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第二部-裏-ティルの生活。

「っ! つーーーーー!」  とある部屋ではティルの大きな息遣いが響き渡る。  その部屋はシンがティルの為に用意した筋トレルームで、ティルは絶賛筋トレ中と言う訳だ。  ガチャンっ!  ティルは持ち上げていた、両端に鉄の塊のついた棒を地面に置く。 「ふーー…。きっつ」  ティルは近くにあった筋肉増強剤を手に取り、自身の喉を通した。  この筋肉増強剤は、シンとレイが合作で、ティルに合わせるように作った物だ。  ティルの身体を調べ、それから筋肉の発達を促す魔物を調査、捕獲し、更に色々と物騒な物を混ぜ合わせて作られた。 (この後は…素振りか、レオン師匠が居ねえんだよな…)  ティルは次の特訓メニューを思い浮かべ、更にレオンが屋敷に居ない事を思い出した。 (レオン師匠どこ行ってんだろ?)  そんな疑問を持ってみても、結局知らされていないのだから、ティルに知る由は無い。  そんな疑問を持たれている彼は、シンの指示で少し遠出をしているのだった。  ティルは立ち上がって、更に剣を振るうべく屋敷の庭へと向かった。素振り用の刃無しの剣は既に手に持っている。  最近のティルは、肌身離さずに刃無しの剣を持ち歩いていた。一々自室に取りに戻るのも面倒だからだ。  強く成る為、暇が有れば素振りばかりをしていた。 ☆  庭に出て、剣の素振りをいつも通りに始めた。  縦振り、横振り、足の移動のさせ方、腕で振るのではなく全身を使って振る。レオンに教わって来た事を、心の中で反芻させながらひたすらに振るう。 「ティル、そろそろあの少年に食べ物を与えなくてはなりませんよ」  いつも夢中になって何時間も振り続けてしまうティルに、レイはそう告げて素振りを止めさせる。レイが彼のタイムキーパーの様な役割を果たしていた。 「あ、いつも、ありがとうございます」 「あの少年の為の食事は、貴方の部屋の前に置いてあります」 「はい、わかりました」  レイの言葉を聞いて、ティルは彼女に一礼をすると、そのまま刃無しの剣を持って屋敷の中へと戻って行った。 ☆  それから、ティルは自身の部屋へと戻り、自身の部屋の前に置いてある食事を手に取って中へと入る。 「ティルさん」 「おう、食事の用意をしてくれたみたいだからさっさと食いな」  ティルは半死状態だった少年が起き上がっているのを見て、笑顔を向けて食事をベッドの隣にあるサイドテーブルに置いた。  かつて半死状態だった少年は、話せるくらいには回復しているようだ。 「ありがとうございます」 「作ったのは俺じゃなくてレイ様だ。今度歩けるようになったらお礼をしに行くからな?」 「はい」  未だに立ち上がれない少年は、似つかわしくない綺麗な返事をして、ティルが持ってきた食事に手を付ける。 「…で、立てるようになったらって話なんだけどよ。少し歩く練習をしなきゃ、立てるようにならねえらしい」  ティルは食事に手を付ける少年にそう告げた。彼はそれをシンに説明されていた。 「…そうなんですか?」 「そうらしい。だから、夜になったら少しだけ練習してみようぜ」 「…わかりました」  明るく告げるティルに少年は少し不安になった。この後は何が待っているんだろう?と、なんでこんなに親切にするんだろう?と、名も無い自分に世話を焼いてくれている彼は何なんだろうか?と。  身体が弱っているせいか、少年の食べる速さはあまり早くない。それでもティルは彼が食べ終えるのを待っていた。 「うっし、食べ終わったな? じゃあ、ゆっくり休め」  ティルは少年が食べ終わったのを確認すると、奪う様に食器の片付けを始め、そのまま、それらを持って外へと出て行ってしまった。 ☆☆ (ちょっと優しくし過ぎたか?)  ティルは過敏に、少年が不安になっていた事を見抜いていた。 (でもなあ…、ああやるしか恩を売る方法なんてねえし…)  少年の信頼が少し揺らいでいる。それを感じたティルは少し思い悩む。 (そろそろ正直に言うべきかな?)  それしか無い様な気がしながらも、彼はまだ決断には踏み切れないようだ。 (いんや、気持ち良くついて来てくれそうな綺麗事でも並べてみるか…)  彼は少年に対して、自身の考えている事を告げるのは、また今度にしようと思った。  その代わりに、少年が納得して信頼してくれそうな、そんな言葉を考える事にした。 「どうしたの?ティル? 難しい顔しちゃって…」  そんな事を考えながら廊下を歩いている彼に、そんな彼の前から歩いて来たミリが訊ねた。 「あ、母様。えっと、連れ帰った子の事でちょっと…」  正直にティルは口に出した。 「ふ~ん? …時間も少し空いてるし、何かあるのなら相談に乗るわよ?」  ミリは自身に少しの暇が有る事を思い起こしてから、彼にそう告げる。 「あ…えーっと、その…ですね。拾って来た子に少し不信感を抱かれてるっぽくて…」  すると、ティルは悩み事を戸惑う事無く彼女に吐き出した。 「不信感? その子がそう言ったの?」 「いえ、単に何となく感じただけです。不信というか不安と言うか…」  聞き返す様に訊ねるミリに彼は少しだけ困った様にそう言った。 「そうねえ…、確かに子供は判りやすいわよねえ…」 「そう…ですね」  ミリが少し考えるような仕草をしてそう言い、ティルは相槌をうつ。 「一度、腹を割って話す必要はあるでしょうね。でも…まだ早いんじゃないかしら?」 「そうですよね。俺もそう思ったんですけど、それは止めようって思ってたんです。だから…彼が欲しそうな言葉を並べようかなって」  つまり、綺麗事を並べるつもりだと彼は言っているのだ。 「…私はあまりお勧めはしないわよ、それ。嘘偽りなんて簡単に見破れてしまうもの」 「・・・」  だが、それを止めた方が良いと言うミリに黙り込むしかなくなった。 「だから…貴方の本心から言葉を作りなさい。その子が嫌だと思う事だけは告げずに、その子が好むと思う言葉を自身の本心から編み出しなさい」 「…本心?」  ティルは彼女の告げた言葉を半分も理解できなかった。 「ええ、貴方はその子に何を思っているの? その子を拾って来たのは何で? 何故貴方は、その子をここに連れてくる事を選択したの?」 「それは…死にかけていたから…」 「なら、何故その子を選んだの? その子だけが今にも死ぬ寸前だったの? …そうじゃないわよね。レオンから聞いた事だけれども、貴方は迷う事無くその子を拾い上げたそうじゃない。その時に思ったのは何だったのかしら?」  ミリは更に畳み掛けるように彼に問い訊ねる。 「…それは、その、路地裏の子供達から、信頼されやすい様にする為に…」  ぼそぼそと口に出すティル。 「それは違うわ、只の大義名分よ。だって、その大義名分がきっかけでその子を連れ帰ったのならば…、貴方はもっと回復させやすい子を吟味して選ぶことが出来た筈だもの。だいたい、何で態々死にかけを連れてくる必要があるのよ?」 「それは…回復した姿を見せる為で…」 「じゃあ、尚の事、態々死にかけで有る必要は無いわね。それこそ…判りやすく体がボロボロになっている子で良かったじゃない。判り易く青あざになっている子だって探せば居るでしょうし、骨が判り易く変な方向に曲がっている子だって居たでしょうよ」 「…でも、そう思ってたのは事実で…」 「だったら、そう思わさせた原因を考えなさいと私は言ってるのよ」  ティルはそう言われて頭を悩ましたが、それでも理解する事が出来なかった。 「私が言えるのはこれくらいかしら? ただ…私はその本心を拾って来た子に告げるのは良く無いと思うわよ」  ミリは最後にそう告げ、彼の肩をポンポンと叩き、入れ替わる様に彼の後ろを歩いて行った。 (何にだって始まりの発端になる感情があるのよ。思う事だってそうなの、だから、気が付きなさいな。…時間を掛けても良いから)  ミリは自身の子供として面倒を見ている彼にそんな思いを抱きながらも告げる事はしなかった。 ☆☆☆  ティルは、そんなミリに言われた事を理解出来ないまま外へと出ていた。  剣を振っているとあまり物事を考えなくて済むから…という事と、何かやってる気になって落ち着くからだ。  何かをやっていないと(はや)る気持ちが抑えられないのだ。  ______俺は力が無いから。  _____魔無しだから。  そんな焦る気持ちを、少しだけ、剣を振る事が鎮めてくれる気がしたからだ。  だから、片手に持っていた刃無しの剣を持ち直し、縦に振り下ろした。 ☆ 「…余計な事、言ったかしら?」  ミリは書斎の窓からそんな彼を覗いて、少し不安な気持ちになる。 「…どうしたんだ? 手を止めて…」  そんなミリを不審に思い、そう声を掛けたのは彼女の夫だった。 「いえ、その…ちょっと偉そうな事をティルに言っちゃったのよ」 「それで?」 「それで…ほら、この窓から見えるでしょう?」  ミリは隣にシンを呼び寄せて、更に窓の外を示した。 「ティルが剣を振ってるな」 「あの子、悩み事があったりすると筋トレとか素振りとかを無心になってやるのよ」 「…ああ、つまり悩んでるのか」  そう言われて初めて、シンはティルが深く悩んでいるのだろうなと考えた。 「ええ」 「まあ、悪くは無いだろう。心配する必要もない」 「そう…かしら?」 「そうだ。親が出来るのは道を決めてやる事ではなく、寧ろ、分かれ道があるのだと提示する事だ。だから、何かに疑問を持たせて悩ませる事は良いことだ」  シンは少し不安そうにするミリに告げた。綺麗事かもしれないが、それが人としての在り方に近付く為の最善の方法だからだ。  愛を知り、多くの分岐点を知り、そこから派生させる事によって自身の生き甲斐を見つける。生き方を見つける。  多く悩み、多くを選択した者の心は、きっと強靭な物になるだろう。きっと、多くの存在に理解を示せるだろう。  (まこと)に、シンが彼にそうやって成長して欲しいと思っている。だからこそ、実験動物として使われた彼にも愛を知って欲しいと思う。  いや、実験動物として扱われた彼にこそ、シンは光を見て欲しいと考えていた。  光を知るだけでは失敗作、光と闇を知って、時には闇をも武器にして戦えるような、そんな人材になって欲しいと彼は考えている。  もちろん、一途な思いは、考えは、感情は、全てを貫く力となるかもしれない。  だからと言って悩まない事への大義名分にはならない。いや、寧ろ覚悟を決めるのは最後で良いのだ。  感情がふらついていては打ち倒せない、そんな強大な何かが立ち塞がった時にのみ決めれば良い。  だからシンは、彼の願いを出来るだけ叶える事にしている。  筋トレの道具を創り出したのだってシンだし、彼の飲料に細工をしたのもシンだ。  親役を引き受けた以上、素晴らしい子供だと自身が思える様に最善を尽くす。だが、押し付けてはならない。  現に、ティルだけが力を求めているから、彼だけに手を貸しているのだ。…少しだけ。  ティル以外の子供達は皆、未だに"ヘブンズガーデン"で笑顔絶やさずに魔法を習ったり、家事の仕方を教わったり、剣を習ったり、更には外界にあった出来事を読み聞かせたりして、少しでも疑問を持ちやすい様な環境を作っている。  だから偶に、外に行きたいという子供が出て来たりもする。それでも今この屋敷にティル以外が居ないのは、シンがこんこんと外の危険性を説明したからだ。  それでも折れない子供達を屋敷に連れてきた事もあったが、1日以上留まることは無かった。  屋敷に連れてくる時は、基本1人で…である。  楽しく話す事も出来なくなると、子供達にとっては不安になったりするのだろう。だから、屋敷で一夜を、1人で過ごした子供達は帰りたがったのだ。 「私は…私の両親みたいに、子供達に与えてやれてるのかしら?」  今は亡き、かつて惨殺された。それが酷く惨く、未だに消えない程に愛してくれていた両親の様に、ミリは彼らに接せているのだろうかと考える事が多々あった。  何も、悩んでいるのは子供だけではないのだ。 「どうだろうな。だがまあ…私は、やれていると信じたい」  シンも断言はしない。それでも人の親を名乗る事のプライドがあるから、やれていると信じようとする。 「貴方はいつも断言しないわ」 「ああ、逃げているからな。…必要の無い断言をする気は無い」
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