41 / 176

第二部-裏‐新たな拠点。(1)

 グランパレス共和国の街を奪い取り、数十日が経った。 「ふう…人族至上主義の排除はまあまあ終わったという所だな」 「そうだろうな。あーだけどよ、住民が随分減っちまったらしいぜ?」  シンが呟き、レオンが答える。 「軍も元々あったやつがほっとんどゴミっかすみたいに縮小しちまってるしなあ…」 「それは仕方ないわよ。…というか、レオンがその軍隊をぶっ潰したんじゃない…」  レオンの声音がボヤキに変わると、そこをミリがツッコむ。  本来なら"ヘブンズガーデン"から外に出てくる予定の無かったミリだったが、子供達がある程度落ち着いてきた事もあり、シンのお手伝いとしてここに来ていた。  因みに"ここ"というのは元代表の屋敷であり、元代表の書斎である。 「ミリが居てくれて助かったな」 「内政なら私に任せてくれれば大丈夫よ。一応経験はあるの」  それは今は亡き街で経験した事柄だが、それでも明るくミリはそう言った。 「レオン1人で1国くらいは相手出来るだろう?」 「そりゃあ出来んだろ、今更普通の人族に負けるとは思わねえ。…ま、油断してると足元すくわれっからしねえけどよ」 「なら軍は要らない…と」 「俺…超多忙になるな」  レオンはこれからを想って項垂れるしかない。自信を持って答えるべきじゃなかったなとも思う。 「レイは何をしている?」 「いつも通り屋敷の世話ね。ヘブンズガーデンの方はガウリエルが居るから問題は無し」 「だいぶ環境は整ってきたな。…ティル」  そこで初めて、シンは書斎の隅っこに小さくなって座っているティルに声を掛けた。 「え? あ、はい? なんですか??」 「孤児達には多少のリスクを背負わせてでも、この地で色々と経験させるべきだと思うか?」  シンはせっかく1つの街を手に入れたのだから、今後の展望も含めて手に入れた孤児達に様々な事を経験させてやるべきでは無いかと思っていた。 「あ…えっと、その事なんですけど、少し聞きたい事があります」  シンの言葉に答える前にティルは聞きたかった、…彼の真意を。 「ほう??…言ってみろ」 「父上は何のために孤児達を集めているのですか? それを知らない事には何とも…」  ティルはシンの真意を当然知らない。けれども孤児の中で最年長でありそれなりに聡明だ。当然、シンがタダで自身らを助けているとは思っていない。 「…ティル、私は子供としての意見を聞いているのだが?」 「聞くとどうなるのですか?」 「ティルを私達が縛り付ける事になる。…何も知らない子供では居られなくなるという事だ」 「…それは他の弟達も同じですか?」 「当たり前だ。お前だけを特別扱いしている訳では無い」 「わかりました。あ…それを誓ったからって死んだりしませんよね?」 「ああ」 「はい。では、それを理解した上で俺に教えてくれませんか?」  シンの紫色の目をティルの薄金色の目が捉える。それを周りで見守っているミリとレオンは身動ぎもせずに、只々静観しているだけだった。 「はあ…、わかった。お前達に手間暇掛けて魔法やら座学やらを教えているのは、お前達を使って新たな世界を収める為だ」  シンはゲロった、もう隠す必要も無いだろうと。 「新たな世界…?」  当然首を捻るティル。 「ああ、私はこれから数年後に恐らくとある世界の管理者になっているだろう。その世界で色々とやるのに人手が欲しいと思っている」 「…俺達を?」 「ああ、だからこの世界に帰ってくる事は出来ないし、もう二度と戻れない」 「世界が違うって国が違うのと同じなのですか?」 「全く違う。人の意思で世界間を移動する事は通常出来ない。ティルも見ただろう? 私の超常的な力を」  魔法のある世界で"超常的な力"と言われても"何だそれは"という具合ではあるが、確かにシンの力はこの世界で異常性を極めている。 「…はい」  ティルは素直に漠然とした理解を持った。この理解を得る為だけに、この街を奪い取る前からティルと共に行動しているのだ。 「…わかりました」  生唾を飲み込んでからティルは何とか声に出した。 「で、ティルは孤児達に経験させるべきだと思うか??」 「俺は…思いません」 「ほう?」  ティルは反対を口にした。 「なんでかしら??」  それは、思わず静観していたミリが口を挟む程には、周りもその発言に驚いていた。 「父上、孤児がこの街を歩いて繋がりを持ってしまったらこの街を離れ辛くなってしまうと思います。俺も小さな頃は"魔無し"だと口々に言われ虐待を受けているのにも関わらず、自分が生まれた街を出る事が出来ませんでした。…まあ、出ても捕まったんですけどね」 「つまり、孤児達の第2の故郷になってしまうと?」 「…はい」  シンは無邪気な年端もいかない子供達を思い浮かべて、そんな事もあるかもしれないと思えてしまった。 「人手が欲しいのであれば、俺からもう一つあるんですけど…」  ティルはもう1度口を開き直してそう言った。 「良いぞ」  もちろんシンに止める理由もない。 「俺はこの街から出るにも出られない貧困層に恩を売って働かせるべきだと思います。昨日、レイ様に同伴してもらって街を見てきました。…孤児が多かったです」 「つまり"ヘブンズガーデン"に居る孤児とは別枠で育てればいいと?」 「はい。食べる物に困っている孤児なら、父上がこの地に収まる前の環境を鮮明に覚えていると思います。逆に言えば父上に忠誠も誓うのでは?…と」  ティルの本音は自分と似たような境遇-はぐれ者-をただ助けたいだけかもしれない。でも、いや、だからこそ"助けて欲しい"とシンに言わずに孤児の良さをアピールする。  喚いたって大人は手を差し伸ばしてくれない事を、既にティルは理解している。 「ティル、素晴らしいな。その孤児達はティルが指揮しなさい」 「それでは…その、俺に…」 「それで良い。資源はこちらが出してやるからやってみなさい」  例え忠誠がティルに向かう事になったとしても構わない。ティルがシンに忠誠を誓えるのならば、それはあまり大きな問題にはならないだろう。  いや、仮に問題になったとしても、"ティルの経験になる"のならそれもアリだと考えていた。 「ありがとうございますっ!!「あ、それから…ティルはもう少しワガママに言っても構わない。まだお前は子供なんだから」」  立ち上がって深々と礼をしたティルにシンはそう告げた。 「…はい」  それを聞いて少し罰が悪そうな顔をするティル。 「そうよ。貴方がどんな過去を持っているのか私達は知らないけれど…もっと甘えなさい。愛情を知らないと…折角知れる機会なんだから知っておかないと、今後苦労するわよ?」  そんなティルの後ろから、ミリがそうつらつらと口に出しながら抱きしめた。 「? …苦労?」 「今はわからなくても覚えておけば良いわ。レオン、ティルの護衛をお願いね」  ミリはレオンに気軽にそう言った。今はまだ街中が殺気立って居るから、一般人であるティルには護衛が必要なのだ。  シンが突然に強引に、人族至上主義の街を解体したのだから仕方の無い事でもあるのだが…。 「おうよ。ほら行くぜ?それと、ティルは帰ったら剣の稽古とレイとの組手だからな?」 「…頑張ります」  これから街に繰り出して色々と始めようとするティルだったが、今までやって来た特訓や訓練は一切手を緩める気は無いらしい。  彼の日課は常に厳しくなりそうだ。  バタンっ! 「あの子はいったいどんな環境で育ったのかしら?」  レオンとティルが出て行ったのを確認して、ミリは口を開いた。 「さあ?」 「記憶を読んだのでは無いの??」  ミリはてっきりシンが自分にした様に、彼はティルが経験してきた事を知っているのかと思っていた。 「あれは…ミリだったからやっただけだ。…全てを背負うと決めたからな」 「そう…ありがとう、でも私も貴方の事を支えるのよ。だから…お互い様になれると良いわね」 「もうお互い様だ。ミリは私を満たしてくれている。レイの件だってそうだし、私の力にだって割り切ってついて来てくれている」 「その言葉が聞ければ充分よ。ふふっ、でも、あまり変な事はしないでちょうだい。内政を私に任せると言ったのは貴方なのだから」  それはまるで自身の稼ぎを妻に握られている夫の様だった。いや、握らせたと言うのが正しいかもしれない。 「意地は張るな」 「わかってるわよ。家族に意地張りしたって意味無いもの。…だからティルにも、本当は知って欲しいと思うのだけれど…」  家族として受け入れると言う意味合いを、ミリとシンが孤児の親役を引き受けた意味合いを。  ガチャり  そんな中、その書斎の扉は開かれた。 「ミリさん、その…言われていた調査に行ってきました」  そう言って入って来たのは異端拷問に掛けられていた魔女のエルージアだ。 「あら、ありがとう。男性恐怖症とかは種族的に問題無さそうね?」 「あ、はい。魔女ですから」  この世界での魔女は、どの種族であれ逸物の大きさが合いさえすれば子供を成すことが出来てしまうのだ。  そして体を重ねた♂の種族的な能力を抱え込み、必ず女の子が生まれるのだ。 「魔女って強い種族の力を手に入れる為に体を重ねるのよね?」 「え? まあ、はい」 「ねえ、シンの相手をしてみない??」  突飛なミリの提案。  ミリ個人としては、シンの血を受け継いだ子がどんな風になるのか見てみたいというのが第一にあった。  魔女は人よりも子を腹に成しやすいと聞く、だったらシンとの子供も出来るのでは?…と。  不死種が簡単に子を為せるかもしれないと、そう思ったのだ。 「・・・」  当然、自身の上司の様な存在に夫と寝てくれと言われたエルージアは、目を白黒させたまま黙りこくってしまった。 「…ミリ?私は良いとは言ってないが?」  そんな中、彼女が再起動する前にミリの肩をがしりとシンが掴んだ。 「彼女の身体はとっても綺麗よ??」  シンに対してそう返すミリ。…どうやら吸血鬼の本能に近い物が出ているらしい。 「第一、寄り掛かられるだけの女性と私は体を重ねたくない。ミリだって私にとっては頼りになる女性だ。重ねてはいないがレイだってそうだ。でも…彼女は? 身体が情欲を誘うから? そんな理由で私に抱かせようとするのは止めてくれ」  シンは怒っていた。そんな価値の無いものにそういう行為を貶めたくなかったから。 「…ごめんなさい。でも、違うの、私は貴方の子が見てみたかったのよ」  そんな様子のシンにすぐミリは謝罪する。 「?」 「魔女は子供をとてつもなく成しやすい体をしているの。…私なんかとは違うのよ」 「だとしても私は嫌だ。子供を作るならしっかりと認めた相手と体を重ねて作りたい。…何千年掛かっても構わないんだ」  これはシンの嘘偽りの無い本音である。 「でも…見てみたいなって思っちゃったのよ」 「…だったら諦めてくれ」 「じゃあ、彼女がシンと対等になれたら…それでも良いの?」 「…彼女がしっかりと愛してくれると言うのなら」  言外に、ミリが強引にエルージアを育てても意味が無いと言う。 「ん、それは大丈夫よ。貴方がかっこよく助けたから堕ちちゃったみたいだし…」 「それは憧れのような物だろう?…そんなくだらない感情を向けるのはやめてくれ」  シンはそんなミリの言葉に頑なに反対した。 「…だそうよ、エルージア」 「え…あ、う…」  エルージアの目からはポロポロと涙が零れる。本当に慕っていたのか初恋に破れたのかは知らない。  ただ…少なくとも魔女としての生殖本能とは別に、純粋に好意は持っていたのだろう。 「あ、いや…すみません。…失礼します」  エルージアはそそくさと外へと出て行ってしまった。 「はあ、空気が重くなるからやめてくれ」 「貴方も結構キッつい言葉掛けたわね。…私と全然違うのね」  シンは書斎に置かれているソファーに寄りかかり、気持ち悪くなった空気を払拭させるように告げる。対して、ミリはシンに対して"やっぱり"と思った。  この街を乗っ取ってから既に20日以上が経っている。  その中でエルージアがシンに恋焦がれている様な目線を向けていた。  ミリはそれを知っていたから、彼女に"私は反対しないけどシンは嫌がっている"と示したのだ。…少しだけエールを込めて。 「それはそうだろう。ミリの事は愛しているが彼女は赤の他人だ」 「…でも、彼女が成長したら受け入れるんでしょう?」 「…どうだろう?」  頑張って彼女が成長した姿を見たとして、それによってシンの心が動くのかは全くわからない。 「…フっちゃうのかしら?」 「有り得るだろうな」  幾ら大切でない存在から愛された所で…そうシンは思えてしまう。  ミリが殺されたら…シンは力を持って世界を終わらせるだろう。当然レイが殺されても同じだ。  存在価値を赤の他人と比べられる筈もないのだ。
良い
エロい
萌えた
泣ける
ハラハラ
アツい

ともだちとシェアしよう!