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第四部‐平穏が流れる。

「「「やっ!!」」」 「「「はっ!」」」 「「ふっ!!」」 「おい、1人どうした?? 辛いなら休め、無理は良くねえ」  大きな声と共に剣を振り下ろす大勢の孤児達、そんな中、ティルは敏感にも、1人の声が無くなったことに気が付いた。  今日は偶々、基礎鍛錬以外にも出来る時間があったらしい。ティルは彼らに、剣の振り方を教えていた。  彼の気持ち半分くらいは、木剣を持たせる事による孤児達の気分直しのようなものだった。  流石に四六時中、剣を振るための歩法ばかりを教えていると、孤児達も飽きてしまうのだ。 「お前だなあ? 無理してんのは。良いから休め、体を壊したら何も出来ねえからな」  ティルは剣を振っている孤児の中から、疲れ切っている男の子を1人手に取る。その集団から抜けさせた。 「で、でも…」  周りが頑張ってるのに…そう思い、ティルに心無しか抵抗しようとする。 「でもじゃねえっ!! お前の体が壊れたら誰が面倒見るんだっ!! 無理は周りの奴にも迷惑を掛けるから、それだけは覚えとけよ??」  ティルはその男の子に叱責してから、周りに再度注意を呼び掛けた。 「…兄貴が言えた事じゃないと思うんですけど」  そんな彼に対し、屋敷の淵に腰を掛けていたホリンが呟く。 「ああ? 何か言ったか、ホリン?」  そんなにホリンを"余計な事言うんじゃねえ"と言いたげに睨みつけた。  因みに、ホリンは体が弱いので、剣の練習は初めのうちにギブアップしている。 「兄貴、お客さん来ましたよ?」  そんな睨みをさらっと受け流して、自身の視界に入った存在を伝える。 「…はあ。よしお前ら、今日はもう終わりだ。あとは好きにして良いけどよ…母様達に迷惑は掛けんなよ?」  仕方ないと思い、今日の練習に終止符を打った。孤児達の面倒を見るのは、全てティルの役目なので、こういう時間が段々と彼にとって日常になって来たようだ。  ティルは上からしっかりとしたジャケットを羽織り、袖を通して"お客さん"の所へと急いだ。 「4日ぶりだな。出迎えか?」  こちらに走って来たティルに微笑みながら、クリスタルは口を動かす。 「はい、出迎えるように言われました。クリスタルさん、そちらが?」  ティルは目で"紹介してもらえませんか?"とクリスタルにお願いする。 「私が騎士団長のグレンだ。君は代表の息子さんだったな?」  すると、そんなティルの仕草に気が付いたのか、人の良さそうな顔で、クリスタルの隣に立っていた彼女の父親が言葉を紡ぐ。そして片手を差し出した。 「あ、態々自己紹介をありがとうございます。代表の息子であるティルです」  彼は頭を下げながら騎士団長の手を取った。 「少し庭が騒がしいですが…気にしないでください」 「今日はこちらから伺ったんだ、気にしない。案内してくれるな?」 「はい、今すぐに。では…ついて来てください」  ティルが言い、騎士団長とその娘が同時に頷く。それを見て踵を返したティルは、彼らを屋敷へと招き入れた。 「ええっと、こちらが客室変わりに使われている食堂です。あ、アリス、悪いんだけど、母様を呼んで来て貰えないか??」  ティルは食堂の大扉を開け、彼らに説明をし、そして食堂のテーブルを拭いていたアリスにそうお願いした。 「ん、すぐに呼んでくるね」 「わりいな。…では、中央の席へ…」  パタパタと走って外に出ていくアリスを見て、ティルは視線を騎士団長親子に戻した。 「うむ」「ああ」  彼らは幸い何も言わずに、そのままに食堂の中央に座ってくれた。 「母様が来るまで、暫しお待ちください」  ティルは彼らに向かい合うように静かに座り、ミリの到着を待った。  ☆☆ 「ミリママ、入りますっ!!」  アリスはミリが居る書斎に勢い良く飛び込んで来た。 「アリス、落ち着きが無いがどうした??」 「あ、パパ。えっと、お客さんが来ました」  ソファに座っていたシンが慌ただしいアリスに問い訊ねると、アリスは端的に告げる。 「あら本当? じゃあ行きましょうか。一応シンも来てくれるかしら?」 「…夫であり護衛だというのは、こういう時に楽だな」  ミリは隣に立たせるシンの立場を、夫であったり護衛であったりとコロコロと変えて、その状況にあった立場で行動を共にしている。  今回は"夫"としてなので、顔を隠す必要は無い。 「アリスも出なさい。皆で食堂に行くわよ」  ミリを先頭に彼らは部屋を出て行った。  ☆☆  そしてミリ達は食堂へと入り、アリスはそのまま自らの仕事へと戻り、シンとミリは彼らが座らされている円テーブルの前まで歩く。 「初めまして、オルクェイド王国、騎士団長。私がここの代表を務めているミリよ。こっちは夫のシン。よろしくお願いするわ」  そして自己紹介をしてから、軽く会釈をした。 「夫婦揃っての出迎え感謝する。私が騎士団長のグレン・ライデンだ。本日は娘が世話になったお礼と縁結びの為にここに来た。こちらこそ、よろしくお願いする」  騎士団長と娘のクリスタルは共に座っていた椅子から立ち上がり、ミリに深く頭を下げた。 「そんな事はしなくたって良いわよ。さ、皆も座りましょう」  ミリはそう言い、自身の座るべき椅子に手を掛けると、それに倣って騎士団長親子も自らの座るべき椅子に座り直した。  当然、ミリの隣にはシンが座っている。 「まずは、娘が急に貴女様の家にお邪魔した事のお礼だ。ぜひ受け取って欲しい」  騎士団長からは1つの紙袋が渡された。 「…これは?」 「オルクェイド王国で売られている菓子だ。流石に手土産1つ無くては問題だからな」 「ふーん…、ありがたく受け取っておくわ。なら、早速本題に移りましょうか? 前置きは充分よね?」  ミリは受け取ったそれを、そのまま自らのアイテムボックスに仕舞い、今日の本題を促した。それが既に買い置かれた物であった事は予想するに容易かった。 「ああ、問題無い。私は主命によりこの地に旅行をしに来たのだ。  いやはや、我が主は"出来れば代表の方と話して来い"と仰られたのだが、正直に言えば"出来れば"と言っていたのだから貴女に無理に会おうとは思わなかった」  騎士団長であるグレンはつらつらと言葉を紡いでいった。ミリはそれを聞いて少しだけ顔を引き攣らせた。 「そ、それは随分と貴方の主が可哀想じゃないかしら?」  彼の主からすれば、繋がりを作ってきて欲しかったはずだ。ただそれが、"絶対"で無いだけで…。  つまり、"繋がりを得る為にもうちょっと頑張ってあげたら??"と言った具合である。 「我が主は私の性格を知っている。その上で私に"旅行"と言い、主命がくだされたのだ。だから問題は無い。  だが、娘のクリスタルが貴女と繋がりを持ってしまった以上、ここに来ないわけにはいかない」 「ま、人族の貴族はそう考えるわよね」  クリスタルは騎士団長の娘で、彼女が勝手に上がり込んだのなら、彼がここに来るのもまた道理であって…。 「ああ、だからあくまでお話をしに来たのだと考えて欲しい。これはあくまで旅行であって、我が主は関係が無いという事も頭の片隅に置いておいて欲しい」 「…そうは言っても、貴方と出来る世間話なんてあるとも思えないのだけれど?」  国と国の一部との話以外に何をするのか? ミリには疑問しかない。 「実は…そちらの息子さんが私の娘に"筋トレを始めてから1年も経っていない"と言っていたと聞き、私も少し気になったのだ。だからここに来た…と言っても過言では無い」 「あんたねえ…もうちょっとマシな話題作りしてきなさいよ…」  ミリは騎士団長の言葉に頭を抱えそうになる、"こいつ馬鹿なの??"と。 「…父上が申し訳ありません。本当は代表が人族至上主義でなくなっている間に、私達オルクェイド王国と同盟を結んで欲しいというのが本音です」  そんなミリの反応を見て、クリスタルは代わりにそう告げた。 「貴方の娘さんの方がしっかりしてるわよ?」 「しっかりしているからこそ、私と2人でここに来ています」 (親ぁっ!?)  娘がしっかりしているからと言って、親がふざけて良い理由にはならないだろう。ミリはそう思うが、それ以上に騎士団長が食えない男だと感じた。 「同盟というのは傘下に入るという話かしら?」  それから再度ミリは訊ねた。  彼女らが収めるこの街は、グランパレス共和国のあくまで6分の1しかない。  この国には王が居らず、代表がそれぞれの都市を収めているのだ。その中の一つをミリが統治していると言うだけのことでしかない。  だから、彼らオルクェイド王国と呼ばれる大国と、同盟を結べる筈も無いだろうと思っていた。 「いえ、真祖の吸血鬼以上である貴女が収めているこの街に対して、傘下に入れなどという妄言は言えない」  先程までふざけていた騎士団長は、突然に声音を変えて言った。 「私は傘下の方が楽なのよねえ…」(やっぱり馬鹿らしく見せる為の演技だったのかしら??)  ポツリ、呟きが漏れた。 「…は?」 「私って新しい代表という事もあって、ハブられてるのよ。代表の集まりに呼ばれたりした事が無いのよ。だったらいっそのこと、貴方達の傘下に入って慌てさせてやっても面白いわよね?」 「それはつまり…この地は実質完全にグランパレス共和国から独立してしまっていると??」 「簡単に言えばそうよ。だから同盟よりも傘下に入った方が色々と良いのよ。この街は実質後ろ盾が一切無い様なものだから…」 「奇な事を仰られる。グランディス帝国の皇子を捕縛し、教会を破壊しミラージュ聖国に喧嘩を売っている貴女に、そんな物が必要だとはとても思えない」  ミリは騎士団長にそう言われて思わず顔を顰める。 「貴方…か弱い女に何を求めているのかしら??」 「真祖の吸血鬼がか弱いとはいったい何の冗談だ?」 「はあ……。あとは…そうねえ。10年後にはこの地から私達は消えるかもしれないし…後釜が欲しいというのが本音ね」  否定は出来ないと思い、別の言い訳を作った。  あと10年もすれば、もう彼女らはこの世界から居なくなっているだろう。それは間違っていない。 「後釜の選別をオルクェイド王国に任せたい…と?」 「ええ、この土地は王国からしたら丁度良い飛び地にならないかしら??」 「む…むう…、確かにその通りだ。とても魅力的な提案なのだが…」  騎士団長は難しい顔をする。それはそうだろう、今日はあくまで顔合わせ程度にと思っていたのに、突然こんな提案をされるのだから。  しかも騎士団長の彼には、ミリが冗談を言っている様にも見えない。それはそうだろう、ミリの本心でもあるのだから…。  本心とは言っても、押し付けられるなら押し付けてしまおう程度である。 「今すぐに決められないのなら…この地に監視を置いて行っても良いわよ? それこそ…そこの彼女でも良いわ」  ミリはクリスタルを指名した。 「むっ、それは真か?」  今ここで即決は出来ない。が、即決して欲しそうな雰囲気を出しているミリのその言葉は、騎士団長からすれば渡りに船だった。 「それに騎士団長の娘とあれば、それなりの身分よね?」  それなりの身分をこの地に置く事は信頼関係を構築している証にもなるし、何より、騎士団長の娘が死んでしまったりした場合、オルクェイド王国がこの地に攻め込める理由になるのだ。 (こんな優秀そうな娘を放っておく手立ては無いわ)  ミリは口ではそう言うが、本音はそういう事だ。 「もちろん、貴女が嫌だというのなら話は別よ?」  ミリはクリスタルにも目を向けた。 「めっ滅相も無いっ!!」  少し色気のある笑みがクリスタルに向けられたせいで、彼女は反射的に、叫ぶ様に返事をしてしまう。 「なら、娘もそう言っている事ですから、親としてお願い出来ますかな? 私は主の元にこの案を持っていきたいと思う」 「もちろん、断る理由なんて無いわよ。じゃあ、その話は一旦そういう事で保留にしましょう」  ミリは優秀そうな娘を手元に置く事が出来て、尚且つ、いずれ持て余してしまうであろう街を押し付ける事が出来る相手を見つけて、喜びを覚えた。 (欲望に忠実過ぎるだろう…)  隣で彼女のやり取りを見ていたシンは、内心で溜息を吐く。 「ミリ代表っ!! 緊急事態ですっ!!!」  ミリが次の話題を切り出そうと思うのと同時に、この街の門番が食堂へと駆け込んで来た。 「どうしたの?」 「大量の魔物がこちらに向かって来ますっ!? その数、目視出来るだけでも2万っ!!」  門番は悲痛な叫びをあげた。彼は正門の門番だった。 (…やっと来たか)  シンは魔物集団の到来に対し、思う。待ちに待ったと言っても過言では無かった。 「ミリ、私とティルは叩き潰しに行く。…ティル、ついて来なさい」 「わ、わかりましたっ!!」  シンの唐突な命令、それに慌てたように返事をしたティル。 「騎士団長、私はここで失礼させてもらう」  シンはティルと共に1度だけお辞儀をし、席を外す事になった。 「私も手伝った方が良さそうだ。クリスタルはここで話をしていなさい」  魔物の大量発生、それは意図も簡単に人の街を飲み込んでしまう天災だ。  故に騎士団長は自身も向かおうと立ち上がった。 「いえ、貴方の申し出は嬉しいけれども…夫だけで充分よ。緩りと腰を据えて待っていれば…じきに終わるわ」 「…貴女の言う事を疑う訳では無いが…」  騎士団長は当然渋った。 「大丈夫よ。彼、私よりも強いから」 「…わかりました。だが、危険を感じた際、私は参加させて頂く。騎士団長ともあろう者が、魔物の集団から尻尾を巻いて逃げたとあれば、誰もついて来なくなる」  それは騎士団長としてのプライドの様な物だ。 「ええ、そんな事、万に一つもないと思うけれど、その時は頼りにさせてもらうわ」  魔物の集団が人の街を襲う。それは文献にも大量に残っている。  一時は村を無くし、街を無くし、最悪国ごと滅ぼしてしまう悪夢だ。  人族にはそう思われている事をミリは知らないが、例えそれを知っていたとしても、きっと全く同じ反応を見せた事だろう。
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