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第五部‐夕食の時間
「陵〜、終わったよー」
陵と男三人衆がベラベラと喋っていると、美玲が服飾店から外へと出て来た。
「御苦労様、花蓮も奏乃もだいぶ変わったな」
地下牢に閉じ込められていた時から着ていた服とは違い、綺麗な服だった。
花蓮は長袖の白シャツにジーパンの様な長ズボンを、奏乃は薄い紺色の長袖に、それをかなり暗めの色をした長スカートだった。
「私と違って花蓮も奏乃も可愛いからねー。…陵、帰ろっか」
途中までは明るく言葉を続けていたのに、最後だけ、一気に絶対零度まで下がってしまったかの様な声で、美玲は早く帰ろうと催促した。
「…だな、お前らも帰るぞ」
陵は特に聞かないが、何か気分を害する事があったんだなと思い、賛成した。
「「はいよ」」「はいはい」
男三人衆は高校でいつも見ていた光景にいつも通りに頷いた。
☆
それから、特に何事も無く、彼らは屋敷まで戻ってきた。
「美玲、どうする?」
屋敷に着いた彼ら。そんな中で陵は美玲に、この後の希望を訊ねる。
「探検しても良いんだけどね。…ちょっとそういう気分じゃない」
「だと思った。…とは言え、することも無いんだよな」
美玲に言いながら、陵は玄関扉をドアノッカーでガンガンと叩いた。
扉が開かれる。いつも通り、彼らを迎えたのはレイだった。
「貴方達が天照大神の言っていた二人ですね。…後ろの方々は…、はい、理解しました。…何故?」
レイは彼らが玄関扉を叩いた理由が理解出来なかった。
「何故?とは?」
陵も首を傾げる。
「…何か用があったのでは?」
「開けてもらおうと思って…」
陵は勝手に入ったら不味いと思って、ドアノッカーで叩いたのだ。
「…ああ、そういう事ですか。これからの出入りは自由ですから、お好きに出入りしてください。それと、そろそろ夕食のお時間ですので、食堂の方へ向かってください」
レイは何処ですれ違いを引き起こしているかを理解して、すれ違いを直すように説明した。
「…丁寧にありがとうございます」
「食堂までの道はわかりますね?」
「はい、大丈夫です」
「そうですか。では、失礼します」
「「!?」」
レイが一礼して、彼らの前から消えた。
「…転移」
美玲はそれを見て、思わず呟くのだった。
☆☆☆
「騎士のお姉ちゃんっ!! ご飯の時間だよっ!!」
与えられた寝室でクリスタルが横になっていると、外から子供の声が聞こえた。
どうやら、先程レイが言っていた、メイドの真似事をしている子供が彼女を呼びに来てくれたようだ。
クリスタルは起き上がり、そして、部屋の扉を開けた。
「呼びに来てくれてありがとう。…君は確か…」
そして、自身の腰くらいしかない女の子にお礼を言い、そして…その女の子が顔見知りの子である事を理解する。
「お姉ちゃんを助けてくれてありがとうっ!!」
「…やっぱり、私を路地裏に連れて行ったのは君だったか。でも、助けたのは私じゃない」
それは、クリスタルが路地裏の孤児達と関わる切っ掛けになった女の子だった。
「ううんっ!ティルお兄ちゃんが言ってたよ? お姉ちゃんが生きてたのは騎士のお姉ちゃんのお陰だって…」
この女の子の姉は、かつて虫の息であった。今は歩く事は出来ないまでも、体力が回復している。
「…ふふ、ありがとう。そう言われると救われる」
そう言い、微笑み、クリスタルは少し屈みながら女の子の頭を撫でた。
「さて、食堂に案内してくれるかな?」
そして、頭から手を退けて女の子にそう促す。
「うんっ!ついて来てっ!!」
「…わかった」
ぱたぱたと鳴り出しそうな位に、元気の良い女の子に思わず笑みが零れ、ついつい返事が遅れてしまう彼女だった。
☆☆☆
「良い匂い〜」
美玲は食堂にたどり着いて、まず最初に呟いた。
「小さい子が作ってるみたいだな。…ちょっと罪悪感が…」
小さな子供達が、食堂から見える厨房-調理場-で忙しなく、莫大な量の食事を作っているのを見て、陵は少しだけ戸惑う。
「陵はそうだったもんな」
後ろからついて来た庄司がそんな陵を見て言う。
「そうだな」
「あ、…さっき私達を招き入れてくれた人が指示を出してるみたい」
陵が呟く様にそう言い、美玲は厨房の中に、先程自身らを招き入れてくれたレイの姿を見つけた。
「ねえ、陵。ここまで本格的に料理を食べるのって初めてじゃない??」
美玲は今までの生活を思い出しながら言う。
「そう…だな。でも、前止まってた宿では、フィリカさんとシチューを作ったりしたけど?」
「あ、確かに。じゃあ…しっかりした場所で食べるのが初めて?」
「まあ、あの宿も古かったし活気が無かったからな…」
レオンが奴隷を大量に購入した街、そこでフィリカに教わりながらも手伝い、陵はシチューを作った事もあった。
「宿主さんが聞いたら怒るよー?」
「…そう言えば、あのかっこいい宿主さんはどうしたんだろう?」
陵は今更思い出したと言わんばかりに呟く。
「私も知らない。ねえ、私達も座ろっか」
食堂の中の沢山の丸いテーブル達、座られていたり座られていなかったりするテーブル達、その中の1つに小さなフィルドを抱えて座っている聖神がいた。
「聖神の所で良いよな? えっと、奏乃だったっけ? お前は男は平気か?」
陵はてきとうに座って良いのだろうと結論を出し、奏乃に突然話し掛けた。
「え?あ、はい。私は…その、花蓮さんみたいに美人では無いので」
少しキョドりながらも奏乃はそう言った。
「わかった。じゃあ、美玲と奏乃で花蓮を囲む様に座ってやってくれ」
「奏乃ちゃん、お願いね」
陵は花蓮に起こった事柄を考慮して、座る位置に指示を出す。そして、美玲が追随する様に奏乃にお願いした。
「わかりました。大丈夫です」
奏乃はキョドらない様に意識しながらも、そう答えた。
「男三人衆はてきとうに俺の周りに座ってくれ。…間違っても花蓮に近付いたりするなよ」
「わかってるって、そんな馬鹿じゃねえよ」
男子3人組の1人である元太が、バカ言うなと返した。
「だって馬鹿だろ?」
「うるせーっ」
「まあいいや。…あと、あそこに居る綺麗な女性と男の子にも手を出したら殺すから」
更に取ってつけたように、陵は聖神とフィルドを示して3人組に説明した。
「…あの美人さんとの関係性は?」
「少しややこしくなるから後でな。あと、あの人は人妻」
「そのややこしいとこを説明してくれよ…。あと、色目なんて使わねえよ」
隆二は陵が何も喋らないのを理解すると、ボヤくだけでしつこくは聞かなかった。
「じゃあ、座ろうか」
陵はそう区切って、聖神の座っている円テーブルに歩き出した。
「あいあいさー、花蓮ちゃんも奏乃ちゃんもこっちこっちー」
そんな陵に合わせるように美玲は女子二人の手を引いたのだった。
☆
陵達が席に着こうとしている時、クリスタルが食堂にたどり着いた。
女の子に案内されてここまで来たのだ。
「じゃあ、騎士のお姉ちゃんっ! お食事を持ってくるから、てきとうな席で座ってて待っててくださいっ!!」
女の子はクリスタルに、健気な顔をして勢い良く言う。
「ふふっ、…楽しみにしてる。てきとうに座れば良いのだな?」
クリスタルには断れるはずも無く、頷くしかない。
「うんっ!私は調理場に戻らなきゃいけないからっ! じゃあ、また後でねっ!!!」
女の子は手をバイバイと振って、タッタッタッとレイが仕切っている調理場に走っていった。
一方、クリスタルは1人、取り残された。
(何処に座ろうか…)
クリスタルは周りのテーブル達を見る。
中には、既に座られているテーブルもあり、だからこそ、1人でポツンと新たな-誰も座っていない-テーブルに座る事も気が引けてしまった。
そんな中で、既に椅子に座っている孤児達をクリスタルは見つけ、更に、孤児達の中に孤児のリーダーを務めていた男子を見つけた。
クリスタルはその孤児達と共に食事を取ることにしようと思った。そもそも面識があるのが彼らしか居ない為、消去法と言ってしまえばそれまでなのだが。
クリスタルは悠然と歩いて行き、孤児のリーダーだった男の子の傍に向かった。
「私も一緒に良いか?」
リーダーだった子に問い訊ねる。
「あ、はい、騎士様。どうぞどうぞ」
「ありがとう、そう言ってもらえて助かったよ」
そうして、クリスタルは孤児達が座っているテーブルの中紛れ込むのだった。
「そう言えば、君達は食事の準備はしなくて良いのか?」
早速会話に混じろうと、彼女は周りの孤児に話題を振ってみる。
「あー、えっと、騎士様。ここに居るのは料理が出来ない子達なんだよ。どうしても料理がしたいんだって言えばレイ様は教えてくれるけど」
孤児の中の1人がクリスタルの疑問に答えた。その答えを聞いて、ミリが料理を出来る子と出来ない子で分けていた事を思い出した。
「そうなのか、答えてくれてありがとう。…ここでの生活はどうだ?」
「それはもう、前よりも全然良い。ちょっと訓練は厳しかったり、教えられる事が難しかったりするんだけど、でも…それも楽しい」
「そうか、そう言えるのなら良い環境なのだろうな」
クリスタルは、この屋敷の人達が、しっかりと孤児に目をかけているのだなと思った。
「そう言えば…騎士様はなんでここに?」
今度は孤児の方から、クリスタルに対して気になった事を訊ねた。
「私は…まあ、国の事で少しな。暫くは居るぞ」
ミリと話した事柄は、大っぴらに話すべき事柄では無い為、そうやって言葉を濁した。
「騎士様も大変なんだなあ…」
「いや、そうでも無いぞ。ここに残ったのは私の意志だからな」
クリスタルが嫌だと言えば、彼女は自国に帰れていた筈だ。それでもここに残ったのは、彼女にとって興味を惹かれるものが多く存在していたからだ。
「はははっ…騎士様の事情は想像出来ないしなあ」
「それはそうさ。相手の立場なんて自身がならなければわからないさ」
孤児がなんて言えば良いのかわからずに呟くと、クリスタルは当たり前だろうと返す。
「あっ、…来たな」
クリスタルの視界には、食堂まで彼女を案内してくれた女の子が、一生懸命にお盆に食事を乗せ、こちらに向かって歩いて来るのが見えた。
「騎士のお姉ちゃんっ!! 食べてくださいっ!!」
そしてクリスタルの前まで来て、お盆をクリスタルに差し出した。
「はは…ありがたくいただこう。…美味しそうだな」
クリスタルはそれを受け取って自身の前に置いた。
可愛らしい女の子から貰っただけで、100倍増しに美味しそうに見えるのは、いったい何でだろうか?
「…冷めてしまうと勿体無いな。皆、先に食べても良いか?」
クリスタルは自身の為に持って来てくれた食事を前にして、周りの孤児達はまだ食事が用意されていない事に気が付いた。
「止める訳ないだろ…。ほんと、騎士様って生真面目だなあ」
孤児の内の1人が、言外に馬鹿だなあと言った。
「そうか、心置き無く食べられるな」
クリスタルはそんな周りの空気を読んで、手を付けても問題ないと判断して食べ始めた。
(…これは、潰された肉を焼いたのか?)
曰くハンバーグにも見える食べ物を、1切れフォークで切り裂いて口に放り込む。
「…美味しい」
「やったっ!! お姉ちゃんのはねっ! 全部私がやったのっ!!」
「そうなのかっ!? …それは凄いな、私は料理するのは得意ではないから…凄いと思う」
「えへへ、褒められちゃった」
他にもスープや、何から何まであるのだが、それをこの幼子1人で作ったというのだから、もうその事実だけで更に美味しく感じられてしまう。
「よし、騎士様が喜んでるのも見れたし、お前らはさっさと食事を取りに行くぞ」
そんなクリスタルを見て、リーダー役だった男の子が周りの孤児に言う。
「「「「うっす」」」」「「「はーい」」」「「「お腹空いた〜」」」
すると、口々にそう言って孤児達は立ち上がり、調理場の方へと向かって行った。
「…これはどういう事だ?」
向かって行く中の1人をてきとうに捕まえて、クリスタルは訊ねた。
「騎士様は特別扱いなんですよ。その子の姉を助けてくれたから、お礼がしたいってその子が言って、それで…騎士様はきっと、俺達が取りに行ったら自分も取りに行っちゃうだろうなってリーダーが言ってて、そうすると、騎士様はその子が作った料理を食べられないから…」
その孤児は少し焦ったのか、ちょっとぐちゃぐちゃになりながらも答えた。
「はは、わかった。引き止めて悪かった。心遣いをしてくれてありがとう」
クリスタルは彼に説明してくれた事のお礼をする。
「いえ、俺じゃなくてリーダーに言ってください」
軽く頭を下げてそう言い、その子も食事を取りに行ってしまった。
確かに孤児達のリーダーが言っていた事は正しい。
無駄に責任感の強いクリスタルの事だし、他が取りに行くのに自身だけ待っていろと言われたら、気持ちが良くはならないだろう。
だがそれでも、ここまでされれば、素直に受け取らなくてはいけない事も理解している。
心からの善意は突っぱねてはならないし、悪意の混じった善意は突っぱねなくてはならない。
また、驕りに繋がってしまう様な奉仕もされてはならない。
それは上に立つ者として持ってなくてはいけない感覚で、クリスタルにはその感覚が、自然と身に付いていた。
レイやミリが優秀だと言うだけはあるのだ。
彼女に料理が運ばれて来たのを境に、陵や美玲達も食事を取りに行き、そして賑やかな夕食の時間が始まるのだった。
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