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第三部‐奴隷が集まった。
裏組織との抗争の後、すんなりと裏組織の面影は形を潜めて、更に5日以上が経った。
あれだけ人員を殺害してきたのだから、十二分に報復される可能性があったのだが、何故か裏組織から彼らに対しての音沙汰は無かった。
実は裏組織のボスは、存外に頭が良く、彼らに関わらない方針を既に取っていたのだ。
その方針を取った理由は簡単で、彼らはすぐにこの街から居なくなることを知っていたから。
彼らと繋がりのある奴隷商人からの情報を切っ掛けに、レオンが何処に住んでいるかを調べあげ、更に、彼らがこの国の奴隷の大半を買っていく事を知っていたのだ。
それらの情報から、彼らとしのぎを削るのはハイリスクノーリターンだと結論付けたのだった。
☆☆☆☆☆☆☆☆
「んう…ん…」
ベッドの中で陵に抱き着かれ、ぬくぬくと心地良い日々を過ごしている美玲は、とても気持ち良さそうに眠っていた。
「ん…? ん…なんだ…寝言か…」
陵は、少し身動ぎをして鳴いた美玲に起こされてしまったようだ。
(今、何時くらいなんだろう?)
陵も美玲も、洞窟の中では割と健康的な生活をしていた。
朝起きて陵は食事作りを、美玲は洗濯を、そして、昼間になったらそれぞれに自由な事(狩りや育児)をして、夜になり次第眠りに着いた。
それが今や、する事が無いのだから眠くなっても仕方がないだろう。
百歩譲って、宿でも食事を作ったり洗濯したりは出来るだろうが、昼間の狩りは絶対に出来ない。
日中はひたすらにダラダラしてしまう為、生活習慣がズレている。だから、今の時間も、何時頃なのかを予想が出来ないのだ。
(まあ…こういう時間も悪くないけど)
陵に意識が有り、美玲に意識が無い状態で、彼が彼女を抱きしめている時間は存外に少ない。
夜はすぐに眠る…という訳では無いが、その時は基本的に彼も彼女も起きているのだ。だから、完全に"無防備な彼女を自身の腕の中に抱きしめている"状態はそう多くは無い。
美玲は心地良い夢を腕の中で見ているだろう。そんな彼女を抱きしめ、肌の温もりを感じ、肌の匂いを感じ、ゆっくりとした時間をボーっと過ごす陵の気分も"心地良い"ものだった。
因みに、フィルドも起きていない。
☆☆☆
一方、その頃。宿の外では奴隷集めに奔走していた奴隷商人が、レオンらを訊ねていた。
「おうよ、久しぶりだな」
「久しぶりだ。求めている奴隷が集まった」
奴隷商人が商品を揃えきったようだ。
「何所に居るんだ??」
「街の外に恐ろしい程の人数が集まっている。お陰で領主様がすっ飛んでくる始末だ」
恐ろしい奴隷の数に、領主が何事かとすっ飛んで来たらしい。そんな領主に対して、"商品だ"の一言で奴隷商人は終わらしてしまったらしいが。
「そりゃあ迷惑かけたな」
「ああ、とても迷惑だった。そこで、もう1つ商談をしたい」
「商談?」
「ああ、今回、私はかなり無理をして奴隷を集めた。そのせいで他の奴隷商人や国から睨まれてしまってね」
万単位で奴隷を集めたのだから、そうなっても仕方が無いのは道理だろう。他の奴隷商人からも、この奴隷商人はかなり買いあさってしまっていて、小規模で奴隷を売り捌いていた者達は廃業必須の所まで追い込まれてしまっていた。
「俺達について来るってか? で?」
「ああ、奴隷を貴方の国に連れて行くのは難儀だと思う。それを私達にやらせて欲しい」
奴隷達の大行進だ。当然金はかかるし、護衛も必要だろう。それを彼は引き受けると言っているのだ。
「ほーん、ちゃんと出来んのか?」
そんな彼に疑いの目を向けるレオン。
「ああ、護衛はこちらで既に集めてある」
ここで既に"用意を終えている"のは断られない様にする為だろう。
「なーるほど、良いぜ。俺の事はレオンって呼んでくれ。お前さんは?」
レオンは彼を仲間に引き入れる事に決め、名を聞いた。
「エールだ。出来れば早めに出発したい。領主に奴隷の輸出を渋られる可能性があるからな」
それに応え、商談が纏まったことに安堵したエールは更に要望を口にした。
「あん?」
レオンからすれば、"金払ってんだから、領主がしゃしゃり出てくんな"、という気持ちでいっぱいである。
「国の半分の奴隷を白金貨1枚で買い集めたからな。国としても、領主としても痛手なのだろう」
「なるほどなあ…、で? お前さんの家族はどうなってる??」
そんな状態になっていて、彼がこの地に安住出来ないことくらいはレオンにだって理解出来た。
「そちらも既に荷物を纏めるように指示してある。国家転覆罪を言い渡されても可笑しくないからな」
エールは肩を竦めながらそう言った。
「なるほどなあ、しゃあねえ。すぐにこの街を出る準備をするかな。街の外で待ち合わせな」
レオンはそう言い残して、宿の中へと戻って行った。
☆
「どうなりました?」
中の食堂-使われていない-でゆったりと座っていたフィリカは、夫が戻って来たのを見て、進捗を訊ねた。
「奴隷商人の奴が、今すぐにこの街を出た方が良いって言ってるやがんだ。俺はあいつの言う通りにしようと思う。この街でやりてえ事もねえしな」
「そうですか。…では、貴方は宿主の所へと」
「おうよ。そっちはあいつらを起こしてくれ」
"あいつら"とは、今もまだ眠っている陵達の事である。
フィリカは立ち上がり、2階の彼らの部屋へと向かって行った。一方、レオンは宿主がいつも私室として使っている部屋に向かった。
「宿主、居るか?」
宿主の部屋の前で、彼は主の女性に問い掛ける。
すると、すぐに扉が開かれて宿主はその部屋から現れた。
「どうかしましたか? レオンさん」
「この後、すぐにこの地を後にする事になってんだ。今まで世話になった。…それと、お前さんさえ良ければ俺達の街に移住しないか?」
レオンは元々、この宿を選んだ時から、彼女にこの事柄を提案すると決めていた。
「…は?」
「ああ、わりい、端折り過ぎたな。この宿に泊まってた俺達が色々とやらかしててな、もしかしたら…国にこの宿を潰されてお前さんに容疑が掛けられることも有るかもしれねえ」
傭兵の国、この国からすれば、国一番に多くな裏組織の組員を殺害しまくり、更には第一産業としての奴隷を半数も買い取って行ったのだから、報復に、見せしめに、彼らが止まっていた宿を破壊し、あまつさえ、関係者に危害を加える事も十二分に考えられる。
「参考までに何を…?」
「コキュートスに喧嘩を売ったし、この国の半分の奴隷を買った」
「・・・」
宿主の女性は顎が外れる程に、口を開けて目を見開いて驚いた。
「ほ、本当?ですね??」
「おう、嘘じゃねえよ。えーっと、元高ランク冒険者さん?」
そして、彼女がこの宿を経営する前はどんな仕事をしていたのかも、彼らは調べ上げていた。
「そこまで調べてるのね…」
今は冒険者ギルドに所属していないが、それでも彼女はそれなりに腕がたつ。だからこそ、レオン達には態々宿主らしからぬ口調で話していたが、それもここまでの様だ。
「まあな。犯罪歴が有るか無いかくらいは調べるっての」
その情報の出所はスラムの暗がりに住む者達である。金を握らせて調べさせただけだ。
「でも残念。この家は夫との最後の思い出なの。離れたくは無いわ」
「…とは言え、お前さんを連れていかねえとなあ…」
自身の止まった宿が、宿主が、自身らが出て行き次第に罪に問われてしまったら後味は最悪である。
完全に彼らの自業自得ではあるが…。
「この土地に思い入れはあんのか? 家だけで良いなら家ごと持ってけるぜ?」
「…レオンさんは随分と素晴らしいアイテムボックスを持っているのね。まあ、それなら…」
流石高ランク冒険者と言えようか、その辺の事情の呑み込みはかなり早かった。
「なら決まりだな。お前さんは先に馬車に行っててくれ」
「え? 今すぐ??」
「おうよ。もう行かねえと不味いらしいからな」
「武器は持った方が?」
「ああ、有るなら持ってくれ」
「…わかったわ」
そう言って、レオンは彼女を残し、フィリカらの集まっている場所へと向かって行った。
☆
ここの宿主である女性も、彼らの素性は知っている。
彼女は元冒険者だ。他の今を生きる冒険者と酒を飲み交わす事もあり、その様な時と場所から彼らの正体に何となく当たりを付けていた。
彼らの所属が、冒険者ギルドと仲の悪い街ともなれば簡単に、見当をつける事も出来てしまった。
冒険者ギルドと仲が悪い、ともなれば、冒険者間の中でまるで爆風の様に噂が飛び回るのは当然なのだから…。
(随分と久しぶりの遠出になりそうだから…腕が鈍ってないと良いけど…)
彼女は現役時代に使っていた装備を取り出し、そんな事を思うのだった。
☆☆☆☆☆☆
「うっし、問題ねえな??」
「行けるよー」
レオンが食堂に集まったフィリカ、美玲、陵、それからフィルドに問い掛け、美玲がそう言った。
「じゃあ、馬車を引いて来るから外で待ってろ」
「あいあいさー」「わかった」
外に出次第、レオンが馬車を引いているユウと、ミノリスを表通りに沿っている場所に並ばせた。通行人の邪魔にならない様に…との配慮である。
もちろん、それと同時に神剣 を使って、家を庭ごと掘り起こし、それをアイテムリングの中に仕舞った。そう言う約束を彼はしたのだから、もちろん約束は守る。
「お前さん「…アイルよ」…アイルは馬車に乗ってくれりゃあ良い」
レオンは、宿主さん にはそう指示を出し、奴隷が乗っている馬車に相乗りさせた。
指示を出されたアイルはあくまで、家の足を切って持ち運ぶものだと思っていたので、少し心在らずな状態で頷いた。
「宿主さんかっこよくない?」
「わかる。装備を付けるとここまで変わるんだな…」
美玲と陵はそんな感想を漏らしていたが、今は関係無いので放置しておく。
美玲はこの地に来た時と同様に、ミノリス-魔牛-の背中にフィルドと共に跨った。
「まずは、街の外に行かねえとな」
そうして、彼らは街の外へと向かい始めた。
☆☆☆
それから、彼らが街の外へと行こうとすると、エールと妻、娘が捕縛されているのが見えた。
「美玲、抑えてる奴ら殺してくれねえか?」
レオンは一々近接戦闘をする手間を省かせる為にお願いした。
「良いよ。何で捕まってんの?」
「俺達がこの街から離れる前に、領主とか国が動き始めたんだろうさ」
「あー、なるほどー…」
美玲は納得してるのかいないのか、どちらとも取れる様に呟く。と、同時に彼らを拘束している門兵を撃ち抜いた。しかし、美玲は致命傷を避けさせたようだ。恐らく、殺す必要が無いと判断したのだろう。
「エール、こっち来い」
「あ、ああ、助かった」
エールと妻と娘は一目散に彼らの元に逃げ込んだ。
「おいっ!とまれっ!」
門番のうち一人が、彼らに怒鳴りつける。
「あれも?」
「声だけの臆病者はほっとけ」
美玲がすぐさま照準も合わせようとするが、レオンにそれは止められた。
今の射撃で門を検問していた兵士は消え去ったのだから、彼らはそのまま通り過ぎれば良いだけである。
彼らは、他には特に危害を加えずに、街の外へと出る事に成功したのだった。
「なっ!?お前達っ!何をしてるっ!?」
だが、外に出てすぐにエールは驚きの声を挙げることになった。
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