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第三部‐出発。

「へへ、エールさんよ。あんたは国を裏切った事になってんだ、わかってんだろ??」  その中の一人が、奴隷の女の一人を強引に鷲掴みにしながら言った。  そこには居るはずのない男達がいて、エールがかき集めた奴隷に手を出していた。  エールが驚愕を露わにするのも仕方の無い話だ。  そして、街門の前で白昼堂々と人の物に危害を加えているのにも関わらず、門兵すら止めに入らないのは、当然ながら街と領主がグルである証拠だ。 「お前ら、人の所有物に手を出すたあ、…良い度胸じゃねえか」  だが、その男共の喧嘩を真っ先に買ったのはレオンだった。それはそうだろう、彼らに金を出したのは彼なのだから。 「ああ、お前さんが主犯か。悪い事は言わねえ…諦めちまいな」 「…あん? 調子乗ってんなよ」 「おいおい、俺達はこの街お抱えの傭兵だぜ? やめとけって…な…」  くだらない口頭など待つ意味も無い。そう言う様に、美玲がその傭兵とやらの眉間を撃ち抜いた。 「レオンさん、遅いんだけど。早く行かないの?」  何であんな奴らと問答しているのか、美玲には全く理解出来なかったのだろう。  当然、その隣に居る陵にも理解が出来なかった。そして、何なら全員殺しても良いという意思表示でもある。 「ほら、離れるならさっさと離れようよ?」 「あ、ああ。…うし、フィリ達は前の方に行って奴隷達の先導をしてくれ。俺は殿をやる」  美玲に急かされ、一瞬だけ思考が止まっていたレオンはすぐに思考を戻し、そう指示を出した。 「エールさんとその御家族の方はどうしますか?」  フィリカはそれを聞いて、エールに問い訊ねた。 「私は戦闘奴隷に指示を出して来なければならない。妻と娘だけを頼みたい」 「引き受けました。ああそう言えば…、道から外れそうになった奴隷の回収もお願いして良いですね?」 「ああ、首輪があるから問題ない」  首輪、と言うのは奴隷に言う事を聞かせる為の道具である。  その首輪は奴隷を痛め付ける事も出来てしまう、何とも趣味の悪い物である。  とは言え数が数だ。それが無ければ纏めることも出来ないだろう。 「では、エールの奥さんと娘さんは馬車の中へどうぞ」  そうフィリカは告げて、オドオドとしている彼女らをユウ-ユニコーン-の馬車の中に彼らを乗せた。 「あらあらあら…、あちらは血が登ってしまったようです。レオンが相手を抑えている間にこちらは出発しなくてはいけませんね」  フィリカは自らの夫が、傭兵共を斬り殺したのを境にそう告げて、ユウの背に乗り、多量に居る奴隷の集団の先頭へと向かった。 ☆☆ 「はっ、口先だけじゃねえか」  一方、レオンは最初の1人を手刀で斬り裂いて、そう吐き捨てた。 「お前、…俺達に手を出したらどうなるのかわかってんのか?」  普通なら、国がお抱えにしている傭兵なのだから、国からの報復を恐れて大人しく逃げるのが常であるのにも関わらず、傭兵の前に立ち塞がる彼にはそんな色は全く伺えず、むしろ全滅させてやろうという気概が感じられた。 「あん?戦争だろ? 戦争になったらこっちは負けねえよ」  レオンはそう告げて、更にもう1人を屠った。 「ちいっ!? このっ!! 化け物めっ!?」  傭兵の1人は、素手で淡々と屠っていくレオンに対して叫ぶ。 「口動かす前に手え動かせよ」  叫んだ傭兵の顔に拳が減り込み、途轍もない距離を突き飛ばした。  傭兵はかなり人数が多い。それなのにも関わらず、彼らからのタゲ取りを‐奴隷に被害が出ないように‐上手くこなせていたのは、彼らがレオンに注意を引かれ過ぎていたからだろう。  それは彼らがあまり信念の無い傭兵であったから上手くいっているのであって、彼らが仮に強い復讐心や信念を持ち、意地でもレオンらに危害を与えてやろうと特攻を掛けて来ていたのならば、きっと話は変わっただろう。 「おら、引くなら見逃してやんよ。どうすんだ??」  まるで取るに足らないと言うようにレオンは、自身に意識を向けている傭兵に問い掛けた。 「…物分りが良いじゃねえか」  問い掛けた途端に、武器を構えたままではあるが、傭兵共は足を止めた。  彼らも武器を抜いていないのにも関わらず、自身らを圧倒する存在が"見逃す"と行ったのだ。人の物に手を出すクズ野郎でも引き際は見誤らないのだろう。 「これ以上やっても割に合わない。ただそれだけだ」  傭兵のうち1人が答えた。 「俺が手前らを獲物にしたら…面白いくらいに抵抗してくれんのかね?」  まるで肉食獣の如きギラついた目を傭兵共に向けて、レオンは挑発する様に返した。 「「「っつ!?」」」  数人の傭兵がその視線により、一歩二歩と少しずつ後退し始める。当然、レオンは彼らとの距離を詰めようとはしなかった。  彼が傭兵達と対峙している間に、1人また1人と街から奴隷達が離れて行く。  当然、そんな奴隷達の先頭はフィリカ達の馬車で、その後ろにミノリス‐魔牛-に跨った美玲達と陵が続いていた。  また、そんな奴隷達の中で戦闘能力のある存在は、エールによりそれなりの装備が買い与えられ、その他の奴隷達の護衛として扱われていた。 「うわー…凄い人数だね…」  美玲は自らの後ろに続く、恐ろしい数の奴隷達を見て言った。 「魔物とかに襲われたらヤバそうだよな」  隣を歩く陵が彼女に返す。 「戦闘奴隷ってのが居るから平気だって、エールって人が言ってたよね」 「冒険者雇うよりは安全そうだよな」  変に手綱が握れない連中よりは安全そうだと、陵は思っていた。 「…裏切りとかね」 「ほんとな。冒険者とか信用出来ないよな」  彼らは諸々の諸事情により、全く冒険者ギルドを信用していない。そして、それはレオンやフィリカも同じだ。  エールは彼らが最も好む手法で奴隷の護衛を集める事になっていたのだが、当然ながら、彼がそんな事を知る由は無かった。 「まあ、のんびり行くしかないよね」 「別に急ぐ必要も無いだろ? なあフィルド?」  陵は唐突に、ミノリスの牛角を弄って遊んでいたフィルドに話し掛ける。 「え?あ…うんっ!!」  フィルドはなんだかわからなかったが、取り敢えず大きな返事をした。 (わかってないんだろうなあ…) (それが可愛く感じられるから良いよね)  陵と美玲は、そんな事を目だけで会話する。 「って、そうだそうだ、鬼神と聖神を召喚しよう。もう街中じゃないんだし」  急に、陵はそんな事を思い出した。 「あー…完全に忘れてた」  美玲も忘れていたようだ。  その後すぐに、彼らは鬼神と聖神を召喚した。 「美玲、フィルドを独占するなんてズルいっ!!」 「…やっと外に出れた」  聖神はぷんすかしながら、鬼神はぐいーっと体を伸ばしながら、美玲や陵の隣に現れる。 「聖神さんに任せるね」 「任せて」  美玲がミノリスから飛び降りて、その代わりに聖神がミノリスの上に飛び乗った。 「わあ、母さんだ」  フィルドは聖神にキラキラした目を見せて言う。 「ん、こっちおいで」  聖神が"こっちおいで"と腕を広げて、彼を誘った。  フィルドはそんな腕の中に吸い込まれるように抱き着き、聖神はそんな彼をハエトリグサの様にガッチリホールドするのだった。 ☆☆ 「これから長そうですね」  フィリカはユウ‐ユニコーン‐の背中を摩りながらも告げる。 『お主も歩けば良かろう?』 「嫌ですよ。私、鈍臭いので」 『…レオンに容赦無く殴ってる発言とは思えんな』  レオンを叱る時に打ち込まれる杖は、その振り方は何とも綺麗なもので、とてもでは無いが鈍臭くは見えないのだ。 「だとしても、元気良く動き回るのは夫の役目です。動きたくないので」 『何とも残念な奴だ…』  ユウから見てもそうだが、フィリカは決して近接戦闘のセンスが無いわけでは無い。  少なくとも街のゴロツキ程度はあっさりと養えるほどはあるのだ。 「そう言われましても、私としてはお洋服を作ったり調理したりと、戦う事はあまり…」  フィリカの心境は、まさに"レオンじゃあるまいし…"といった感じである。自らの夫が少し好戦的なので、自らが大人しくても問題無いだろうと思っている。  そんな事を話していると、土塊の矢がユウの周りに円を作るように生み出され、そして一気に発射された。  それは、約100mくらい先に居た何者かを寸分違わずに貫いた。 「お見事です。お相手は…ああ、ゴブリンですね」  フィリカは倒れた種族を遠目から確認した。 『お主もこれくらいは出来よう?』 「攻撃魔法はあまり…」 『何を言っとるんだか。…光の矢を飛ばしていたのは見た事あるのだが』  フィリカが攻撃魔法で最も得意とするのは"光魔法"だ。この魔法は自然系統の魔法では無いので、それなりに難しい魔法である。 「見ていたのですか?」 『見ていた。…というよりも感じた』  そしてここまでの話でもわかる通り、フィリカはかなりお茶目である。  悪ふざけが過ぎて遠回しにシンに叱られた事もあったとか…。 『美しい事に代わりはないのだがなあ…』  馬目線で見ても、フィリカは美しいと称される。 「中身が残念だと?」 『違うのか?』 「・・・」 ☆☆☆ 「エール、どんな感じだ?」  奴隷の集団の1番後ろに、殿としての配置に付いているレオンは、自らの近くに来た奴隷商人に声を掛けた。 「順調だ。一時期はどうなるかと思ったが…」 「傭兵共は面倒臭かったなあ…。まあ、弱かったから問題ねえけどよ。あ…エール、奴隷の食事ってどうなってんだ?」  レオンは思い付いた様に問い訊ねた。 「一応、干し肉はある。だが、道すがらで狩りをさせるつもりだ。奴隷もこれだけ居るからな、大体の事は出来る」  エールは奴隷を最大限に利用するようだ。商品ではあるが、傷が付かなければ問題は無い。 「んじゃあ、その狩りは俺が主導でやる。良いな?」 「むしろそうして貰えると助かる。私は齧っている程度だからな」  奴隷商人のエールは、狩りをほんの少ししか知らない。だから、狩りが得意な奴隷に丸投げしようとしていたのだ。  丸投げするくらいなら、戦闘系専門のレオンに任せた方がよっぽど良いだろう。 「こんなに人数居ると仕方ねえのはわかる。けどよ、帰るまでなげえだろうなあ…」  自らが拠点としている街に帰るのには何日くらいかかるのだろう?  ゆっくりとした足取りの奴隷集団を見て、それに歩を合わせている自分を見て、思わずそんな事を考えざる得ない。 「そうだな。だが、仕方ないだろう」 「わーってるよ。そういやあ、あの馬車には何が入ってんだ?」  恐ろしく莫大な奴隷の集団の中には、幾つかの馬車が見える。 「あれには干し肉と体が不自由な奴隷、それから子供の奴隷が乗っている」 「あー…成程なあ。…子供が奴隷とか末期だな」  何とも口の苦くなる話である。 「口減らしと、それによる金が目当てに売られた」 「理由なんぞ言われなくてもわかる。一々言うんじゃねえ」  レオンはそう吐き捨てた。 「…にしてもよ。軍が動くかと思ったんだが、動かねえのな」  そんな奴隷事情よりも、レオンは国が動かない事の方が気になったようだ。 「あの国は大半が傭兵の集まりだ。死ぬ可能性が高い戦に踏み切るには時間が掛かる」  傭兵からすれば物量戦は以ての外だし、自身が捨て駒にされるかもしれない戦いに出る事は当然ながら渋る。  つまり、バラバラの傭兵を纏めるには時間が掛かるのだ。 「成程なあ…」 「今回ばかりは助かったな」  自身の前に長く伸びる奴隷の集団を見て、エールはしみじみに呟いた。 「まあ、確かにそうかもなあ…」  対して、レオンはどちらでも良かった。軍が出てくるなら敵国に大打撃を与えられるし、軍が出て来ないのなら、それはそれでのんびりと出来るからだ。  これからこの奴隷集団は、雨や陽にさらされ、山を越え、遠く離れた街まで移動しなければならないのだが、それはとてもとても気の遠くなるような話だった。
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