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第六部‐王族殺し。
歩き続けて10日が経ち、ミリを大将として据えるレオン監修の騎士団は、吸血鬼の国に目と鼻の先まで近付いていた。
吸血鬼の王族が住まう土地は、小さな街が連なった先にある。そして、その連なる比重が、かなり偏っているのだ。
吸血鬼の大国は森を背にして作られていて、森から王都への道すがらの街はそこまで大きくない。全ての街を合わせても、1日で森から王都まで辿り着けてしまう距離だ。
逆に言えば、森とは反対の方向から王都に辿り着こうとすると、国に接触してから、少なくとも7日は必要になる。
故に、騎士団は森から王都へ乗り込もうとしていた。
その森は当然、かなり危険な場所だ。ランドドラゴンと呼ばれる頭の悪い竜種などが跋扈している。
ランドドラゴンほどになってしまうと騎士団に被害が出てしまうかもしれない。だが、その為のレオンとミリだ。
ランドドラゴンなどの騎士団に手に負えない魔物は、全て彼と彼女によって排除されていた。
「ミリ様、その…」
騎士の1人が、先頭を歩くミリに言い辛そうに話し掛ける。
「見られてるのよね? わかってるわ」
「いえ、出過ぎた真似をしました」
ミリが気付いていた事を知り、騎士は態々告げた事を謝った。
「いえ、寧ろそれくらいで良いわよ。叩き潰す作戦があるのなら、どんどん進言しなさい。1人で考えるよりは確実に色々なモノが見えるわ」
ミリはそれを寧ろ推奨させる。そんな事を話しながらも、闇夜に紛れている見張りから意識を離すことはしなかった。
(気配を隠すのがお粗末ね。一介の騎士にバレるようじゃ…お先が知れてるわ)
明らかに隠れようとして、図らずもバレてしまった様な気配だった。
ミリはそんな相手に対し、鼻で笑いそうになるのを堪えた。
(あの石像を見たら…どう出てくるかしら?)
石像、それはシンが突き刺さった刀ごと石化させてしまった吸血鬼の王族の事だ。
それは敢えて見せびらかすように、軍の最後尾でユウが台車で引っ張っている。今見張っている誰かがそれを見れば、石像の正体が何かはすぐにわかるだろう。
その石像は脅しの材料でもあるが、同時に、相手の反応を見る道具でもあった。
「ま、警戒しながら進んでちょうだい。いきなり襲ってくる事も考えられるわ」
「はっ!」
注意をしつつも、ミリの足取りは軽く、見張られているのにも関わらず、行軍速度が下がる様な気配も無かった。
歩き続けると、彼女らの前には1頭の熊型の魔物が現れた。
彼女が指示する間も無く、騎士によって、いつも通りの手馴れた動作でその命は刈り取られた。
「あらっ…もう1匹…」
ミリの前に現れたもう1体も、あっさりと彼女によってかき切られ絶命する。
騎士の動きは慣れたものだ。ミリの足取りは軽い。唯一問題があるとすれば、石像を乗せている台車がガタンガタンとうるさい事だろうか?
いや、その音は野獣を誘き寄せる良い撒き餌になった。 釣られた野獣はあっという間に彼女らの腹の中にレッツラゴーだ。
「ふあ〜」
最後尾のフィリカは、ユウの背で大きな欠伸をする。
怪我をする騎士は殆ど居らず、完全に暇を持て余している状態だった。近くに来た魔物はレオンとユウによって蹴散らされるので、尚のこと暇であった。
「見張りは増えてきたんだけどなあ…」
レオンは疲れた様に呟く。
「見ているだけの様ですから…無視で良いでしょう」
フィリカがこう言うが、実は既に仕留められる範囲内まで見張りは近付いて来ていた。
『撃ち抜いては駄目なのか?』
ユウによって…ではあるが。
「どうせそのうちぶつかるのでしょう? だったらその時までは待ちましょう」
フィリカの言葉は、一言一言に眠気を蓄えていた。
「あーだりい…」
そう言いつつも、レオンは一刀のもとで突然に出てきた魔物を斬り裂く。
「行軍ほど暇なもんもねえよなあ…」
彼はかったるそうにボヤいた。
「見えてきたぞっ!街壁だっ!」
騎士の1人の叫び声が聞こえる。そして、行軍はいきなり止まった。
「森の中だったから見えなかったけどよ。…辿り着いたみてえだな」
レオンはゆっくりと身体を伸ばしながら、そう呟く。
レオンの辿り着いたというのは、正しくて正しくなかった。
その街の門前で、ミリらは足止めを食らっていたからだ。…つまり、一触即発な空気が漂っていたのだ。
「大人しく帰れば許してやろう。そうでないのなら…今すぐに地獄へと送ってやる」
門番の1人がそう告げる。豪気にもミリに対して告げた。
今は既に日が暮れている。吸血鬼に分がある様に見えるが、今回は吸血鬼への対策を万全に進軍してきたので、ミリは一切を気にしていなかった。
「そう…貴方達、強行突破するわ。付いて来なさい」
故にミリはそう指示を出した。もう既に戦争は始まっている。今更引き返す事など有り得るはずもない。
「抜剣っ!対吸血鬼用の剣を抜きなさいっ!」
そして今回、態々用意させた装備を奴隷騎士に抜かせた。
「なっ!? 愚か過ぎるぞっ!!」
日が出ていないのに、それなのに彼らは吸血鬼に逆らうのか。門で見張っていた兵士の殆どがきっと思っただろう。
だがそれも、納得し、恐怖せねばいけなくなった。
奴隷騎士が持っている剣は、天照大神の加護が付いた剣だ。加護とは言ってもそこまで強力ではない。せいぜい…少しだけ太陽の力を放出するだけだ。
だが、それは吸血鬼にとっては最悪な武器だ。彼らの能力に対して相性が抜群過ぎた。
故に…
「な…治らねえ…」
騎士に腕を切られた門兵は、吸血鬼ならではの再生力が阻害されることに恐怖を覚える。
「貴方達が只只、ここを通せば終わる話よ?」
そう問い掛けながらも、彼女が率いる騎士達は、一歩一歩街へと近付いていく。
当然、大人しく開門してくれる事は無かった。だから、そんな門はミリの血により細切れにされた。
そして、剣を持った、血が付着した騎士達が、細切れにされた門下を通り始め、レオンを殿として通り過ぎてしまった。
当然、街には吸血鬼族の住人が居る。住人は騎士に酷く恐怖を覚えていたが、騎士達に住人に剣を向ける必要は無い。
だから、そんな街はあっという間に通り抜けてしまった。
そして次の関所に辿り着いた彼女ら、その関所も最初の門と同様に破壊して進んだ。
彼女らに止まる気配は一切無い。向かうは吸血鬼族の王城である。
天照大神の極小の加護を振るう騎士が、道中現れる吸血鬼に遅れを取ることは当然無い。
街中を通り、街中を通り、街中を通り、様々な街の住人が、1000以上の軍勢が闊歩しているのを視界に抑えた。
やがて、突如迷いなく進み続ける軍勢の話は、王族の耳にも届いたようだ。最後尾にとある王族が串刺しにされているという情報も含めて…だ。
突然の襲撃で、彼女らの足を止める程の軍勢は現れない。だからこそ、そんな情報が王族の耳に届いたのは僥倖だったと言えよう。だが、その程度で彼女らが足を止める筈は無い。
次、次、次、次から次へと各街の門を破壊して進み続ける。
そして、王城のある街に辿り着こうという頃、やっと、彼女らと相対しそうな軍勢が顔を出した。
姿が見えた程度で、ミリは軍を止まらせない。相対しそうな軍勢が何か言っているが、敢えて聞かない。
止まらない彼女らを見た軍勢は、矢を放ってくる。
吸血鬼は基本的に近接戦闘に特化した種族である。故に、矢以上の遠距離攻撃の手段を、彼らは通常は持っていない。ミリはそう記憶していた。
ここでレオンが神円盾 による結界を張る。たちまちに降り注いだ矢は、彼女が率いる騎士達を護り、最後の関門を突破した。
(この街に足を踏み入れたのは…何年ぶりかしらね?)
少しだけ浮き足立つのをしっかりと地につけながら、彼女は目と鼻の先にある王城を見つめる。
それを封鎖する様に吸血鬼の兵士が、彼女の前に現れる。
…次の瞬間、血棘が兵士共々突き刺し、地面をウニ絨毯の様にする。
「行くわよ。…変わらずに付いて来なさい」
その現象の主犯-ミリ-は後ろの騎士にそう告げつつ、王城に向かい歩き出す。彼女が先頭を歩く、彼女が足を踏み入れたの一線から、血棘は形を失い消えていく。
誰にも邪魔は出来なかった。邪魔なんかさせなかった。
そして彼女は…とうとう、王城の敷地に足を踏み入れる。騎士団はそれと同時に王城の中に散った。王城を差し押さえるために…。
ミリは一足先に、覚えのある謁見の間に向かう。そして、閉ざされた扉を細切れに破壊、謁見の間に飛び込んだ。
「久しぶりだな。神祖の吸血鬼…いや、愚かなトランジスタ家の末裔よ」
彼女に見覚えのある王がそう告げる。
「・・・」
ミリは交渉をすべきか、今すぐに殺して国ごと潰してしまうかを考える。
「釣れないな。久しぶりに顔を合わせたというのに」
「・・・」
親しげに話し掛ける王が気に入らなかったのだろう。…さっさと殺してしまおうと彼女は考えたようだ。
一歩一歩近付いていく。
「ミリアリア・トランジスタよ。…この女子 に見覚えは無いか?」
しかし、その声と共に見せられた人型は…ミリのよく知る人物だった。ボロ雑巾の様になった首輪が着けられたその人物。そして、思わず歩を止めてしまう。
「そうだ、物分かりが良い」
…が、彼女は歩を進め直した。ここで止まった所で後手に回ってしまう事に変わりはないからだ。
「なっ!?こいつがどうなっても良いのかっ!? これはお前の妹だろうっ!?」
そう、それが肉親であったとしても。
「・・・」
一歩一歩、足を進める。
彼女は自らの肉親を助けようとは思わなかった。それは、目の前に居るのは、曲がりなりにも力こそ全てと謳う、吸血鬼の王であるから…というのが大半の理由。
だがそれ以上に、彼女には彼女の道はある。それを肉親の為だからと彼女に捨てる事は出来ない。故に、だから、足取りに迷いは無く。
______ただ殺すだけ。
王はそんな彼女に我慢が出来なくなり、手元の女子の首に自らの血で象った刃物を突き刺した。
少しだけ…彼女の心が揺れる。だが…それだけだった。
ズドンっ!!
王の心臓を、ミリの貫手が穿いた。再生を許さない"不死殺し"の一撃。
「ごはっ…」
「再生はしないわよ。自称最強種族さん」
心臓を穿て、穿った手を広げ、引き抜く。
ぶちぃぃぃぃっ!!
ミリの手首に王の心臓を纏い、その手をだらんと下げ、反対の手に血により造られた刃物で、王の首を斬り飛ばした。
そして、自らの妹だったそれに、未だ本体から引きちぎられた事に気が付いていない心臓を捧げた。
そして、動かなくなった女子の遺体の目を閉じる。自らのアイテムボックスにそれらを仕舞った。
「…この国は、グルだったのね」
自らの肉親に手を掛けた存在が、神々だけでは無く、同種も…だった事につまらなさを覚えた。
「まあ…良いわ」
ミリは少し虚無感を抱える。けれどもそのまま、王家の財宝探しに乗り出した。
彼女の心には…感情を抑えるが故に、小さな空洞が出来てしまうのだった。
☆☆☆☆☆☆☆
(確か…こっちよね)
王族の財宝が保管されている場まで、ミリは足を辿り着かせた。
その場には、不老不死であり、闇夜では最強と呼ばれる種族-吸血鬼-に、似つかわしいだけの財宝が並んでいた。
(…良い物だけ、貰っていくわ)
金銀や芸術には目もくれず、彼女は武具や家具などの生活に役立つ物だけを自らのアイテムボックスに仕舞った。
「貴様っ…かふっ」
騎士なのか兵士なのか、それはわからないが、勢い良く彼女の表に出てきたそれは、彼女の手によって殺される。命乞いの時間を与える気も無ければ、そんなく だ ら な い 事に時間を割く気も無かった。
彼女はやがて、王城から外に出ようとする。
王族の吸血鬼は…王以外は彼女の前に現れなかった。それはつまり、騎士やレオンらが殺したか捕縛したかをしたのだろう。
彼女は外に足を踏み出した。ああ…やはり、捕まっていた。
「久しぶりね。王 妃 サマ」
ミリは、後ろで手を縛られ、捕まっている内の1人に声を掛ける。
「ミリアリア・トランジスタ…」
「貴女達が…私の家族を殺したのよね? …てっきり私は、神々が勝手にやったものだと思っていたのだけれど、違ったみたいね」
そう呟き、王妃の顎を蹴り上げた。
「!?」
「私の妹だった女は貴女達に奴隷として扱われた。私の目の前で、神々によって家族は全員殺された」
地面にバウンドした王妃様とやらの顔面を踏み付ける。
「…ま、別にその辺はどうでも良いのよ。それに、無抵抗の女を殺すのも気が引けるわ」
彼女は王妃の身体を宙に蹴り上げ、サッカーボールの様に屋敷へと蹴り込んだ。
「レオン、帰るわよ。使えそうな財宝も全て貰ってきたわ」
「…殺さねえのか?」
他にも並べられている吸血鬼族に目を向けて、レオンは訊ねる。
「ええ、もう遅いもの。殺すなら…復讐では無く、護る為に、命を繋ぐ為に…でなくてはいけないわ」
「はっ、総大将はミリだしな。ってらしいぜ? 撤退しちまうぞお前らっ!!」
「「「「「「「「「「「はっ!!!」」」」」」」」」」」
そうして、ミリは石化した王族のオブジェを蹴り壊した。
それを合図にしたのか、騎士達は彼女を先頭に立たせる為に道を開けた。
道の真ん中を通り、軍の進行方向正面に辿り着いたミリは、行きと同様に帰りの指揮を取り始めたのだった。
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