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第零部‐平々凡々な日々を…。

 それから翌日になり、シン達の家ではかなり珍しい事態が巻き起こっていた。 (ん…朝…でしょうか?)  腕の中にアイを抱えながら眠っていたレイはやっと目を覚ました。 「…気持ち良く寝てたね。レイ姉」  アイはそんな彼女に目を向ける。 「? 起きていたのなら起こしてくれても構わなかったのですが…」  レイは既にアイが腕の中で目を覚ましている事実に首を傾げた。 「いやー…ついつい、気持ちよく寝てたし?」 「確かに…アイは良い抱き枕になりました」  レイはアイを腕から解放して、自身に掛かっている軽いブランケットの様な物を捲り、起き上がった。 「それなら良かったよー…」 「ええ、ところで時間…は…・・・」  レイはそう呟きながら固まってしまう。 「あちゃ~固まっちゃったか…」  アイはそんなレイを見て、"やっぱり"と思った。 「アイっ!? 何故起こさなかったのですかっ!?」  やがてレイは再起動して、素っ頓狂な声をあげた。…明らかな寝坊なのだ。 「あ~うん、良いかなって…」 「良くありませんよっ!? 誰が朝食の準備をするのですかっ!?」  レイはそう言いながらも起きなかった自業自得な為に、急いで普段着へと着替えようとする。 「あーうん…、シン兄は知ってるから大丈夫だよ?」 「…ガウリエルが何とかしてくれたのでしょうか?」  レイの眷属である中級神ガウリエルは、彼女の朝から晩までの行動を全て知っている。 「うん、"私に任せてください"って張り切ってたけど?」 「そ…そうですか。なら…良かった」  アイがそう言った事によって、レイは深く安堵の息を吐く。 (不覚ですね。…だらしない…)  とは言え、内心ではそう自身を責めていた。 「レイ姉、僕、レイ姉のご飯が食べたいなーって…」  アイはそんなレイを励ます為にそんな提案をする。 「わかりました。…今すぐに作りますね」 「あーうん、別にそんなに急がなくても…」 「いえ、どちらにせよ。このまま眠っている訳にはいきませんから」  アイがせかせかと動き始めようとしたレイを抑えようとしたが、あっさりと拒絶された。 「はあ…、1日くらい寝てたって誰も文句言わないのに…」  アイはそんなレイを見てそうぼやくのだった。 ☆☆☆☆  がちゃり  そんな音と共に、レイが勢い良くリビングルームに入って来た。 「おはよう。レイ」 「主、申し訳ありません」  シンを見つけて、レイは早速寝坊したことについてを謝った。 「…謝る必要はあるのか?」  シンは今の所は全く、レイが家事をする事を強制していないのだ。  「僕は無いと思うけどね。…むしろ働き過ぎだと思うし」  アイはレイが頭を下げた後ろからそう言った。 「そう言う事だ。今日はいっそのこと家事は全て休んでしまったらどうだ? ガウリエルも居る事だし…」  シンはアイの言葉に同調する様にそう提案した。 「…では、アイの食事を作り次第、今日はお暇を取らせて頂きます。…そこで、主、1つお願いがあるのですが…」  レイは大人しく受け入れる事にして、シンに1つお願い事をしたいようだ。 「言ってみてくれ」  シンはまずは聞く。 「普段着に使われる布とは比べ物にならないくらいの丈夫な布を貰いたいのです」 「…ワイバーンの革くらいしか思い浮かばないんだが…」  シンはそう言われて考えたが、他には思い浮かばなかった。 「アイの装備を作る際に創り出した、主が編み出した革が欲しいのです」 「…ああ、あれか…」  シンが"惑星(ほし)教科書(あるきかた)"に書かれていた"エンシェントドラゴン"と呼ばれる存在の革を解析し、自身の"創造魔法"で素材として創り出した物だ。  厳密にはこの世界に現存する"エンシェントドラゴン"の革程、素晴らしい物では無い。"エンシェントドラゴン"と呼ばれる存在は何千年と生きているドラゴンの事であり、その革は長い年月によってのみ初めて生み出されるのだ。だから、今ここでシンがそれについての解析を行い、創り出したとしても絶対に同じ物にはならない。 「…ダメでしょうか?」  レイは難しい顔をしたシンに心配そうにそう告げた。 「いや…やってみる」 「では…お願いします」  レイはそう言ってシンに一礼をしてから、アイの朝食を作る為にキッチンルームへと向かった。アイはそんなレイに付いて行った。 ☆ 「…ドタバタしてるのね」  シンの隣に座っていた神祖の吸血鬼であるミリがそう呟いた。 「ん? ああ、いつも通りだ」 「そうなの…。ねえ、レイって女の人とはどんな関係なの?」  ミリは少し気になったのか、シンに訊ねる。 「まあ…家族だろう」  シンの答えはそれだった。彼はそんな事を告げながらも"エンシェントドラゴン"の革を構築していく。 「本当に?私は第二夫人でも怒らないわよ?」 (あんなに親しく話しているのに…?)  ミリはもしもの仮定を交えながら、そう思いながらそう言った。 「それは無い。レイは妻ではないよ」 「…じゃあ、今後も一切そう言う関係にはならないの?」 「…それはどうだろうな? そう言う扱いをしなければいけないのであれば、それも有りだとは思うが…」  例えば、人妻で無い事を理由にレイがしつこく言い寄られたりしたら…などなど。 (今は考えなくても良いのね。…シンはレイって女性を手放す気は無さそうだけれど…)  ミリはシンの答えを聞いて、彼とレイの関係性にそう結論を出した。 「ミリ、私達は少し外を散歩しようか。…ミリの能力も私は知りたい」  シンはレイに頼まれた物を作り終えたようだ。 「…能力が見たいだけよね?」 「それは否定しない。吸血鬼がどんな物かを知らないからな」  シンは記録上では"吸血鬼"がどのような物なのかをおおよそは知っている。…が、実際に目で見るのはミリが初めてなのだ。 「…ん、良いわよ」 「なら…外に行こうか」  シンはミリを連れて家の外…それなりに離れた場所へと移動した。 ☆☆ 「え?…本当に私は戦うの?」  ミリはシンの提案に思わず唸りそうになる。 「まあ、手っ取り早く能力を見るにはこれが1番だろうからな」 「…私、嫌よ」  ミリはシンの提案を明確に拒否した。 「なに、軽い運動だよ」 「…わかったわ」  ミリはシンの言葉を聞いて、あくまで運動として、シンと戦う事を決意した。嫌々ではあるが…。 「掛かって来い」  シンは素立ちのままそう言うが、それでも意識は油断無く構える。 「…ええ、そうさせて貰うわ」  ミリは言うなり自身の腕から紅い鮮血を飛び散らせて、鎖状にしてシンへと放った。  シンは自身の身体に撃ち込まれようとしている鎖を、自身に着弾すると思われる場所にだけ結界を張って受け止める。  ガキィィインンっ!! ガキィィインンっ!!    けたたましい音が鳴り、ミリの鎖とシンの小さな結界が競り合う。競り合った次の瞬間、ミリはとんでもない速度でシンへと突撃した。 (レイと同じ近接戦闘派か…)  そう思いながらも、シンは魔法で鉄を生み出し、"鍛冶"の技能と魔法の火を併用させて、瞬時に剣の形に整える。  ミリがシンの目前に辿り着き、彼を鮮血で造られた爪で地面を抉りながら引っ掻いた。  シンは造り出した剣をその爪に合わせたが、一瞬で剣は細切れにされ、間一髪の所で躱す羽目になる。 (危なかった。…ミリが使っているのは神が使っていた神力とも、私が1番使っている魔力とも違う)  更にミリの追撃が休まる間もなく続く。それを瞬時に、彼女の振り下ろす腕を反らすように結界を張って、シンは自身に攻撃が当たらないようにする。 (これは…結界?? 私の腕に当てて反らしてるのね…)  一方ミリはシンの細かな技量に舌を巻いた。彼女は彼に対して、"もっと力押しで"攻めてくると思っていたからだ。 (だって…私よりも圧倒的に生物の格が上なんだもの…)  ミリはシンが自身よりも圧倒的に強い事は既に理解していたのだ。 (さっきの剣も…)  彼女が先程斬り裂いた剣も、普通は、あんな訳のわからない作り方をしない事くらい理解していた。 (さてと、どうしたものかな…)  シンはミリの凄まじい攻撃にどう反撃しようかを悩む。 (…出来れば遠距離攻撃は避けたい)  せっかく相手が近接戦闘を行っているのだから、自身も出来るだけ近くで対応してやりたいとシンは思うのだ。  これは相手を倒す為の戦いでは無いのだから…。 (なら…これでいってみよう)  シンは心に思った事をそのまま形にした。それは2本の小さな十字型の短剣だった。  ガキィィインン!ガキィィインン!  その短剣はミリの爪撃を防ぐ事が出来た。…出来たが、それでも短剣には深く爪痕が残ってしまった。 (()()を混ぜたのに…こうまであっさり切り裂かれるか…)  神力とは主に神族が使用する力で、魔力にかけあわせながら魔法を発動させる事で、通常の数倍もの力を放つ事も出来る。そんな状態で精製された剣ですら、ミリの血爪と斬り合う事は出来ないようだ。  蛇足ではあるが、"神力"のみでは火や水を生み出すことは出来ない。 「…ミリ、武器を使っても良いだろうか?」  シンはこのままミリと近接戦闘を行うのは不可能だと判断したようだ。 「?…良いわよ?」  ミリは猛攻を掛けながらも、シンにそう返事を返した。 「ありがとう。…実質負けみたいなものだがな」  シンは呟く。  そして、自身が造り出した武器の中で、最も業物になったと考えている1本の刀をどこからとも無く取り出し、そのままミリの鮮血によって長く厳つく伸びている爪を撫でる様に斬り裂いた。 「嘘っ!?」  ミリはその光景に動揺したものの、瞬時に斬り裂かれた爪を鮮血で精製し直す。 (この程度ではスキは生まれないか…)  シンはミリの瞬時の行動に感心した。  ミリの爪をあっさりと斬り裂いた刀は、"切断の刀"と彼が名付けた存在で恐ろしく斬れ味が高いが、この刀の本懐はそこでは無い。  この刀は概念的に物を"切断"する事が出来るのだ。  …だが、この戦いでそんな能力を使用する気は無いらしい。 (っち!? あちこちからっ!?)  ミリの爪撃から防御に徹していたシンに、四方八方の地面から無数の鋭い鮮血が襲い掛かった。  シンは驚きつつも顔には出さず、四方八方から撃ち出された鮮血を全て、小さな結界で1つ1つをブロックしていく。 (全く、どうやってるのやら…)  地面から突然撃ち出された鮮血は、魔法では無い(魔力を纏っていない)為に、シンは感知する事が出来なかったようだ。  これがアイだったのなら、当然あっさりと見抜いていただろう。 (まあ、そっちがその気なら…)  シンはそう考えて、先程飛び掛ってきた鮮血と同じ様に地面から鋭い木々を生やし、四方八方からミリに襲いかからせる。  ざしゃん!  ミリは自身の手刀に鮮血を纏わせて長い刀の様にし、四方八方から生やされ、自身に向かってきた木々を一閃した。襲い掛からせたそれらはボトボトと地面に落ちる。…全くもって効果が無いようだ。 (…魔法は基本的に効かないのか?)  シンは心の中でそう思いながらも、ミリに対して、苛烈な接近戦を仕掛けていくのだった。 ☆☆☆  一方その頃、新たに"ヘブンズガーデン"へと引っ越してきた夫婦は…。 「レオン、布団は干し終わってますね??」 「おうよ。服は…2着ずつ貰ってんだよな?」  フィリカがレオンに指示をだし、彼がそう言う。 「はい。ガウリエルさんから支給されています」  フィリカはレオンにそう答えた。  1日で用意された服なのだから、当然味気の無い服ではあるが、それでも捕まっている時に着ていた粗悪品よりは全然マシである。 「って…レオン?」  レオンは自身よりも小さなフィリカの身体を後ろから抱き締めた。 「…良いじゃねえか。減るもんじゃねえんだし」 「それにしたって色々と終えてからです。…本当は私だってレオンに甘えたいんですから」  レオンに上目遣いでそう言うフィリカはとても綺麗な銀目と、まるで女神より女神様の様な容姿が相まって物凄く美しく見えた。 「やっぱ、フィリはめっちゃ綺麗だな」  レオンはそんな光景を見て呟く様にそう言った。 「…そこは可愛いでは無いのですか?」  少し膨れた様にフィリカはレオンにそう言い返す。 「…ベッドの上では可愛いかもな」 「んもうっ!! そういう事は言わないでください。…そういう事もしたいのはわかりますが…」  事実、それなりに天使としても悪魔としても若い彼らからすれば、欲求不満になるのは当たり前の事だったりする。 「わーってるよ。俺もしてえけど、我慢してんだからよ」 「…こうやって抱き着かれると…」 「俺は割と抑えられるけどな」 「…私は欲求不満が溜まってるように思えます…」  レオンは抱き着くことによって発散出来ているが、フィリカは寧ろ抱き着かれたことによって溜まってしまっていた。 「ちょっと上向けよ」 「?…!?」  フィリカがレオンにそう言われ、何だろうと上を向いた次の瞬間、熱いキスがレオンから交わされる。  どっぷりねっぷりしている、舌同士を絡ませる、濃厚なキスだった。 「ん…、…こういう所は悪魔っぽいんですから…」  口と口が離れ、フィリカは満足そうにそう言った。 「満足しただろ?」 「…ええ、満足しました」  どうやら、少しだけフィリカの欲求不満が解消された様だ。 ☆☆☆  それから少しした後、シン家の玄関前では…。 「大丈夫か?」 「…ええ、力を出し切っただけよ」  シンはお姫様抱っこをしているミリにそう言い、彼女はそう返す。  シンは先程の戦いを、ミリの最大の一撃を正面から受け止める事によって終わらしたのだった。  その結果が今の彼女の状態である。力を使い切って歩けなくなっているのだ。 「私の方が背が高いのに…こうやって運ばれるなんて変な感じね。…父様に小さい頃、こんな風に運ばれた事もあったかしら…」  ミリは今はもう亡き父を思い言葉を紡ぐ。 「…そうか」  シンはそれ以上は言わない。  それからミリを抱き抱えたまま、シンは自身の部屋へと向かう。それからベッドの上に丁寧に彼女を寝かせた。 「…ありがとう」 「どう致しまして」  "ミリの紅い眼と金色の髪はとても似合っている"、シンはそう思う。 「ねえ…何もする事が無いのならここに居てくれないかしら?」  ミリはどこかへと行こうとしたシンを呼び止めた。 「まあ…する事は無いから構わないか」  シンは部屋にあった椅子をミリの顔が見える位置に移動させ、深く腰を掛ける。 「ミリはもう少し髪を短くした方が似合いそうだな」  それから長い金色の髪を見てそう言った。 「…そう?」 「ああ。まあ…今も綺麗ではあるが」 「ふふっ」  言い繕うようにシンがそう言った為、ミリはそれが少し面白かった。 「…貴方も完璧じゃないのね」 「それはそうだろう。まあ…出来ない事は無さそうだが…」 「本当に私なんかを口説いてて良いの?」 「そうすると決めたからな。嫌われようが合わなかろうが、最後まではやってみると決めてる」 「もう…そう言われると照れちゃうわね」  ミリが少し茶目っ気を出してそう言った。 「ミリはそう言う事には慣れてると思ってたが?」  シンは彼女が吸血鬼の国で、貴族の令嬢の様な立場で生きてきた事を知ってる。 「ふふっ、違うのよ。ここは神祖の吸血鬼である事はあまり意味を成さないでしょう? 神祖ともあると、色々と政治利用されそうになるのよ」 「うん? どう言う意味だ?」 「だからつまり、口説くにしても私じゃなくて神祖の吸血鬼を口説いてるって感じなのよ」 「ああ…なるほど」  確かに神祖の吸血鬼という珍しい存在にシンも興味が無い事は無いが、それでも、興味があったとしてもこうやって口説こうとする意味は無い。  だから、今、シンが口説いているのはミリであって神祖の吸血鬼では無いのだ。 「私を見てくれるって嬉しいわ。でも…シンにだけ口説かれるのも面白くないわね。私も貴方の事を口説きたいわ」 「…それは私に言うことでは無いだろう??」 「ふふっ…そうかもしれないわね」 「・・・」 「それと…私は別に今決断してしまっても良いのよ?」 「…それは駄目だ」  決断とは一緒になるという事だ。…が、それをシンは許さない。 「そうよね。そうやって考えてくれるから、私は貴方を良いなって思い始めてるもの」  ミリはもう既に陥落している。  でもそれは、恋愛がどうとかの話ではなく、自身の希望の光として、シンを見ているが故である。  それはつまり、ミリが精神的に弱っている決定的な証拠である。  そんな状態で心に決めた所で、良い関係は結べないだろう。  アイとだって最初は助けたが、今となってはその程度の間柄では無い。それは家族に近い関係なのだ…いや、家族だって言ってしまっても間違いは無いかもしれない。  シンは彼女を口説くにあたって、そのような事をずっと考えている。  一緒になるという事は家族になると同じなのだから、そう簡単には決断を下せないし、当然即決なんてもっての外なのだ。 「でも、こうやって優しくされ続けたら…私は貴方を嫌いにはならないわよ?」  ミリはシンにそう言う。 「私も口説いている間は嫌いにはならないだろうさ」  シンもそのようにミリへと言い返した。
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