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第四部-初動。

 グランパレス共和国のとある街は、雨雲に覆われていて、勢いの良い水玉が地面を叩いていた。 「今日は凄い雨ね」  この街の代表が座る書斎から外を眺め、ミリは呟く。 「そうだな。…うん?何故?」  シンが報告書を整理していると、とある報告が目についた。  それはとある国のお偉いさんが、この街に滞在しているというものだった。  その国はオルクェイド王国と言い、この街と同じ様に人族至上主義を謳った宗教が存在しない国だ。  そして、そんな報告書には"青年少女同伴"と書かれていた。 「どうしたの? シン?」 「いや、その…これを見てくれ」  ミリにもその報告書を見せた。すると、ミリは少しだけ驚いた顔をした。 「これって、もてなした方が良いのかしら?」 「いや、その必要は無いだろう。少し驚いただけだ」  シンはそんな国がここに居る事に疑問を抱える事はあれども、積極的に関わろうとは思わなかった。  報告書の雰囲気的には、只の旅行の様にも見えるからだ。 「そう…」 「次は…、ほう? これはティルが書いたのか。というか、何故ここにティルの近況が書かれた報告書が混じってる?」  更に次の報告書を捲ると、ティルが書いたと思われる紙が出てきた。  そこには、随分前に餓死寸前で確保した少年が歩けるようになった事が書かれており、更に、近日中にスラムにもう一度向かう予定であることが書かれていた。 「ああ、それは…ティルが置いていったやつね。さっき、報告書を置いてる場所が何処かを聞きに来たわ。…報告書の紙はレイが与えたんだと思う」  ミリが何気なしにそう言った。 「なるほど。…ふむ、ティルがその気ならば、これからも報告書の類を書かせていこう。これも良い経験になるだろう」  そんな話を聞いたシンは、これも良い機会だと思っていた。 「ティルの事で思い出したのだけれど…、あの子が少しずつ言葉を発する様になってるわ」 「あの子…、ああ、ソフィアの事か。…あっちのキメラの少女は目覚めもしないが…」  ソフィアは人造神族の少女で、ほとんどの言葉を知らなかった女の子だ。 「…そうね」 「ミリが暗い顔をしても仕方が無いだろう。そう言えば…ソフィアと話したことがないな…」  シンは最近、この書斎部屋に閉じこもっている事が多く、子供達とあまり顔を合わせていない。  しかも、ソフィアはアリスとずっと共に居て、シンに用事が有る場合も無いので、会う機会も話す機会も無いのだ。  子供達の中で一番顔を見るのはティルだった。レオンが居ない今、ほんの少しだけでも良いから、戦闘の相手をして欲しいと頼みに来ることがあるのだ。  でも、それだけである。  そんなシンとは打って変わって、ミリは暇さえあれば子供達に絡みに行くので、ほぼ毎日と言っても良い程に、"ヘブンズガーデン"に居る子供達も含めて全員と顔を合わせていた。  子供が多過ぎるので、顔を合わせる行為その物が、もはや労働になってしまいそうな勢いである。 「今度連れてくるわ。でも貴方、ヘブンズガーデンでも話したこと無い子が居るわね?」 「…そうだな」 「忘れられちゃうわよ? ()()()()?」  それは、シンが"ヘブンズガーデン"に戻る頻度が少ないことが原因だろう。 「…少し時間を作るか」 「それが良いと思うわ」  シンはミリに背中を押され、子供達と戯れる時間を作る事を決意したのだった。 ☆☆☆ 「おっと、まだちょっとキツイか?」  拾って来た少年が少しつまずいたのをティルが支えた。 「大丈夫です。兄貴」  ティルはその少年から"兄貴"と呼ばれるようになっていた。 「ま、近日中って父上には言ったしな。あんまり焦んな、お前が居ねえとこっちは何も出来ねえし」 「はは、…はい、頑張ります」 「それから…結局お前の名前って何なんだ?」  実はこの少年、ティルに名前を告げていない。それは彼を信頼していないからではない。 「兄貴から貰いたいって言ってるじゃないですか」 「俺は人様に名付け出来る程出来ちゃいねえよ」  そう、この少年は彼から名前を貰いたい故に彼に名を告げないのだ。 「でも俺…自分の事捨てた奴に貰った名前なんて名乗りたくないです」  少年からすれば、そんな証拠は一刻も早く消してしまいたかった。 「…お前はそう考えんのな」  それを聞いたティルは、"そういう考え方があるのか"と、ただ漠然にそう思った。 「俺からするとよ、親が唯一与えてくれた物なんだよな。…俺の事を虐めたクソ親だとしてもよ」  自身が親に迫害された記憶を思い出し、それでもそう思うのだから、血の繋がりとは怖いものだ。 「・・・」 「まあ、でもよ。そろそろ名前を決めなきゃいけねえしな。名前、考えとくわ」  ティルは少し哀愁を漂わせながらもそう告げた。そして、彼がそこまで言うのなら…何か、意味のある名前を付けてやろうと思った。 「今日は雨降ってるし、素振りも出来ねえ。筋トレでもすっかな」 「あ、兄貴。俺も良いですか?」 「良いぜ。とは言っても軽い物にしとけよ?」 「わかってますよ」  歩ける様になったとは言え、まだヒョロい。そんな中で過剰な筋トレをさせる事は許せなかった。 「…でも兄貴はどうなんですか?」  1日中、鍛錬やら勉強を常に続けているティルに娯楽の時間はない。少年は彼がそんな生活を続けている事を知っていた。  知っていた…というより、歩ける様になってからティルに付き纏う様になると、自然に"知ってしまった"というのが正しいかもしれない。 「うっ…」  流石に言葉に詰まらざる得ない。 「やっぱりっ!! 無理してるんじゃないですかっ!!」  少年はティルの首元を持ってグラグラと揺らそうとしたが揺れなかった。 「おいおい、服が伸びるからやめろって」 「…細い体してるのに、力が強いんですね」 「お前がヒョロいだけだ。俺の力が強い訳じゃねえ」  確かに少年に力が無いのは事実だが、ティルに筋肉が付いてきたのも事実だった。 「まあでも、お前は療養中だけど俺はちげえからな。俺にどれだけ先があるのかも知りてえし」 「…まあ、兄貴がそう言うなら…」  そんな事を話していると、ティルと少年は筋トレ用具が多数置いてある部屋へとたどり着いた。 ☆☆☆  またまた、場面は代表が居るべき書斎へと戻る…。 「シン兄、報告があるんだけど」  その書斎には、いつも居るミリとシン以外に、隠密神アイリスが姿を現していた。 「どうした?」 「街の周りで魔物が異常発生してる」 「…ほう?」  アイにそう言われて、シンは少しだけ驚きを含めた声をあげた。 「アイ1人でも処分可能か?」 「それはもちろんだよ。で、本題はここからなんだけど…その異常発生には魔族が関わってる」 「人為的な物なのか」 「うん、その魔族はかなり頭が良さそうな人でね。キメラの子を目覚めさせるのに使えないかなって…」  "頭が良さそう"と彼女は表現したものの、本当の所は、魔族が実際にキメラを生み出し、使役している所を見ただけである。 「ふむ…」  未だに目覚めない少女を研究してくれる存在として、アイはそれを捕まえたいと言っているのだ。  シンは頭が良い存在の手網を、握る事が出来るのかと少し思案した。 「…その魔族が暴走したら、殺せるか??」  そして、アイに問い訊ねる。 「正面からでも仕留められるよ」  アイは隠密神だ。隠密に特価した神様なのにも関わらず、正面から仕留められると告げた。 「なら…それを飼うのはアイに任せても良いな?」  アイに魔族の監視を任せたいようだ。 「うん、わかった。じゃあ、今から捕まえてくるね」  アイは、シンの言葉を疑うこと無くあっさりと受諾した。 「ああ、ちょっと待て、まだ放っておいて良い。どうせその魔族が狙っているのはこの街だろう??」 「まあ、状況的にはね」 「だったら、この街に魔物が押し寄せて来てからでも遅くないだろう」  シンは何気無しにそう言った。 「…え?何でそんなことするのさ?」  そんな何気無しの発言であったが、シンの狙っている意図がアイには理解出来なかった。 「ティルに経験を積ませるのには良さそうだと思ってな。そろそろ生死の争いを1つくらい経験させたい」 「大量に居るのに?」 「ああ、護衛はアイに任せる。リオンが確か…元冒険者だったな? きっと魔物狩りの経験もあるだろう。リオンに魔物を倒す術を教えさせよう」  リオンは半神半人で、かつて幻影の英雄と呼ばれた彼女の事だ。そんな彼女を、まるで家庭教師の様にティルに付けようと言っているのだ。 「え、僕はティルとリオンの護衛って事?」 「彼らにバレないようにな」 「はあ…相変わらず無茶振りするね。魔物を怖がって2度と剣を握れなくなる可能性だってあるよ?」  ホントに良いの?とアイは聞いた。 「それもまた、彼が進むべき道だろう」 「はあ…、うん、わかった。もう聞かないよ」  "僕の時と無茶振り具合は変わらないなあ"とアイは思う。  そして、今思えばではあるが、シンやレイが自身と同じくらいに、ティルに目を掛けている事が理解出来た。 (でもまあ…、僕はティルみたいに焦ってなかったけどね)  だがそれでも、ティルと自身では、かなり心境に差がある事も理解出来た。 (僕は甘えん坊だったからなあ…。…今もだけど)  今もレイ達のベッドに潜り混む事が偶にある。  当然そのベッドは自身が姉や兄と慕っている彼らだけではなく、ミリも共に眠っている為、潜り込む前に、ミリに対してお伺いを立てるのが暗黙のルールになっていた。 「それにしても…、魔族は何故、この街を選んだのだろうか?」  シンは心の底から疑問に思った。 「うーん、それは流石に僕にも…」  選んだ理由を示唆する様な行動は、流石の彼女もまだ見ていないようだ。  今ここで、シンも少しだけ考えてみたが、やはり思い付かなかった。 「ま、仕方無い。捕らえてから聞き出せば良いだろう」 「僕もそれに賛成かな」  捕まえるまで、考えるのは保留にする様だ。 ☆☆☆☆ 「ソフィア、お行儀良くしないとダメですよ」 「?? …落ちちゃってる」  アリスが食べ物を零しても気が付いていないソフィアに、零した物を拭いながらそう言った。 「ごめんなさい?」 「はい、あってますよ」 「…ごめんなさい」  ソフィアは言葉があっているのかと訊ね、アリスがそれに答えると、次はしょんぼりとした本当の"ごめんなさい"をした。 「怒ってないよ。だから、早く食べよう?」  アリスが口調を解いて、しょんぼりとしたソフィアに優しく言う。 「ん、わかった」  本当に怒ってない事がわかったソフィアはコクコクと頷いた。  実はソフィアの外見は完全な金髪金目である。更にアリスの外見は薄い金髪金目である。  まるで姉妹の様に見えるのは、道理と言えば道理かもしれない。 「はーい、またまた絡みに来ちゃったわよ~」  ソフィアがそんな具合でアリスと食事をしていると、彼女らの部屋に、勢い良くミリが入って来た。 「あ、ママ、仕事は大丈夫なんですか?」 「子供が心配する必要なんて無いわよ」  ミリは心配する必要の無いことを聞いたアリスの頭を、ガシガシと撫でた。 「わわっ、髪が…」  撫でられた事によって、せっかくの綺麗に伸びていた髪がボサボサになった。 「…あら? ボサボサになっちゃったわね。すぐに直すからあっちを向いて貰える??」 「大丈夫で「良いから」」  そうやって強引に髪を弄られる事になった。 「ソフィアも食べ終わったらこっちに来なさい。お揃いにしてあげるわ」 「え? うんっ!! アリスとお揃いっ!!」  アリスの後ろ髪に、何やら面白い結び方をしていたミリをじっと見ていたソフィアにも、ミリは告げる。ソフィアはお揃いになる事が相当に嬉しそうだ。 「はい、出来たわ」  アリスの金髪は後ろ中央でしっかりと纏まっていた。所謂三つ編みと言える結び方だった。 「…凄い、邪魔にならないんですね」  何かで纏めないとあっち行ったりこっち行ったり、挙句の果てに口に入ってしまう事もある髪が、髪留めなどを何も付けずに綺麗さっぱり纏められたのを見て、アリスは少し驚く。 「今度教えて上げるわ。今はソフィアにやってあげるくらいの時間しか残ってないのよ」 「あ、別にそんなに…」 「大丈夫よ。わかってるわ」  アリスはこの結び方を知りたかったが、それが顔に出ていたのかと少し焦った。  そんな焦りも、当然ミリは見越している。 「ソフィアも来なさいな。食べ終わったでしょう?」  ミリはその部屋の椅子に座って、膝をポンポンと叩いた。 「ん、行くっ!」  ソフィアは食べていた時に座っていた椅子から飛び降り、トテテテテ…とミリの膝の上に移動した。  彼女からすれば、アリスとお揃いというのはかなり嬉しいのだろう。  そんなソフィアに対し、アリスは少し苦笑していた。  ソフィアが自身の膝の上に乗ったので、ミリは少しだけ解すように、彼女の長い髪に手櫛した。 「…今からお揃いにしてあげるわ」
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