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第三部‐洞窟を捨てて…。
「陵、そっちの準備は出来たか?」
昨日、この地に辿り着いた騎士-レオン-がそう問い訊ねる。
「もう少し待って欲しい。ミノリスは聖神とフィルドを運んでくれ」
『うむ、承知した』
陵はレオンに返事をしながら、ミノリスにそう指示を出す。ミノリスの背には既にフィルドと聖神が乗っていた。
今、陵達が行っているのはこの洞窟の片付けだ。昨日のレオンとの会話の後、彼らはレオンの住まう街に引越しをする事に決めたらしい。
「陵〜、こっちは準備おーけーだよー!」
「はいはい。じゃあ、美玲も外に出て」
洞窟の中から、自身らの部屋の掃除をした美玲が外へと出て来た。
「陵、こちらも終わった」
続けて鬼神も外へと出て来る。
「わかった。じゃあ、レオン」
陵は全ての片付けを終えたことを確認した。
「お、準備は終わったんだな?」
レオンがそう言うと同時に、フィリカが角の生えている白銀の馬を連れてきた。
そう、彼はユニコーンから馬神に至ったユウだ。
「わーお、ユニコーンだ…」
美玲が陵の隣で、少し驚嘆した様に呟いた。
対してユウは軽く会釈だけして何も話さなかった。会話をする必要は無いと判断したらしい。
「足がねえから歩きになっちまうが…、まあ、我慢してくれや」
レオンがそう言い、陵は仕方ないと頷いた。
馬車は持ってるには持っているが、こんな洞窟があるような山奥で使う訳にはいかないし、そもそも、そんなに急ぎでは無い。
「それから……あ、そうだ。どっかに街とかあったら寄ることになるかもしれねえけど…なんか問題あるか?」
更に続けてそう言った。
「…命の危険とか?」
「ねえよ、そんなもん」
美玲が首を傾げてそう言ったが食い気味にレオンが否定した。
「安全ならなんでも。治安の悪い街とかは勘弁して欲しい」
陵は具体的にそう言った。
「…ダメか?」
レオンが少しだけ溜めてから、陵に訊ねる。
「は? ちょっと待て、危ないの街に行こうとしてるのか??」
流石に陵もそれは想定外だったらしい。
「まあな。ついでに言えば、その国を殴りに行く予定なんだけどよ」
「…巻き込まれてるんだけど?安全じゃ無かったのか?」("ついでに"とか、冗談だろ?)
そう思いながらもレオンに問い訊ねる。
「お前らくらい力があればどうとでもなるっての」
「そういう問題じゃないんだけど、それは勘弁して欲しい」
「そこをなんとか…なあ? お前さんにも融通するからよ」
レオンはそう言う。この言い方は実質悪魔の囁きかもしれない。いや、レオンは悪魔のハーフなので本物の悪魔の囁きだ。
「融通するって何を?」
陵は首を傾げざる得ない。
「いやな?俺はこれから傭兵の国で奴隷を買い占めに走る予定なんだよ、今は俺らの人手が足りねえからな。
…で、ここからが問題だ。その傭兵がいっぱい居る国ってのはな? 実質奴隷が居るから国が成り立ってると言っても良い。そんなとこから奴隷を買い占めたらどうなると思う?」
「…国の状態にもよるんだろうけど、国が立ち行かなくなる??」
「そういうこった、その国は第一産業が奴隷をかき集める事だと言っても良い。そんな国から奴隷を取り上げちまえば…実質只の辺鄙な国に成り下がるって訳だ」
経済が回りにくくなった…と注釈が付きそうな辺鄙な国になるだろう。
「へー…、で、融通ってのは?」
陵は、結局本題に入ってない為にレオンに再度聞き訊ねる。
「お前さんが好き勝手に使える奴隷をやるって言ってんだ。煮るなり焼くなりってな」
「・・・」
「奴隷なんざ汚 えし要らねえってんなら、仕方ねえわな」
「…美玲はどう思う??」
陵は後々、自身の指示を聞いてくれる奴隷が居るのは良いと思えた。
「私は特に問題もないけど??」
美玲は問題が無いようだ。
「やっぱり? じゃあ、融通してくれるって言うなら…」
「おっし。じゃあ、それで決まりだな。じゃあ行き…「あ、待った。…維持費はどうすれば良い?」」
陵は奴隷を扱うにあたっての費用を稼ぐ宛てが無い。奴隷は買えば終わりでは無いからだ。
今までずっとサバイバル生活を送ってきたのだ、金なんぞ受け取る機会も払う機会も無い。
「それはうちのボスと相談でもしてくれ。多分、何かしらの条件でそれも負担してくれるだろうさ」
「…本当に信じても良いんだな?」
「最悪奴隷を養えねえってんなら、売れば良いだけだろ?」
「…、そっか、売るって手もあるのか」
少し驚いてから、陵は呟いた。
日本には無い考え方な為、あんまり理解を出来ていなかった陵だったが、レオンにそう言われてやっと理解出来た。
ここでレオンの言う"融通"というのは、"奴隷"としてでは無く、"奴隷を売った時の金"で考えていて、更に言えば、奴隷は完全に物扱いであるという事だ。
「わかった。…行こう。けど、身の安全は確保してくれよ?」
それから少しだけ息を吸い直してそう言った。
「そりゃあ当たり前だろ。お前らに傷付けたら怒られちまうっての」
そんな陵に素っ気なくレオンはそう返したのだった。
☆☆☆☆
「そう言えば、どれくらい時間が掛かるんだ?」
陵は森の中を歩いている途中に、レオンにそう訊ねた。
「3日くらいは最低でも掛かるんじゃねえかなあ?」
レオンはそう曖昧に言った。
「案外短いんだな…」
「そうか? まあ、ここから傭兵の国ってのは結構ちけえしな。それに…」
話してる最中に、レオンは前に出て来た数体のゴブリンに目をやった。
パァン!パァン!パァン!パァン!パァン!
どしゃしゃしゃしゃっ…
出て来た瞬間に、美玲が光線銃ハンドガンで一気に射殺した。
「ひゅう、危ないのは嫌だとか言っときながら慣れてんじゃねえか」
「そうかなー?」
レオンがその動きを褒めて、美玲は首を捻って返す。
「だとしても極力戦いたくない。疲れるし」
陵はそんな美玲に追加する様に言った。
「まあ、そりゃあそうだろうな」
「だから、傭兵の国なんて治安の悪い国にも本当は行きたくない」
「まあまあ、正面から乗り込む訳じゃねえし、戦争には成らねえから大丈夫だろ」
そう、レオンは何も正面からその国に乗り込むなどとは一言も言っていない。
只ちょっと、その国が立ち行かなくさせてやろうかな?と思ってるだけだ。
「とか言いつつ、喧嘩売られたら買うんだろ?」
陵は昨日今日と話してきて、レオンの性格を‐何となくではあるが‐掴んでいた。
「お前だって同じだろうが。この世界に未練がなけりゃあ普通にやんだろ?」
「…まあ、確かに」
幾度も人を殺してきている陵にその感覚は痛いほど理解出来た。
_______どうでも良い。
それが陵と美玲の根底にあるものである。
この世界が貧困で蔓延しようが、壊れてしまおうが、自身が気にせずに済むのであるならばどうでも良いのだ。
それに"誘拐された"という想いを抱える彼らにとっては、それらも相まってこの世界の人々を手掛けることに戸惑いなど無い。
鬼神と聖神の経験した事をも知っている彼らからすれば、それは尚更である。
10人、100人、1000人、10000人、どれだけの死骸を積み上げても気にも止めない筈だ。
「よし、森を抜けたな。後は…こっちの方向に歩き続けりゃあ辿り着ける筈だ」
森から馬車道へと躍り出た彼ら。そして、レオンが進むべき方角を指差した。
「この馬車道を3日も?」
「そういうこったな」
「俺さ、こういう道を通った事無いんだよ。…人に会いたくないから」
何気に陵達は、人が使う道を歩くのが帝国を抜け出して以来である。
「はあっ!? マジかよ。それってつまり帝国から洞窟まで、ずっと森の中を進んだって事か?」
そう驚きながらもレオンは前へと歩き始めた。
「そういう事、だからここら辺の事は全く知らない」
陵やほかの面子もレオンについて行く。
「って事は金の使い方とかもわかんねえのか??」
「単位がわからない」
「はあ…ま、問題はねえだろうし、気にすんな。少なくとも今回は俺達が出すからな」
これからの宿代などは、全てレオン持ちである。レオンらの事情で彼らを振り回しているのだから、それが筋だろう。
☆☆☆☆
「ほら…こういうのが居るから嫌なんだよ…」
それから暫く、特に急くこと無く歩いていると、彼らは盗賊に囲まれてしまった。
確かに美女が2人も居て、尚且つ背の低く、そこまで威圧感の無い男女が1人ずつ、それから小さな子供まで居るのだから、盗賊からすれば格好の獲物の様に見えるだろう。
例え厳ついレオンや、武芸者の風格を漂わせている鬼神が共に歩いていたとしても。
「後ろの奴らを置いていけば見逃してやるぜ?」
盗賊の1人はゲスた笑みを浮かべてそう言う。…次の瞬間、あっさりとその男は絶命した。
美玲が光線銃ハンドガンでヘッドショットを決めただけだ。更にその次の瞬間に、前に立ち塞がる集団に向かってバラバラと光線銃サブマシンガンを放つ。
"ズダダダダダダダダダダっ"という音が成り、前に立ち塞がっていた盗賊が全員地に伏せるまで撃ち続けた。
「あれ?レオンさん、行かないの?」
「お…おう。そうだな」
1人で片付けてしまった美玲に驚きつつも、レオンはそう頷きを返して前に進み始めた。
因みに、フィルドの目は聖神によって隠されていて何も見る事は無かった。
(容赦ねえなあ…)
レオンは盗賊の吹き飛んだ頭を見て、思わず内心で呟いた。
宣戦布告すらせずに、戦うという意思すら見せる前に敵を殺したのだから、容赦が無いという話でも無い気がするが…。
「ふああああっ…」
そんな中、ユウの上に乗って自身で歩いていなかったフィリカが、眠たそうに欠伸をした。
『眠そうだな』
「…ユウさんの乗り心地が良過ぎるのがいけないんですよ」
只歩く分には、ユウの背は本当に揺れが無いのだ。
『レオンと変わってやったらどうだ?ここらの奴らであればお主も遅れは取らんだろう?』
「そういうのは夫を立てるべきです。例え死ぬ程暇だとしても…今レオンがやっている事は彼の役割ですから。…というか、そもそも私達が居る事が保険ですからね。いったい何処と戦うのでしょうか?」
フィリカは治癒や味方の能力強化をする事を専門としているが、だからと言って1国を滅ぼせる初級神くらいは悠々とあしらえる。
ユウは魔法と足技を専門とする馬神で、上級神くらいなら悠々と渡り合えるだけの力を持っている。
更にレオンは、この世界の最高神擬きを殺し得る程の力を持っているのだ。
当然過剰戦力だが、それでも国に打撃を与えて来いとシンに言われている為、慎重にやるつもりらしい。
奴隷を買い集めて国に打撃を与える。そんな事は、国を滅ぼせる彼らがやる事では無いだろうが、それでも彼らはそんな手段を取るようだ。
その手段に理由があるのかは、まだ何とも言い難いが…。
『主は神が出現したら倒せと言っているのだ。この世界に存在する何者であれ、叩き潰してやれ…とな』
ユウはそう告げる。
恐らくそれは真実だろう。どんな敵が前に現れても、打ち倒せるだけの戦力がこの場には揃っているのだから…。
「そんな神が現れるとは思えません」
『私も思ってない。単にどんな敵であれ、おそるるに足らない布陣になっているだけだろう。少々主は臆病過ぎるのだ』
「それは私も思います。ミリを外に出す時は必ず自身が同行しますからね」
『…我が主は過保護で臆病過ぎる』
ここで言われている主とは、当然シンの事である。
「ええまあ、でもだからこそ、信用出来るのだと夫は言っていました」
『むっ…確かに、そう言われるとそうかもしれんな』
フィリカとユウはそう結論を出した様だ。
一方、そんな風にフィリカが1人で話しているのを聞いて、内心で陵と美玲は首を傾げるのだった。
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