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第四部‐日常。
孤児を大量に屋敷に招き入れてから3日以上が経った。
ベッドが足りず、通常2人で眠るベッドに5人くらいも密集している場所もあったが、今は仕方がない。
ミリもレイもベッドは作れないから。そして唯一、その屋敷で作る事の出来るシンは調子が悪いので、ミリとレイがシンからこの現状を隠していた。
気が付いてしまったら、きっとシンは作ってしまうだろうから…。
☆☆☆
「シン、そっちはどうなの?」
シンは起き出し、いつも通りにミリの手伝いをしていた。とは言え、思考力が物凄く落ちているので、あくまで事務的な物だけだ。
「ん? …ああ、問題無い」
いつも通りに街の各部署からの調査書を読んでいた。この街には衛兵が管理する詰め所を始めとした様々な部署があるのだが、今は関係が無いので置いておく。
「そう、なら良いわ。えーっと、あら?ティルの報告書ね? うん、なになに…子供達に剣を教えます?? …私は死地に子供を追いやりたくないのだけど…」
書斎デスクで淡々と事務的な処理をしているミリは、1枚の紙を見て少し困った様に呟いた。
「ま、教えたからと言って、すぐに戦場に行くわけでも無いものね」
それでも"剣を振ることを覚える"="戦場に出る"とはならないので、そっと思考の片隅に置き直した。
☆☆☆
一方、その頃、そんな報告書をあげた張本人は…。
「ほら、軸をぶらすんじゃねえ。しっかりと腰に体重を乗せて歩け」
ティルがそう言うと、"はいっ!"と気持ちの良い声が彼に返ってきた。
今ティルが教えているのは、レオンから教わった剣を振る前に必要な歩法だ。
ティルは本格的に基礎からやるつもりなのだ。もっと言えば、レオンが帰ってきたら彼らの面倒を見て貰えるように頼むつもりだ。
当然、孤児達は全員が全員参加している訳では無い。それだけは明記しておく。
ティルはレオンの教えに沿うように教えているのは、レオンに頼んだ際にレオンが少しでも彼らを教えやすくする為だ。
「あん?…誰だあれ? …何処の執事だ?」
ティルは孤児達の面倒を見ていると、執事服を着た初老の男性が目に入った。
「お前ら、休まずに続けろよっ! ちょっと用事が出来たから俺は抜ける」
それから、その男性に対応する人員が居ないのを確認して、自身が対応する為に動いた。
「すみません。何か用ですか?」
ティルは身軽にも走って行き、初老の男性に問い訊ねた。
「はい、このお手紙を代表に渡して欲しいのです」
その男性は1つの封筒を取り出して渡してきた。
「…これを? わかりました。代表にしっかりとお渡ししますね。他には何か??」
ティルはそれを丁寧に受け取り、更に何か無いかと問い訊ねた。
「いえいえ、それだけでございます。では…御機嫌よう」
初老の男性はそう言い、綺麗なお辞儀をして街の中へと消えて行ってしまった。
「…何だったんだ? と、取り敢えず母様に渡すしかねえか」
ティルは孤児達の面倒もある為、猛ダッシュで代表のミリが居る部屋まで駆け上がった。
「ティルです。手紙を受け取って来たので届けに来ました」
書斎部屋の扉をこんこんとノックし、そう言った。
「入ってらっしゃい」
「…失礼します」
ティルは堂々とその部屋の中に入り、奥のミリが座っている書斎デスクの前まで歩いた。途中で、ソファに座っているシンにも軽く会釈をした。
「手紙を貰えるかしら??」
「これです」
ミリは渡された封筒の裏を見た。そしてオルクェイド王国の紋章がある事を確認する。
「これはクリスタルって娘の繋がりでしょうね。場合によっては、また貴方に対応してもらうかもしれないわ。ちょっと待ってなさい」
更にそう言ってササっと封筒を開け、中の手紙を読み始めた。
「騎士団長が明日来るらしいわ。娘のお礼だそうよ」
「はい? クリスタルって人は騎士団長の娘だったんですか?」
「あら? …説明してなかったかしら?」
「…多分初耳です。でも、問題はありません」
ティルは少し驚いたが、それでも問題無いと結論付けた。
「ふふ、頼もしいわね。明日の朝に来るらしいから…そうね、その時間になるまで、外で子供達の訓練をしていなさい」
「到着次第、俺が案内をすれば良いんですね?」
「ええ、そうよ。食堂に案内してくれると嬉しいわ」
「わかりました。その様にしますね」
ティルは頷いて、他に何か無いかとミリの目を見た。するとミリは柔らかく微笑んでティルの頭を撫でた。
「え?あ?」
「ふふっ、若いって良いわね」
「母様だってお若いですよ?」
「心は若くないわよ、外見だけ。それよりも…また無理してない?」
「え? 俺が、ですか??」
俺…なんかしたかな?と、ティルは少し慌ててしまった。
「そんなに焦らなくても平気よ。ほら…そこで弱っているのが居るでしょう??」
そんなティルに、後ろで黙々と書類を小分けにしているシンの事を指差す。
「…父上は大丈夫なのですか?」
シンはここ最近表に出て来ていないので、彼とティルが会う事もかなり少ない。
「私は大丈夫だ、ミリの言う通り無理をし過ぎていてな」
「この人、本当に困ったもんよ? 少しくらい頼ったって罰は当たらないのに…」
「代わりが居ないからな。仕方ないと諦めてくれ」
軽い笑みをミリに返すシンの表情は、ティルから見ても、確かに体調が悪いのがわかるものだった。
「ははは…、倒れない程度でお願いします」
「わかってる、ティルは気にしないで問題無い」
「わかりました。俺はもう戻っても??」
そろそろ教えている子供達の元へと行かなければならない。
「ええ、話に付き合わせちゃってごめんなさいね」
「え? 全然そんな事は…。と、取り敢えず失礼します」
ミリにそう言われて思いっ切り取り乱したティルは、その場で頭を下げて部屋を後にした。
「あら? 何か変な事言ったかしら?」
「さあ? まあ、それは良いとして…最高神もどきを1体捕まえた」
シンはティルが居なくなった部屋に特大の爆弾を落とした。
「え? はあ??」
「捕まえたとは言っても、居場所がわかっただけだがな」
「今まで疲れてたのって、それのせいだったりするのよね??」
「まあ、半分くらいは…な」
幾千もの思考の半分を最高神もどきの居場所特定に使っていた彼だったが、それもここまでの様だ。
「ねえ、シン?」
「…うん?」
「今から倒しに行くのかしら?」
「いや、私は倒しに行かない。折角ステータスがあるんだから、一番為になる者に倒させるさ」
「…それって私が倒しても良いの?」
ミリは、彼が自身が手間暇かけて面倒を見ている子供達の誰かに、最高神もどきを倒させるつもりなのを理解した。
「ミリが…? ステータスとやらが上手く機能するのか??」
「そ、そうよね。私も何故かレベルがErrorになっちゃってるし…」
新たな力を手に入れられるのかと期待をした彼女だったが、レベルErrorであると、この世界のステータスの恩恵が受けられなくなる事を思い出して、少しガッカリした。
「Error表示されるのは…つまり、この世界の理から外れたという事だからな。でも、何故そんな事を?」
シンはそんな事を聞かれた意図が理解出来なかった。
「単にもうちょっと力が欲しかっただけよ」
「…別に要らないだろう?」
「あのねえ…、まあ、貴方がそう言うのならそれでも良いけれど。…でも、守られ続けてるというのも面白くないものよ??」
「私はミリがどれだけ強くなろうとも守る。だから…強くなっても変わらないだろうな」
この世界で屋敷から外に出る時は、必ずシンはミリの護衛として共にある。
「そう言われちゃうとそうだけれども…はあ…、何でもないわ。忘れてちょうだい」
彼が変わらないと意味が無いのなら仕方がないかと、ミリは思った。
「ミリ、私は少し眠る。何かあったら起こしてくれ」
「ハイハイ、お好きしなさいな」
投げやりな彼女の返事を聞き、シンはソファに横になった。
☆☆☆☆
「ソフィアっ!?何してるのっ!?」
1種の絶叫…と言っても差し支えない様なアリスの声が響いた。
「…?」
こてんとソフィアは首を傾げた。左手には恐ろしく高密度な火の玉があるのにも関わらず…。
「とっ、取り敢えずそれを消してくれる??」
アリスは少し慌てながらもそう言い、彼女が火の玉を消失させるのを待った。
そしてやがて火が消失した。
「ソフィア、一緒に来て。レイママの所に行くよっ!!」
「…え、うん」
ゆっくりとコクリと頷く彼女の手を引き、自身らの私室から飛び出し、レイの元へと向かった。
☆☆
「レイママっ!! 非常事態ですっ!!!」
レイが調理場で食事の仕込みをしていると、アリスとソフィアが勢い良く転がり込んで来た。
「…どうしました?」
「ソフィアが魔法を使ったですっ!!」
「…わかりました。もう少しで仕込みも終わりますから、そこで待っていてください」
レイはアリスの勢いの良い言葉に少しだけポカンとした。取り敢えず目の前の事を終わらせようと思い、彼女はそう言いつけ、目の前の事に集中するようだ。
そして、最後に少しベタついた手を水で流し、食堂より外へと出た。
「アリス、状況を説明して下さい」
調理場の隣にある食堂に座って、レイのことを待っていたアリスとソフィアに彼女は事情説明を求めた。
「ソフィアがすごい火の玉を部屋の中で作ってたです。えっと…その…」
さあ説明しようと思うと、どう説明すれば良いのかがアリスには全くわからなかった。
「アリスが言ってたの…これ?」
ソフィアは何故ここに連れてこられたのかを理解している為、アリスが困っているのを見て"これの事だよね?"と火の玉を作って見せた。
「なるほど…魔法ですか」
アリスはソフィアが作った火の玉を見て、ブンブンと頭を縦に振る。
(人造神族ですから…教えなくても出来てしまうこともあるのでしょう)
レイはその火の玉を見て考える。
(神力と魔力を混ぜ合わせた、超高出力な火の玉ですね。…アリスが目で視てしまったのなら…ここまで焦るのも納得です)
アリスが持っている視る能力を鑑みて、この火の玉に対しての焦りようも理解した。
「ソフィア、少し外に行きましょう。その力の使い方をお教えします」
それからレイは、そうやって結論を出し、このまま放置はせずにしっかりと危険性を教える事にしたようだ。
☆☆
それから場面は打って変わって、レイは街の外にソフィアと共に居た。
「何で私も来たのです?」
当然、アリスも共に来ていた。
今回は屋敷の守り手が眠っている為、レイはすぐに物事を教えて、すぐに帰る心積りのようだ。
「何となくですね。そのまま置いていくのも…と思いまして」
「レイ様…いったい何するの?」
「貴女が使っているそれの危険性に付いてをお教えしようと思いまして…、あ、良い獲物が居ました。少し移動しますよ」
ソフィアとアリスの腕を片手に1本ずつ掴み、はぐれないようにしながら"良い獲物"の所に移動した。
「あれ…何…?」
ソフィアは"良い獲物"を見て、思わず一歩たじろいだ。それは人に近い形を持つゴブリンだった。
「ソフィア、先程の火の玉をあれに投げつけてみなさい」
そんなソフィアに淡々と指示を出すレイ。
「え? …わかった。…えいっ」
その指示に従って、ソフィアは右手の火の玉を投げる。
その火の玉は、あくまでゆっくりとした、お遊戯のお手玉の様な速さだった。
だがしかし、こちらを発見し、迫ってくる醜悪な顔をしたゴブリンに着弾、爆発したのだった。
ぼとぼとぼとぼと…
ゴブリンの血肉が飛び散り、地面へと落ちた。アリスはその光景を見て気分が悪くなったが、瞬時に目線をそれから外し、何とか耐えた。
「…え?」
「貴女が作った火の玉が、もし人に当たってしまったら。きっとこうなってしまうでしょう」
「え…さっきのは??」
「死んでしまいました。では、屋敷に戻りましょう」
自身の右手を唖然と見つめるソフィア、そんな彼女とアリスと共にレイは屋敷へと転移した。
「ソフィア、貴女が使っている物がどれだけ危険か理解しましたか?」
そして、食堂へ戻り次第、唖然と右手を見つめたままのソフィアに目線を合わせ、レイはそう訊ねた。
「…うん」
ソフィアは神妙にコクっと頷いた。
「ふふっ、そんなに深刻に捉えなくても大丈夫ですよ。貴女は危険性を理解出来たのだから…これを乗りこなせます」
レイは思わず優しくソフィアを撫でてしまった。子供は可愛い。
「…乗りこなす?」
そんなレイにされるがままにされながらも、レイを見て聞く。
「ええ、少し時間もあるので…少しだけその力の使い方をお教えします。今度は庭に行きましょう」
レイはどうやら、彼女に"魔力"と"神力"の使い方、それから"魔法"を教える事を決意したようだ。
この日は"神力"と"魔力"の成り立ちだけを教え、時間が来てしまったが、これから暫くのあいだは教え続けるつもりのようだ。
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