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第六部‐出撃の時。

(朝…になったわね…)  ぼんやりした思考で目覚めたミリは、そのまま起き上がろうとする。 「目覚めたか…?」  そんなミリを押さえ付けるように、彼女の後ろから声が掛かった。 「あら…シン…」  相手はわかるものの、未だにぼんやりとした口調のまま返事をする。 「…もう少しこのままで居てくれないか?」  昨晩は珍しく、ミリがシンに添い寝をされる形で彼女は眠りについた。  因みにレイは、そんなミリの変わりにベッドの中央に来た彼に背を合わせて眠っていた。 「…珍しい…わね。…ふあああっ」  彼女はシンの腕の中で大きく欠伸をした。 「そうだろうか?」 「…そうよ」  ミリからの過度なスキンシップはあるものの、それのせいか、シンからのスキンシップは少ない。 「・・・」 「・・・」 「…終わりよ、さっさと行くわよ。フィリカと約束をしているから…それまでに食べ終わらないといけないのよ」  ミリはシンが自身に絡めていた腕を外し、そのまま起き上がった。 「そうだな」  シンも彼女に続いて起き上がる。 「死ぬ危険があると感じたら…すぐに撤退しろ」 「言われなくてもわかってるわよ」  これからについての忠告を、鼻で笑う様に返す。  そして彼女は、足を地に付けて立ち上がった。一糸まとわぬ美しい体が日に当たった。  それも次の瞬間には、いつもの、普段通りの服を纏う。手がシンに伸ばされ、彼は彼女の手を取り、ベッドから降りた。 ☆☆☆☆ 「レオン、騎士の準備は整いましたか?」  フィリカは奴隷だけが住まう五つの建物から、大きな空き地へと出て来ている奴隷達を見る。 「おうよ、初の実戦だから少数精鋭で攻めるぜ」  レオン曰く、そう言う心持ちの様だ。 「準備が整っていれば良いのです」  そんなレオンに返事をしながら、奴隷達が食事を用意している調理場へと向かう。  そこは万単位の奴隷の食事を用意する場で、作っているのは当然奴隷達だ。  その数は百を超える。 「どうですか? おばあさん?」  その中で慣れた手つきで、食事を作る年寄りにフィリカは声を掛ける。 「おやおやフィリカ様、相変わらず美しい。特に問題はありませんよ」 「ふふっ、そうですか。では…私達も貰っても?」  フィリカとレオンは、シンらが住んでいる屋敷には住んでおらず、この奴隷が大量に住まう収容施設の様な場所に住んでいた。  それは、奴隷の管理人がフィリカである事と、奴隷に戦闘技術を教える事がレオンの役目であるからだ。  因みに、随分前に居た奴隷商人は、また新たに奴隷を探しに旅をしている。奴隷商人が置いていった奴隷への権限は、全てレオンに委託されていた。 「断る者も居りません。ほらっ、お前らっ!! レオン様とフィリカ様の食事をお出ししなっ!!」 「はいっ!」「今すぐに用意しますっ!!」  おばあさんが叫ぶと後ろで作業をしていた者達が、ざざっと動き始めた。 「…フィリカ様にこんな事を言うのはあれなのはわかります。その…初陣なのでしょう?」  そんな中、おばあさんの隣でせわしなく手を動かしていた男性が、少しだけ心配そうに尋ねる。 「そうですね。ですが、私が居ますので…簡単には死なせませんよ」  少し悪戯っぽくフィリカは彼に微笑んだ。 「そりゃあ良い。我らが女神様がついて行ってくれるのなら負けはありませんね」  女神様…とは他でもない、フィリカの事だ。  そう呼ばれる理由は至極簡単だ。奴隷の怪我や欠損を全て治しているのが彼女だから…である。  それから風邪を引いた奴隷には、活力を与えるべく、"天力"によるバフ掛けを行ったりもした。文字通り"病は気から"と同じ原理だ。  奴隷からすれば、私達は奴隷なのに…と言った具合である。  女神様と呼ばれる事に、疑問を持つ者は奴隷の中には居なかった。 「こちらです」  ちょっとばかり他の奴隷達よりも、ランクの上がった食事を見せて来た2人の奴隷。 「あらあら、いつも、ありがとうございます」  フィリカはふわふわっと笑みを浮かべてお礼を告げた。 「ははっ、して、本日はどちらに持っていきますか?」  奴隷達は運ぶ所までもをやるつもりの様だ。 「レオン、今日は貴方が育てた騎士の方々と食べた方が良いですね??」 「んあ? だろうな。これから戦だってのに部下と話をしねえってのはねえな」  フィリカの後ろから、レオンは給仕の奴隷に対して顔を出す。 「「「レオン様、おはようございます」」」 「おう、おはようさん。頑張れよ」  揃って挨拶をされ、レオンは苦笑しながら返した。  どうやら彼、自身が面倒を見ている騎士以外にヨイショされるのが苦手らしい。 「では、騎士の方々の所までお願いしても良いですか?」  レオンの答えを聞いたフィリカは給仕の奴隷に訊ねる。 「はいっ!お運び致しますっ!!」  これが初陣前、この街でする最後の食事となった。 ☆☆☆☆☆  それから少し時間は流れ、シンらが住まう屋敷にはフィリカとレオンが訪れていた。 「フィリカ、レオン、準備の方はどうかしら?」  ミリはとある台車に石像を乗せて、レオンらと合流を果たした。 「こっちは問題ねえよ。…それは何だ?」  レオンは当然ながら、その石像についてを訊ねる。 「これが今回の襲撃の主犯よ。これは…ユウに引いてもらうわ」  ミリが説明した直後、裏手から、白銀に輝くユニコーン-ユウ-が現れた。 『久しぶりだな』  今までユウは"ヘブンズガーデン"に居た。今回の出撃に際して、フィリカの護衛と石像の運搬を自らの主に指示され、こちらの世界に来た。 「あらあら、貴方も来るのですか? 相変わらず、シンさんも過保護ですねえ…」  フィリカはシンの心持ちを察しつつも呟く。 『私が頼まれたのはフィリカの守護と石像の運搬だ。…ミリの事ではないぞ?』 「あらあら? それは嬉しい事ですね。…回復に専念出来る様にですか」 『そういう事だ』  少しだけ会話をしたユウは、自身専用の鞍を背中に装備した。 「結ぶから動かないでちょうだい」  そして出現した鞍に、ミリは石像の乗った台車を紐で括り付ける。 「フィリも乗っちまえ。…このまま街門の外に居る俺の騎士団と合流する。良いよな?」  そんなミリとユウを見て、自身の妻をユウの背に乗らせたレオン。そして、今回の件で王将を務めるミリに問い訊ねた。 「ええ、良いわよ」 「んじゃ、行くぜ」  そうして彼らは、出陣する為に、街の外に集められている騎士達と合流するのだった。 ☆☆☆ 「…行ったか」  シンは、ミリの気配が遠のいて行くのを感じながらも…少し名残惜しそうに呟いた。 「シンさん、こっちとこっちの書類をお願い」 「ん? ああ、わかった」  それも一瞬だ。すぐに、陵に追加の書類を渡されて仕事に戻って行った。 ☆☆☆ 「レオン、人数は?」 「1000と100だ。100のうち20が飯炊き要員で、80がそいつらの護りだ」  ミリの質問にテキパキと答えるレオン。 「そう…腕は??」 「吸血鬼くれえならやれるさ。鎧も着込んでるし…何より腕の良い奴が集まってるしな」  レオンが自ら見極めた、計1000人ちょっとの奴隷達だ。彼にも"こいつらは強い"という自負がある。 「わかったわ。少し歩いた所で演説でもした方が良いわよね?」 「そうだな。街の頭が来るってんで、結構テンパってるのも居たしなあ」  レオンは自らが鍛えた騎士に、一人一人声を掛けて選抜している。その際に代表であるミリの元で戦う事を話すと、極端に緊張した顔をするのだ。 「私って…何かしてたかしら?」 「俺は知らねえな」  レオンはミリが何をしているかまでは知らないので、バッサリだ。  一方、彼らの後ろをユウの上に乗ってついて行っているフィリカは、彼女が派手にやった事柄が奴隷の耳に入っているのでビビっているのだと知っていた。だから人知れず溜息を吐いたのだとか…。 ☆  やがて、彼女らは街の外に出て、レオンが集めた騎士兵と合流する。 「よしっ!!お前らっ! 少し歩くからついて来いっ!」  そして騎士兵の前に出ると、レオンは俺について来いと指示を出した。  こうして騎士兵1100名と、レオンら4名(3名と1頭)はグランパレス共和国の1つの街を離れる事になったのだった。 ☆☆☆☆☆  そして、彼らは歩き続けた。まだ、平原である。 「さて、こんな所で良いわね」  ミリは手で、後ろの騎士達を止めてくれるように言う。 「全員っ!止まれっ!!」  レオンは振り返って剣を挙げ、叫んだ。  その声を聞き、ピッタリと止まった騎士達。 「ええっと…、コホン。私があの街の代表であるミリよ。今回の指揮は私が取ることになっていて…まあ、つまり、貴方達からすればそう言う立場の存在だわ。でも…あんまり気にしなくて良くて、基本的にはレオンと変わらないと思ってくれて構わないわ。これから数十日の間だけれども、宜しくお願いするわ」  つらつらと、よく通る声で演説の様なモノをしたミリは、言い終えてから頭を下げた。  ザワついてしまった騎士達を感じて、少しだけ要艶に髪を払い頭を上げた。 (これくらいやれば、緊張も解けるかしら…?)  いつもの訓練以上に奴隷の騎士達が緊張していたら、出来る事も出来なくなってしまう。  そう思ってのミリの行動だった。 (ま、後で適当に話し掛ければ良いわね)  緊張が解けないなら…後手の対策は何とも楽観的なモノだった。 「レオン、私は良いわよ」 「あいよ。…よしっ!また進むからなっ!ついて来いっ!!」  そうして彼らは、またもや一歩一歩と先へ先へと進み始めた。 ☆☆☆☆  それから日も暮れ始め、彼らは夕食を取る時間となった。 「魔物が寄ってきました。右翼後方の騎士さんは対応をお願いしますね」  フィリカはユウの上から見えた魔物を見て、奴隷騎士に指示を出す。  すると、騎士達はよく教育されている様で、あっという間に魔物を排除してしまった。  なぜ魔物が寄ってきたのか。理由は簡単、調理の匂いに釣られたのだ。  その釣られた魔物は、翌日には騎士らの腹の中へと入る為、調理をする事、それ自体が釣り餌にもなっていた。  一石二鳥だ。 「ここ、座っても良いかしら?」  フィリカが対応をしている間に、ミリは親睦を深めようと女性騎士が集まっている場に顔を出した。食事を持って…。 「だっ、代表様っ!? ど、どうぞっ!!」  食べていた騎士達は一気に硬直する。 「はあ…そんなに緊張しなくって良いわよ」  ミリはそんな様子に溜息を吐きながらも、肩の力を抜く様に指示する。 (私…何かしたかしら…?)  思わずそう思ってしまう程に、彼女らは硬直していた。 「ほら〜…力を抜きなさい??」  ミリはそこで、大胆にも1人の女性騎士と肩を組んだ。 「はっはいっっ!?」  その女性騎士は、いつ処分されるのかとビクビクしながらも返事をする。  それはそうだろう。街で最底辺の身分である奴隷と最上位の代表が肩を組んでいるのだ。  その女性騎士は哀れだった。…アーメン。 「貴女はどこ出身なのかしら??」  ミリはそんな女性騎士に、容赦無く言葉を掛ける。 「わ、私は名も無き部族の出身ですっ!!」  彼女はエルフだった。他種族が入り込まない入り込んだ森に住んでいて、外を知らなかった。  …奴隷になるまでは。 「ほえ…?」  唐突に頭を撫でられた彼女は、目を見開いて驚いた。  ミリはその類の話には詳しい。いや…シンやティルが集めている孤児達が殆どが不幸を味わった集まりなので、それの母役をしていると大体予想が出来てしまうのだ。  そして、それが馴染む為の切っ掛けになれば…と思ってミリは頭を撫でたのだ。 「どう…? 緊張は解けたかしら? …貴女は攫われたクチか、戦敗した村から…よね?」  酷く優しい、孤児の面倒を見ている様な、自身の子供達の面倒を見ている様なそんな目を、女性騎士に向けていた。 「…村が焼き払われました」  思い出したくない記憶なのは百も承知だ。だから…そんなエルフの彼女の反応も簡単に予想出来る。 「そう、時間を戻してあげる事は出来ないけれど…私達は貴女達を取って食べたりはしないわ。むやみに搾取する事もしないわ。そうね…私としては"何処かで良い男引っ掛けて来なさいよ"とかって言うのだけれど…レオンの部下なのよねえ」  そんな彼女に激励の言葉を掛けようとして、ミリは今更ながら口に出して良いものかと悩んだ。 「そ、その手の話はあまり…」  その女性騎士がそう言い、ミリが周りを見ると他の女性騎士も同じ顔をしていた為、その手の話に苦手意識があるのは、この軍の女性騎士の多くに当てはまる話なのかもしれない。  だが、次第に彼女の肩の力は抜けて来たようだ。 「そうそう、そうやって肩の力を抜きなさい。ほら、そこの貴女もこっちに来て一緒に食べましょう?」  丁度食事を持って、こちらの方にやって来た別の女性騎士にも、ミリは声を掛けた。 「わ、私っ!?」 「そうよ。ええっと…人族よね?」  ミリは自身のすぐ隣を、ポンポンと叩きながら訊ねる。 「あ、はい」 「人族が一番、色々と理由がある物だから…想像出来ないわねえ」  エルフであれば、奴隷落ちの大半の理由が、"村が焼き討ちにあい、その後に攫われてしまった"となるのだが、この世界は人族の割合が極端に多い為、それこそ予想が無限に出来てしまう。これだと想像が出来ないのだ。 「私の家が財政難だったので、私は口減らしで奴隷に売られました」  人族の彼女は特に気にした様子もなく、ミリの隣に座って言った。 「それは…自分からよね?」 「はい、私は元々騎士をしていたんですが…怪我で動けなくなってしまったので。今は女神様に治していただいたので、この様に五体満足です」  彼女はかつてはとある騎士団に所属していた。 「貴女の国は…貴女の家を助けもしなかったにかしら? だって、貴女はお国の為に戦ったのでしょう??」 「…そうですね。でも、使えない騎士に割く金は無いので」 「まあ…貴女がそれで良いと思ってるなら私は何も言わないわ」  彼女が納得しているなら仕方が無い。それでも…お国の為に戦った騎士を、無造作に捨てたとも取れる対応に思わずミリは顔を顰めた。 「ま、こうやって優秀な騎士を放逐してくれるのなら…私としては助かるのよね」  この場にレオンが選んだ時点で、ここに居る女性騎士は優秀でない訳が無い。  他国が優秀な人材を捨てると言うのなら、ミリはそれを拾い、掠め取るだけである。 「ほら、そこの端で食べてる貴女達も…ほら、そこに居る貴女もこっちに来なさいな。今なら何を聞いても許してあげるわよ。…答えるとは限らないけれども」  彼女は女性騎士‐奴隷達‐にそう言いながら微笑んだ。  どうやらミリは、一人一人に話し掛けるのが面倒になった様で、纏めて話し掛けてしまおうという考えに至ったようだ。  こうして彼女は、少しずつ、奴隷達とのわだかまりを無くす事に尽力するのだった。
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