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第五部-一夜が開けて。
様々な人が屋敷に集まってから1日が経った。
(…朝か)
クリスタルは与えられた1室で目を覚ました。
(昨日は賑やかだったな)
昨日の食事風景を見て、呆然と思う。
(今の時間は…?)
彼女はサイドテーブルにある時計を見た。時刻は午前4時。
「くあっ…」(…いつも通りの時間に起きれた様だ)
一伸びをした彼女はベッドから地面に足を付けた。そして騎士服を着込んでから頑丈そうなブーツを履く。
そして、自身のアイテムボックスに剣が入っている事を確認して、彼女は寝室を後にした。
彼女は昨日、朝練で庭を使用する許可を貰っていた。だから今、屋敷に隣接している庭に向かっている。
あまり響かない様にと意識しているクリスタルの足音は、早朝故に静か過ぎるせいか、彼女自身の耳に入ってくる。
それがより一層に、この屋敷がまだ起動していない事を意識させていた。
やがて、彼女は庭へと繋がる扉を開ける。…すると、その先には見知っている人物が存在していた。
「…ティル殿だったな?」
彼女は正体を確かめる様に問う。
「…あれ? クリスタルさん? こんな朝早くにどうかしましたか?」
対してティルは振っていた剣を止め、疑問を投げ返した。
「どうもしていない。単に朝飯前に運動しようと思ってな」
「…そうだったんですか」
「ティル殿も…か?」
彼女は、彼も自身と同じなのだろうと思う。
「あ、はい。そう言う貴女も?」
「ああ、朝の運動は日課になっていてな。今更止められるものでもないんだ」
「…真面目なんですね」
「そうでも無いさ」
クリスタルはそう言うだけに留め、ティルよりも奥手の場所へと移動した。
(…始めよう)
彼女は1本の剣を取り出した。そして、ゆっくりと自身の正中線に合わせるように構える。…そして、ゆっくりと息を吐きながら素振りを始めた。
(綺麗な振り方だな。…俺なんかとは全然ちげえわ)
ティルはそんな彼女の振りをチラりと見ただけに留め、そう思いながらも、自身の鍛練に戻って行く。
ティルの動きは無形で、彼が反復出来る動きは、あくまで1連の動作の中で、目に焼き付けているモノのみである。
そして、それらはレイから見取った動きが大半で、レオンから教わった騎士の動きは、基本的には練習しないのだ。
とは言え、ティルの最も奥深くにある歩法は騎士の物である為、自身が孤児に教える時に限り、共に自らの動きを振り返ったりしていた。
(…彼の動きは騎士の様な感じがするが、全体的に見ると全く違う。そして…無駄の少ない動きだな)
クリスタルはクリスタルで、彼の動きにそう評していた。
今、その手の素人が彼らを見れば、ティルとクリスタルは対極な動きをしていると思うだろう。
そして、その手の達人が彼らを見れば、元になっている動きが同じ様なモノであることに直ぐに気が付けるだろう。
彼らの動きにはそんな差異があった。
やがてクリスタルは、剣だけでの鍛練を止め、片手にバックラーの様な盾を持つ。
そして、再度、"動きの型"の反復練習を始めた。きちんと相手がいる事を想定して彼女は練習を重ねていた。
一方、ティルは剣を仕舞い、今まで焼き付けてきた動きを、素手の動きを反復練習していく。
レイが放った正拳突き、レイが放った鞭のようにしならせる拳など、素手においての動きを真似て真似て真似て行く。
"レイ様は拳を引く時に体を半身にしていたな"とか、様々な事を夢想しながら、その理想形に近付けるように心掛けながら続けた。
そして、クリスタルが鍛練を始めてから2時間が経った頃、彼女は最後の占めとして、持っていた剣をアイテムボックスに仕舞い、両腕にバックラーの様な盾を装備した。
彼女の盾の中央は、半円状に平面から突き出ていて、それは証明から攻撃を受けた際に力を逃がしやすい構造になっている。
クリスタルは女だ、力比べで正面から戦ってはいけない。だから…攻撃を受け流す。彼女が持っている盾はその為の物だ。
これは彼女が、先人達が積み上げて来た物とは別に、自身が模索し続けている戦闘スタイルである。
クリスタルは動き始める。彼女の動きは基本的に身を守る物だ。だって、両腕のどちらもが盾なのだから。
だが、そこから一転、激しい攻めに変わった。
"攻め"とは言っても、刃物の様に肌を斬ったりする動きでは無い。
相手取っている仮想の敵の陣地を占領する様な、わかりやすく言えば詰将棋をしているかのような動きだ。ただひたすらに相手の攻撃手段を盾で受け流し、前へ出続ける。ただそれだけの動きである。
それは恐ろしく難易度の高い、匠の技とでも言えそうな技術だった。
☆
そんな中、そんな庭の隅っこにあったテントから、2人の男女と1人の幼児が外に出て来た。
陵、美玲、フィルドの3人だった。
「くあ…、まだちょっと眠い」
外に出た瞬間、陵は大きな欠伸を一つした。
「えー? 朝だよー??」
フィルドは朝から元気いっぱいな様で、まさに"なんでなんで?"という目を向けてくる。
「昨日はちょっと寝るのが遅くなっちゃったんだ。ふああっ…」
そんな無邪気な問いに答えたのは美玲だった。
「えっ!? お姉ちゃん? 早く寝ないとダメだよっ!!」
「色々あったんだー…」
美玲もかなり眠そうだ。
「…あの人達、朝から元気だね」
それから、庭の中で激しく動き回っているティルとクリスタルに目を向けて、美玲は呟いた。
「それな。…夜更かしして無くても朝っぱらからは無理」
陵は朝練はあまり好きではない。…というよりもした事がない。
「でもダイエットには良いかもよ?」
「必要な程太ってたらな?」
「…太ってない」
「だろうな」
陵も美玲も、この屋敷がある街まで随分の距離を歩いて来たのだから、太っているなんてことは無かった。
「聖神さん」「鬼神」
彼らはお互いの右手甲に描かれている紋章から、2体の神々を呼び出した。
「おはよう、陵、美玲、フィルド」「おはよう」
「「おはよう」」「おはよぉー」
呼び出してお互いに挨拶を交わす。その次の瞬間、聖神はいつも通りにフィルドを抱え上げた。
「ああ…せっかく手を繋いでたのに…」
繋いでいた手からフィルドが離れ、名残惜しそうにする美玲。
「美玲は一緒に寝てるんだから、我慢」
対する聖神は、寧ろ当たり前だとでも言いたげな態度で言う。
「ま、別に良いんだけどね。聖神さんと鬼神さんは、先にフィルドを連れて食堂に行っててくれる?」
「ん、わかった。行こう、貴方」
「ああ、わかった。奴隷の所に…だな?」
鬼神は聖神に服の袖を引っ張られながらも陵に聞いた。
「ああ、昨日そういう話になったからな」
"そういう話"というのは、奴隷は主の所有物なのだから、彼らを管理するのは陵達である。…というものだ。
それから屋敷の廊下を歩いていると、上へと繋がる階段の前に辿り着く。
「じゃあ、ここで一旦お別れだね。また後で」
美玲はそれだけを言って、陵と共に2階の自身の友達の所に向かった。
「ええっと、確か…ここだったよね?」
それから目的の部屋の前に辿り着いた。
「女子は左で男子は右だから…」
「私は左を起こしてくる」
「俺は右だ」
陵はどっちがどっちだったかなと思い出し、彼らはお互いに性別別に分けられている部屋へと入って行った。
「ぐす…ぐすっ…、ぐす…」
美玲が入った部屋からは啜り泣く声が聞こえてきた。
「えっ!? ちょっとっ!? 何があったのっ!?」
そんな声を聞いた彼女は部屋の奥まで飛び込んだ。
「…あ、美玲さん」
この部屋の二人のうち一人である奏乃が、彼女を見て少し安堵した表情を浮かべた。
安堵を浮かべた彼女はもう一人の花蓮と抱きしめていて、そんな抱きしめられている彼女が啜り泣きの発信源だった。
「奏乃ちゃん、…何があったの?」
「…突然発狂というか、悲鳴を花蓮さんが上げ始めたんです。…何とか落ち着かせようとしたら、こうなりました。あ…服が汚れちゃってすみません」
奏乃は冷静に状況説明をしてから、美玲に謝罪した。
「ううん、お洋服は仕方ないよ。…奏乃ちゃんは寝てないの?」
「いえ、結構寝ました。えっと…1時間くらい前に起こされたんですよね」
「あー…うん、ありがと」
美玲は思わず眉を顰めてしまう。
「いえいえ。…それに花蓮さんが味わった事を知ってる身としては、仕方ないかな…とも思います。今回ばかりはブサイクでよかったなって」
「…まあ、花蓮ちゃんは高校でも一月に1回は告られてたもんね」
花蓮の美人さ加減を思い出して、美玲は思わず笑みを零す。
「でも…それが原因だよね」
その次の瞬間、彼女の笑みは凍りつき、声音が一気に冷めた。
「そう…だと思います」
奏乃も美玲に同意をするしかない。だって、容姿が優れていない彼女は、他の男に見向きもされなかったのだから。
「あははは、ここで怒っても意味無いよね。…花蓮ちゃん、動ける?」
もう食堂に行かなければいけない時間なので、美玲は空気を変えるように花蓮に声を掛けた。
「…美玲ちゃん?」
奏乃の体に顔を埋めていた彼女は初めて顔を上げた。
「美玲だよ。…行こっか」
美玲はそんな彼女に手を伸ばす。
「…奏乃ちゃん、ごめんなさい。迷惑掛けて」
花蓮はぎゅっと握っていた奏乃に、服を汚してしまった彼女に謝った。
「大丈夫です。…仕方ないと思います」
奏乃の表情は暗かった。
そんな奏乃の声を聞きながら、彼女は美玲の手を取った。そして、美玲は彼女をベッドの上から引き摺り出した。
「花蓮ちゃん、顔を洗っておいで。奏乃ちゃん、着替えちゃおうか?」
美玲は花蓮に水の入ったバケツを渡して顔を洗わせ、奏乃に新たな服を渡した。
彼女らは各自、美玲の言う通りに動き、やがて、部屋を後にする準備が整うのだった。
「お、来たな」
陵と男三人衆は既に部屋の外-廊下-で待っていたようだ。
「ちょっと待たせた?」
美玲は女子部屋から出て来ると、陵に少し茶化すように聞く。
「問題無いよ。じゃあ、食堂に行こうか」
そうして、陵、美玲、それから男子3人と女子2人は食堂へと向かうのだった。
☆☆☆
(ん…、僕は…ああ、そうか、父さんに連れられてここに来たんだっけ)
代表の書斎部屋で眠っていた1人の少年‐ハイル‐は眠りから覚めた。彼は盲目である。
昨日、シンに誘われてついてきたのは良かったが、彼が眠る事の出来る部屋が無かったのだ。ミリが彼にも、自らの部屋で共に寝る事を提案したが、それは流石にハイルが断った。
(母様の匂いは…ちょっと辛い)
最低でも13は超えているハイルからすれば、良い匂いのするミリは充分にドキドキする対象になり得たのだ。
目が見えないのにドキドキするって…、どんだけフェルモンをむんむんとさせてるのだろうか?
因みにハイルは、勇敢にもミリに対して"母様は色気があり過ぎて緊張するんです。察して下さい"と言い放って、書斎のソファで眠る権利を獲得した。勇者だと思う。
(外に出ても大丈夫かな?)
ハイルは辺りの物の位置を、アイから教わった技能によって理解していた。
だから外に出る事は可能である。けれども、彼はこの後に何処に行けば良いのかわからないのだ。
(…父さんが来るまで待とう)
少し悩んだ末に、大人しく待っていようと決めた。
コンコン
タイミングが良いのか悪いのかわからないが、心に決めたと同時にノック音が響き渡った。
「レイです。入りますよ」
そして扉が開けられた。
「レイ様、おはようございます」
「おはようございます。食堂に案内しますから、ついて来てください」
「え? あ、ちょっと待ってもらえますか? 外に出る服に着替えて無くて…」
ハイルは今起きたばかりなので、それは当然の事だ。
「なら、私は後ろを向いていますね」
「お願いします」
年頃の男の子が、女に見られるのは嫌なのは、言うまでもないだろう。
「着替え終わりました。…固い服なんですね」
ハイルは着替えてから、自身の着た服を確認する様に触る。実は彼、外出の服をシンから貰ったのは昨日が初めてで、着たのは今が初めてだ。
「ちょっと失礼しますね」
レイは少しだけ解れている所や、着崩れてしまっている所を手直した。
「ふふっ、似合ってますよ」
整え終えて、最後にハイルの恰好を見直して、彼女は告げる。
彼が着ている服は厚手の襟付きコートに、ボタンが無い形をしていて、膝より少し上くらいに伸びていた。そして、腰より下からは、体の正面から裂けるように分かれていて、足の動きを干渉しないようになっていた。
また、全体的な配色は臙脂で、襟などの隅っこだけが黒色に塗り潰されていた。
「…ありがとうございます」
「では、行きましょうか」
「はいっ!」
そうして、レイはハイルを連れて食堂へと向かった。
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