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第三部‐抗争のようなもの。
「お、やっと来た」
張り込む、とは言ってもただ単に、次に誰か来ないかと待っていただけで、隠れていた訳ではなかった。
つまり、"張り込み"より"待ち伏せ"の方が近いかもしれない。
倒した男の近くで、ただ単に突っ立って待っていただけの美玲と、その後ろで成り行きで共に行動する事になったレオンは、新手に視線を向けた。
「お前っ!」
新手は仲間の死体を見つけた瞬間に抜剣、美玲に襲い掛かってきた。
「おらよ、汚名返上でもさせて貰おうかね」
その新手と美玲の間に入り込んだレオンは、いつも通りに手刀で剣の腹を叩き飛ばし、その男にぱっと見、背負投げに見える投げ方をして地面に叩き付けた。
「これで良いんだろ?」
「うん、良いんじゃない?」
レオンの問い掛けに美玲は疑問符を付けて返した。
美玲はナイフを男に当てて、仲間の拠点を聞き出そうとした。
「…絶対に話さん」
裏組織とは言え、結束は強固な物のようだ。
「どうせ傭兵か何かの集まりでしょ? 別に話したって良くない??」
美玲には一人目に続き二人目も強固な覚悟を持っている事に疑問を持たざる得ない。
(所詮、赤の他人だよね?)
心の底から理解する事が出来なかった。
「お前みたいな裕福な家庭にはわからねえだろうさ」
ナイフを向けた彼は、生きるあてのない自身を拾ってくれた恩がある。
裕福な奴らにその気持ちなんかわかってたまるか、そう思っていた。
ばきぃい!!
美玲を怒らすのには充分な言葉だったようだ。
「はっ、満足に行かねえからって今度は暴力かよ」
「…そうだね、じゃあ…」
美玲は大斧の刃の無い部位を、まるでゴルフパットの様に、男に叩き付ける。
「ぐあっ!?」
そのまま男は狭い路地に飛び込むように一直線に飛んでいった。
「あー、ムカつく」
ぼそっと呟いた。
美玲は敢えて彼を殺さなかった。自身の存在を相手側のボスの耳に入れる為だ。
「おいおい、良いのか? 逃がしちまって?」
「だってあの人、口を割らないでしょ? だから向こうから来てもらおうかなって」
ボロボロな彼を見て、周りの仲間が動く事に期待しているのだ。
「レオンさんにも働いて貰うから。…別に嫌だったら帰っても良いけどね」
美玲は自身の後始末は自身でして欲しかったが、それでも、戦う際に邪魔になられても困るので、"戦意が無いなら帰れ"と告げた。
「まっさかあ、こんなお祭り騒ぎを見逃す訳ねえだろ?」
だがしかし、"暇だから"と裏組織に喧嘩を売ったレオンはそれで帰るはずも無かった。
むしろ楽しみだとでも言うように、少しだけ機嫌の良さそうな顔をしていた。
(…もうちょっと反省してほしいんだけど)
美玲はそんな彼にそう思うしかなかった。
☆☆☆☆
陽が完全に落ちて辺りが暗くなった頃、彼らが待っていた路地裏を大きな集団が取り囲んだ。
「…やっと来たね」
「長かったよなあ…」
美玲とレオンは待つにあたって、長い間待つ事になる事はわかっていた為、椅子とテーブルを取り出して、路地裏なのにも関わらず、死体が転がっているのにも関わらず、のんびりとしたテラスの様な過ごし方をしていた。
そんな時間も敵が来たのだから、もう終わりだ。
美玲はテーブルと椅子をアイテムボックスに放り込み、そして、変わりに光線銃サブマシンガンを取り出した。
「さてさて、暴れよっか。…私達を世界に招いた事…世界をあげて後悔してほしいね」
彼女は物影から少し飛び出ただけの頭を撃ち抜いた。
「…サブマシンガンだと照準が少しズレちゃうね」
眉間を狙った光弾が、壁を少し削りながら相手の首を焼き切った事に不満な様だ。
(容赦ねえなあ…)
隣で一部始終を見ていたレオンは思う。
「手を上げて武器を捨てて出てくるなら、お話だけは聞いてあげるけど??」
周りを囲む数も正確にわからないような連中にそう言った。
そう告げると、今度は路地裏の地を見下ろせるように、屋上から矢を番える者達が姿を現した。
「降伏せねば、このまま針の山にしてやろう」
上から見下ろした内の一人がそう言い、美玲を威嚇する。
「え? 何だって?」
だが、その次の瞬間に、ナイフが威嚇した存在の首に刺さった。
「な…ぜ…」
その男は絶命し、美玲はその男が生きていた場所 に着地した。
彼女は視覚内であれば基本的に何処でも"転移"が出来る。つまり、彼女の視覚に入ったらアウトなのだ。
距離が遠過ぎると自身がダルミに襲われたりするので、あまり遠くまではやらないようだ。当然、星と星の間の転移も不可能だ。
更に他の弓を引く存在が下から上に番えなおす前に‐美玲へと再度弓を向ける前に‐また一人、後頭部にナイフが刺さり、命の灯火が消えた。
「あ、こっちに向いた人から殺すからね。殺されたくなかったら…そうだなあ、弓矢を置いて今すぐに逃げるって言うなら、…逃がしてあげるけど? …私達はあくまでもボスに会いたいだけだしね」
美玲には相手を殺す理由があまり無い。相手が攻撃に見える動作をしたからナイフを投げているだけだ。
ガチャガチャと武器を放り投げて、一目散に、彼らは屋上から下に繋がる階段を駆け降りて行った。
(これで終わりかな?)
美玲はレオンが残っている路地裏へと戻った。
「まさか転移が出来るなんてな」
「凄いでしょ」
「まあな…」
レオンは今回の件で、思った以上に陵と美玲が戦力になる事を理解する。
彼らに物理的な力は無い、が、それを補える武器を持ち、それを補うだけの能力を持ってるからだ。
それから、"天照大神はいったいどれだけの力を彼らに与えたのだろうか?"と、疑問に思ったそうな。
「さてと、収穫は無かったから私は帰るけど…どうするの?」
美玲は敵ボスの姿が見えない為、今日はもう諦めるようだ。
「おいおい、まだうじゃうじゃ居るだろうが」
レオンが言う様に、かなりの人数でここは包囲されてしまっていた。
「突破すれば良くない?」
美玲は片手に大きな斧を、片手には光線銃サブマシンガンを持っている。
それを理解した上で、何の冗談も無く本気らしい。
「奥さん待ってるよ?」
とは言え、一人で全員を倒すのも面倒な為、彼女はレオンを焚き付けて戦いに参加させたいようだ。
「あー…それもそうだなあ…」
美玲の誘導通りに、彼の頭の中にはフィリカの顔が浮かぶ。
「うし、帰るか。ぶっ飛ばすか」
「じゃあ、私は後ろから援護って事で」
「そんな強い奴いっかなあ??」
レオンは足を路地裏から外へと向けて歩き出した。
バギィ!!
最初の曲がり角で早速待ち伏せ、襲いかかられたが、レオンが先に拳を叩き込んで吹き飛ばした。
そのまま吹き飛ばした敵には目もくれず、そのまま悠然と宿に帰る為に進む。
ごすっ!?
今度は上からの奇襲、当然カウンターで打ち返す。
すると、10人1組くらいの槍を構えた集団が彼らの前に立ち塞がった。レオンが‐集団を‐叩き潰すのは時間が掛かると見たのか、美玲は‐集団の‐脚を目掛けてサブマシンガンをぶっぱなした。
ここで殺さないのは、単に死ぬよりも死なない方が相手組織に迷惑を被るからだ。
だって、治療などのやらなければならない事が増えるから。まあ、切り捨てられる可能性も十二分にあるのだが…。
「弱い弱いっ!!手前らっ!!その程度で向かってくんじゃねえっ!!」
レオンはそう咆哮する様に怒鳴った。彼からすれば取るに足らない羽虫でしか無いのだ。
同時に明確な殺気が辺りに充満し、敵対勢力の動きを止めさせる。
そこで初めて美玲が居ることを思い出す。
美玲が気圧されていないかと、彼は後ろを見た。けれども、ケロッとした顔で美玲は"何?"と目で返した。
(んあ?? 人族ならこれで動けなくなるんだがなあ??)
レオンが行ったのは気当てである。
生物の格が違ければ違う程に効きやすく、主に、相手に本能的に恐怖を植え付ける為の技である。
(ま、まあ…動けんなら良いか)
レオン達は先程の気当てにより、敵の強張りが抜けないうちに、その路地裏から抜け出すのだった。
☆☆☆
「うい~、帰ったぜ〜」「とうちゃーく」
レオンと美玲は、それからは常に表通りを歩いて宿へと帰った。
「おかえりなさい。レオン、美玲」
フィリカが彼らを出迎えた。そして、その宿には良い匂いが篭っていた。
ぐぎゅるるるるるるる…
美玲のお腹が鳴ってしまったようだ。
「…ご飯、食べて来てないよ…」
そう、美玲もレオンも夕食を食べて無いのだ。
「そんな事もあろうかと…、…作ってありますよ」
フィリカはそんな彼らにじっくりとコトコトと肉を転がし続けたシチューを、それがよそわれている皿を、テーブルの上に2つおいた。
更に、パンの詰め合わせのようになっている大きなバスケットも取り出した。
「お? それは昨日買ったやつだよな?」
「はい、美味しいですよ。買っておいて正解でしたね」
レオンとフィリカは、昨日は屋台の冷やかしに行っていたらしい。
「…貰って良いの??」
「ええ」
「じゃあ、遠慮なく」
自身の問いにフィリカが頷いたのを見た美玲は、ちぎってから、自身の口にパンを放り込んだ。
「ほ…本当のパンだ…、美味しいっ」
美玲はこの世界に来て、初めて炭水化物らしい炭水化物を食べた。自身でパンなんて作れないし、お米を炊こうにもお米が無いからだ。
「うっ…、…フィリカさん、何処にそんなお店があるの?」
あっという間に1つのパンを食べ終えてしまった美玲は、次に手を伸ばすのを何とか自制させて、出処を聞いた。
それ程に彼らにとって、この世界でパンを食べるという行為は重要な意味を持っていた。
「食べたければ、もう1つ…」
「貰うっ!!」
フィリカが美玲にパンを渡すと、美玲は大喜びでそれを受け取った。
「…あ、このシチューはどうしたの??」
この世界にインスタントなどない。だから、シチューを作るのは時間が掛かる。
「私の自作です。まあ、陵にも手伝って貰いましたけども」
フィリカがそう言うのならそうなのだろう。美玲は陵がシチューをあまり作らないのは知っているので、フィリカ以外にこんな事を提案する存在が居るとは思えなかった。
因みに、シチューは地球で言うところのビーフシチューの様な色合いと具だった。
美玲はパンを千切ってシチューにパンを付ける。そして口に入れると、そこで彼女が味わったのはビーフシチューでは無く、デミグラスソースに近いものだった。
(ビーフシチューじゃないっ!? …って、そうだよね、ここ地球じゃないし…)
美味しいので良しとは思うが、そんなシチューの外見より一層に地球の料理が食べたくなってしまった。
(こういう所を見ると年相応なのですが…)
フィリカは食べながらも、まるで百面相の様にコロコロと表情を変える美玲にそんな感想を持つ。
そんな中、レオンは遠慮なくパンが入っているバスケットから、幾つもを手に取っては食べていた。
(美味いんだけどなあ…、…レイのを食べ慣れちまってるとなあ)
食べる手は止めないが、それでも、彼はそんな思考を浮かべていた。
ここにあるパンは当然レイのよりも美味しい。美味しいが、レイとパンを買った店のレベル差があまり変わらないのだ。
ここのパンがLv.100だとしたら、レイのパンはLv.98くらいだろう。
パンを専門に作っているお店とさして変わらない味を出せるのは、レイの恐ろしい所である。
結局何が言いたいのかと言うと、"こんなに美味しいパンがあるなんてっ!?"とはならないという事だ。
普段からテキトウに作られただけのパンを食べていたら、きっとこのパンは驚く程に美味いと感じられるだろう。
単にレイが異常なまでに凝り性なのが原因だろうと思えるが…。
「はふ〜、フィリカさん。美味しかったです、ありがとうございます」
美玲は食べ終わったようだ。"ごちそうさま"と言わないのは、それでは相手に通じないとわかっているからだ。
「はい、受け取りました」
「じゃあ、おやすみなさいっ!」
バタバタと勢い良く、自身の彼が待っているであろう部屋へと向かって行った。
☆
「ああやって見ると年相応なんだけどなあ…、なんつーかチグハグ?」
美玲が階段を上がっていたのを見て、レオンは口を開いた。
「そうですね。人格が変わってるのではないかと思えるくらいには…」
フィリカは怒っている時といない時の差を思い出す。
「悩み事でもあんのかねえ?」
他人事であるから、他人事のままで済ますレオン。
「実際、誘拐された訳ですからね」
「そういや、そんな事言ってたなあ…」
もちろん、彼らに陵と美玲の情報を渡したのはシンである。
「うし…、食べ終わったし俺らも戻ろうぜ? あいつらの事は考えてもしょうがねえよ」
結局、他人は他人なのだから、彼らが彼らに対して詮索をした所で答えなんて出る筈もないのだ。
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