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第三部‐ひたすらに歩くだけ。
「…そろそろ飽きて来た」
昨日今日と歩き詰めの日々を送って来た陵だったが、うんざりする様にそう吐いた。
「ほんとね~…、歩くのは好きだけど、景色が変わらないし…」
美玲もかなりうんざりしているらしい。
彼らはこの二日間、ずっと右手側に森が在り続けるだけの道を歩いていた。
もちろん、彼らの左側の景色は少しずつ変わっては居たが、それでも"少し"でしかなく、陵と美玲の目を萎えさせるのには十分だった。
「まあまあ、そう言うなっての」
レオンはそんな彼らに苦笑いをしながら告げる。
「…レオン」
その直後に、ユウに乗っているフィリカが何かを示す様にレオンに言った。
「おうよ、このまま斬り裂く」
レオンもその示された存在には気が付いていたので、そのまま神剣 を抜いて振り抜く。
鋭い、水により編まれた刃が右手側の森を沿うように飛んで行き、幾本もの木々と人を斬り倒した。
「びっくりした…」
「一言欲しい…」
陵と美玲からは、突然剣を抜いたレオンに非難の目が向いた。大規模な攻撃となるなら尚更だった。
「あ、わりいな。こうでもしねえと美玲に獲物を取られちまうからな」
陵や美玲が気が付かないうちにレオンは敵対勢力の存在に気が付いたのだ。"美玲に獲物を取られる"というのは言葉のままの意味で、彼女は敵が目の前に現れた途端に引き金を引き、撃ち殺してしまうからだ。
一応、彼らの護衛も担っているレオンとしては、彼らばかりに倒させるのはどうも気持ちが良くなかったようだ。
「ほえー、気が付かなかったね」
「そりゃそうだろ。俺はこう見えてお前らよりは遥かに年上なんだぞ? 年季がちげえよ」
美玲が良い、さも当然だと言い返すレオン。
「じゃあ、やっぱりレオン"さん"って呼ぼうか?」
「それは無しだ、一々めんどくせえしな」
からかう様に陵が言うと、ばっさりと切って捨てた。
そのまま少しだけ歩いて行くと、彼らは車輪が壊れたのか、立ち往生している馬車を見つけた。
「お前ら、目を合わせんなよ? あんな荷物のお守りなんて面倒だからな」
「ん? それはそうだろ、絶対に反対」
レオンが後ろに続く彼らにそう言って、陵は"何を当然な…"という風に返した。
「…いや、わりい。やっぱし予定変更だ」
レオンはその馬車の周りに転がっている死体と、その馬車の中身を見てそう告げた。そして大股で、その馬車に自ら歩いて行った。
「は?え?」「えー…・・・」
陵は"なんでっ!?”と言いたげな顔で、美玲は若干のあきれ顔でそう言葉が漏らした。
☆
「よう、奴 隷 商 人 。困ってんじゃねえか」
レオンは馬車の裏側で、車輪を弄っていた一人の男に言った。
「むっ、君は?」
「ここを通りすがっただけの者だ。今なら中身の奴隷をくれれば街まで送ってってやるぜ? お前さんはあれだろ? えーっと、あの傭兵の国に行くんだろ?」
男が訊ねて、レオンは包み隠さずに対価を示してからそう告げる。
「む…、だが、しかし…中には1人高級奴隷が居るんだ。それ以外なら構わないが…」
「お前さんはそれなりに顔が利く方かい?」
渋る男にレオンは別のアプローチを始めた。
「…ふむ?」
「いやな? 今俺達は奴隷の買い占めをする為に大金を持って来てんだ。お前さんが買い占める為の奴隷をかき集められるってんなら…この馬車の奴隷を全て貰った暁にゃあ、お前さんのとこで売ってる奴隷も全て買い上げてやる。…ああ、普通よりも高値で売り叩いたらそれ相応の仕返しがあると思っとけよ?」
レオンは自身の要求に更に交渉を混ぜ合わせる。傭兵の国で自身が買い集める為に右往左往するよりも、目の前の商人の伝手を使った方が早いと考えたのだ。
「こちらが一方的に損をする様にも聞こえるが?」
「おいおい、全部って言ったじゃねえか。四股が欠損してる不良在庫だってお前の所にもあるんだろ?」
奴隷を売るのだ。何かの理由があって買い手のつかない者が置きっぱなしになってることも有るのが当たり前だろう。
「・・・、戦争でもするのか?」
「さあな?…それ以上は聞かれても答えねえぜ?」
「…いくら出せる?」
商人は目の前の騎士を怪しむ様に見つめてそう告げた。
「そうだな。…白金貨3枚ってとこか?」
「本気で言ってるのかっ!?」
"白金貨"、それは1枚を失うだけで小国が傾くくらいの価値がある。
「嘘でそんな事は言わねえよ。…ほらよ、確認しな」
レオンはそう告げて、自身が持っている白金貨を彼に見せびらかした。それは日が当たり、白く輝いていた。
「…本物か。だが、それだけでも満たすのは難しい。それこそ…国が…、っつ!? お前、まさか…」
白金貨の価値を奴隷で満たすのはかなり難しい。それこそ国が傾くくらいに…。
「気付いちまったか?…まさか断るなんて言わねえよなあ?」
レオンはニヤニヤとしながら、その商人に歩み寄った。
「…断ったら?」
「ここに置いていくだけだ。さっきも盗賊がうようよしてたしな、俺達が殺さなくてもお前さんは死ぬって訳だ」
元々、商人は不利な立場に居る。だからこそレオンは色々と隠す事無く話しているのだ。
「…わかった。奴隷はその額に見合った分だけ集めよう」
「流石商人、利に敏いね」
レオンはそう茶化す様に言うが、商人に利など有って無い様な物だ。ただ単に自身の命を計りに掛けた後に損得勘定しただけである。そもそも、国が傾く以外に彼が不利益を被る事は無いのだから。
「ユウ、出番だ」
レオンは彼の決断を聞いてすぐにユニコーンのユウを呼び寄せた。当然、突然現れた"聖獣"にその男も驚いたが、だからと言って先程の会話からして無駄な話を聞いてしまうと、藪蛇になるであろう事は簡単に理解出来た。故に口は開かなかった。
『ふむ?』
「馬車を引いてくれ。奴隷も連れて行くからな」
『なるほど、何故馬車があるのに使わないのかと思えば、こういう時の為だったのか』
ユウは今更ながら、ここまで歩いて来たのにも関わらず馬車を使わない事に疑問を持っていたが、それを理解したようだ。
ユウだってアイテムボックスくらいは持っているのだから、馬車を持ってない方がむしろおかしいのである。それを出さなかったのはレオンから指示が無かったからに他ならない。
という訳で、ユウは一瞬で自身の後ろに強固そうな馬車を装備した。当然、フィリカもユウに乗ったままである。
「なっ!?」
「…どうした?」
「いや…なんでも無い」
商人の男は、突然馬車が出現した事にまたもや驚きを表したが、だからと言って問い訊ねる事はしなかった。
「じゃあ、奴隷はこっちの馬車に運び入れちまうからな? …それとお前さんも乗っちまえ」
言外に邪魔だからと、そう告げる。
「あ、ああ」
そんなレオンに慌てたように言葉を返して、更に商人自身も乗り込んだ。
レオンはひょいひょいと、檻の中に入っていた奴隷と入っていない奴隷を馬車の中に運び込んでいった。
「んじゃあ、行きますかね。陵、出発すんぞ」
「はいよ。早く行こう」
そうして、ぞろぞろとまた前へと進み始めた。
☆☆☆
「陽が暮れてきたな…」
レオン達は暫く歩き、レオンはオレンジ色の空を見上げてそう言う。
「そうですね。食事にしましょう」
フィリカはユウから飛び降りた。彼女は食事を作る為に付いてきたのでは?と思われても過言では無いが、調理の際にレオンをこき使っている所などを見ると、とてもではないが飯炊きの為に来ている訳では無さそうだ。
昨日今日と言い、陵は勿論、鬼神も彼女の食事作りに手を貸していた。
「こっちの杖でしたね。ほいっと」
フィリカは腕に付いているアイテムボックスから、今まで持っていた杖とは違う杖を取り出した。そして地面にそれを立てる。
すると、あっという間に台所が姿を現すのだった。
この杖は元々レイの持ち物である。今回、フィリカとレオンが遠出をするという事でレイは快くこれを貸してくれたらしい。
製作者は当然ながらシンだ。
「相変わらずすげー…」
「だよね…」
馬車道に突然に台所を生み出すのだから、何回見ても見とれてしまうのは仕方が無いだろう。
「では、調理が出来る皆さんはお手伝いをお願いします」
「ああ」「あ、はい」「はーい」
鬼神、陵、美玲(陵の"家事"を共有して)はそれなりの人数の食事を作り出すための戦力となり、腕を振るっていくのだった。
馬車道の端っこに台所が現れた数時間だった。
☆☆☆
それから食事の時間も終え、鬼神と聖神はいつも通りに見張りを、レオンとフィリカはシンから渡された木の家を取り出してそこで安眠。更に陵と美玲、それからフィルドは、かの天照大神から貰い受けた家の中で爆睡していた。
…筈だった。
眠っている筈のレオンとフィリカが起き出して来たのだ。
「レオン殿、どうしてこんな夜更けに?」
鬼神はそんな彼らを疑問に思い、問い掛けた。
「ちょいと、食料の確保をな。ユウ、ここは任せたぜ?」
『好きにすれば良い』
「んじゃあ、行ってくら〜」
返事を聞いたレオンはその場から森の中に走って行った、…食料確保の為に。
本来なら夜は危ないと言うのかもしれないが、生憎、そんな事は無かった。だって、神剣と神円盾を持つレオンがそこらの魔物に遅れを取るはずが無いのだから。
もっとも、彼は魔物に対して剣を抜く事は無いだろうが…。
「お寒いでしょう。紅茶であればお出ししますが?」
一方、残されたフィリカは見張りの為に外に座っている鬼神と聖神に問い掛けた。
「あ、ならお願い…出来る?」
「はい、どうぞ」
「!?」
一瞬で彼女の手元に湯気の出ている紅茶が出て来て、それらが鬼神と聖神の手元に渡った。
「ありがとう」「ありがとう」
てっきり沸かすものだと聖神は考えていたのだが、既に作り置きされていたようだ。
「しかし、なんと言うか、今回の人はまた面白い子達ですね。あそこまで容赦が無いとは思いませんでした」
そして、渡したと同時に鬼神と聖神に、問い掛ける様に、かと言って聞き流す事も出来る様にフィリカは呟いた。
「…そう、あの容赦の無さは異常。私には未だに理解が出来ない」
聖神は同意を返す様にそう言った。
「私もそう思うが…まあ、仕方が無いだろう」
鬼神はもうその件については自身の答えを出してしまっているので、特に気に止めた様子も無い。
「まあ、楽なので助かります。力があれば…普通は周りを助けたくなるものでしょう?」
フィリカはそんな彼らにそう問い訊ねる。フィリカは何方かと言えば、目の前に居る彼等ではなく、陵と美玲に近い思考を持っている。
「…そうだな」「…そう」
かつて英雄と、かつて聖女と崇められて、世界を救うなどとほざいていた鬼神と聖神には痛いほど良くわかる事柄だった。
「何か心当たりでもあるのですか?」
「…無くは無いな」
「ううん、あり過ぎる…」
鬼神が曖昧にテキトウに答えて、即座に聖神がそれを否定した。
「…そうですか。では尚更、大人しく彼らに従っている事が気になりますが…」
フィリカは目の前の鬼神と聖神は、何方かと言えば一家の幸せを願う存在では無く、自身の身の回りも幸せであれ、と願う存在である事を理解した。
それは"英雄タイプ"とでも言えようか。少なくとも"一般人"では無いだろう。
「私は元々、この世界で英雄扱いされる前は…ただ、恨みを持って復讐するだけの鬼だった。いや…私は鬼神と呼ばれるよりもそちら側の存在だ。だから…彼らに触れて元に戻っただけだろう」
鬼神の真名は英雄としての名である"刀鬼"では無く、怪物の名としての"狂怒鬼"である。
「なるほど、一時 の夢だったと…?」
「そうだろうな。そもそもこの世界の存在では無いから…という事もあるかもしれない」
鬼神も陵と同様に、この世界の人々に遠慮する意味が無いと理解してしまったのだろう。
「では…貴女は?」
そんな鬼神から目を外して、今度は聖神に問い掛けた。
「私は…どうだろう? 一時は守ろうとしてきたけれど、もう裏切られてしまったからどうでも良くなってしまったのかも」
聖神はあそこまで容赦無くなれる理由は解らないが、それでも、心の抵抗がある訳では無かった。
結局、彼女も陵や美玲に影響されているのだろう。
「まあ…私としては、貴方達が勝手な行動を取らない事を願ってますよ。正直、正義感の強い存在は面倒なので…というよりも、この世界は既に正義感などと下らないものでは成り立たない世界になっていますので」
そう告げるフィリカ、そんな彼女に訝しい目を向けた2人の神だったが、そんな目に答えることは無かった。
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