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第二部-裏-少女の目覚めα

(ここは…何処?)  そう思い、体を身動ぎさせる。何やら柔らかい物に挟まれているらしい事は理解出来た。 (? …腕が動く)  かつて縛られていた腕が動くのだ。その事実に驚きを隠せなかった。  それから、腕を上に持ち上げてみる。…持ち上がった。  そんな事が少女には信じられなった。  今まで、常に腕一つ動かす事の許されない生活を送ってきたのに、何故今の私の腕は動くのだろう?…と。 「$€jfべkぁlんfkんあlんdlxl!」  誰かが叫ぶ声が少女の耳に届いた。だがしかし、少女は人の言葉がわからなかった。  扉が勢いよく放たれる音がする。  そして少女の耳には、あまりにも何も聞こえない時間がやってきた。  …だが、それもすぐに終わりを告げた。 「目覚めたのか?」  若い声が、けれども何かが冷めてしまった男の声が少女に聞こえた。  少女は言葉を知らない、にも関わらず、彼が何を言っているか理解出来てしまった。  だが、少女は声の出し方を知らない。返事も出来なかった。 「¥¥@w)xisnkisnisか?」(喋れないのか?)  しかし、先程の彼の声もわからなくなってしまう。  "目を覚ます"という動作は知っていても、"喋る"という動作は知らないからだ。  すると、横になって目を開けている少女の目に、茶色の髪の男が入った。  少女はびくりとする。  そんな少女を彼は抱え上げて、そして部屋から外へと運び出されてしまった。 ☆☆ 「ガウリエル、アリスとアステンノは居ないか?」  シンは"ヘブンズガーデン"の我家に居る中級神に問い訊ねた。  アリスは異能を持つティルの妹だ。そして、アステンノはシンらが唯一殺さなかった研究者だ。 「アリスはキッチンで皿洗いをしています。それから…アステンノはいつも通りに研究室に引き篭もっているかと」  アステンノにはシン自らが新たな実験室を与えていて、その実験室に引き篭もっている。  アステンノと言う女性は、半神半人のリオンや中級神ガウリエルと仲が良いらしい。…というよりも、他の存在が怖すぎるので触らぬ神に祟りなしと言った所だろうか? 「アステンノを呼んできてもらっても良いだろうか?」 「彼女の身体が動かせれば連れてきます」 「…あいつはまた無茶をしてるのか」  アステンノがシンらに殺されなかったのは、単純に自身を改造対象としているからだろう。 「まあ良い。応じられればで構わない」  シンがそう告げると中級神は外へと出ていった。 「アリス。今、少し良いか?」 「え? あ、勿論大丈夫です。パパ」  口調が綺麗なのはレイやガウリエルの教育の賜物だろう。それ以上に、彼女が頑張りたいと考えたからこの様になっている訳だが。  キッチンの水を止めて、メイド服のポケットに入っているタオルで手を拭い、彼女はキッチンから外へと出てきた。 「パパが呼ぶって珍しいです」 「…それもそうかもしれないな。もうちょっとこれからは構う事にしようか」 「あ、そういう事ではなくて、単純に珍しいなってだけです」  今のアリスの口調は砕けている方だ。 「まあ良いか。アリスの目は何処まで見えるようになった?」  アリスはそう唐突に言われて、身体が固まる代わりにエルフらしい長耳をパタパタと動かした。 「力を使えば色々と見えちゃいます。その、見え過ぎちゃうから使ってないです」  そして、そう言った。 「…制御が聞かないのか?」  シンがそう問い尋ねると、アリスは頭を横に振った。 「見たいなって思えると何でも見えちゃうんです。だから…その、使うといつ何処で何が見えるようになるか解らなくて…」 「見たいと思えば…か、あまり大事には至ってないみたいで安心した」 「私にとっては大事ですよっ!? だって男の子の着替えとかも見え…あっ!?」 「…私は何も言わないからな」 「はいです…」  顔を真っ赤にさせてアリスは俯いてしまった。脱衣所を覗いたのでは無く、あくまでも色々な物を見ていたら偶々…である事は弁明しておく。 「まあ良い。で…本題は彼女だ」  シンは自らが抱えている彼女を見せてそう言った。 「その子がどうかしたんですか?」 「言葉が話せない。…というより知らないみたいでな」 「あ、私に世話をして欲しいってこと?」 「そういう事だ。その目があれば人の考えてる事くらい読めるだろう?」  シンはアリスの異能に頼る為にここに来たのだ。頼らなくとも自身が面倒を見れば問題は無いだろうが、ずっと彼女を世話する訳にはいかないからだ。 「パパ…私はそんな事したくないんだけどな…」 「人の考えていることを読むべきで無いのはわかる。ただ、彼女は空っぽなんだ。…口を開く事すら知らないようだ」  アリスはあまり異能を使いたくない。見たくない物まで見えてしまうこの目があまり好きではない。 「…わかった、面倒を見てみる。…でも、パパとかが居ないとちょっと怖い」  アリスはその少女の面倒を見る事に否は無い。けれども、フォロー出来る大人が居ない事には少しだけ恐怖を覚えるようだ。 「なら…ティルと同じ様に屋敷に来るか?」 「え? …それでも良いけど…」 「大丈夫だ。ここで教わっている事は全て向こうでも教えてやれる」 「わかった。じゃあ、そうする」  アリスはどちらでも良いタイプで、屋敷に行こうがここでメイドをしていようが、今やっている事を学び続けられれば問題は無い。 「わかった。なら、この子を預かっててくれ。私はアリスの部屋を用意させてくる。…それから、この能力をアリスにはあげよう」  シンは少女をアリスに手渡し、更にアリスの頭に手を置いて、とある能力を彼女に与えた。  そして、その場から転移して消えてしまった。 ☆ 「えっと、聞こえていたら頷いてください?」  受け取った少女の顔をアリスが覗き込んで訊ねた。少女が少女に訊ねている形になるので、少しだけ面白い空間になってしまっているようだ。 「・・・」  覗かれた少女は真っ直ぐにアリスを見つめ返すだけだった。 (…どうしたら良いの?)  アリスは取り敢えず、ずっと持ち上げているのも疲れるので、その少女を椅子に座らせる事にした。  それから少女を異能で視る。 「聞こえてたら頷いてください」  もう一度アリスは問い掛けるが、少女には反応が無かった。いや、厳密に言うと少女の思考の中では反応しているのだが、身体を動かさなかったのだ。  理由は簡単で、"聞く"事は知っていても"頷く"事を知らないからだ。  少女の思考を読んでそれを理解したアリスは、少女に"頷く"事から教える事とした。 「ええっと、自分が良いと思ったり、出来ると思った事は首を縦に振るの。嫌だと思った事や、出来ない事には首を横に振るの」 「・・・」  アリスは少女の思考を読んで、彼女が理解している事を確認する。 「頷くって首を縦に振ることなの。だから、聞こえてたら頷いて」  少女はその言葉を聞いて激しく首を縦に振った。加減が解らずに激しく振ってしまったのだろう。 「もっとゆっくりで小さくて良いよ。わかったら縦に首を振ってね」  コクコクコク  今度は小さくゆっくり頷いた。 「よーし、じゃあ次に行こう…」  アリスのそんな声を遮る様に部屋の扉が開かれた。入って来たのはアステンノとガウリエルだ。 「本当に目覚めたんだね。シン様はどこに?」 「知りません。何処かに行きました」  アリスは自身を研究材料にしようとした、研究者達の一人であったアステンノが嫌いだ。  いや、正確に言えば居ただけで、アステンノは彼女に対して何もしていないが、それでもその研究員であった事に変わりはなかった。 「・・・」  流石に開口一番に嫌悪感を叩き付けるように言われるとアステンノも堪えるが、それは自業自得だ。  今、アリスの目の前に居る少女以外にも、未だに目を覚まさない少女がもう一人居る。それは人型キメラとシンに呼ばれた存在だったが、それ以上はまた今度語られる事だろう。未だにその少女は目を覚まさないのだから。 「準備を終えた。…アステンノは来れたみたいだな。もう1人の少女を引き続き面倒見てくれ」 「…わかりました」  シンがアリスの部屋の準備を整えて、こちらへと戻って来たようだ。  アステンノを呼び出したのは単純に"これからも巫山戯た事をするなよ?"と言いたかっただけに過ぎない。  彼にとって、アリスが話しかけていた少女と人型キメラの面倒を見させる為だけの存在でしか彼女は無いのだ。 「さて、行こうか」  シンは流れる様にアリスと少女に触れて転移した。  ☆ 「はい、アリスにシンいらっしゃーい。それから貴女の名前はこれからソフィアね」 「・・・??」  シンが自身らの書斎に転移すると、ミリが彼らを出迎えた。だがしかし、少女は全く意味を理解していない。 「ママ、その、伝わってないです。"名前"の意味とか…」  アリスはそうやって明るく出迎えてくれた母に言い辛そうに告げる。 「あらら…そうなの。もしかして"名前"と言う概念もわからなかったりするのかしら?」 「多分そうだと思います。ママは私の知らない言語を使ってるのに、私はその意味がわかるから」  ミリの言っている意味が伝わるのは、彼女が言葉に言霊を乗せて喋っているからであって、それは当然、ただの人が出来る様な技術では無い。  一般の人が行う会話は、ただ単に音を変質させて耳に届けているだけである。  因みに、先程シンがアリスに渡した能力は言霊を乗せるための物だ。 「そう…名前の意味すら知らないのね。わかったわ、今日1日付き合ってくれるかしら?」  ミリはアリスに目線を合わせてそう訊ねた。 「え? あ、うん。…はい」  アリスは少しだけ顔を近付けられて慌てた。  ミリがアリスにそう頼んだ理由は簡単で、彼女には少女の思考が読めないからだ。 「全く、貴女も"うん"で良いのよ。私は貴女の上司ではなくて親なのだから、もっと気を抜きなさいな」 「う、うん」  更にミリが呆れたように言い、アリスは相槌を打った。 「じゃあ、シン…その…お願いしても良いかしら?」 「この街の書類仕事なら任せてくれれば良い。やりたいようにやってくれ」 「その言葉に甘えさせてもらうわね。…じゃあ、貴女達は私と一緒に別の部屋に行きましょうか」  ミリはアリスと少女を連れて、そのまま書斎から外へと出て行ってしまった。  ☆ 「…アイ」 「はーい、何?シン兄?」  シンは隠密神アイリスを召喚した。 「私の手伝いはしなくて良い。その代わりにミリの警護を頼む」 「はーい、じゃあ行ってくるね。…あ、襲ってきたのは全員殺しちゃって良いよね?」 「殺してはダメだとは言わないが…そこら辺は個人の裁量で決めてくれて構わない」 「わかった〜」  アイは自身の気配を殺し、ミリの元へと向かって行った。  ここで行った召喚は、召喚される側が拒否をした場合は召喚されないものだ。  今の時間、偶々彼女が暇だったのか、何かをやっていたがシンに呼ばれたからと召喚に応じたのかはわからない。 「さてと…私は代わりにやっておかないとな」  ミリとシンはいつも2人で手分けして書類仕事をしている。逆に言えば、1人の場合は増えてしまうので、早めに手を付けなければならなかった。 「…うん?」  そんな中、ミリが困っていた書類を見つけた。その書類は冒険者ギルドからの物だった。  "冒険者ギルド"という組織は、何処の国にでも組織の建物が存在する大きな組織だ。そして何処の国からも独立している。…情報などで連携もしているようだが。  つまり、この書類には"代表になったのなら1度は顔を出せ"と書いてあるのだ。簡単に言えば…の話ではあるが。  シンは冒険者ギルドと提携するつもりは無い。そもそもこの世界の組織を信用していないし、冒険者ギルドには前科があるからだ。  幻影の英雄と呼ばれしリオンを、半神半人を、自らの裕福の為に売り飛ばした組織であると彼は認識していた。 「ふむ…、行ってみるか」  彼は冒険者ギルドに興味を抱いたのか、はたまた、思う所があったのか、どちらかはわからないが、書斎を後にする事にした。 ☆☆☆☆ (…この建物が冒険者ギルドか)  シンは屋敷から出て、冒険者ギルドの前に立っていた。周りに顔を覚えられないようにローブを被っていた為、何処かのお偉いさんがお忍びで来ているようにも見えた。  その建物の扉を開けると、喧騒の賑わいが聞こえてくる。 (うるさい。この建物は只の溜まり場なのか?)  シンはそう思いながらも、空いている受付カウンターに真っ直ぐに向かった。 「すまない。ギルドマスターに会いたいのだが?」 「あら〜、よく私の所に来たわね? それで?ギルマスに会いたいのなら紹介状とかが無いと無理よ?その格好からすると富豪さんなのかもしれないけど…」  その受付の女性がそう言うと、シンに殺気の様な物が複数から向けられた。 (嫉妬の類か?…ああ、そうか、こうやって睨まれるからここは空いていたのか) 「これがある」  シンはそう思いながら、気にも止めずにそう言い、その書類を渡す。  …と、同時にシンはこう思う。 (…こんな女の何処が良いのだろうか?)  そして直ぐに、そんな思考すら意味が無いと切り捨てた。 「ふーん、わかりました。ギルマスに聞いてくるわ」  その女性はその書類を持って、上の階へと上がっていってしまった。 「そこの男共、…静かにしていろ」  その女性が消えたと同時に、彼はこちらに絡んで来ようとした男達にそう言い放った。  そして、その男達を上から圧力を掛けて地面に押し潰した。魔法だろうか? 否、シンは魔力を使わずとも自然現象の1つ2つは引き起こせる。  男達は嫉妬から彼に絡もうとしたのかもしれないが、もし仮に彼の所まで近付いていたとしたら、その時点でこの冒険者ギルドと呼ばれる建物は消え去っていただろう。  彼は既に冒険者ギルドを、完全に敵とは言わないが、それでも敵側だと決め付けているからだ。  敵対行動を取った時点で、冒険者ギルドが自身に敵対したものだと判断した事だろう。  偶々シンの機嫌が良かったから、先に忠告として地面に平伏させられたのだ。これが何時ものシンであったら、敢えて絡まれて、反撃として冒険者ギルドの建物ごとぶち壊していた筈だ。  人造神族の少女が目覚めた事が、この建物の生存に繋がったようだ。 「用意が出来ました。案内致します」  先程の女性が仕事モードに入ったのか、そう告げて彼を案内する事になった。  結果、ギルドマスターとやらと話をする事になったのだが、交渉はあっさりと決裂した。
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