかに動きが鈍いのは陵にだってわかった。だが、彼らには能力を封じたという自覚は無い。"相思狂愛"は勝手に封じているだけであって、彼らの知る所ではないのだ。
美玲は光線銃をシンに向ける。彼が目で光弾を追える事は知っているので気休め程度の効果しかないが…。
美玲とシンが向き合っている、その中点にレイが降り立った。
「主、美玲、そこまでにしてください。私は夕食の用意をしなくては行けません」
レイによると、この試合は時間を食い過ぎていて、これ以上付き合ってられないとの事だった。
美玲はそこで大人しく光線銃を下げた事によって、その試合は終わりを告げたのだった。レイはそれを見届け次第、すぐに調理場へと帰って行った。
☆
「陵、これを飲んでおけ」
シンは陵らに近づいて行き、1つの瓶を放る。
「…これは?」
「痛み止めだ」
「じゃ…遠慮無く」
そのまま一気に、喉に薬を流し込む。その迷いの無さと、飲み終わった後もケロッとしている陵に、シンは少し驚いていた。
「…顔に何か付いてる?」
そんなシンを訝しんで、陵は美玲に聞いた。
「付いてないけど?」
何のことだろうと美玲は思う。
「…苦くなかったか?」
シンが驚いていたのは、それなりに苦いはずの薬を、一気に煽った上に陵がケロッとしている事だ。
「まあ、喉越しは最悪だけど。言われてみると水が飲みたくなってきた…」
意識した事によって、苦味に襲われた。陵は"射影"で水を作り出し、それに口を付けて濯ぎながらも飲み込んだ。
「…で、シンさん、感想は?」
そして一息を吐いてから、シンに問い訊ねる。態々戦ったのだから、他人目線の感想を貰えなければ損をした事になる。
「正直、内心焦っていた。私は基本的に能力頼りな戦い方をする訳だが…全て使えなくてな」
シンは今回の試合で、割とシャレにならない焦りを抱えていた。
「…本当に使えなくなるんだな」
その現象に"マジかー"と思う陵と美玲。
「身体を鍛えた者と戦う時は…気を付けた方が良いだろう。能力は封じるが技能などは封じれない様だからな」
「覚えておく」
脳筋相手には"相思狂愛"の能力封じが、殆ど意味を成さないだろう。
「汗ベットベト…陵、テントに戻ってシャワー入ってこようよ」
美玲はジャージの汗のかき具合に顔を顰めた。
「そうしようか。シンさん、着替えたら書斎に行くから」
陵は美玲よりも酷い。
「ああ、私は先に行っている。身体を冷やさない様にな」
シンはそれを了承し、1人屋敷へと戻って行った。
「「あれだけ動いて汗をかかないって…」」
そんなシンに、改めて彼が人外である事を理解した彼らだった。
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