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第四部‐敗者を有効利用。いえ、むしろそっちがメインです。
「ちょっとちょっと、なに今までの事は関係無いみたいな空気出してんのよ?」
ミリはちょっと不機嫌そうに言う。
「実際そうだからな。…この世界で知らぬ所で誰が死のうが私には関係がまるで無い。だから魔王だろうが魔族だろうがどうでも良い」
つい先程まで騎士団長が座っていた席に、シンが座り、目の前の魔族の男-シーメトロン-に目を向ける。
「シーメトロンは今まで生きてきて何を積み上げて来た? 貴方が歩いてきた時間の中で核となった志や覚悟を教えて欲しい」
そして、際立って真面目な声音で問い掛ける。
「…何故そんな事を聞く?」
「何故だと思う? まあ、答えなくても構わないが…貴方が何かを創り出す者であるのなら、答える事をオススメする」
ここで答えないのであれば、てきとうに脅し、てきとうな所で殺してしまえば良いだけだ。シンにとって、目の前に座っている彼がどの様に思おうが関係が無い。
「…私が専門としているのは、生き物の細胞を弄る事だ」
促された通りに、シンの表情を見ながら、シーメトロンは静かに告げる。
「ふむ、それを始めた経緯は?」
そんな彼に、シンは相槌をうち、更に先を促す。
「私は魔族だ。だが…魔法を主とする集団なのにも関わらず、私は魔法が使えなかった」
この世界の"魔族"とは、魔力に特出した種族である。それはつまり、通常であれば魔法を得意とする種族だという事だ。
「そこで自身の体を改造しようと?」
「いや、いきなりそこまで論理の飛躍はしなかった。私は魔法がダメでも魔力を放出する事が出来た」
「なるほど、魔力が放出出来るのなら…魔術は使える筈だな?」
「話が早いな。そうだ…私は魔法陣や魔法文字の研究に手を出した」
魔術というのは、魔力と、魔法陣や魔法文字などの様々な発動体を用いて火や水等を自然現象を引き起こす技術である。
「…で?」
更にシンは先を急かした。だって、まだ本題に入っていないから。
「…この腕の様になった」
シーメトロンは服の袖を巻くって腕を見せつけた。腕には無数の魔法陣が描かれていて、それは何処ぞのヤクザよりも色濃くなっていた。
「ほう?」
「魔法陣というのは、重ねて描くと誤作動を起こしやすくなる」
「…貴方のそれは重なっているじゃないか」
シーメトロンの腕は、シンの目から見ても十二分に‐魔法陣が‐重ね描きされている様に見えた。
「別に話しても良いが、説明が長くなるので省略する。端的に言ってしまえば、私は私の腕を魔法陣が誤作動を起こさない様に改造したという事だ」
シーメトロンが話す"腕の改造"、それは彼が生物の細胞を弄った初めての事柄だった。
「そこにどんな技術が使われているのかは、今でなくても良いだろう。そうやって私は自身の身体を弄り始めた。そこからは…まあ、それの延長だろうな」
彼の積み重ねた事柄を聞き、ゆっくりとシンは頷いた。
「…なら、貴方の作品は残っているか?」
そして、実際に目で見てみたいと思う。彼が自身以外にも改造をしている事は知っているから。
「…作品と表する辺り、貴方も相当に危険な思考お持ちのようだ」
彼が迷わずに"作品"と告げた事に、少しばかりシーメトロンは驚いた。
「我が子として…でも扱っているのかな?」
シンが更に問い訊ねる。すると、彼の額がピクリと動いた。
「我が子…では無いが、優秀な部下にはなったさ。貴方さえ良ければお披露目しよう」
「ほう? それは面白い。是非見せてくれ」
彼の提案に、シーメトロンは食い気味に答えた。
その言葉を聞いた彼は、分厚い魔導書の様な物を取り出し、テーブルの上に置いた。
「随分と重たそうだ。…それは?」
「この本の中に大量の召喚獣が入っている。ああ、私の妻も当然この中に居る」
どうやら、彼は本の中に生物を閉じ込めているらしい。
「アイテムボックスの…生物が入る類か?」
「理解が早くてとても助かる、そういう事だ。何かリクエストをしてくれないか?」
「リクエストと言われてもな…」
何が居るかもわからないのに、それは無謀だろう。
「竜や蛇、犬も居る」
「なら蛇だ。ここも汚れないだろう」
シーメトロンの例えに対し、彼はそれをリクエストした。毛が落ちるのは後に面倒だろう。
「そうか、…あの広間で良いな?」
食堂の中の、椅子やテーブルが置かれていない空間に目を向けて、そこに召喚して良いかを訊ねる。
「良い」
「わかった」
シーメトロンはペラペラと捲り、ご所望の蛇のページを開く。そして、自身の魔力をちょっとだけ流し、そのページに描かれている魔法陣を操作した。
「…頭が9か」
シンは召喚された蛇を見て呟く。召喚された蛇は八岐大蛇よりの首が多かった。
召喚された蛇の中央の頭がシーメトロンの元へと伸びて行き、シーメトロンに顎を撫でろと言わんばかりに、自身の頭を見せつける。
シーメトロンはしゅるしゅると言っているその蛇の顎を撫でた。
「…随分と懐いているのね」
今まで黙って彼らのやり取りを見ていたミリが、静かに呟いた。
「懐いてなくては飼えない。…魔族とは言え、無条件で凶暴な生物に好かれる訳では無い」
一つの首がシーメトロンに撫でられている間、他の8つの首は辺りを興味深そうに見回していた。
「しかし…生きているのなら食事も必要になるだろう? それはどうしてる?」
シンはそちらに興味がある様だ。
魔物や動物をその魔導書らしきものに閉じ込めているのはわかった。だが、その魔導書の中に入ったからと言って、生きている時間が止まる訳でもないだろう。
「それこそ改造だ。この本の中に閉じ込められている者達は、全て魔力を食料として扱えるように改造したんだ」
「…貴方が魔力を与えていると? 足りるのか?」
分厚い魔導書の様な本の1枚1枚のページに、その9つの首を持つ蛇の様な存在が居るのだとしたら、それはシーメトロンだけでは足りないだろう。
「そこが気に掛かるか…。ふむ、これでご理解頂けるだろうか?」
シーメトロンは何かの封印を外した。その瞬間に、辺りの雰囲気を変化させるだけの威圧が放たれる。
「竜の心臓…か?」
シンは何となく知っている物と照らし合わせて問い訊ねる。
「それだけでは無い。先代魔王の心臓も私の身体の中に埋め込まれている」
「…なるほど、先代魔王と竜の魂を心臓に封印しているのか」
「…魂?」
「いや、貴方がわからないのなら聞き流してくれて構わない」
シンが呟いた言葉が理解出来るほどには、彼の研究は進んでいないようだ。
「へえ〜、貴方って面白いわね〜」
そんな中、空気が変わったシーメトロンをまじまじと見ながら、ミリが言った。
「まあ、殺さなくて正解だったな」
シンは、アイが捕まえると言った時はどうしたものかと思っていたようだが…。
「期待されている所申し訳ないが…、魔王と竜、どちらも長時間解放し続けると私が暴走してしまうのだ。体が耐えられなくなってしまう」
「その本に、魔力を注ぎ込む事のみにしか使えないという訳だな?」
「…ああ」
やはり、魔導書の様な様々な生物を閉じ込めている本に魔力を注ぎ込む事によって、彼は生物に餌をやっているらしい。
「まあ、それは別に良い。貴方には研究以外をしてもらう気は無い」
研究に力はあまり必要無い。故に、先代魔王や竜の心臓は必要が無い。
「…それはつまり?」
「話を聞く限り、私が今現在飼っている研究者よりも優秀そうだ。是非、私の娘の面倒を見てもらいたい」
今現在、"ヘブンズガーデン"でキメラの少女の面倒を見ているアステンノよりも、目の前のシーメトロンの方が優秀だと考えた様だ。
「それは…そこの金髪の女の子の事か?」
シーメトロンはアリスと共に、シンらの後ろのテーブルで飲んだり食べたりしているソフィアを目で示した。
「見る目があるのは素晴らしいと思う。だが、彼女では無い。…興味があるのか?」
「興味が無いと言えば嘘になるが…、本題から反れるのであれば捨て置いてくれ」
「そう言ってくれると助かる。ミリ、少しばかり席を外す」
「わかったわ」
「なら、行こうか。シーメトロン」
シンはミリの返事を聞き、シーメトロンと共に"ヘブンズガーデン"に転移した。
☆☆
「…ここは?」
シーメトロンの視界には、突然雲一つない明るい世界が目に映った。
「ここは私が創り出した世界だ、細かい話は後にしてくれ。…ついて来い」
シーメトロンに背を向け、シンは歩き出す。どうやら彼は"ヘブンズガーデン"にある彼自身の家に、直接、転移しなかったようだ。
「・・・」
彼に答える気が無いとわかると、シーメトロンは口を塞ぐ。
シンは自身の家の扉に手を掛けて、開けた。
「父さん?ですね? 突然帰ってくるなんて、珍しいですね」
扉を開けるとそんな声が聞こえた。声の主は竜人族で盲目な少年、ハイルだった。
「…いつも突然だと思うが??」
「いつもは母様が、"今日は戻ってくる"だとか言ってくれますので」
「ああ、なるほど」
「はい」
ハイルは盲目なのにも関わらず、シンの気配を感じ取り、理解していた。それは隠密神アイリスが気取り方を教えているからだ。
「まあ良い、私は地下のあの部屋に行く」
「わかりました」
ハイルは彼の言葉に、ただ頷くだけだった。
「彼は目が見えていないのだな?」
「ああ、見えていない。だが、それだけだ。他に欠陥がある訳でもない」
シーメトロンの問いに興味が無さそうにシンは返し、地下に降った。
そして、地下室の扉を開けた。その地下室には、キメラの少女が眠っている。
「アステンノ、変化はあったか?」
「いえ、全くありません。シン様」
その部屋で少女の面倒を見ていたアステンノは、シンが入ると同時に臣下の礼を取り、そう告げた。
少女には生き延びられるように、様々な管が取り付けられている。
長い間目を覚まさないのであれば、彼女の体に、エネルギー補給をする為にこうしなくてはいけないのは、道理だった。
「シーメトロン、その子が貴方に任せたい少女だ」
「ふむ…、触れても良いか?」
「もちろん」
シーメトロンはシンの許可を貰い、スタスタと一直線に、その少女が横たわっている台に向かった。
そして、近付いたと同時に、戸惑う気配も無く彼女の腕を手に取り、浮き上がっている気色の悪い青い斑点を見る。
そして更に、躊躇なく少女の腹の服を捲り、他の部位も確認していく。
途中、シンは彼が何かを発動させた事を理解したが、何も言わなかった。
人となりを見るにあたって、シーメトロンはその様な無駄な事をする人材では無いと、勝手に結論付けていたからだ。
「誰だ…こんな粗雑な弄り方をした奴は…」
全てを見終わってから、シーメトロンは呟いた。
「彼女に使われている素材は良いのに…使い方が粗雑過ぎるせいで何も意味を成していないじゃないか」
まるで高級素材を使って闇鍋をしている状態だ。
「…治せるか?」
彼はシーメトロンに問い訊ねる。
「治す所など有りはしない。…作り直す事は出来る」
「それでも構わない。何が必要だ?」
「傷を塞ぐ為だけの薬が必要だ。それ以外の道具はこちらにあるからな」
「それは…これでも良いか?」
シンは秘薬 を取り出し、彼に見せる。
「いや、それでは駄目だ。それは身体の時間を戻して傷を治す類の物だろう? 私が言っているのは、あくまでも傷を治すだけの薬だ」
暫くじっと見てから、シーメトロンはダメだと言う。
「なら、これはどうだろう??」
シンは市場で売っている様な、只の回復薬を取り出した。
「そうだ、その程度で良い。別に腕が生える必要は無いからな」
「なるほど、何本必要だ?」
「絶対数必要なのは5、何か予想外の事態が起こった時の為に10。…それから、先程使わないとは言ったが、それも置いておいてくれると助かる。その薬は時間を戻すからな」
シーメトロンは、彼が取り出した"エリクサー"も、この場に置いておいてくれる様に頼んだ。彼に使う予定は無いが、それでも念の為に…である。不足の事態は考えておくべきだ。
「これで良いな?」
「ああ、助かる。さて…助手と道具を呼び出そうか」
シーメトロンは並べられた薬を流し見て、分厚い本をペラペラと捲り、そして3人のサキュバスと3人の魔女を呼び出した。彼女らは足の踝まで伸びている黒ローブを着込んでいた。
そして、様々な手術用の道具が乗った机も呼び出した。机の上にはメスや注射器など、様々な道具が転がっていた。
「彼女らは?」
「私の妻だが?」
「・・・」
シーメトロンはマジ物のハーレム主だったようだ。彼は絶句する。
「旦那様、こちらの方は?」
色々と自己主張の激しいサキュバスが、シーメトロンに彼について訊ねる。
「私を捕まえたボスだ」
「そ…そうでしたか。何卒お許しくださいませ。最悪私達の…「もう既にその話は終わっている」」
焦ったように許しを請おうとする彼女の言葉を、シーメトロンが遮った。
「そうでしたか、早とちりして申し訳ありません」
「君達にはいつも通り、助手をやって貰いたい。目の前に居る少女を目覚めさせる事が出来たら、もしかしたら私の待遇が良くなるかもしれない。だから、頑張ってくれ」
「「「「「「承知しました」」」」」」
シーメトロンの指示を聞いて、彼の妻達は、一瞬で横になっている少女の周りを取り囲む。
そして、彼女らは目にモノクルを付け、少女の身体をライトアップする為の光球3つ設置する。自らの主人が来るのを待った。
「ふむ、準備が出来たようだ。貴方はそこの人族を連れて外で待っていて欲しい。身内以外が居ると気が散るのでな」
「…良いだろう。期待しても良いか?」
「私はいけると思っているが、断言はしない」
何事にも絶対は無い。
「そうか。…上で待っている、アステンノ、さっさと外に出ろ」
シンは彼の言葉を聞き、指示通りに、彼らのことをボーっと見ていたアステンノの引っ張り、その少女が横たわっている部屋を後にした。
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