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第五部‐新たな日常を過ごす。

「ハイル、少しばかり朝早くて悪いが…起きてくれ」  昨日と同じ様に、柔らかなソファで暖かな布団を被り眠っていたハイルは、シンにゆるりと起こされた。 「…父さん?」 「ああ、私だ。朝食の前に、昨日渡した杖の使い方を教えようと思ってな」  シンは眠っていたハイルの、景色の見えない目を覗き込んで告げる。 「結局…あれは杖なんですか? 剣なんですか?」 「武器としては剣だ。だが、道具としては杖だ。起きたのならさっさと着替えなさい」  彼は自分が唐突にハイルを起こしたのにも関わらず、着替えるよう急かした。 「…わかりました」  返事をし、ハイルは黙々と一昨日シンから受け取った一張羅へと着替える。 「着替え終えたな。なら、行こうか」  そうして、シンは彼と共に屋敷の庭へと向かったのだった。 ☆☆☆  既に屋敷の庭には、彼らの前に先客が居たようだ。 「…父上? それに…ハイル?」  ティルはシンを見て、思わず剣を振っていた手を止めてしまった。 「おはよう」「おはよう、ティル兄さん」 「おはようございます。えっと…どうしてこちらに?」  彼はたどたどしくなりながらも、シンに訊ねた。 「ハイルに教える事があってな」 「そうですか…」 「ほら、ティルも自分の事に集中しろ」 「あ、はい」  シンは自身が来たことによって手を止めてしまったティルとは真逆に、今も尚、繊細な集中を保ちながら剣を振るっているクリスタルを視界の隅に捉える。 (綺麗な剣だ。…レイが絶賛するのもわかる)  彼が言うように、レイはクリスタルの事をべた褒めしている。更に言えば、レイ自身の戦い方を伝授して、何処まで伸びるのかを試してみたいと、そんな事を思う程にレイはクリスタルの事を気に入っていた。  実は、クリスタルがこの屋敷に残る事を選んだ事を、彼女は影で喜んでいたりするのだが…まあ、それは蛇足になるだろう。 「ハイル、杖を持て」  シンはすぐに視線をハイルに戻し、指示を出した。  彼は言われた通りに、ぶっきらぼうに杖を握って前に突き出した。 「…ああ、いつもの逆手持ちで構わない」 「…わかりました」  彼はぎゅっと握り直した。 「その杖の下の先端を思いっきり引いてみるんだ」 「…こう? ですっ!? 刃物っ??」  杖の下の部位が鞘になっており、彼が引っ張る事によって剣身を露わにした。突然、自身の感覚に鋭い物体が入ってきた為、彼はあたふたとしてしまう。 「成程、杖の皮を被った剣なんですね?」 「そうだ。それからそれは、お前が竜人である事を十全に活かす物だ」  盲目ではあるが、腐ってもとある世界では幻獣と、とある世界では神獣として扱われる事もある竜の因子を持っているハイル、そんな彼の"竜人として"を意識した剣だった。 「…ええっと、その、どういう事ですか?」  竜人として生きて来なかったハイルは、唐突に竜人と言われても理解出来ない。  それは実際に、彼の容姿は普通の人族と変わりないし、彼自身、竜人としての何かを意識した事すらも無いからだ。 「鞘の1番上と持ち手に指を置く場所がある筈だ。置いてみてくれ」 「えっ? 本当だ…全く気が付かなかった」  彼自身は感覚に捉えていなかった、シンに言われて初めて気が付いた部位に、指示された通りに指を置いた。 「…何も起こらないんですけど」  ハイルは困惑気味に言う。 「だろうな。そこで少し、話を聞いて欲しい。この世界の竜人の有るべき姿について…だ」  それに対して、シンはさも当たり前だと言い。そして竜人族についてを語り出した。  この世界の竜人族の特徴は、生まれつき、何処か体の一部を竜にする能力を有している。  そして、竜程では無いがブレスが吐ける。  そして、この世界だけとは限らない竜人族の特徴は、"竜力"という"魔力"や"神力"と連なる力を使う事が出来る事である。  "竜力"は、攻撃の為に運用された力を底上げするモノだ。 「…で、お前も例に漏れず、竜力が使える筈だ」  シンはそう締めくくる。 「…父さんにそう言われても」 「まあまあ、始めから出来なくても当然だ。だから…これから教える」  戸惑うハイルはそう言われ、神妙に頷いた。 「それと…ハイルが不良品だと言われたのは、目が見えない以外に部分的な竜化が出来ないことが原因だろう」 「…はい」  そう言えば不良品だったな、という自覚をハイルは再度持ち直した。 「だから…道具に頼る訳だが、それは何も悪い事ではない。それだけは先に言っておくから忘れないように」 「わかりました」  ハイルの返事を聞いて、彼は満足そうに頷いた。 「…で、ここまで話せばわかると思うが、その杖であり剣である道具は"竜力"を流し込むと固く鋭くなる。そして、"竜力"の流し込み口が、今お前が指を置いている部位だ」 「つまり僕が、竜人として絶対に持っているであろう"竜力"を使える様にならないと、何も始まらないんですね?」 「話が早い、そういう事だ」  シンはハイルがしっかりと話を聞いててくれて嬉しく思う。 「だから…"竜力"の使い方を教える」  シンは、今度は竜力の成り立ちについてを説明し始めた。  竜力とは攻撃的な力だ。いや、むしろ()()()()()含んでいない力だ。  よって、竜の血を受け継ぐ者が、明確かつ攻撃的な意思を持つ事によって使う事が可能になるのだ。 「…僕が攻撃的になれば良い…と?」  説明を聞き終えたハイルは首を傾げながらも言う。 「まあ…端的に言ってしまえばそうだろう。だから、朝のうちは自分で出来るかを試してみてくれ。昼間からは私も共にやろう」  竜力の使用を自身で身に付けさせる為に、シンは屋敷の庭に彼を連れてきたのだ。 「わかりました。…父さんはどうするんですか?」  ハイルは自身がそれをやっている間、シンが何をするのかが気になった。 「私? 私は一旦寝室に戻る。眠りはしないがな」 「そうですか」 「そういう事だ。ま、取り敢えずは自分で頑張ってみてくれ」  彼はヒラヒラと手を振って、自らの妻が眠っている部屋へと戻るのだった。 ☆☆☆☆☆☆☆☆  それから陽は上り、青い天井の真上を通過し終えた頃。 「ええっと、こっちが住民ので、こっちが衛兵さんの報告書」  美玲は書斎部屋で、ミリが目を通すべき案件を仕分けしていた。 「えっと…? これはペケ、数値が違ってる。後で問い詰めないとな」  一方、その向かい側のソファに座っている陵は、街で請求されている経費についてを精査していた。  精査…とは言っても数値計算だけだが…。 (こんなベタな計算ミス…、不正を狙ってる様にしか思えないんだけど)  陵は経費報告書の計算ミスに、思わず溜息を吐きそうになる。  そんな陵の事など気にせずに、美玲は纏め終わった案件をテーブルにトントンとして、軽く四隅を揃えて立ち上がった。 「ミリさん、上から順に早めの対応をしてね。あ、でも、緊急は無かったよ」  ミリが座っている書斎机に、彼女は紙束を置いた。 「それから…こっちは読み飛ばして最終確認だけしてください」  更に、その紙束の横に別の紙束を置く。代表であるミリが態々目を通す必要が無いと、彼女が勝手に思って分けたものだ。 「ありがとう。…報告書関連はこれで終わりかしら?」  それを早速ペラペラと読み飛ばしながら、彼女は美玲に訊ねた。 「うん、あったのは終わったよ」 「そう、お疲れ様。私もこれを見終えたら休憩に入るわ。貴女も休憩を取りなさい。2時間ね」  若干の命令口調で、ミリは彼女に告げる。 「…陵が終わったら、そうしよっかな」  陵が仕事を終えていないのを見て、美鈴は呟く。 「陵くんはもう連れて行っちゃって良いわよ。経費に関しては、今日が終わるまでに確認し終えれば良いの」 「あ、そうなの? …じゃあ、休憩入りまーす」  美玲はそう言って、少し足取りを弾ませながら陵の所へと行き、そして、彼を連れて外へと出て行ってしまった。 「さてと…、私も休憩に入ろうかしら」  ミリはミリで、美玲が重要でないと告げた方だけを読み飛ばし、休憩に入るのだった。 ☆☆☆ 「花蓮ちゃん、奏乃ちゃん」「お前ら…何もやる事なくて暇そうだな」  今は奴隷、かつては同級生だった者達が座っているテーブル-食堂の-に行き、お互いが声を掛けた。 「いや、何もやってねえって訳じゃねえよ。孤児に算数とか教えてるし、…勇者の恩恵なのかわかんねえけど文字は読めるから、小さな子供達に読み聞かせたりとかしてる」  男三人衆で代表した様に隆二が言う。 「…孤児?」 「そうそう、俺達は高校生だったけど小さな子供達には教えられるだろ?」 「いや…うんまあ、粗相するなよ? 孤児達の面倒を見てるのって、代表の息子さんだからな?」  言外に、変な事を教えたら殺されるぞと言っているのだ。 「その息子さん?確かティルって言ってたっけ? その人に直々に頼まれたんだよ。孤児の面倒を見てもらえないかーって」  すると、今度は元太が言った。 「…で、教える代わりに、その代表の息子さんに剣の振り方を教わったり練習試合して貰ったりしてる」  更に、それに続けて庄司が言った。 「…はあ、見てない所で何かやらかしても助けないからな?」  事後報告で色々と勝手にやっている彼らを見て、陵は大きく溜息を吐いた。 「うえっ!? 奏乃ちゃん、メイドの真似事してるのっ!?」  溜息を吐くと同時に、別の場所から、彼の相方に素っ頓狂な声が聞こえてくる。 「…男子だけじゃなくて女子もか…」  思わずその声を聞いて、陵はうわ言の様に呟いた。 「頼むから変な事するなよ?教えるなよ? ここは日本じゃないんだからな?」  そして、そう言いながら彼は三人衆に凄んだ。 「わ、わかった」「お、おう…」「…了解」 「後、やり過ぎたら俺は助けないから」  しれっとかつての同級生を"見捨てる"と言い、更に釘を刺す。 「美玲、この後はどうする??」  それから、女子に絡みに行った美玲に目を向ける。 「どうもこうも無いよ。…あ、そう言えばさ、花蓮ちゃんと奏乃ちゃんと男子三人衆に聞きたいんだけどさ、魔法って使えるの??」  美玲は特にやる事も無かったが、気になる事があったようだ。 「え? 魔法は使えるだろ?」  庄司が何馬鹿な事言ってるんだ、という目で美玲を見る。 「あ、やっぱりそうなんだ。じゃあ、屋敷の庭でちょこっとだけ見せて欲しいんだけど…ダメかな?」  陵にしろ美玲にしろ、魔法らしい魔法を見た事が無いのだ。 「問題無いです」「私も良いよ。美玲ちゃん」  女子組は良いらしい。 「俺達も問題無いよな?」 「大丈夫だ」「ああ」  男子組の平気らしい。 「じゃあ、庭に移動しよっか。道途中で許可を貰わないとね」  そういう訳で、初めて彼らの勇者としての実力が見えようとしていた。 ☆☆☆ 「シンさんにも許可を貰ったし始めちゃおっか。誰から行く?」  庭に出て、丁度その庭でハイルに"竜力"を教えていたシンから、庭の使用許可を得て、今ここ‐庭の少し奥‐に彼らは立っていた。 「じゃあ、美玲ちゃん「はい、花蓮ちゃんからね」…最後まで言わせて欲しかったな」  花蓮は今はそれなりに精神が安定しているようで、まともな受け答えも出来る様になっていた。  それでも男には近寄れないし、肌の露出は極端に少ない服装になっているのだが…。 「じゃあ、行きます。"赤き炎よ、照らせ"」  花蓮は短い詠唱を唱え、手元に小さな火玉を作った。 「おおーっ!! 恥ずかしいっ!」  美玲は大絶賛だ。 「…やめて、恥ずかしくて死にそうだから」  花蓮のメンタルには999/1000の大ダメージだ。 「へえ〜…そんな感じなのか」  一方、陵は陵で全く同じ様に"射影"による火玉を作り出していた。 「他はっ!? 他はっ!?」 「美玲ちゃん…私はそれ以外知らないんだよね」 「…そっか、うん、わかった」  美玲はそこで追求を止めた。つまり"そういう事"である。 「奏乃ちゃんは他の魔法とか使える?」 「え? あ、はい」 「じゃあ、見せて貰える?」  奏乃は美玲に頷きを返して、周りの皆よりも一歩前に出た。それと同時に、花蓮が美玲の隣に戻ってきた。 「ええっと、"水よ、流れろ"」  奏乃がそう言うだけに留めると、奏乃の手からは水が出てきた。 「…汗の大洪水?」 「ぶっ!?」 「ちょっと美玲さんっ!?コメント酷過ぎっ!!」  美玲の一言で陵が笑い、男三人衆も苦笑い、奏乃も思わず叫ばざる得なかった。 「ごめんごめん、えっと、次お願い」  しかし、美玲は意を介さず、先を促す。 「…はい、"風よ、起これ"」  "これは駄目だ"と文句を言うのを諦めた奏乃は、美玲達に気持ちの良い風が吹かせた。 「えっと…地味だね」 「・・・」  相変わらず、美玲のコメントが辛辣である。 「…派手なのをやれば良いんですか??」  そんな美玲のコメントに苛ついたのか、奏乃は訊ねる。 「…やって見て」  美玲はそんな彼女に神妙に頷いた。 「どうなっても知りませんからね。"我隠すは、漆黒の闇。闇よ舞え、踊れ、全てを飲み込め。静寂の時とあらん事を"っ!!」  先程までの詠唱とは違い、長めの恥ずかしい詠唱を唱えた彼女の周りには、黒い瘴気の様な物が散布され、やがて広がり始める。 「おおー、確かに派手だね」  美玲が呟くように攻撃性があるかは別として、かなり派手な魔法だった。 「おわーっ!?」「巻き込まれるっ!?」「どっち行けばいいのかわからねえっ!?」  男子三人衆と陵と美玲、それから花蓮はその黒い瘴気の様なものに巻き込まれた。  どうやらこの瘴気、通常の人であれば、あっさりと方向性を見失うものらしい。 「美玲発見」  陵はそんな事は関係無いと言わんばかりに、あっさりと美玲の隣に辿り着いた。 「ただ暗くなっただけだよね?」  美玲は陵に聞く。どうやら彼らは効果を実感出来ていないようだ。 「いや、人の声が聞こえなくなったな」 「…そう言えばそうだね。奏乃ちゃんの居場所もわからないかも…」  ここで初めて、黒い瘴気の効果を実感した様だ。  因みに、他の勇者達はもっとてんやわんやで慌てていたのだが、今はどうでも良いだろう。 「聖神さんは宿ってないけど、これで吹き飛ばせそうな気がするからやって見るね」  美玲は右手甲から聖神杖を取り出し、聖神の力を解き放った。  聖神が宿ってない杖は宿っている時に比べると弱い力ではあったが、仮にも神様の力である。所詮勇者如きの闇などあっさりと消し去ってしまった。  聖神の力は破壊力は無いし攻撃性も無い。…が、この様な瘴気を吹き飛ばしたりする事にはとても向いている力だ。 「うえっ!? そんなあ…」  奏乃にはそれなりに自身があったらしく、あっという間に、瘴気が消し飛ばされて哀しそうな顔をしていた。 「奏乃ちゃんは終わり? なら次は男子組だね」  美玲は無情にも、奏乃に後ろに下がる様に言う。 「そういう事だから見せて」  陵も少し、自身の友達がどういう魔法を使うのか気になる様だ。 「はいよ。1番、元太、行きますっ!!」  ノリノリの1人がぱぱっと皆の前に立った。 「"ファイアーボール"」  そして、それだけを言って、元太は火玉を作り出した。 「…あれ? 詠唱って個人で違うのか??」  陵はそんな彼の1連の動作に疑問を持つ。 「いや、違う。あれは俺達が言い易いから勝手に言い換えただけだ。さっきの詠唱よりも恥ずかしくないしな」  元太の詠唱に、隆二が解説を入れた。 「確かに、英語の方が恥ずかしくないかも」  陵は妙な所で納得した。  それから"サンダーショット"とか、"アイスランス"だとか、多種多様な魔法を陵と美玲に見せびらかすように元太は使い、1連の動作を終えた。 「俺も庄司も元太と同じ事しか出来ないしやらなくて良いよな?」  そして、それを見終えてから隆二が提案する。 「ああ…成程、あいつは人柱になったのか。…時間も丁度良いし、軽く何か食べたら仕事に戻る…「きゃっ!?」」  陵は屋敷に、庭から見える様に備え付けられている時計をチラッと見て時間を確認した。…と同時に、彼らの周りに飛んで来て、どしゃっと直撃した。 「…あっ!? ごめんなさいっ!!大丈夫ですか??」  飛んで来たのはシンに教わっているハイルだ。…そして、運悪くぶつかったのは…花蓮だった。 「あっ、えっと、その…」  突然ぶつかられた花蓮は、口をパクパクするも言葉を吐き出す事が出来なかった。  それはそうだ、ハイルは年齢こそ彼女より低くても男なのだから。 「…えっと、ごめんなさい」  ハイルは彼女の雰囲気が怯えに変わったのを理解して、彼女から距離を取ってから、もう1度謝った。 「陵、美玲、すまない。そっちに息子が飛んで行っただろう?」  少し遅れてシンがこちらにやって来た。 「あ、シンさん。…何したの??」  まだ成熟していないとは言え、人1人吹き飛ばすなどと、いったい何をしたのかと美玲はシンに状況説明を求めた。 「力の練習だ。私が力加減を誤って突き飛ばしてしまったんだ」  特に隠す必要も無いので、正直に告げる。 「花蓮ちゃんは怪我とか無い??」 「あ、え、うん。…大丈夫」 「大丈夫みたい。次は気を付けてね」  美玲は確認をして、問題無いことをシンに示した。 「ああ、気を付けよう。ハイル、戻るぞ」  シンはそれを聞いて頷き、謝り続けているハイルを強引に連れて、元の場所へと戻って行った。 「ハイルって子も、シンさんも花蓮ちゃんが男が無理なのに気が付いてたね」 「…だろうな。だから距離を取ってから謝り直したんだろうし」 「ま、気にしてても仕方ないし、皆で食堂に戻ろっか。…それから仕事だね」 「だな」  そうして彼らは、トラブルはあったものの、これから日常と呼ばれる風景に戻って行くのだった。
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