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第五部‐夜明けと幸せと愛する事。

「…何で夜に起きたんだろう」  そう呟きながら、ハイルは真っ暗な屋敷を歩き回っていた。  何故か眠ろうとしても、意識が冴えていて眠れないのだ。  それに加え、彼は目が見えないので、夜だろうが昼だろうが関係無しに歩けてしまう事も影響して、屋敷を散歩する事にしていた。  当然、静かにゆっくりと、少しでも歩から意識を外すと足音が鳴ってしまうので、意識を外さずに暗闇を歩いていた。  彼からすれば、いつもとは肌寒い以外に勝手の違いが無い。やがて、彼は屋敷の外へ、庭へと出た。 (竜力の練習でもしようかな…?)  昨日、シンから教わった新たな力の使い方を、静かに練習しようかと悩む。  彼は腐っても竜人な為、"竜力"の存在を教えられると、すぐに表に使える様になった。  だがコントロールが曖昧で、シンには要練習する様に言われていた。 (父さんは…竜人でもない筈なのに"竜力"を使ってたな)  さあ練習を始めよう。…そう思ったのと同時に疑問が1つ出来てしまった。 (父さんに聞くまでわからないし…ま、良いか)  そうして、練習を始めた。  彼が始めたのは、竜力を身体に染み渡らせて強化するというものだ。それは人が使う気功と似たようなもので、それに比べて、出力が高いだけだと言っても間違いでは無いだろう。  竜力より紡ぎ出された"気"、竜気と呼ばれる事もある技術である。  だがしかし、それも暫くして止めてしまった。 (…集中が持たない。それに…眠くなったから二度寝しよう)  少し体を動かした?のが幸いしたのか、少しだけ眠気に襲われたようだ。 ☆☆ 「奏乃ちゃん、トイレにまで付き合って貰ってごめんなさい…」  屋敷内の女性トイレの個室から個室越しに話し掛ける。 「暗いと怖いですよね。大丈夫ですよ、私も怖いです…」  奏乃はそんな花蓮にそう返す。  奏乃と花蓮は共に暗い中を歩き、トイレに来ていた。花蓮が1人では行けないからと奏乃を起こしたのだ。  実際、真っ暗な屋敷は物凄く怖かった。雷なんかなっていたらちびるほどに怖いだろう(作者談)。  それからお花を詰み終わり、花蓮は奏乃よりも一足先に個室から外へと出た。  手元には魔法により生み出された光球があり、それで暗くなった道を照らしているようだ。 (帝国より…良い設備してる…)  花蓮は自らが汚される前までのこの世界での生活を思い出し、ここでの生活と比較する。けれど、途中で思い出すのを止めた。本当に受け入れたくない事実があるからだ。思い出したくない恐怖があるからだ。  少しだけなのに、関係の無い記憶な筈なのに、彼女の心拍数は勝手に跳ね上がり…彼女は自身を落ち着かせるのに手一杯になってしまう。 「手は洗いました?」  案の定、既に用を足し終えて出て来ていた奏乃に、彼女は気が付かなかったようだ。 「あ、うん、洗ったよ」 「じゃあ、戻りますか」  そうして、彼女らは女性トイレから顔を出す。 「うわあああああああっっ!?!?!?」「ひっ…」  丁度、隣の男性トイレから、光も付けずに出て来た何かと鉢合わせ、奏乃は女子らしくない悲鳴を上げ、花蓮は悲鳴すら上げられなかった。 「えっと、取り敢えず落ち着いてください? 僕はアンデットじゃありませんよ?」  そう、そこで鉢合わせしたのはハイルだ。彼は目が見えないので明かりが要らず、眠る前に用を足してから寝ようと思い、トイレに来ていたのだ。…不運過ぎる。 「あ、え…驚いてしまってごめんなさい」  奏乃はすぐにハイルに気付き、驚いた事を謝った。 「あ、いえ、別に気にしてませんよ。僕は目が見えないから…灯りという物がわからないので」  ハイルは奏乃の謝罪を受け入れる。 「それより、貴女は昨日の昼間辺りにぶつかっちゃった人ですよね?」  ハイルは昨日、シンに吹き飛ばされて、ぶつかってしまった花蓮の気配を覚えていた。 「あ、え、うん、あの時は返事出来なくてごめんなさい」  花蓮は今は話せるだけ精神状態が安定しているらしい。 「いえいえ、ただ怖がられてるのはわかってたので、ちょっと気になってたんです」 「…目が見えないのにわかるの?」  花蓮は表情など読めないはずなのに…と思う。 「そうですね。僕には血の繋がってない弟とか妹とかがいっぱい居るんですけど、その中で大人を怖がる子が居るんです。それと似たような感じだったので…ああ、怖がってるんだなって」 「え、凄いね」 「そうですか?? …僕からしてみれば、目が見える人の方が凄いですよ。じゃあ、おやすみなさい、また朝に会えたら会いましょう」  ハイルは花蓮の言葉に少し苦笑しながらも、少し皮肉げにそう言って、話を切り上げた。  そして、奏乃と花蓮が動き出す前にさっさと上の階に登って行ってしまった。 「…あれ、本当に目が見えないんですかね?」  奏乃は、そんな彼の迷いの無い足取りを見て、疑問を呈さざる得なかった。 「聞かれてもわからないよ。…奏乃ちゃん、戻ろう」 「そうですね、さっさと二度寝しましょう」  奏乃と花蓮も、既に居なくなってしまったハイルの後に続き、自身の寝室に戻るのだった。 ☆☆☆☆☆☆☆ 「んう…ん…ん…」  少し身動ぎをしようとした所を、自身の身体に絡まった陵の腕に阻害されて、美玲は目を覚ました。 (フィルドも…起きてないよね)  美玲はゆっくりと陵の腕を外し、それから、小さなフィルドを陵の腕の中に、自身の代わりに置いた。  そして1人、寝室の外に出た美玲は、何かする事が無いかと考え、昨日着た洋服を洗っちゃおうという結論に至ったらしい。 (あ…天気見ないと)  そう思い、天照大神特注テントから外に顔を出し、外が晴れているかを見る。 (うーん…ちょっと曇ってるけど仕方ないよね…)  少し曇っているが、雨は降っていないので外に干すことを決めたようだ。曇っていようが雨が降っていようが、洗い物を1日しないだけで随分と仕事が増えてしまうのは至極当然である。  洗濯物が溜まると地獄絵図に早変わりしてしまう。  美玲は寝巻きのまま、お風呂場に行き、その中にあるタライの様な物で服を手揉み洗いし始めた。 「〜♪♪」  そんな鼻歌を奏でながら洗っていると、 『相変わらず服を洗っている時はご機嫌じゃな』  首に掛かっていた牛神がそう言った。 「えー…そうかなあ??」 『そうじゃろうて』  美玲は首を傾げるも、牛神は断言した。 「…でも、そうかもね。こんな世界に来なければ、私は人も殺さなかったし銃も持たなかったし、毎日をこんな風に過ごすだけだったと思う。…楽しみだったんだ、こういう事ばっかりして陵と平凡に暮らすの…」  高校2年だった彼女、そんな彼女らは高校を卒業したら、お互いに近めの大学に通って同棲しよう…なんて話をしていた事もある。  別に大学に行きながら籍を入れたって、何にも問題は無いのだ。…だから、そんな生活が楽しみだった。 『・・・』 「ま、でも…今の暮らしも悪くは無いけどね。結局人を殺しても銃を引いても私達は変わらなかった。…って事は、少しだけ二人暮らしが早くなっただけなんだって思えるしさ」  美玲の声音は驚く程に普通だった。いや…むしろ夢物語を見ているように楽しげに話していた。 「結果的に神様の力も手に入れたし、悠久の時を過ごす力も手に入れた。他人に害されない力も手に入れた。でも…向こうで願った幸せは絶対に手に入らない。唯それだけの事実を俯瞰するだけの私が何処かに居て、それは陵も同じ…」 『・・・』 「…それも悪くないけれど、…無い物ねだりでしか無いんだけど、どうしても考えちゃうんだよね」  美玲はタライに流していた蛇口を止め、一旦、洗った服を外に干しに出た。 『我は元が牛である故に、美玲が何を言ってるかはわからん。だが…それを考える事は良い事であると思うぞ? そうやって悩んでこその人であろう、意味の無い事を夢想してこその人であろう。それが獣と人との決定的な違いじゃろうて』 「・・・」 『我も神である内は何度か力を与えた事もある。だが、我が力を与えても良いと思える存在は、人であるからと頭の良い存在では無く、人であるからこそ、自然の摂理に逆らった者だけじゃった』 「…ふ〜ん、励ましてくれてるの?」  黙って聞いていた美玲は、少しだけ茶化す様に言う。 『そうじゃな。美玲は狂ってはおるが、1番自然の摂理に逆らった生き方をしていると我は思う。…あ、美玲、服なら我が乾かしてやるぞ。一昨日から態々干しとるが別に我は気にせん』  真面目な口調で話していたというのに、急に日常的な会話に変わるのは、流石と言えよう。 「えっと…じゃあ、木を3本生やしてくれる? それと…狂ってるって余計だよ」  美玲もそんな牛神に気に留めることなく会話を続ける。 『ふむ…こんなもんじゃろ? …神からすれば命は皆平等なのだ。人からすれば…聖人と狂人どちらも同じと言われれば、"何故だ?"と思うのかもしれんし、赤ん坊と老人のどちらも同じだと言えば、"何故だ?"と思うのだろうがな』  木を生やしながら、牛神は、美玲にダラダラと告げる。 「人は…自分の周りしか見えないからね。…よっと」  美玲は首に付いていた牛神の斧を手斧サイズにして、1本を根元から切り、他2本を縦割りにして途中で止めた。 『そう思うじゃろう? だが、違うのだ』 「何が?」  美玲は聞き流しながらも、切り落とした木を横にし、裂ける様に切られた2本の木の間に、橋渡しの様に挟ませた。 『とある地では…たかが子供1人を守る為に村が全滅した事があった』 「・・・」 『子供を差し出せば…村は助かったのだろうが、その村はガンなに拒否したのだ。…それは非合理的じゃろう? だが…そこで動いた感情は綺麗なものだったとは我が断言してやろう。…それが人が魅せる美しさというものなのだ。それが獣と人の…決定的な違いじゃろうて』 「…その子供は?」 『復讐すると言うから手を貸してやったわ。それすらも我は惹かれてしまったがな』 「…そっか、生き残ったんだね」  美玲には、今の話が何となくハッピーエンドに思えた。全くそうではないだろうに…。  "人として死んだ"のだと、その村は言えるのではないかと、そう思った。 『じゃから、自身の大切な物の為に…何を犠牲にしようが我は可笑しいとは思わなんだ』 「…それすらも綺麗だって?」 『うむ、そこまで貫くというのなら…最後にどうなるのかまで見届けねばなるまいよ』 「うーん…多分、最後は来ないよ。  …だって__________  ___________私達は終わらないから」 ☆☆☆☆☆☆☆☆☆☆  丁度、お昼休みの時間になった陵と美玲は、間食を食べ終え、少しだけ運動する為に、孤児達の訓練に倣って鬼神と共に刀を振っている。 「うっわ、お前…めっちゃ綺麗じゃん」  当然陵と美玲の奴隷となっている勇者達も参加している。そして、陵と美玲の振り方があまりにも綺麗だったのでビックリしていた。 「…まあ、練習したからな」  陵はそれだけを返して、視線を剣先に集中させる。 「鬼神、少し相手してくれない?」  そんな中、ただ振るだけに飽きたのか、陵は鬼神に提案した。 「ふむ、良いだろう。刀だけだぞ?」 「軽い運動だしな。…本気になるなよ?」 「わかっている」  他の勇者達と美玲は、そんな鬼神と陵の周りから離れる。そして、それを見た彼らは斬り合いを始めた。 「花蓮ちゃん…? どこ見てるのっ」  美玲は彼らが斬り合いをしている中、ぼんやりと何処か明後日の方向を見ている花蓮に話し掛けた。 「あ、美玲ちゃん。えっとね、シンさんが教えてる人が居るでしょ? その人は目が見えないらしくて…でも…」  そう言って、美玲にも見て貰えるように、ハイルがシンとぶつかり合っているのを指さした。 「…明らかに見えてない動きじゃないよね」  美玲も花蓮が何を言わんとしているかは理解できた。 「…この世界って目に変わるものがあるのかな?」 「特殊能力って事? …無いんじゃない? 実際、目が見えなくても問題なく戦える人が居たなんて話も、日本にだってあったしねえ…」 「じゃあ、あの人は克服したってこと?」 「そんな事をミリさんが話してた気がするけどね。詳しくは知らないよ」  ミリとの何気ない会話で、そんな事柄を聞いた気もした美玲だったが、断言する事は避けた。 「…え? 花蓮ちゃん、気になってるの??」 「え? うーん…まあ、目が見えないって言われた事は気に掛かったけどそれだけかな。…それより、やっぱり怖いし…」 「はいはい…よしよし、怖いよね…」  少しだけブルっと身体を震わせた花蓮を美玲は抱きしめた。 「…私はさ、美玲ちゃんが羨ましい」  花蓮は抱きしめられながらも、ぼそっと言った。 「?」 「好きな人とずっと一緒に居るのが羨ましい。…高校の時もそうだったけどさ、私の所には上辺ばっか見てる人だけが集まって、美玲ちゃんはずっと一途なまま過ごしてた。…それが羨ましい」 「花蓮ちゃん美人だから、結構告られてたもんねー」 「…うん」  か細くなる声は、次第に震えていく。 「私もさ、いつか美玲ちゃん達みたいになると思ってたんだけどなあ…」 「…別になれるでしょ」 「…え?」 「は?」 「だって、誰がこんな売女を好いてくれるの?」 「…え? 別に風俗やってた女の人だって幸せに暮らしてるよね?   それは花蓮ちゃんが男の人に恐怖を覚える様になっちゃっただけで、幸せになれない訳じゃないでしょ。というか、処女厨とかキモいし、そんな男とかこっちから願い下げだし、そんな人に背中任せたくないんだけど…」  美玲からすれば、"別に浮気じゃないし、花蓮ちゃんに彼氏が居る訳でもないよね"である。  そして花蓮から美玲は離れた。 「・・・」 「あ、そりゃあ尻軽女は最悪だし、なりふり構わずヤる男も最悪だけどさ。花蓮ちゃんの場合は無理矢理だった訳だし…ねえ?」 「・・・」 「てか、純潔じゃないとダメって何処の貴族なの?」  ボロクソに言いまくる。 「でも…美玲ちゃんの初めてって陵でしょ?」 「そりゃそうでしょ、愛してるから」 「・・・」  すっぱりと言い切られてしまい、花蓮は美玲に対して、どんな顔をして良いのかわからないようだ。 「まあ、快楽のまま性欲に溺れるのか、実際に愛して事に及ぶのかで変わってくるよね。私もやっぱりそういう事すると気持ち良いと思っちゃうけどさ」 「・・・」 「あ、一応言っておくけど"恋する"と"愛する"ことは全然違うからね」 「うん、それはわかる」 「いや、わかってないから私の事を羨ましいって思うんでしょ?」  美玲からすれば、恋なんて言葉は戯れ言に近い。彼女が恋というのを知らないせいもあるのだろうが…。 「だってさ、愛するってそんなに簡単な事じゃないよ? くっそ重たいよ? 私は陵とここまで歩いて来て幸せだって思うけど、それと同時に色んなものを捨てて来てるんだよ」 「・・・」 「陵の家族が死んだ時、私がどれだけ悩んだか花蓮ちゃんにわかる? 毎日が憂鬱だよ、陵は無理して笑ってるのもわかっちゃうけど近くに居ることしか出来ないんだよ?」 「・・・」 「人を愛するってそういう事だからね? 愛して家族になるってそういう事だからね? 私はそれが良い事だなんて全く思えない」 「…じゃあ、何で?」 「仕方ないじゃん。捨てられる関係じゃないんだから」  当然、美玲は陵と共に歩いている人生を幸せだと思っている。けれども、それが素晴らしい事だとも良い事だとも思っていない。  "愛してる"、それは家族になる相手にのみ掛ける言葉だ。彼女はそれを軽いものだなんて言われたくない。  初めてを陵に捧げた事は、美玲からすればそんなに重要な事ではなくて、それ以上に愛し合っている事が重要なのだ。 「…美玲、そこまで、周りが聞き入ってるから。それに…花蓮もドン引きしてるぞ」  暫く刀で斬り合っていた陵が、完全にイライラムードな美玲を止めに入った。 「え…あっ!? その…ごめん」  大っぴらに話してしまっていた事を、美玲は陵に謝る。 「俺は別に良いよ。…花蓮の事は良いの?」  陵は特に気にしておらず、それより、そのイライラをぶつけられた花蓮を気遣った。 「花蓮ちゃん、別に私は怒ってないからね。ただ、憧れるとか言うのはやめてくれる? 私達はそんなに簡単じゃないから」  美玲は再度向き直って、花蓮の言葉をばっさりと斬り裂いてしまうのだった。 「…うん」  少ししょんぼりしてしまう花蓮、そんな彼女に美玲は何も言わず… 「鬼神さん、次は私がやるっ!!」  刀を持って、先程まで陵が斬り合っていた場所に向かうのだった。
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