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第零部‐ミリの劣情。

 あれから約200日が経ち…。 (…眠い)  ミリは寝ぼけ目を擦りながらも目を覚ました。 (シンは…まだ隣で寝てるわね)  自身と同衾しているシンを見て、まだ眠ってる事を認識する。 (んー・・・)  そんなシンの隣で上体を起こして伸びをする。 「ふああ…」  特になんの意識もなく、自然と欠伸が零れた。 (今は…もう朝よね)  ミリは吸血鬼という事もあって、日夜逆転の生活を強いられている。通常は夜の時間が彼女にとっての活動時間だからだ。  因みに通常の吸血鬼は日に弱いが、神祖の吸血鬼にそんな事実は無い。あくまで吸血鬼という種族の生活習慣の上での話だ。 (もう、慣れてきたのだけれども…)  ここに来てから今までの間、ミリはシンの隣で生活してきた。吸血鬼とは違う生活に慣れるのも当然だった。 (起こそうかしら…?)  隣で眠っているシンを見てミリはそんな事を思う。1人では暇のようだ。 (時間的には…起こしても問題ないわね)  シンの部屋に置いてあった時計が6の針を指しているのが、目に入った。 「シン、起きましょう?」  どうやらミリはシンを起こす事に決めたようだ。ミリはそう言いながらもシンの肩を揺すった。 「…ん………ミリは起きたのか…」 「ええ」 「…そうか」  シンは眠そうにしながらも上体を起こす。 「最近はミリの方が起きるのが早いな」 「…そうね?」  実はここ数日の間は、毎日の様にミリがシンを起こしていた。 「前までは私の後に起きていたのに…」 「…そう言えば、そうよね?」  ミリ自身も"なんでだろう?"と考えたが、答えは出なかった。  答えはミリ自身の精神が安定し、毎日をぐっすりと眠れるようになった事が理由なのだが、彼女自身はそれに気付く由もない。 「まあ良い。…起きよう」  シンはそんなミリの頭に軽くポンポンと手を置く様に触れてから、ベッドから立ち上がる。 「…ええ、起きましょう」  ミリはそんなシンに目を細めながらもそう言った。 ☆☆☆  一方その頃、キッチンルームではレイ、フィリカ、ガウリエル、それからレオンが朝食の準備をしていた。  レオンは調理はせずに、テーブルに皿を並べたりなどをする役目である。 「フィリカさん、そこの切られたネギをこちらに。こちらの大根をそちらの鍋に入れてください」  レイはフィリカに指示をして、微塵切りに切られたネギとぶつ切りに切られた大根を彼女とトレードした。 「わかりました。レイさん」  フィリカはレオン以外の歳上には基本的に()()付けで呼ぶ。一方、レイがフィリカに"さん付け"をするのは彼女の容姿や潜在能力から相まったオーラのせいである。  レイ曰く、"呼び捨てにしてはいけない気がします"、だそうだ。 「ガウリエル、出汁は?」 「もう充分だと私は思います」 「では、信じます。次をお願いしますね」  レイとガウリエルはもう既に長い付き合いな為、あまり言及した事を言わなくても伝わるくらいにはなっている。  もちろん、フィリカには正確な指示をとばしていたが。 「いつも通りの良い匂いだな」  シンはミリと‐キッチンルームに直接繋がっている‐食堂に入ってくるなり、そう呟いた。 「だよな。いつもいつも美味しくて最高だぜ」  そんな中、食堂に皿を並べていたレオンがその呟きにそう返す。 「いつもいつも助かるよ、レオン。ところで…アイとリオンがまだ来ていないようだが…」  シンは未だに姿の見えない2人を気にしてレオンに訊ねる。 「いんや? 俺は知らねえけど…」  レオンもどうやら知らないようだ。 「…まあ、良いか。何か手伝える事はあるか?」 「俺だけで充分だ」  シンはそんな2人を思考の隅によけて、レオンに更に訊ねた。…が、そんな事は存在しない様だ。 「なら…私達は大人しく待つしか無さそうだな」 「…そうね」  少し気まずそうにしながらも、シンとミリは食堂の椅子に腰を掛けたのだった。 ☆☆  一方その頃、建物の外では…。 「リオン、シン兄から剣を貰っておいてその程度なのっ!?」  アイはそう言いながら、リオンの顔面を殴り掛かろうとする。 「だってっ!? アイの姿が殆ど見えないんだよっ!?!?」  リオンはアイの叱責に泣きそうになりながらも、かなりギリギリの所で彼女の拳を躱した。 「だって、…リオンが強くしてくれって言ったんだよ?」 「そ・う・だ・け…うひゃあっ!?「無駄口叩くくらいならさっさと躱して」」  アイは文句を言おうとするリオンの口を塞ぐように、彼女の前から姿を消して、また、突然殴り掛かった。  リオンとアイは仲が良さそうで何よりである。 「つうっ!!」  リオンは自身の持っている剣をアイに振るった。彼女はあっさりと紙一重で避け切る。 「嘘おっ!?「驚いてる暇なんてあるの?」」  アイはリオンに馬場キックをかます。 「うっ…」  リオンはそのまま地面に吹き飛ばされるように転がった。流石に上級神のスペックで蹴りを入れられると飛んで行きそうになるようだ。  リオンは人族社会において"幻影の英雄"と呼ばれた英雄である。自身が"半神半人"である事も影響して、持っている力全てが平均の人族を大幅に上回っていたから…というのもそう呼ばれた原因の1つだろう。  そして"幻影の…"と言われるように幻を扱う事を最も得意としている。  …のだが、アイには何一つ効果が無く、泣く泣くこうして近接戦闘を彼女と行っていた。 「ほらほらほら」  アイは素手での戦いにおいては完全に素人であるが、自身が今まで戦ってきたレイの動きを真似ながらリオンに殴りかかっていた。  当然、それでもタダの素人レベルだし、リオンは自身が得意とする剣を持っているのだから、この戦いにおいてのアイの手の抜き方は異常だ。  そんな中、リオンは一瞬の間を縫う様に攻勢に出た。  アイは全てを紙一重で躱していく。彼女にとって、レイの攻勢に比べれば温いという段階の話ではない。 (彼女は半神半人だって言ってたし…僕もだいぶ強くなったよね)  アイは改めてそんな実感を内心に抱える。  その次の瞬間、ノーモーションでリオンの脚にローキックを決める。 「つうっ!?」  脚を蹴り飛ばされ、痛みと"どしゃ"という音と同時にリオンの視界は反転した。  そして、最後に動けなくなったリオンの首元にアイは手刀を添える。 「終わり。ご飯食べに行こっか」 「…はい」 (アイがこんなに強かったなんて…)  リオンは内心でぶつくさと呟く。  アイは普段が普段でかなり巫山戯ている様に見えるし、体も小さい為、そう思ってしまうのは仕方の無い事だろう。 ☆☆☆  がちゃり  食堂の扉が開かれた。 「おはよう、アイ」  扉を開いた主を見て、シンはそう言う。 「おはよー」  アイはそう返した。 「…後ろのリオンは生きてるのか?」  シンはまるで死人の様に、生気の無い顔をしているリオンを見て訊ねる。 「あははー、歩いてるから大丈夫だよー」  アイは笑ってそう答えた。…良いのかそれで…。 「はあ…程々にしてやれよ?」 「大丈夫大丈夫、僕は武器使ってないからさ」  シンはそのアイの返事を聞いて、そこで会話を切った。  レイやガウリエル、フィリカやレオンによって食事が運ばれてきたからだ。 「では皆さん、食事の時間です」 ☆☆☆☆☆  それから数時間後、シンとミリ、それからリオンとアイはダンジョンの中に居た。 「ミリ、左前方にゴブリン」  シンがそう告げる。  この51階層のゴブリンはレベル300を当たり前の様に超えていた。これは、この世界での"普通のワイバーン"を、ゴブリンが1体だけで倒せてしまうレベルである。  ずしゃんっ!!  ミリはそんなゴブリンの頭をあっさりと切り落とした。 「まあ…余裕だろうな」  シンはそんなミリを見て、特に驚きも無く呟く。 「シン兄、次の獲物はこっちに譲ってね」  アイはそんなシンにお願いをする。 「ん?…わかった」  だいたい何をするかはわかっていたが、敢えて止めなかった。 「ほらリオン、行ってらっしゃい」 「えっ!? またっ!?」  アイにそう言われ、思わずリオンは叫んでしまう。 「だって、僕がやっても意味無いし」 「はあ…わかったよ…」  リオンは諦めて、自身の剣を持ち直した。これはシンがテキトウに造った剣で、決して彼女の為に造られた物ではない。  ゴブリンがシン達の前に現れた瞬間に、リオンは間合いを詰めて斬り裂いた。 「やっぱり、弱い訳じゃ無いんだよね…」  リオンの瞬間的な動きを見てアイはそう呟く。 「アイが可笑しいんだよ…」  "とほほ…"と聞こえそうな顔でリオンはそう言い返した。 「…そんな事言ったらシン兄はもっと可笑しいし?」  アイは近くに居たシンに目を向ける。 「まあ…自覚はあるが…」  シンはアイの視線を受けて呟いた。 「シン? あの魔物…戦ってみたいのだけれども」  そんな中、ミリが声窄みにそう言う。 「…行ってこい」  シンは目の前に出現した虎型の魔物を見て許可を出した。 「ありがと」  ミリは小さく微笑んで、ゆっくりとその魔物に近付いて行った。  当然、アイとリオンはシンの位置まで戻って来て見学をする。 「ぐるるるるっ…」 「・・・」  ミリは前方の魔物を見据えながら血爪を作り出す。 「ぐああああっ!!」  その魔物は5m以上もあり、ミリに爪を振り下ろす様に飛び掛かった。  ばぎゃあっ!! ぎゃりっ…ぎゃんっ!!  ミリはそんな爪に敢えて合わせるように血爪を叩き込み、弾く。  虎型の魔物は、唸りながらも何度も何度も、振り下ろしては距離を取って、振り下ろしては距離を取ってを繰り返していた。  一方ミリは魔物が距離を取った際に追撃を出来たのにも関わらず、しなかった。  ミリは爪の合わせ合い、重ね合いを楽しんでいたのだ。  だが、やがて魔物の爪は割れ、ミリの血爪が魔物の腕を斬り裂いた。 (…そろそろ頃合いね)  ミリは軽く屈み、勢いを付けて走り出すと同時に、血爪をまるでアームソードの様な形に変えて一刀両断した。 「随分と楽しんだな…」 「ええ、ちょっと色々とあるのよ」  シンの呟きにミリはそう返した。 (色々と発散しないと襲いそうになるのよね…)  ミリは内心でシンを見てからそう呟く。 (同衾なんてしてるから…耐えられなくなりそうになるのよ…)  更に愚痴愚痴とそんな事を思っていた。 「はあ…」 (後100日とちょっと…)  ミリはシンとの約束を思って、自身の欲求を抑え込む。 (でも、そもそも断られる可能性もあるのよね…)  本当に受け入れてくれるのか? 恋人期間?の様な物で終わってしまうのではないか? ミリはそう思う。 (それは嫌ね…)  ミリはこの約200日の間で、かなりシンの事を欲するようになっていた。それが、もしそれで駄目だったら?余計に思わせる。 (…好かれる様に頑張らないと駄目よね?) 「ミリ、どうした?」  シンがぼーっとしていたミリに話し掛けた。 「あ…えっと、シンに好かれるには…あ…」  返事がてらに声に出すと、考えていた事を当の本人に告げてしまった事にミリは気が付く。 「あー…その、シンは私の事をどれくらい好きになってくれたかしら?」  けれども、それを切っ掛けにシンに問い訊ねた。 「…私か?…どれくらいと言われると難しいが…もちろん日に日に好きになってるな。どうしてそんな事を?」  シンは特に照れもなく正直にそう答え、更に聞き返す。 「私ね、だいぶ貴方の事が好きみたい。…だから振られたら嫌だなって思ったのよ」  そんなシンの疑問にも正直に気持ちをぶつけるミリ。 「それは…多分問題ないと思うが…」  シンとしてはミリを嫌がる理由は無いし、今まで共に過ごして来て、初めて出会った時よりも良い女性だと思っている。 「"多分"なのね?」 「断言はしない。…未来はわからないから」  それでも定めた期間の間は断言はしない。彼女の本心を自身の願望で遮りたく無いから。  敢えて、ミリに考えるチャンスを与えているのだ。彼が彼女に求めている関係性を妥協しない為に。 「ん…そうね、じゃ…ん…」  ミリはそう呟いた直後に、シンに対して上から無理矢理深いキスをした。 「…これが答えだから…覚えておいてくれると嬉しいわ」  ミリはミリで積極的に行くつもりのようだ。…若干積極的と言うよりも欲望に溺れている感じもしなくは無いが…。 「…ああ、覚えておく」  シンはそれだけを答えるのだった。 (僕居るのになあ…) (きっと、あたし達に見られても恥ずかしくないんだろうなあ…)  取り残されたアイとリオンの方が気不味く感じられてしまったようだ。
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