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第五部-新たな日常の始まり。&少女の目覚めβ

 "ヘブンズガーデン"に誕生した新たな一家(ひといえ)は、本日がこの世界に来て2日目なのにも関わらず、それなりの賑わいを見せていた。 「旦那様、お飲み物をお汲みしますが?」  ボンキュッボンのサキュバスであるナーセが、何やら新たな魔方陣を組み上げているシーメトロンに訊ねる。 「…そうだな、集中が出来そうな物を頼む」  ナーセにそれだけを返したシーメトロンは、そのまま手を動かし続けていた。 「わかりました、少々お待ちください」  ナーセはそう言って、簡易の台所へと向かって行った。  この家はシンが一瞬で作り上げた物である為、家とは何たるかを突き止めた様な代物ではない。  それでも、シーメトロンからすれば、敗戦者の自分にこの様な物を与えてくれたのだから感謝しかないのは当然だ。 (まさか、代表が変わったと聞いたから、色々とドタバタしてるだろうと思って攻め込んで見れば…怪物に出会うとは思わなかったな)  シーメトロンは自虐気味に思いつつも、手を動かし続ける。  彼は淡々と手を動かしているが、彼には妻が6人も居て、全員が"あの本"から召喚されている。つまり、かなりこの家は賑やかだ。 「旦那様、こちらを…」  コトっ…  ナーセが彼の前に、注がれたティーカップを置いた。 「ありがとう。……ハーブ系か」  彼はお礼を言ってから、それにゆっくりと口を付けて感想を言う。心を穏やかにさせる匂いや味がした。 「はい。少しだけ混ぜています」 「…そうか」  当然、ナーセも薬物を扱う事は出来るので彼は驚かない。 「ところで旦那様、いったい何を作っているので? …空間系統の魔方陣に見えますが…」  ナーセは紙に書かれている魔方陣を見て、シーメトロンに問い訊ねた。 「ああ、これは私の肌に彫る為の魔方陣だ。君達を仕舞っている本を瞬時に手元に出せる様に…と思ってな」 「確かに…今はアイテムボックスでしたね。…ですが、私はこれ以上旦那様のお体に彫りを入れるのは反対です」  彼女は少しだけ、顔を顰めて彼に言う。 「…そう言われてもな」 「確かに今回、旦那様は敗戦されました。その為に更なる戦力アップを目指すのは悪うないとは思います。…ですが焦ってはなりません」 「むっ…、少し早急過ぎたか」  彼女に諌められ、知らぬ間に少し焦っていたのだろうとシーメトロンは納得した。 「…わかった。なら、これは構想段階に留めておこう」 「それが良いと思います」  彼がそう言ってくれたので、ナーセはにんまりと笑った。 「そう言えばナーセ? 今の体の具合はどうだ?」  彼は更に、彼女の体についてを訊ねる。 「まだ、旦那様の精は足りています」 「なら良い。少しドタバタしていたからな…」  ストレスは人を老けさせるというが、サキュバスも例外では無かった。  そして、だからこそ彼は訊ねたのだ。  だが、問題は無さそうである。 「旦那様、私は大丈夫なのですが…チュチュアを少しだけ気に掛けてあげてください。あの子は少し怯えていたので…」  チュチュア…と言うのはロリっ子サキュバスの事だ。 「わかった。…それとなく目は掛けておく」  そう言い、彼は更にカップを煽った。 「旦那様っ!旦那様っ!! 例の子が目を覚ましたよっ!?」  バタバタと、そう言いながら、赤髪の魔女が彼らが居た部屋に飛び込んで来た。 「それは本当か?」  シーメトロンは思わず聞き返す。例の子…というのは、彼が手掛けたキメラの少女の事である。 「はいっ! 今はソーダとチュチュアが対応しています」  ソーダは普通体型のサキュバスである。今まで、彼と彼の妻達で交代交代に少女を監視していた。 「…わかった。すぐに行こう」  こうしてシーメトロンは、自身の与えられた家から、外へと出ていくのだった。 ☆☆☆☆☆ 「こちらが貴方達の部屋で、こちらが貴方達の奴隷の部屋です」  食事を終え、レイは陵や美玲、それから勇者組にそう告げた。 「…あー、これ、どうしよっか」  美玲はレイの言葉を聞きながら考える。奴隷だからといっぺんに同じ部屋に放り込んでしまうと、恐らく不味いだろう。 「どうしました?」  そんな美玲にレイは訊ねた。 「ええっと、その、花蓮ちゃんを男子と一緒にするのは不味いと思うんだよね」  美玲は臆面も無く答える。 「…男性恐怖症ですか?」 「そんな感じ。ここの男子が女子に手を出さないのはわかるけど、手を出す出さないの問題じゃない」  1度そういう目に遭ってしまえば、男子に触れなくなる事も十二分にあり、更に言えば、近くに男子が居るだけで眠れなくなるだろう。  花蓮はやはり、ここまでの移動や街を歩いた時に、無意識に男を避けていた。彼女からすれば、本当に本当に怖くて恐ろしいのだ。 「となるとさ、私と陵が別れて、男子と女子で別々に部屋を分けるしかないんだけど…」 「…仕方ないだろ。…はあ」  陵は美玲と離れて眠るのは断固反対派だ。だがそれでも、そんな事を言っていられない状況でもある。 「あ、レイさん、庭は使っちゃだめかな?」  突然美玲は、名案得たりと言う顔をしてレイに聞く。 「庭…ですか?」 「うん、私と陵はテントがあるから。…この部屋を彼らに使ってやって欲しいんだ」  それは、今まで使って来た天照大神作のテントを、街中で使うと言うものだった。 「私としてはそれでも構いませんが…もし、貴方達2人がここで眠らないのであれば、私からも1つ提案があります」 「??」  美玲はそんなレイに小首を傾げる。 「貴方達2人が居なくなった部屋はきっと大き過ぎるでしょう。今日の所は構いませんが…明日になったら、もう少し小さな部屋へと移動してもらいたいのです」  大部屋を用意する必要が無い、そういう事だ。 「あ、うん。むしろよろしくお願いします。大き過ぎる部屋を借りても多分落ち着かないだろうから」  美玲はその提案に頭を下げて、むしろお願いをする。 「わかりました。では、明日からその様に取り計らいますね」 「うん、「ありがとうございます」」  美玲が頭を下げて、陵も一緒に頭を下げた。 「じゃあ、女子は左で男子は右な。…絶対にラッキースケベとかやるなよ」 「「「うす」」」  男子は、陵の最後の忠告に、しっかりと頷いた。 「レイさん、庭への案内をお願いしても良い?」  陵が指示を出している間に、美玲はレイにお願いする。 「はい。早速案内しますね」  そうして、陵と美玲の2人は、屋敷外で生活する事になるのだった。 ☆☆☆☆☆ 「シーメトロン、あの子が目覚めたというのは本当かっ!?」  あの子が眠っていた地下室に、シンは飛び込んだ。 「ああ、ほら、この通りだ。イラリア、彼が君の父親だ。挨拶しなさい」  シーメトロンは金髪の魔女と手を繋いでいる少女に促す。その少女の髪や目は色素が抜けていて、それが逆に神秘的な何かを魅せていた。 「…おはようございます?」 「ああ、おはよう。そして、良くやってくれたな、シーメトロン」  シンは少女に微笑み返し、シーメトロンを労う。 「本当に…目覚めてくれて良かったよ」  これからの自身の有用性をシンに見せつけられた事と、少女が無事に息を吹き返した事の二重の意味を込めて、シーメトロンは呟く。 「…イラリアが本当の名前なのか?」 「そうらしい、本人がそう言っていたからな」 「まあ、なら良いか。…何か気を付ける点は?」  彼は矢継ぎ早にシーメトロンに訊ねていった。 「大きな大人が怖い…のだろうな。特に男だ」 「…ああ、なるほど」  それは、シーメトロンの妻達が彼女に触れているのにも関わらず、彼自身が触れていない事からも理解出来た。 「…彼女の教育を、シーメトロンに任せても良いだろうか?」  シンは突飛な提案をする。 「…何故? 元々子供達に勉学を教える事を任せると言っていたのに?」  シンは元々、彼に"ヘブンズガーデン"に居る子供達の教育を任せようとしていた。  それを何故今になって、"キメラの少女"だけを強調して言うのか、理解が出来無かったのだ。 「簡単な話だ。彼女の体に関して…彼女自身が知識を持っていなければ色々と危ないだろう。それは…勉を学ばせる事とは色々と違う」 「確かに…彼女が自身の体のついて何も知らないのは不味いだろう」  その理由は、シーメトロンを頷かせるには充分だった。 「それから…他の子供達に関しては、昨日言った通りに教育をしてもらうが、態々シーメトロンが教える必要は無いからな」 「…ああ、教えられれば誰でも良いのだな?」  シンの言わんとしている事を彼もしっかりと理解出来たようだ。 「そういう事だな。イラリアはシーメトロンに連れて帰ってもらうから…その分の食事も用意させる」 「わかった。…で、他の子達の教育はいつから始めるつもりだ?」 「本当は今日から始めようと思っていたが、延期だな。イラリアの事もある」 「そうして貰えると助かる」  イラリアの面倒を見ながら、別の子供達の面倒まで見ろとは色々と大変過ぎるだろう。少なくとも、準備無しに出来る事ではない。 「そうか、ならさっさとこの部屋から出てしまおう。…頼んだぞ?」 「まあ…悪いようにはしない」  そうして、彼と彼の妻達、それからイラリアは、シンに促されて、常に明るく照らされている外へと出て行った。 「…父さん?」  シーメトロン一家を自らの家から外へと見送ったシンに、とある声が掛かる。 「ハイルか?」  声の主は目が見えない盲目の竜人だ。 「はい。…覚えていますか? 僕もティル兄さんと同じ様に外に行きたいと告げた事を」  どうやら彼は、シンに外の世界を見てみたいと告げた事があったらしい。 「ああ、覚えている。目が見えなくても問題なくやっていけそうだな?」 「はい、アイ様に教わった事が物凄く役に立っています」  気配や見えない場所の感じ取り方を教わったハイルは、今や何処に何があるか、鮮明に認識する事が出来ていた。 「そうか。…そこまで言うのなら、今日付けでこちらに来るか?」 「…っつ!? 本当に良いのですかっ!?」  ぐいっと彼はシンの腕袖を引いて食いついた。 「ああ。とは言え向こうも今は忙しい、暫くは私と常に回ってもらうからな」 「はいっ!! 是非秘書として頑張らせてくださいっ!!!」  グイグイと引っ張って嬉しさを精一杯に彼は表現した。 「…少し落ち着け、な?」 「あ、すみません。…僕とした事が」 「いや、そこまで喜んでくれるのなら私としても嬉しい。…ガウリエルに伝えたら行こう」 「はいっ!!」  盲目の少年は嬉しさを、体でいっぱいに表現する事を辞めることが出来なさそうだった。 ☆☆☆☆☆ 「っつう…」  ティルは丸一日以上の眠りから目を覚ました。 (俺…あんなに恐ろしい魔物を倒したんだよな…)  そして眠る前の記憶を少し整理していくと、沁沁と眠る前に成し遂げた事を実感する。 (強くなってるんだなあ…)  そんな事をぼんやりと思いつつ、自身に掛かっている布団を捲って、横になっていたベッドから降りた。 「…どれくらいの時間なんだ?」  ぼそっと呟く。  彼は自身がどれだけ眠っていたかを知らない。体内時計が狂ってしまっているのが実感出来るので、彼は恐らく寝過ぎたのだろうと結論付けた。 (取り敢えず外に出よう)  ティルは慣れた手つきで、寝室の扉を開けた。 「うわっ!? …兄貴か…驚きました」  すると、その部屋を今か今かと外から開けようとしていたのか、ホリンが突然出てきたティルに対して驚きの声をあげた。 「おう、おはよう」 「もう夜ですけどね」 「…そんな気はしてた。…んで、なんの用だ?」  ティルはホリンに訂正され、案の定寝過ぎたのだと理解する。 「兄貴に異常が無いかレイ様に見てこいと言われました」 「異常って…俺、そんな無茶したかあ??」  確かにグッスリ眠ってしまった彼だったが、だからと言って無茶をした自覚はあまり無かった。 「あんたって人はっ!? なんでいつもそうなんですかっ!? 1人でランドドラゴンを狩るなんて無茶に決まってるでしょっ!?」  ホリンは彼が何を狩ったかを知っているので、ケロッとしている彼の胸倉を掴んで叫ぶ。 「おーい…揺らすんじゃねえよ。…揺れてねえけど」 「ああ…ダメだこの人」  ホリンは早々に色々と諦めた。彼はティルに無茶をしている自覚を持って欲しかったが、どうやら、その欲求は叶わないらしい。 「はあ…。取り敢えず、目覚めたのであれば…夕食の残りがあるので食べませんか?」  ホリンはこれみよがしに溜息を吐いて、ティルに言った。 「お、それは良いな。俺も腹が減ってて…」 「…でしょうね。丸一日眠ってましたし」 「…マジか、そんなに寝てたのかよ…」 「ああ、駄目だこの人、それも気付いてなかった」  兄貴と慕ってはいるが、無茶加減に付いていけそうに無いホリンは頭を抱えそうになる。 「…何か、起きてからの罵倒が酷くねえか?」  ティルは魔物討伐に行く前のホリンと、今のホリンの自身の扱いが違う事に首を傾げた。 「兄貴の父上…シン様に、兄貴が無茶をしたら止めるようにと言われました」  言葉の通りである。ティルが眠っている間に、ホリンはシンに呼び出されて言われたのだ。 「…俺、そんなになのか…」 「わかりましたか?」 「おう…理解した」  大人しくティルはホリンに頷く事になった。 (あれ? 父上が今回の課題を出したんだよな??)  そして、魔物討伐はシンに指示された事だったのを思い出して、ティルの頭の中はハテナマークで溢れるのだった。  何処でそんなに無茶をしたと思われたのか、彼にはわからなかったからだ。
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