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第三部‐入国する。
「おい、奴隷商人。そろそろ街に着くぜ?」
レオンが街壁が見えたのを確認して、馬車に乗っている奴隷商人に告げる。
「…ここまで護衛をしてくれて助かった。冒険者に頼むより遥かに貴方達は優秀だった」
「おいおい、あんな奴らと俺の事を一緒にするんじゃねえよ。騎士と冒険者を比べるなんて失礼にも程があるだろ」
レオンからすれば、冒険者など信用出来ない輩でしかない。
「おっと、それは失敬。いやなに、貴方が騎士だとは思えないがな」
「鎧を着てりゃあ見えるってか? はっ…そんなもんで見てるうちは2流だな」
吐き捨てる様にそう言った。騎士服を着てるのに騎士らしくないとはこれ如何に…。
「鬼神」「聖神さん」
陵と美玲は自らが右手甲に紋章を持つ神々を、それぞれの右手甲に宿らせた。
「これから私が面倒を見るから」
言うまでもなくフィルドの事である。美鈴は聖神が座っていたミノリスの背に座った。
今までずっと聖神がフィルドの面倒を見ていたので、少し自身が彼に構いたかったというのもあるだろう。
何故鬼神と聖神を紋章に宿らせたのか…、答えは簡単で、検問される際に人数が少ない方が楽だからだ。
入国時に掛かる金額は、"傭兵の国"と言われるだけかなり安い物になっている。それでも、彼らは払わなくて済むなら払わないつもりだ。それに、色々と根掘り葉掘り聞かれるのは面倒だろう。特に鬼神は鬼であり角も付いているので、検問で顔を覚えられてしまう事間違い無しだ。
「入国審査とかめんどくさい…」
「まあまあ、我慢してくださいまし」
項垂れる美玲にフィリカが諌める様にそう言った。陵達は未だにフィリカとの距離感を測れないでいた。
美人過ぎるが故に、何処まで勇んで話し掛けて良いのかわからないのだ。
「「あ、はい」」
故にこんな答え方以外は出来なかった。
「おっきいね」
「ね〜、そうだね〜」
フィルドが後ろに座った美玲にそう言って、彼女は相槌をうった。
そうして彼ら全員は、入国審査をする為だけに並んでいるであろう列の最後尾につく。
だがしかし、流石傭兵の国と言えようか、あっという間に自身らの番が来てしまった。
そして、レオンが金を払い、彼らはあっという間に街門を抜けて、街の中へと招き入れられてしまった。門番が色々とガサツだったのが原因だろう。
そんな門番の対応に陵と美玲は"治安悪そう"としか思う事が出来ない。
あんなにテキトウでは、犯罪者が居ても解らないだろう。
「思ったより簡単に入れちまったな。おい、奴隷商人はこの後どうすんだ?」
レオンは街に入り込んで、すぐさま意識を切り替えた。
「貴方の泊まり宿を見てから失礼させてもらう。売り付けるにしても場所がわからなければな」
「…何日掛かる?」
「どんなに頑張っても最低10日は掛かる」
「んじゃあ、その宿にずっと居るからよ。準備が出来次第、遣いを寄越してくれ」
15日くらい部屋を取っておけば大丈夫だろうとレオンは考えて、それだけの日数を泊まる予定にしたようだ。
「んじゃあ、このまんま行くか。あ、奴隷をどうにか出来ねえか??」
このまま奴隷の為に部屋を取るのは些か面倒くさい。
「外に置いておけば良い。今は幸い寒くも無いからな」
奴隷商人はそう言った。
「それでいくか」
レオンは奴隷の扱いを決めて、宿探しをし始めた。
☆☆
「ここ…人が居ねえな」
宿探しを始めると、宿なのに人が居ない奇妙な建物を見つけた。
「ああ、ここは美味しくないからな」
奴隷商人曰く、宿の飯が不味いらしい。
「レオン、俺はここが良い。食事は自分で作れば良いし、何より…面倒ごとに巻き込まれなさそう」
陵はここが良いらしい。
「まあ、人が居なけりゃ巻き込まれねえわな」
"確かに"と思うレオン。
「んじゃあ、ここで良いか?」
レオンは周りを見回して訊ねる。…特に反対も無いようなので、ここに泊まることに決めたようだ。
「ここ、泊まれるかい?」
レオンは早速その宿に入って、大きな声で問い訊ねた。
「あ、はい、もちろん。この通りにガラガラですから」
1人の女性がそう言って、建物の中身を示す。…確かに人気は全く無いし、少し寂れてもいた。
「料理が出せねえ宿だって聞いたから、こっちで作るが問題ねえな??」
「はい、大丈夫です」
「お代は?」
「1泊、銀貨1枚です」
"銀貨"というのは"銅貨"の10倍の価値があり、"銅貨"1枚で屋台のパンが3つ買えるくらいの価値がある。
「お? 随分安いじゃねえか」
「料理が出来ないので、安くしないと人が入ってこないんです。まあ…もっとも、それでもガラガラですけどね」
肩を竦めながらも、その女性はそう言った。
「そうかよ…んじゃあ、取り敢えず銀貨15枚ってとこだな。それから…馬車を置く場所はあるか?」
「はい、もちろんあります。馬車1つにつき、銀貨1枚です」
レオンは魔牛であるミノリスと、ユウの引いている馬車を思い起こして30枚を彼女に渡した。
「…あ、子供が1人居るんだ」
「ベッドを追加するのなら、追加料金をいただきます」
「あ、じゃあ無しで良い」
陵と美玲がこの街までの移動の間に、フィルドと共に眠っていた事は知っているので、ベッドは追加しなかった。
「では、確かに頂戴しました。部屋割りはどの様に?」
「2人部屋を2つ」
「わかりました、部屋の用意が終わるまでこの食堂でお待ちください。それから…馬車は裏手の方にお願いします」
「おうよ」
レオンは女性の言葉を聞き、返事をすると、他を呼びに外へ出た。
「レオンが出て来た」「実は宿が運営してませんでしたとか?」
陵と美玲が口々に言い合う。この静かな宿を見たのならそう思っても仕方が無い。
「きっちり宿は取れたぜ。んで、部屋の用意が出来るまで中の食堂でテキトウに待ってろってよ」
「そうですか。では、行きましょう」
そんな彼らにレオンがそう言い、フィリカが返す様に告げて、1番に宿の中へと入って行った。
「ほら、お前らもさっさと行け」
フィリカの容姿に似合わない行動にポカンとしている美玲と陵に言う。
「あ、うん」「だな」
レオンに急かされて、陵とフィルドを抱える美玲は、フィリカに続いて宿の中に入って行った。
「んで、奴隷商人はどうすんだ? 1人が怖いってんなら送ってってやるぜ? それも…そこの馬と牛を裏に連れてからだけどな」
最後に残った奴隷商人に茶化す様にレオンは告げる。
「大丈夫だ。問題などある訳ない」
「だろうなあ、全く出来ねえ訳じゃあ無さそうだ。ただまあ…せいぜいいけて盗賊3人くらいか?」
そう、この奴隷商人は武器の扱いを全く知らない訳では無い。だからこそ、馬車が壊され、周りが死んでいても1人生き残っていたのだ。
「まあ、それくらいが妥当だな」
「じゃあ、ここでお別れだ。良い報告待ってるからな」
それだけを告げて、レオンは商人から目を外し、ミノリスとユウを宿の裏手へと連れて行ってしまう。
そんな彼を見て、奴隷商人も自身の店へと帰ることにしたのだった。
☆☆☆
「部屋の準備が整いました。部屋はこちらの2つで、2階になります。無いとは思いますが…鍵の紛失は罰金を支払ってもらう事になっています」
宿主の女性が部屋の鍵を2つ渡してきた。
「ええ、気を付けます。陵に美玲はどちらを選びますか?」
フィリカはそれを受け取って、2人に問い訊ねた。
「ええ? …じゃあ、こっちで」
1か2のどちらかの番号が書かれている鍵から、2と書かれた方を選び取る。
「私はレオンが来るのを待っています。先に部屋に行っても構いませんよ?」
フィリカは未だに戻ってこないレオンを待つようだ。
「あ、うん。じゃあ、言葉に甘えさせてもらうね」
「だな、フィルドも行こう」
「はーい」
フィルドの気持ち良い返事を聞いて、陵達は2階にある自身の部屋へと向かう事にした。
☆☆☆
がちゃ…、きー…
それから暫くして、レオンが宿の中へと戻って来た。因みに、宿主の女性は馬小屋の方へと既に移動してしまっていて、もうここには居ない。
「待たせたか?」
「いいえ、待つほどの時間でもありませんでした」
フィリカの言う通り、言うほど時間は立っていない。
「そっか、なら良いわ。フィリは何かやりてえことでもねえか?」
この10日間の間、やるべき事も特に無い為、フィリカに意見を求めるレオン。
「そう言えばそうでしたね。ですが、治安の悪い街ですから…私が歩き回るのはいささか…」
「フィリほど綺麗じゃなくったって、この街は絡まれんだろ」
街門からこの宿までの通り道ですら、フィリカに多くの視線が寄せられていた。
「でしたら尚更…、閉じ篭っている以外にありますか?」
ならば何故判り切った事を聞くのかと、レオンに少し不貞腐れながらも睨み目を向ける。
「そう気分悪くすんなよ。単に聞いただけだって」
レオンはそう言って、フィリカの隣の席に座った。
「まあ…方法がねえこともねえって話だがよ」
「はい? 少なくとも彼らを守らなくてはならないでしょう?」
そもそも、陵や美玲を守り送り届ける事が彼の役目だ。だから、観光などと不抜けた事は言ってられない筈なのだ。
「いやだから、あいつらが良いって言えば良いんだろ? 宿から出なけりゃ襲われることも無いだろうさ」
「…つまり、彼らを宿から出さなければ良い…と?」
「そういうこった」
「そんなに上手く行きますか?」
一言二言告げただけで、彼らが説得出来るとは彼女には思えなかった。
「上手く行くのなんのって話じゃねえよ。あいつらはこの宿から出る気ねえしな」
「…元々、閉じ篭っていたいと考えてると?」
「治安の悪い街で、幼子を連れてぶらつく訳にもいかねえんだろ」
彼らの手元にはフィルドが居て、年端も往かない彼を連れて、治安の悪いと言われている傭兵の国を歩く気にはならないだろう。
「って訳で、ちっと聞いてくるわ」
「はあ…」
レオンはそう告げて、陵らが寝泊まりする部屋へと向かって行った。
(それ以前に厄介事を招き入れてしまう気がするのですが…。いえ、レオンのことですし、その厄介事をむしろ楽しみにしているのでしょう)
急に外に行こうと言い出したレオンの事だ、何かやりたいことでもあるのだろう。そう彼女は結論付けたようだ。
「うし、話も済んだし。行こうぜ?」
「はあ…、そうですね」
少し浮足気味な‐今戻って来た‐レオンを見て、小さな小さな溜息を吐いたフィリカだった。
☆☆☆☆☆☆
「…で、案の定巻き込まれている訳ですが…」
フィリカは自身の周りに敵意剥き出しにして、武器を取り出している面々を見て、ボソッと呟く。
「巻き込まれるために路地裏に入ったわけだしな」
レオンが言う通り、彼らは故意に絡まれるために入って来たのだ。
「あの…その、随分と組織立った動きをしているのですが」
「どこのどいつだろうなあ?? 少なくともチンピラじゃねえって訳だ」
人通りの少ない路地に入り少し開けた所に辿り着くと、すぐさま武器を向けられてしまったという訳だが、どうもチンピラでは無いらしい。
「フィリ、潰しに行こうや」
「はあ…、わかりました」
愛する夫のストレス発散に付き合わされる事に溜息しか出ない。だがそれでも、フィリカは殴る事に特化した杖を取り出した。付き合う気は満々のようだ。
ばきぃぃっ!!
どんっ!?
ぐしゃあ!?
どすっ!!どすっ!?
当然、レオンは拳だけだ。
「終わりだ終わり。てめえらの親玉がどこに居るか吐きやがれ」
僅か数秒にて制圧を終えたレオンは、楽し気な顔をしながら一人の首を締めあげてそう言う。杖を出したフィリカには一切敵が回ってこなかったため、完全な取り越し苦労で終わってしまった。
「コホンっ。レオン、それでは話せませんよ」
フィリカはそんなレオンを諫めるように告げる。
「お、わりいな」
それを聞いて、片手からそれを放した。
どさっ
地面にぐったりとした男の身体が落ちた。
「で、どこに居るんだ? 親玉ってえのはよ」
落とした男の顔を覗き込み再度聞き訊ねた。
「・・・」
男に応える気は無い様だ。
「んじゃあ、死ねや」
レオンは拳でその男の頭を捻じり潰そうとした。
「おっと? どこのどいつだ?」
しかし、それを何者かから刃物が投げ付けられた事により遮られてしまった。
勿論、レオンは腕で叩き落としたので、彼の命は一瞬伸びただけにしかならないが…。
更にレオンは刃物の投げられた方向、建物の屋上に目を向けると、そこには暗殺者らしき女が立っていた。
「ヒュウ」「随分とお可愛い方ですね」
レオンは口笛を吹き、フィリカはそんな女性をそう評した。
「んで…どうするよ。そっちのま あ ま あ 腕が立ちそうな奴とか」
だがしかし、新たな敵対者は彼女だけでは無いようで、レオン達が進んで来た道とは反対の方向から、1人の男がやって来た。
「貴様ら、ここがコキュートスの縄張りだと知ってこんな事をしているのか?」
「いんや? ただの暇潰しだ。別になんもねえよ」
レオンは何の予定も無しに、10日以上もこの街に滞在する。その暇潰しがてらに人気の無い路地裏に居るだけなのだ。
そんな中で組織が釣れたのは中々に良い収穫だったと言えようか。
「何…だと?」
「あん? 何だお前? 耳わりいのか?」
その男の聞き返し…とも取れる一言にそう返した次の瞬間、その男の頭を持ちあげ、レオンは腕一本で地面に叩き付けた。
ごすっ!?
「はっ!? ちょっとは出来ると思ったがこの程度かよ。暇潰しにもなりゃあしねえ…まだティルの方が頑張るぜ?」
そんな返すことの無い男に無意味過ぎる問い掛けをし、更に屋上の上に居る女性に再度視線を戻した。
「っつ!?」
その女性は一瞬で、その地から走って逃げていくのだった。
恐らく、自身の親玉に今回の出来事を告げた方が良いと考えたのだろう。全滅しては、何一つとして情報を持って帰ることが出来ない。彼女は賢明な判断をしたと思われる。
「おうおう、何だあいつ、逃げ足早過ぎんだろ」
だがそれでも、追いかける気がレオンに無かったから、逃げ切れただけだと言えてしまうのだが…。
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