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第六部‐進軍と先触れの無い再会。
1100という僅かな軍勢が、自らの街を出立して一夜が明けた。
「右中央、オークだっ!! 一撃で仕留められなきゃ2人であたれっ!!」
レオンは軍勢の最後尾に居て、ユウとフィリカも最後尾に居た。
そして、レオンが訓練通りに指示を飛ばす。
そんな中、この軍の総大将であるミリは、軍の先頭を歩いていた。
理由は簡単だ。ミリ以外に、吸血鬼の大国の在り処を知らないのだ。
「右前方、オーガよっ!」
ミリは前方の騎士に敵の居場所を知らせたが、レオン程細かな指示は出さなかった。それは、彼女が指示をするよりも、レオンから教わった事を反復した方が良いだろうと考えたから。
そのオーガは全長4mを越す化け物だったが、騎士2人が一気に走り込み脚を切断、その次の瞬間に前に倒れ込んだオーガは、次の剣戟で絶命した。
「汚れちゃうわよっ! 剣は抜かないで後ろに飛びなさいっ!!」
オーガの首を正面から刺し貫いた剣戟、その剣戟により血がどぱっと出る前に、ミリは騎士に後ろに跳ぶように叫んだ。
その騎士の身体は血を被らずに済んだようだ。…彼が持っていた剣は血塗ろになってしまったが…。
ミリはそのオーガに素早く近寄り、剣を抜いて、死体を自身のアイテムボックスに仕舞った。
「この剣、水の魔法が使えるのなら…洗い落としておきなさい」
そして、抜いた剣を騎士に渡す。
「はっ! はいっ!!」
「…それと、血を被ったら萎えるわよ? 行軍中は鎧なんて洗えないもの」
二言めは士気に関わる忠告だ。確かにミリからすれば、騎士がどう汚れようが気に止める必要は無い。無いが…血塗ろの騎士ばかりが軍に居るという事実は、確実に士気を低下させるだろう。
「わかりましたっ!」
「じゃ、前に進むわよ〜」
気持ちの良い返事を聞いたミリは、軍の先頭に戻り、再度軍を前に進めた。
彼女らが吸血鬼の大国に接触するまで…後3日。
☆☆☆☆☆☆
「ふむ、陵と美玲が居ると確かに楽だな」
ミリらが進軍を続けている間、シンはミリの代理として座りながらも、彼らの有用性を実感していた。
「それはどうもっと。あ、ここの書類、また計算ミスがある。ここまで間違えてると、不正を疑っちゃいそうになるんだけど…単にあの詰め所に務めてる人が計算出来ないだけなんだよ。計算が得意な人を追加で送った方が良いと思う」
陵は計算ミスの場所と、それについての提案をする。
「私はここで治せる分には構わないと思うが…?」
「計算ミスに乗じて不正をする可能性もあると思うけど? ってか、兵士が不正しないなんて無いだろ。俺は今も既にやってるんじゃないかとか思っちゃうし」
書類の計算ミスを、シンはそこまで気にしてはいない。だってまだ対応が出来るから。
だが、陵はその先に起こりうる事柄についてを考えていた。
もちろんそれだけでは無く、彼はその詰め所にしろ他の公共の部署にしろ、1人は監視を置いても良いのでは?と思っていた。
「だが、監視から貰った情報を鵜呑みにしたとなると…、監視が嘘を吐いていればわからないだろう??」
「それこそ、見張るだけなんだから、3日にいっぺん部署を変えれば良いんじゃない?」
「見張りは結構な重労働になるな」
この街の広さを思い出しながら、部署を行ったり来たりするのは、かなり監視役を疲れさせてしまうのでは…? とシンは思った。
「それに見合った給金を出すしか無いだろ。あ…でも、奴隷ってのが居るんだっけ?」
陵は金が掛からない人種の存在を思い出した。
「居るな。だが…計算が出来る存在は…」
「あー…そうだった…」
陵は、元々自分達は、周りに教養が無いから、その代わりとして、ここで働いている事を思い出した。
「あ、シンさんの息子さんが連れてる孤児はどう? 確か…年がいってる子達は計算が出来るってあいつらが言ってた気が…」
あいつら…とは、未だに目を覚まさない勇者組(花蓮を除く)の事である。
「…騙されたりしないだろうか?」
シンは少しだけ心配そうに呟く。
「…いやいや、今まで孤児で子供達だけで歩いてきたって聞いたし、大丈夫だと思う。俺としては…言い方は悪いけど…俺達なんかよりも、子供達を起用した方が良いと思うし」
「何故、そこまで自信を持って言える?」
心底、どんな判断基準で陵がそう言っているのか、シンは不思議に思っているようだ。
「あいつらが教えてたから、ある程度どんな性格をしてるのかわかるってのもあると思う。それから、やっぱり孤児ってのは1人で生きていかなきゃいけないから、金とか知識とかに凄い貪欲になる」
陵が告げる事は、当然な事だ。
「ふむ…?」
「でも、安定した生活の素晴らしさを最も知ってるから…孤児達はこの屋敷で生活する事に反抗意識なんて無い」
孤児は屋根が無い場所で雨に打たれる事もあれば、その日の食事が無いこともあった筈だ。
「貪欲さと、裏切らない理由。この2つは、起用するのに充分だ思う」
不正に走れば、どれだけ悲惨な目に合うのか…想像出来ない孤児達では無いだろう。
安定した生活が、裏切る事によって壊されてしまう事が、心の底から理解出来ていれば、不正には走らない筈だ。
「ふむ…」
「ま、俺としてはどっちでも良いけど。結局決めるのは俺じゃないし」
人事の投入を最終的に決めるのは、代表代理であるシンだろう。だから、結局何を言ったところで、陵にとっては対岸の火事なのだ。
「少し…考えておく。…さて、そろそろ時間も時間だろう、昼休みに入ろうか」
シンは手元の書類を纏め終え、陵に告げる。
「だってさ、美玲」
「んー? 良いんじゃない?」
「じゃあ、俺達も昼休みに入りまーす」
陵も手に持っていた書類を、一旦アイテムボックスに仕舞い、昼休みに入る準備を整えた。
「ああ、そうだ。少し私について来て貰えないか?」
そんな中、シンは彼らに何か用がある様で、誘いの声を掛けた。
「えっと、ごめんなさい。弟が待ってるから」
「そういう事、夜なら…大丈夫だから」
だがしかし、陵と美玲は明確に"ノー"と言い、ぺこりとお辞儀をして書斎部屋を出て行ってしまうのだった。
(フラれたな…)
☆☆☆☆
「フィルド〜」
美玲はそう声を掛けながらも、聖神に抱き着かれているフィルドを奪った。
「お姉ちゃん、お仕事はー?」
「いつも通り昼休みだよ〜」
"でへへ〜"という効果音が流れそうなくらいに、美玲は彼を撫でていた。
「フィルドは、今日は何したんだ?」
美玲に抱き着かれているフィルドに、陵が聞く。
「母さんにお洋服の折り方を…教わったっ!」
「難しかったか?」
「難しかった!」
そんな受け答えをしながらも、陵もフィルドの頭を撫でた。
「聖神が居ないと、こうやって仕事も出来ないよなあ…」
そしてしみじみに、聖神が彼の面倒を見ている事が、必要不可欠な事である事を実感する。
「感謝してくれれば良い。仕事はどう…?」
聖神はそんな陵と美玲に訊ねた。
「んー、順調って感じ」
美玲は素直な感想を述べた。
「それは良かったな。私を連れて行かない辺り…危機感も薄れて来たのだろう?」
そして、聖神の隣に居た鬼神が問い掛ける。
「そうだな、最初程じゃ無い」
ここの屋敷に来たばかり、そこから30日弱は、片手に鬼神を宿したまま生活していた。
それはいつ如何なる時も対応出来る様にする為だった。
「お腹が空いただろう? 昼は私が作っておいた」
それから更に、鬼神はサンドイッチの様なモノを取り出した。
「お、鬼神さん、助かるー」
彼らは今外に居るので、給仕担当の孤児達が、食堂で用意した食事に手は付けられない。
折角の昼休みなのだから、彼らは人気の少ない所でのんびりしたかったのだ。
「・・・」
「陵、食べないと身体に悪いよ??」
美玲は鬼神が用意してくれたサンドイッチに手を伸ばさない陵を見て、グイグイと自身の食べていたサンドイッチを顔に近付けた。
「んぐっ…」
陵は近付けられたサンドイッチを齧りとった。
「ん、鬼神は相変わらず料理が上手い。…パンも焦げが入ってて美味しい」
そして、鬼神を褒めた。
「それはどうも。最近は私の出番が少ないからなあ…」
鬼神も聖神も、陵と美玲が仕事をしている間は、フィルドをかまうだけの日々である。
「争い事以外に頼む事も無いしなあ…。それに、フィルドにモノを教えるのも聖神とか鬼神の役目だし…」
陵の言う通りで、彼らは親役兼教育係でもあるのだ。
「嫌ではない、それは当たり前だろう」
鬼神は嫌なわけは無かった、それでも飽きが回ってくるのは事実だった。
「私はこのままで良い」
一方聖神は、むしろずっとこのままで良いとでも言いたげな声音で。告げた
「あと最低でも10年はこのままじゃないかな?」
フィルドが大きくなる事も考えた上で、美玲が言う。
「さあ? どうなんだろう? ま、今から気にしても意味無いだろ」
陵はこれから先の事を、今はあまり考える気が無いようで…。
これからあと何年この関係性が続くのか、それは誰にもわからない。それは至極当然で、当たり前な事だった。
☆☆☆☆
それから日も暮れて、本日の仕事も終わりに近付いた。
「陵、昼間に…夜なら空いていると言ったな?」
その終わりが見えてきた為、シンは陵に問い掛ける。
「ん?…まあ、言ったけど」
陵は確かに言ったなあ…程度のものだった。
「少しだけ時間を貰うから…ここに残っていてくれ。もちろん…美玲もだ」
「言われなくても、陵が行くなら私も行くよ」
美玲が陵から離れる事は殆ど無い。本当にそうしなければならない時、その時に限ってはそうする事もあるが…。
「なら、さっさと終わらせてしまおう。私も夜更かしはしたくないからな」
「「りょーかい」」
という訳で、彼らの仕事速度は、秒間2mくらいから6mくらいに加速するのだった。
それを経て、本日の仕事は完全に終わったようだ。
「陵、美玲、早速で悪いが転移する」
そして、陵と美玲は前振り無しに、シンと共にラフタから消えてしまうのだった。
「「へっ?」」
陵と美玲は気が付いたら、光が降り注ぐ、自然豊かな土地に足を着けていた。
「…ここ、何処だ?」
当然陵は、こんな光景を見た事が無かった。
「この世界は…私が創造した世界だ。いや…正式な世界では無いな。人が住めるアイテムボックスの様なイメージを持っていれば良い」
シンは少し驚いている彼らに、軽く説明した。
「ふーん…、そうなんだ」
マジマジと周りを見回してそう呟く美玲…、
「あっ!? あれってっ!!」
そんな彼女の視界は、地球で良く見知っていた人物を捉えた。
「…え?」
陵も驚きで目を見開いていた。異世界に飛ばされてから、彼がここまで驚いたのは初めてだ。
「「あーちゃんっ!?!?」」
そして2人して、その人物に叫ばざる得ない程に心が震撼する。
「ふふっ、久しぶりだね。陵、美玲」
そう、彼らの目の前に現れたのは…見た目麗しい…紅色と黒の着物を着込んだ天照大神だった。
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