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第四部‐初めての出会い③
「へえー、やっぱり貴女がオルクェイド王国の子なのね」
「はい、代表が変わったと聞いたので物見剣山がてらに旅行に来ました。…問題はありましたか?」
すっかり口調が騎士の物ではなく、目上への物となってしまったクリスタル、そんな彼女の言葉を受け止めるのは代表のミリだ。
「ふふっ、そんなの無いわよ。で、貴女から見て…この街はどうかしら?」
「人族主義では無くなったのだな…と、思います」
クリスタルはティルの隣に座ってる彼女にそう告げるだけだった。
「でも納得…でしょう??」
「はい、吸血鬼の方がここを納めているのなら納得です。…教会の破壊された残骸を見た時には目を疑いました…」
「貴女の国程の大国でも?」
オルクェイド王国はかなりの大国である。
「流石に戦争になりそうな事は出来ません。それに…私達の国は英雄を信仰しています。…そもそも、神などが入り込む隙がない」
「ああ…えっと、名前が出てこないわね…。ごめんなさいね、確かエルフの方だと思うのだけれども…」
「はは、それは仕方無いでしょう」
ミリは英雄と呼ばれる存在がオルクェイド王国に存在しているのは知っているが、名前までは覚えていない。
クリスタルは吸血鬼であるなら仕方の無い事だと思っていた。それはあくまで、人族や妖精人族のあいだで巻き起こった歴史の出来事だからだ。
むしろ、朧気にも知っている事の方が驚きである。
「あら…やっと来たわね? 貴女はこれが一番気になっていたのでしょう??」
「…ミリ様にもバレていましたか」
クリスタルは子供達を最後まで見届ける気でいたのだ。それは当然ながら、レイにはバレているだろうことも理解していた。
流石に目の前の代表にまでバレているとは思っていなかった様だ。
「それはまあ…ねえ?」(レイがこの娘の事を絶賛してたし…)
レイに色々と言われて来たミリが、それを知らない訳もなかった。
やがて食堂の扉が開かれ、ゾロゾロと洗われた孤児達がやって来た。
「ようこそ、この屋敷へ」
ミリはそんな孤児達にそう言った。もちろん、その言葉に反応出来る子供は1人も居ないのだが…。
「まあ、そう言われてもびっくりしちゃうわよね…。アリス、レイの所に言って大きな調理器具を貰って来なさい」
「わかりました。ミリ母様」
来客中な為、"ママ"とアリスは呼ばなかった。そして再度、その部屋から出て行った。
「えーっと、この中で料理をした事がある子は?」
すると、そろそろと何本も手が挙がった。
「わかったわ、手を挙げた子は左側に挙げなかった子は右側に寄りなさい」
ミリは座ったままそう指示を出すと、ホリンが先導して彼らを分けた。
「そのまま待ってなさい。良いわね?」
最後に告げて、反応を見た彼女は満足そうな顔をした。
「その…やはり、あの女の子は助からなかったのか?」
クリスタルはミリの隣に座っていたティルに小声で聞いた。それはミリとは対極な表情だった。
「まだ完治はしていません。延命は成功しました」
「た、助かったのかっ!?」
クリスタルは思わず叫んで立ち上がってしまった。
「ちょっと、いきなりどうしたのよ??」
「あ、いえ…すみません」
ミリはそれに驚いて訊ねると、彼女はすぐに謝った。
「先程、私が持ってきた女の子の話です」
ティルはミリに補足した。
「あ…ああ、貴女が面倒を見てくれていたのね。今までありがとうね」
「い、いえ…そういう訳では…」
クリスタルはミリとティルに言われ、罪悪感でいっぱいになる。
「ティル、彼女をあの子の元まで案内してあげたらどうかしら? それから…屋敷の中も案内して良いわよ?」
ミリはそんな彼女を見て提案した。
「…わかりました。クリスタルさんはいかがでしょう?」
「えっ!? その…問題無いのか?」
ティルは別に嫌という意味も無いので、クリスタルに再度問い訊ねた。
彼女もオウム返しの様に訊ねる。
「母様が言っているのであれば問題はありません。どうでしょうか?」
「…わかった。是非お願いしたい」
クリスタルは女の子の行く末をしっかりと見ておきたかった。有難い申し出を断る筈もないのだ。
「では母様、行ってまいります」
「ハイハイ、行ってらっしゃい」
「では、クリスタルさん、行きましょう」
そうしてティルは立ち上がった。
☆☆☆
「ここが女の子が眠っている部屋です。起こさない様にお願いします」
「…ああ」
神妙な顔をして頷いたクリスタルを見て、ティルは扉を開けた。
「これは…死んでるのか生きてるのかわからないな」
「まあ、そうでしょうね」
クリスタルの率直な感想にティルは苦笑する。女の子には厚手の布団が掛かっていて、体は全く見えないからだ。
「いや…しっかり見ればわかるな。…呼吸をしているのが」
だが、僅かにではあるが、布団が上下しているのがわかる。
「それは良かった。起こしてしまうのもあれなので外に出ましょうか?」
「ああ、確認が出来れば私は満足だ」
そうして、彼らはすぐにこの部屋を後にした。
「特に面白いと思えるものも無いかもしれません。それでも回りますか?」
ティルは今後の案内の為に、もう1度だけ彼女に訊ねた。
「そうだな。…少し回ってみたい」
クリスタルはそれに迷惑になるかもしれないと思いつつも要望を伝えた。
「わかりました。では、2階は特に何も無いので…1階の方を案内させて頂きます」
「ああ、頼む」
ティルは同年代の彼女にもかなり慎重に対応していた。クリスタルは当然それに好感を覚えたが、それと同時に"何をそこまで気を使うにだろう?"とも考えていた。
「あれは何だ?」
クリスタルは1階に降りて、目に入った庭の窪みを見てそう言う。異常な程に重い物が叩き付けられた様な跡をしていた。
「あー…あれは私が叩き付けられた跡ですね。レイ様からの罰で1日はあのままにしておくそうです」
そう、あれはティルがレイと組手をしていた際にレイの逆鱗に触れた事が原因だった。
レイの逆鱗の原因は、ティルが訓練中に気を抜くという愚の骨頂を犯したからだ。
「…は?貴方が? 怪我は??」
「あははは、大丈夫ですよ。…頑丈ですから」
ティルはクリスタルの反応を見て、"これが普通だよな…"と心の中で密かに思った。
「…随分鍛えているのだな」
「いやいや、私はまだ訓練を始めてから1年も経っていません」
「そ、そうなのか…」
クリスタルは嘘だと思った。…が彼がそう言うのなら、しつこく聞ける筈もなかった。
「あ、どうせなら筋トレ部屋にでも行きますか??」
どうせ案内した所で目ぼしい物もない。だったら自身の最も使っている物を見せようと、ティルは思ったのだ。
「筋…その、鍛錬場のような物か?」
「はい、その様な感じですよ」
「す、すまない。女性としてはしたない事は理解しているのだが…気になる。見せて貰えないだろうか??」
クリスタルはティルの言う事が本当なら、その部屋に答えがあるのだろうと思い、そう言った。
騎士であり女である以上、場所によってははしたないと思われる事も十二分に理解していたが、それでも好奇心を抑えられなかったようだ。
「大丈夫ですよ。この屋敷は女性の方が強いので」
少し微笑みながらティルは言った。そして、間違いでは無い。
「そうなのか、…では頼む」
「はい、案内しますね」
ティルは自身が見慣れた部屋へと、彼女を案内する事になった。
そして筋トレ部屋まで行き、ティルはクリスタルを招いた。
「これは…また立派なダンベルだな」
「そうですかね?」
「そうだ」
ティルはここ以外の場所を知らないので、そう答えるしかなかった。
「いつもはどれくらい此処に居るんだ?」
「私ですか? …長い時は半日くらい居ますね」
少し考えてからそう答えた。
「半日っ!? それは…その、身体が持たないのでは??」
「あー…それはですね。父上が色々な薬を作り出せるので…それのお陰ですね」
クリスタルの言ってる事が至極正しい事を理解しながらも、ティルは嘘は吐かずに答えた。
「騎士のようですから…試しにやってみますか?? あ…でも」
ティルは一応騎士でも女性であるので、敢えて提案をしてから引っ込めようとした。
「い…良いのか?」
目を輝かせながらも、"ぎっぎっぎっ"とでも鳴りそうな動きをして顔をティルに向ける。
「はい。ですが、私が助けられるまでを限度にしてください。お客様ですから」
ティルはそんな彼女に"面白い人だ"と思いつつもそう告げた。怪我をされると本当に焦るから。
「そ、それはわかってる。…そのバーベルを持ち上げてみたい」
「一応、安全の為に軽い物から行きます」
「ああ、ありがとう」
「では、そちらのベンチに横になってください」
クリスタルはそう指示され、迷う事無くバーベルが置かれているベンチに横になった。
そんな中でティルは、ガチャガチャと重りを変えていた。
「取り敢えず軽い物にしました。上げてみてください」
ティルがそう言うとクリスタルはまるでフワリと効果音がなるかの様に軽々と持ち上げた。
だいたい合計70kgぐらいのバーベルだった。
「流石ですね。2回ほど上下させたら次に行きましょうか」
実はこれ、ホルンがギリギリで持ち上げられるか否かの重さである。
「ああ…」
すると軽々と終えてしまった。
「流石ですね。次に行きますか」
再度、ガチャガチャと重りを変えた。
次は85kgくらいだったが、彼女は特に問題も無く持ち上げる事が出来てしまった。
「…次行きますね」
ティルは"これは普通じゃないよな?"と心の中で囁きつつも更に重くした。
次は約100kgだ。
それすらも問題無く持ち上げられてしまった。
「…やっぱりこれが普通なんですかね?」
「いや、私はかなり鍛えている方だな」
「で、ですよね…」
当然、100kg前後ならティルも持ち上げられるが、一番初めは無理だった。
外から入ってきた彼女が軽々と持ち上げ、この屋敷に居るシンやレイやミリは全員(身体強化あり)軽々と持ち上げる事が出来る。
それを知っているからこそ、これが普通なのかと勘違いしそうになるティルだった。
「失礼だが…、貴方はいつもどれくらいを持ち上げているんだ?」
「え? あー…私は、あの重りですね」
クリスタルは少し気になって訊ねた所、ティルは気兼ねなく自身が普段使っている重りを示した。
「…あれ、これの6倍は無いか?」
「どうでしょう? 数値はわからないので」
クリスタルは、先程持ち上げた約100kgでも、それなりに手応えを感じていた。それなのに、それよりも遥かに大きな重りが置かれている事に唖然とする。
「ほ…本当に1年も経ってないのか?」
「そうですね。頑張ったんですよ」
「…そうか」
クリスタルは否応無くティルの事が気になってしまった。何を無茶すれば"1年も経ってない"等と嘘のような事が言えるのか…と。
「ありがとう付き合ってくれて。そろそろ食堂に戻りたいと思うのだが…案内して貰えないだろうか?」
興味はあれど、だがしかし、それを確かめる術はない。かくなる上は、自身が大人として尊敬している父親に、"その様な方法があるのか?"と聞き訊ねる事くらいだ。
「わかりました、すぐに案内しますね。片付けが終わるまで待っていてください」
「ああ」
ティルは彼女の要望を聞き入れ、使用したバーベルの後片付けをし、彼女を食堂まで連れて行くのだった。
☆☆☆
「あら? 遅かったじゃない。楽しめた?」
ミリは彼女達が入って来たのを見てそう言った。
「はい、筋トレ部屋は面白い道具でいっぱいでした。…所で、この匂いは?」
クリスタルは美味しそうな匂いが食堂に漂っているので、疑問に思う。
「さっきの子供達が調理をしてるのよ。出来ない子達はこうやってお行儀良く座ってるの」
「子供達自ら作らせるのですね…」
「そりゃそうよ、この屋敷は人手が足りないもの。子供達全員の食事を作るのは結構面倒よ、だったら教えながら彼らの手を借りれば良いの。簡単でしょう?」
「なるほど、確かに効率的かもしれません。あ……」
クリスタルは外が暗くなっている事に気づいた。今日は親に遅くに戻るとは言っておらず、つまりそれは、非常事態が発生したと親に思わせてしまうという事だ。
「あら…? どうしたの?」
「その、すみません。私はまだ子供の身分なので、早いうちに帰らなくてはならないのです。楽しいものであったのですが…」
いかにも口惜しそうにクリスタルは言った。いや、実際に口惜しいのだろう。
「あら? それじゃあ夕食は一緒には無理ね。ティル、彼女を泊まり宿まで送ってあげなさい。大丈夫だと思うけれども…油断はしない様に」
ミリはシンが眠っていて、付きっ切りでレイが面倒を見ている事を知っているので、護衛を出す事は出来ない事もわかっている。
そして、ここの屋敷主であるのでミリも動けない。だから気を付けるように言い含めた。
「…そうね、これ、護身用に持って行きなさい。ただ…帰ってきたら返してね? それ、シンから結婚する時に貰ったやつなのよ」
そう言って近くに居たティルに手渡しで、短剣を渡そうとした。
その短剣はかつてミリに、シンが永遠の愛を誓った際に献上した物だった。
「はっ母様っ!? そんな大切な物…」
その剣は比喩無しでかなり重かった。
「良いのよ。危険があったら容赦無くそれを抜きなさい、そして殺しなさい。…良いわね? 必ず彼女を安全に送り届けなさい」
「…わかりました」
これは何を言っても駄目だ。ティルはミリにそう思った。
「クリスタルさん、外に行きましょう。母様もそう言っていますので、貴女を宿まで必ず送り届けます」
「あ、ああ、わかった。…ミリ様、本日は色々とありがとうございました」
「良いのよ。また来たかったら来てちょうだい。今日みたいに私が居るとは限らないけれども」
「は、はいっ! 機会があれば必ず…」
そう言ってクリスタルは頭を下げ、すぐに上げた。
「では、行きましょうか」
「ああ、頼む」
そうして、ティルが先行しながらも彼らは屋敷の外へと出て行くのだった。
☆☆☆
(はあ…そんな大切な物を俺に渡すなんて。…ホントに母様は何考えてんだよ…)
ティルは左手に持った布が巻かれた短剣を見て、心の中で呟く。
彼らは星明りと建物からの零れ光で照らされた夜道を歩いていた。
「…体調が優れないのか?」
クリスタルがそう訊ねるくらいに、ティルは内心で混乱していたのだろう。
「いえ、そういう訳では無くてですね…。この剣について少し考えていまして…」
「ああ、布から覗いている持ち手だけで業物だとわかるな」
「はい、ですから…少し肩身が狭いなと…」
ティルはクリスタルに苦笑した。
「私もいきなり父上から剣を渡されたら、そうなってしまうだろうな」
「全く…笑えませんよ」
ティルは"短剣に傷を付けたらどうしよう?"とばかり考えていた。
「あ、そこを左だ」
「左…ですね」
「ああ、すぐそこが私達が泊まっている宿だ。今日は色々とありがとう」
「いえいえ、私は母様から仰せつかった事をこなしていただけですから。では…私はここら辺で失礼します」
「ああ、ありがとう」
クリスタルが再度お礼を言うと、ティルは軽く微笑んでから自身が住まう屋敷へと戻って行った。
クリスタルはそれを見送ってから、自身らが泊まっている宿に入って行ったのだった。
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