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第五部‐環境の初期変化。

 陵らが街に服を買いに行っている頃…。 「これはまた…凄い事になっているな」  クリスタルの父である騎士団長が、奴隷の大集団が道すがら大量に在中しているのを見て、少し気圧された様に呟いた。 「…ですね。首輪があるので奴隷ではあるのでしょうが…」  クリスタルも数に驚かざる得ない。 「ああ、だとしても…この量は…」 「…戦争が出来ますね」 「……そうだな」  騎士団長の眼光がキツく光る。 「クリス、必要は無いとは思うが、私達の国に侵略する事が決まったら…何とか教えてくれ」  クリス、それは家族だけが呼ぶクリスタルの愛称だ。 「…父上、多分、それは無理かと」  これからクリスタルは、この街の代表であるミリの元に預けられる。 「私も期待はしてない。…真祖の吸血鬼ですら私は倒せない」 「…父上が倒せない相手を私が倒せるとは思えません」 「盾の扱いは人1倍上手いようだがな」 「攻撃手段には成りえません」 「はっはっはっ、同年代の中では、私達の国の中でも、剣術だって最高レベルなんだ。もっと胸を張ると良い」  騎士団長は自身の娘の胸を張らせるようにそう言う。"自身の娘は凄いんだぞ"と、そう言いたいのだ。 「・・・」  しかし、クリスタルは黙りこくってしまった。  別に彼女はひねくれている訳では無い。だが、"たかが同年代程度で最高レベル"と言われても、喜べる要素が無いだけだ。  戦場で年の差の考慮はされないし、剣術大会の様に1対1で戦う事もほとんど無い。  故にどうでも良い。  だから、彼女は既に同年代と競う事を辞めてしまっているのだ。 「お前は真面目過ぎる。もう少し肩の力を抜かないとダメだろう」 「そうでしょうか? 私はかなりズボラだと思いますが?」 「そういう事では無い。良くも悪くも、お前は自身の理想に対して真面目過ぎるんだ」  父の言葉を聞き、クリスタルは素直に頷いた。心当たりはあるのだ。 「私が居ない中で国外で暮らすのは初めてだろうが、気楽に頑張りなさい。それと…嫁には行っても良いが、しっかりと背中を預けられる相手にするように」 「父上、私は…その、恋愛のレの字もわからないのですが…」 「もし、揺らぐ事があったらそうしなさいと言っているんだ。幸い弟も居るし、お前はお前自身がそもそも家督を継ぐ気が無いだろう? そうなると、何処かで男を捕まえなければいけないのも道理だろう」 「…そうですね。では、もしそうなったのなら思い出させて頂きます」  クリスタルとしても恋愛がしたくない訳では無いが、自身が強過ぎるが故に男に興味が持てないのだ。  だから…もし、興味が持てたら思い出してみようと心に仕舞った。 「でも…そもそも今生の別れという訳でも無いでしょうに」 「それはその通りだが、親としては心配になるのだ。例え自身より頭の良い娘だとしてもな」 「そうですね。その言葉、しっかりと覚えておきます」  きっちりと忘れる事の無いようにしようと思う。 「それで良い。さて、屋敷に着いたぞ。ここから先は1人で行きなさい。騎士団長が来たとあれば無理をして代表が出てきてしまうかもしれない」 「態々見送りをありがとうございます。では、行って参ります」 「ではな」  騎士団長である父は、クリスタルが屋敷の敷地内に入ったのを見送り、くるりと翻って今まで来た道を帰って行った。 ☆  クリスタルは屋敷の玄関、扉前に立ち、ドアノッカーをガンガンと叩いた。 (…少し緊張するな)  そう思いながらも、大人しく中から人が出てくるのを待った。  それから少し待つと、玄関扉が開かれた。 「クリスタルさんでしたか、話は代表から聞いています。案内しますね」  開けたのはこの屋敷のメイドであるレイだった。傍から見ると、服装からしてメイドには見えないだろう。 「レイ殿はいつもその服装なのだな」  黒いピッチリとしたズボンに‐シャツインされ‐腰が締まっている白いシャツを見て、クリスタルは口を動かした。 「はい、これが私の一張羅ですから」  一歩一歩、屋敷の廊下を一定の速度で歩きながら答える。 「…なるほど、私の騎士服の様なものか」 「そのようなものですね」  その言葉を境に会話が切れてしまった。クリスタルもレイも特に気にした様子無く、そのまま歩き続けた。 「こちらがご用意させて頂いた寝室になります。恐らく小さいものになっているでしょうが、ご了承ください。なにせ、子供が多いもので…」  レイはとある部屋の、扉の前で立ち止まり告げた。 「孤児たち…か?」 「ええ、全員を屋敷に住まわせるとなると…大部屋などの飽きは無くなってしまいました」  そう、今や大半の部屋は孤児たちの寝室として埋まってしまっているのだ。  シンが屋敷の地下に、新たな部屋を建造しているらしいが、地下室に子供達を住まわせるのは抵抗があるようだ。屋敷の部屋に余裕が出来る事は暫く無いだろう。 「私としては小さい部屋でも問題無い。…というよりも家柄のせいか、あまり広い部屋を用意されても逆に困ってしまう」 「そう言って頂けると助かります。お食事の時間になりましたら、恐らくメイドの真似事をしている子供がこちらに来るでしょう。優しく接してあげてください」  食事の時間、レイは食堂から離れる事が出来ない。 「わかった。気を付けよう」 「それでは、失礼します」  レイは一礼をし、今までの道を帰って行った。 「さて…」  レイの姿が見えなくなるのを見送り、クリスタルは扉に手を掛けた。  そして、押す。開いた。  シングルベッドが1つにサイドテーブルが1個という、シンプルな眠る為だけの部屋だった。 (…ベッドの質はかなり良い。まるで…狭いだけの高級な部屋だと主張しているようだ)  早速ベッドに触れると、柔らかく沈み込んでしまった。 (それに…端のテーブルも、かなり凝っている様に見える)  サイドテーブルは木製で、木目が鮮やかに渋く出ていた。かなり凝っているのがわかる。 「…ここまでしなくても」  彼女は少し苦い顔をしながらも、そう呟くのだった。 ☆☆☆  一方その頃、"ヘブンズガーデン"のとある家では。 「シーメトロン、居ないか?」  シンは昨日に造り与えた家の前で、玄関扉をコンコンとノックして、そう問い掛ける。  暫くして、玄関扉がシーメトロンの妻のうちの1人に開けられた。  青髪の魔女だった。 「おはようございます。旦那様をお呼びしますか?」  明らかに、シンを上司として扱った上での口調だった。  少しだけ青の魔女は怯えていた。…もちろん顔には出ていないが…。 「いや、良い。案内してもらえるか?」 「わかりました。今すぐに案内します」  青の魔女はシンを招き入れ、シーメトロンが座ってるリビングルームへと案内した。 「シーメトロン、遅くなって済まないな」  シンはシーメトロンを視界に入れ次第に、軽く謝罪する。  既に"ヘブンズガーデン"でなければ‐ラフタは‐暗くなりかけている時間だ。 「今日はもう来ないと思っていたのだが…」  素早く、シーメトロンは彼が来たのを見て立ち上がった。  だから自身の妻に行ってもらったのだが、まさか、このタイミングでシンが訪ねてくるとは思っていなかったのだ。 「座ってて良い」 「…わかった」  シンは立ち上がったシーメトロンをソファに座り直させた。 「それで、何か要求はあるか? この家で使い辛い所などは…」 「そんなものは無い。それに頼める立場でも無い」 「そうだろうか? これからはかなり手広く研究をやってもらうつもりだからな…」 「それは…買い被り過ぎだろう?」  シーメトロンは昨日が初対面の彼に、思わずそう投げ掛ける。 「そうでも無いだろう。出来ないものを出来るように考えるのが研究者でもあるからな」 「…まあ、そうだな」 「私は研究が出来る知り合いが居なくてな。今回は渡りに船でもあったんだ」 「いや待て、人族の女が居ただろう? あれも研究者のはずだ」  昨日、少女の手術する前に少女の面倒を見ていた女が居たのをシーメトロンは覚えている。 「あれはあまり…私は好きではない。人族だから…というつもりは無いが、あれが研究する内容は、全て何かを破壊する力を求めるものでな。…それに、あれは私に意見が出来ない」  シンはアステンノには、既に見切りを付けていた。  それは研究する内容の程度の低さや、シンに対してイエスマンにしかなれない事が原因だった。  アステンノには、竜人やエルフなどの遺体を提供して、どの様な研究成果を見せてくれるのかと、実験した事もある。  結果は最悪、どうやって自身の体に、それらを吸収すれば良いのかを考察した成果のみが提出された。  落ち着きが無いのか、彼女自身の知識がキメラを作る事にしか向いていないのかはわからないが、シンの印象は良くなかった。 「…確かに力だけが全てではないな」  それはそうだとシーメトロンも思う。現に、彼は自身の妻の為に研究を重ねた分野もあった。  だからと言って、恐ろしい力を手に入れたいという野心がわからないわけでは無い。 「そういう事だ。…恐らくあれは理解出来ていないのだろう」 「それは手厳しいな」  「そして…私の見立てでは、貴方はそんな事も無いだろうと思っている」 「まあ、そうだな。私は自身が作りたいものしか作って来なかった。この本だってそうだ。完成まで、500年も掛かった」  シーメトロンはそう言って、昨日から使っている様々なモノを仕舞っている本を取り出した。 「それはまた、魔族の寿命でよく足りたな」  魔族の平均寿命は200年だ。 「足りない事はわかっていた、だから不老長寿になれるという薬を先に飲んだ。研究を途中で投げ出すなんて最悪だからな」  シーメトロンは事も無げにそう言ったが、不老長寿の薬を作るのはそんなに簡単な事ではない。  世界各地の何処を飛び回っても見つからないような、そんな貴重な素材を沢山集めなくてはならないからだ。 「それはまた、無茶をしたな」 「私はそうやって生きてきた。まさか今回、魔王に顎で使われるとは思わなかったがな」  シーメトロンは魔王に言われて、魔物を引き連れてシンらが住まう街を襲おうとした。結果はまあ、ご覧の通りだ。 「…参考までに聞くが、貴方の妻も不老なのか?」 「あー…いや、違う。彼女らは私が居なくなれば老いて死んでしまう」 「うん?」  でも、今、目の前に居るじゃないかと思う。 「下世話な話になるが、サキュバスは男から精を吸い上げる事で自身の体を保つからな」 「…ああ、そこで魔王の心臓やら何やらを使うのか」 「そういう事だ。莫大なエネルギーがそれに込められていれば、肉体の時間を止めることが可能だ。…まあ、それも色々と体を弄らないと無理な事ではあるがな」 「だが…そこの魔女は?」  シンは今目の前に居るのは魔女だろう? と再度問い訊ねる様に聞く。 「…魔女の場合はもっと複雑だ。魔女というのは子供が出来やすい種族なのは知っているな?」 「ああ、どの種族とも出来るという話だったな」 「これもかなり難しい試みだった。彼女らの子宮で子を生成する機能を弄り、そして、その生成したものを自身らの体に回す様にしたのだ」 「・・・」  シンは言っている意味はわかったが、理解出来なかった。 「…そんな事が出来るのか?」  もう一度理解しようと問い訊ねる。 「ああ。だが、非人道的であるし…ゲーテ、腹と背を見せてやってくれないか?」  シーメトロンは更に説明をする為に、青の魔女の名を呼び、自身の手元に呼び寄せた。  ゲーテは無言で服を上げた。すると、腹と背にポツポツと斑点と、それに繋がるラインが入っているのが露になった。 「この斑点が、へその緒の逆のような物だ。生成された、本来は子として為されるべきだった存在を体に吸収し直すのだ」 「…ほう? 魔法陣…いや、回路と呼べそうだな」 「そうだな。魔法陣の様に書いている訳ではなく、そう言う機能をする超極小の管を埋め込んでいる。…ああ、ゲーテ、ありがとう」  青の魔女に腹を隠す様に指示を出す、ゲーテはすぐに捲りあげていた服を下ろした。 「まあ、だから、そうやって私の妻は体を保っている」  シーメトロンはそう話を締め括った。 「…態々、面倒な説明をしてもらって悪いな。  だが…決まりだ。シーメトロン、今日付けで私の片腕として部下に加わって欲しいと思う。ぜひ、そんな技術を私の元で使ってくれないか??」  シンは彼に頭を下げて頼む。 「…貴方達が強力な存在過ぎて忘れているのかもしれないが、私は昨日まで敵だったんだぞ?」 「それでも構わない。ここで貴方の様な技術者を逃がす訳にはいかない」  顔を上げて、彼はシーメトロンに告げる。 「…わかった。敗戦者には勿体無い言葉だが、ぜひ、引き受けさせて頂きたい」 「ありがとう。私も優秀な研究者が部下に加わってくれて嬉しい」
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