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第三部-裏組織と価値観の差。
あれから五日が経った。レオンらにすべき事は存在しなかった。
「10日って長いな…」
宿の食堂に集まっていたうちの1人、陵がそう呟く。
「だよね…、治安が悪いって言うし、外を歩いて絡まれるものメンドクサイし…」
そんな彼に、今にも暇で死にそうな美玲が応答した。
「まあまあ、我慢してくれよ。…俺も暇で死にそうなんだ」
レオンもそうらしい。フィリカはそんな彼に目を向けるも、小さな溜息を吐くだけで何も言わなかった。
「主様、素振り100回が終わりました」
そんな中に1人、高級奴隷と揶揄されていた女性が入って来てそう告げた。
「くあ…、うし、ちょっと見てやる」
レオンは椅子を立ち上がり、その女性を連れて外へと出て行ってしまった。
「あの女の人も結構綺麗だよね。綺麗さだけでやってけそうだけど…」
美玲はその奴隷の女性を見てそう呟いた。
「普通ならそうでしょう。…自身の主君が独り身であった場合に限るのでしょうが…」
そんな彼女の言葉について、フィリカが若干に意味深な発言をする。
「浮気とか嫌だよね…」
美玲は敬語を使うのを止めたらしい。
「そうですね。…まあ、考えた事もありませんが…」
そんな風に呟くフィリカに、美玲は苦笑を返すしかない。そもそも今、彼女の前に居るのは、人族ではまずあり得ない程の美しさを誇る女性だ。
「そう言う貴女は?」
「え?私? 私は多分平気だと思うよ?」
フィリカが美玲に返す様に言うと、美玲は気に留めてもいなかったので、曖昧な返事を返してしまった。
美玲は陵に目を向けてみた。
「俺…あまり人、好きじゃないし」
陵はそんな事はあり得ないと、そう言った。
「まあ、だよね。私としては健全な男の子になって欲しいんだけどねえ…」
「健全も何も…フィルドがある程度まで大きくならないと無理だろ」
異世界転移してから今日までの間、何だかんだ言って、陵と美玲はそのような行為をしていない。
「そうだよね。現実的に考えたら無理だよね」
「だからと言って、そういう施設に行く気にはならないし」
少なくとも幼子の面倒を見ている間は、その気にはならないようだ。
「溜まってる?」
「ううん、特には」
「じゃあ、良いだろ」
我慢は良くないが、していないなら別に何かを決める必要も無い。
まあ、そもそも美玲と陵の間に"恋"という文字は無く、そこから発生する"色欲"も無い。
体の隅々まで相手を独占したい、そのような感じの独占欲が強い。色欲よりも独占欲が勝っているのだ。
「フィルドが居る中で、その様な話はどうかと思いますが…」
フィリカは美玲の腕の中に抱えられているフィルドを見てそう言った。
「今は寝てるから平気だよ~」
そう、抱えられたまま眠っているのである。今は大人しかいないから、だからこそベラベラとそんな事を口に出しているのだ。
聞かれたとして、2歳児に意味がわかるとも思えないが…。
「んう…母さん…。…お姉ちゃんだった」
フィルドは寝ぼけながら抱きついた。甘えて抱き着いた先が母親では無く、美玲であった事に気が付いた。
「おはよー、この部屋の中なら何所に行っても良いよ」
美玲は寝ぼけ目のフィルドを自身の隣に座らせて言う。
「…ここ広いよ?」
前まで住んでいた洞窟には宿の食堂の様に広々とした一室は存在しなかった。
「大丈夫大丈夫、他にお客さんも居ないからね。あ、でも、知らない人が来たら戻っておいで」
「わかった~」
フィルドは寝ぼけ目を擦りながらそう言った。だが、まだ眠いのか、暫くの間は動かなかった。
それから、暫くぼーっとしていると、やっとの事でフィルドは動き出した。
そんなフィルドを、食堂に置いてある丸テーブルの1つに突っ伏しながら眺める美玲。何だかんだ言って、目を離すことはしないらしい。
もっとも、他に気を裂く事が無いせいでもあるが。
「・・・」
「・・・」
「・・・」
誰も、一人として口を動かさない。されど重い沈黙では無く、軽くほのぼのとした空気が1室を埋め尽くしていた。
フィルドは美玲の視線の先で、椅子に上に乗ったり、美玲の視線から隠れてみたりと、忙しなく動いていた。
それは美玲にはとても面白いものであった。幼子が動いているのを見るのは心を穏やかにさせた。
だが、それも突然に終わりを告げた。_____そう、大男とその周りの部下が入って来たせいで。
「ふん、紛れ物が」
そしてあろう事か、その中のエルフが、遊んでいたフィルドの事を蹴り付けたのだ。
そのエルフの首は、次の瞬間に宙を舞った。
美玲の隣でのんびりとしていた陵によって斬り飛ばされていた。
「なっ!?」
男達は当然驚いた。そんな彼らに対し、悠然とゆらりとフィルドの前に立つ陵。彼の目には感情の色が見 え な か っ た 。無いのではない、見えないのだ。
「そこのエルフは、何処の出身だった奴だ?」
そして、静かに問い訊ねた。フィルドが混血である事を陵は知っている、だからこそ、エルフが混血を蔑む種族なのかを知りたかった。
「何だ貴様、混血が汚れ物と扱われる事を知らんのか?」
「…答えてくれてありがとう。そして、2度とその事柄を口に出すな」
自身が訊ねたというのに、黙れとは身勝手に程があるが仕方あるまい。残念な事に、エルフだけでは無くこの世界全体で、混血を蔑む傾向にあるらしい。
陵は蹴り飛ばされたフィルドを、美玲が回収したのを横目で確認した。
「だがしかし、そんなに強気に出ても良いのか?」
そう、陵は相手より先に刀を抜いてしまったのだ。つまり、相手よりこちらに非がある事になってしまう。
「…だから何だ? ここで全員殺せば何も問題は無いだろ」
「まあね」
美玲はそんな彼らに、既に照準を合わせていた。
ここで初めて彼らは悟った。目の前に居る者達に話し合いは全く通じない、と。
自身らも裏組織に存在しているあたり、話し合いが通じない事もあるが、今回はそれの比では無かった。
「まあ、こっちとしては手を出した男は潰したし、問題無いんだけどな。だから、帰りたいんだったら帰れば? 後ろから斬りつけたりはしないから」
陵はその中の親玉らしき男に、目を向けて告げる。
「……わかった。次は粗相をしない者を連れてこよう」
そう告げて、男達は呆気なく外へと帰って行ってしまった。彼らが帰ると、そこにはエルフの死骸が転がるだけになってしまった。
「美玲、片付け手伝って」
「あいあいさー」
美玲と陵は、死骸をアイテムボックスにしまい"飛び散った血が乾く前に拭き取らなければ"と、少し焦りながらも牛神から出された水で、ゴシゴシと彼方此方を洗い始めるのだった。
結局最後は聖神の能力によって、浄化される事となるのだった。
☆☆☆☆
それから場面は変わり…。
「うっし、お前さんはここまでだ。存分に体を休めとけよ?」
奴隷の女に剣を教えていたレオンは、彼女にそう言って剣を取り上げた。
「ありがとうございます」
彼女はそう言って、綺麗なお辞儀をした。実はこの奴隷の女性や、レオンと共に練習試合-あくまで様な物-をやっている彼らは、少しだけ周りの奴隷よりも食事の待遇が良い。
それは単純に、奴隷の主を楽しませられているから発生したものである。
「お、レオン、丁度良く終わったんだな。じゃあさ、アンタが裏組織に手を出したせいで、うちの弟が怪我したんだけど…どう落とし前付けてくれる?」
そんな彼の前に、先程の件を問い詰める為だけに陵が現れた。
「おいおい…、なんでそんなに怒ってやがる?」
「アンタの事だから、宿に物騒な奴らが来た事くらいわかってるだろ? 何故呑気に剣を教えてる?」
陵は目の前の男が余計な火種を持ってきた事が不服だった。しかも、それで被害が出ているのだから尚更である。
「別に良いじゃねえか。死にゃあしねえだろ?」
「そう言う問題じゃない。何故火を焚き付けておいて消すまでやらなかった? それともアンタは人様と違うって奢ってるのか?」
陵は"じっ"と彼を見詰めてそう言った。
「いや、…わりい、次から気を付ける」
レオンは本能的に、陵に謝った。
「…一応言っとくけど、当たり所が悪くて死んでたら…もう2度とお前とは関わらなかったから」
ギリギリ、理性で押し留めてそう告げたが、実際の所、フィルドが蹴り飛ばされ、当たり所が悪く死んでしまっていたら、陵も美玲は裏組織の人員を全て殺した後にレオンに対しても何らかの攻撃を行っていたかもしれない。
彼らはそういう人種だ。
陵はそれだけを告げて、宿の中へと入って行った。
☆☆☆☆☆
「ってな訳で…、ちょっくら潰してくるわ」
それから数時間後、レオンがそう言った。
「陵に言われたのが、相当に堪えたのですね」
フィリカはそんなレオンに言う。
フィルドを蹴り飛ばした男達がどうしてこんな宿に来たのか、それを陵達に教えたのは彼女だから、知っているのも当然である。
「なんでお前も知ってんだ?」
「陵と美玲に脅されましたので…ついつい…」
フィリカはそんな事を言い訳節に告げる。と、同時に陵と美玲に脅された時の恐怖で、少しだけ背を震わせた。
「剣は向けられてねえよなあ?」
「ええ、彼らはただ満面の笑みで私に問い掛けてきました。…貴方だけではありませんよ、絞られたのは…」
ここで陵達がフィリカに剣を向けていたら、間違いなく周りを巻き込む程の大規模な戦闘が始まった事だろう。
流石にレオンも、自身の妻に刃を向けられてまで黙っているほど聞き分けは良くない。
「ああ…今思い出すだけでも震えるぜ…」
「ええ…後始末はしっかりする事にしましょうね」
神妙にレオンは頷き、その宿から外へと出て行くのだった。
「…あれは怒らせるとヤバいでしょうね」
レオンは居なくなり、フィリカは誰も居なくなった食堂にポツリと座って、そこから更に数時間を過ごすのだった。
「陵、ちょっと行ってくる」
そんな中、レオンが出て行ったのを見て、美玲は言った。
「ん、聖神は置いていってくれ」
「おっけー。じゃあ、行ってくるね」
美玲はそれだけを口にして、部屋の窓から飛び降り、レオンを追い掛けるのだった。
☆☆☆
(後ろからついて来てんのは…美玲か)
レオンはそんな美玲の尾行に気が付きつつも、それを放置し、かつて襲われた路地裏に向かった。
「コキュートスだったか? お前らの親玉は何処にいる?」
そして辿り着き、大きな声で聞き訊ねる。
「ボスに何用だ?」
「ちょっと話を…な?」
返事をした男にオウム返しの様に返した。
「その様な事柄では、ボスに合わすことは出来ない」
「んじゃあ、簡単に言うと宣戦布告だ。手前らのボスを見つけ次第殺す。それが嫌ならさっさと会わせな」
その男の反応は至極当然だろう。だが、レオンに合わせる気は毛頭も無い。
「この国を牛耳っているコキュートスに、随分な物言いだな」
「牛耳ってる? 抜かせ、表にも出れねえ臆病者が」
レオンが組織全体に対して、喧嘩を売った。
「ねえ、レオンさん? 何を戸惑ってるの?」
ここで初めて、尾行していた美玲が、レオンの目の届く場所に現れた。
「お前、隠れてたんじゃねえのかよ…」
「うーん…、レオンさんって頭の中お花畑だよね」
レオンがそう呟き、美玲は自身がついて来た真意を彼が理解していない事を理解した。
「なんっ!?」
「いやさ? 快楽って言うかストレス発散で人を殴る人に後処理なんて任せられないよね」
そんな事を口に出しながら、美玲は流れる様にナイフを取り出して、投げ付けた。
簡単に言ってしまえば、美玲からの信頼をレオンが失ったのだ。
「…ぐうっ!?」
レオンの対岸に居た男にそれは突き刺さった。
「ほんっと、陵も甘いよね。まあ…別に良いんだけど」
更に美玲は牛神の大きな斧を出現させ、刃の裏側を男に叩き付けた。
「ぐあっ!?」
その男は勢い良く吹き飛び、近くの壁に叩き付けられる。
「…どう? 話す気になった?」
美玲は倒れ込んだ男の髪を持ち上げて、そう聞く。
「だ…れ…が…」
「じゃあ、死んで良いよ」
突き刺さったナイフを下に引き下ろし、内臓をぶちまけさせた。
「う~ん、張り込むしか無いかな…」
裏組織のボスの所に行く為に、美玲は少し思案したが、すぐに待ち伏せする事に決めたようだ。
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