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第零部‐これからを…。

 それから夕食の時間を終えて、それぞれがそれぞれに与えられた家へと戻っていた。  そんな中、アイはシンに相談する為に、彼の部屋の前に立っていた。  "コンコン"と扉をノックして中には声を掛けずに待つ。それは吸血鬼の彼女がこの部屋で眠っているからだ。  吸血鬼の彼女はシンに自身の部屋に寝かされてからは1度も起きておらず、当然夕食の時間も彼女だけが顔を出さなかった。  "がちゃり"と扉が開かれて、中に居るシンがそっと中にアイを手招きした。  アイは自身とシンに、彼女の眠りを妨げない様に"隠蔽"を掛けた。 「…で? 相談事はなんだ?」  シンは声量を少なくしながら訊ねた。 「うん。実は…今着てるローブが指輪の中に仕舞えなくなっちゃったんだ」 「…だから戦闘中でも無いのにずっと着ていたのか…」  シンは今までアイが"隠者のローブ"を脱がずに居た事に若干の引っかかりを心の中に覚えていたが、あえて何かあるのだろうと思い、聞かなかったのだ。 「…脱げるのか?」  彼は更に続けて訊ねる。 「ううん、脱げない」  アイはそう言った。顔には出ていないが、不安な内心を抱えている事を彼は理解した。 「アイ、大丈夫だ。何とかしてやるから」  シンはそんなアイを落ち着かせる為にそう言い聞かせる。 「あはは…バレちゃった? …やっぱりシン兄は頼れるね」 「…少し待っててくれ」  アイの弱った返事を聞いて、シンは彼女を視る。すると、そのローブが彼女の身体の一部分になっている事がわかった。 「…アイ、そのローブを自身の内に仕舞い込む想像をしてみてくれ」  シンは更にその事実からそう告げる。アイは言われた通りに想像すると…自身の着ていたローブは無くなってしまった。 「…え?」  どうやらシンの考え方は間違っていなかったようだ。 「こ…これ…どういう事?」  アイは当然焦った様にそう言った。今まで着ていた装備が自身の中へと入ったのだから、驚きである。 「それはもうアイの一部になったようだ。アイは進化したと同時にそのローブと融合したらしい」  シンは視た結果を隠す事無く、アイに伝えた。 「…僕は何に進化したの?」  アイは恐る恐るシンに訊ねる。 「()()()だよ」  シンはそう答えた。  アイは今までの50年と、自身より明らかにレベルの高い神を仕留めた事により、神へと進化を遂げたのだった。 「僕が…神様?」 「区分的には上級神らしいな。…戦いでは恐ろしく強そうだが」  上級神とは中級神が束になっても勝つ事の出来ない存在である。因みに、アイが倒した神は上級神だった。  因みに、中級神とは初級神が束になっても勝てない存在で、初級神は人の国を軽々と滅する事の出来る存在である。 「あはは…なんか、凄い事になってるんだね。…僕」 「力も物凄く強くなった筈だ」  今のアイにはエルフとしての基礎筋肉量では無く、上級神としての基礎筋肉量が備わっているのだ。  当然魔力やその他諸々の能力値も飛躍的に上がっている。 「あ…うん、それは僕も思ったよ。ちょっと力を使うのが大変だったもん」  アイは自身の力を隠蔽する事で、今までの力加減と同じ様に今日を生活した様だ。 「その力には早く慣れておいた方が良い。後…少しくらいはレイを追い詰められるかも…な?」  シンは少し楽しそうな顔をしてそう言う。神になる事だって、悪い事ばかりじゃない。 「…あ、確かに。うん…明日また挑戦してみるよ」  アイは毎日の様にレイと試合をしているのだ。それは彼女自身の戦闘技能を上げる為だが、レイはレイでその試合のお陰で更に強くなっていたりする…それは蛇足だろう。 「…不安にさせたな」  シンはアイを椅子の上で抱き締めて言った。 「ううん、実は先にレイ姉に相談してたから…」  アイはされるがままにされながらもそう返す。 「レイはあまりアイの詳しい事まではわからない筈だが?」 「うん、でも、大丈夫だって言ってくれたんだ」 「ああ…まあ、良いか悪いかくらいはレイにでもわかりそうだな」  シンはアイの言葉を聞いて納得する。 「うん、その時にレイ姉にもこんな風に抱き締められたよ」 「そっか…それは良かった」  シンは密かに安心した。アイに人外の道を歩ませた事に…。 「…んっ…」  部屋に居た吸血鬼の彼女が今にも目を覚ましそうだ。 「じゃあ、解決したし…もう僕は行くね」 「そうだな」  シンはアイを離した。 「シン兄もレイ姉も、そんな事思わなくて良いんだよ。…僕は幸せだから、じゃあ…おやすみなさい」  アイはシンにそう告げて、シンの部屋から外へと出た。 ☆  アイが外に出ると、そこにはレイが待ち構えていた。 「どうでしたか…?」  不安そうにレイは聞く。 「レイ姉…別に僕は平気だよ。神様になっちゃったんだってさ」  アイはレイに対して"過保護なんだから…"と思う。 「そうですか…身体に異常は無いのですね?」 「うん、ぜんっぜん平気だよ」 「それは…本当に良かった」  少しだけ強張っていたレイの表情は、フッと力が抜けた。彼女は本気で心配していたようだ。 「レイ姉…そんなにかな?」  正直、そこまで焦燥を露わにする必要があるとは、アイは思っていない。 「そんなになんですよ。…貴女は私達からすれば、もうそれはそれは本当に可愛い妹分なんです。だから…」 「大丈夫、僕は幸せに生きてる」 「…すみません。そうですね」  レイもシンと同じく様々な記憶を抱えている。…当然、最愛の妹を失った人生もあった。  レイ自身、そんな事と混同するつもりは無いが、それでも…立てる対策を立てずにアイが殺されてしまったら…きっと彼女は悔やんでも悔やみ切れないだろう。 (レイ姉がそんな顔してると調子狂っちゃうよ…)  アイはそう思う。 (でも…愛されてるなって思うよ)  アイは自然と顔に笑みが浮かぶ。  シンもレイも常に飄々としているが、自身の身内に愛情を捧げる時にそんな事はしない。  愛情を捧げる時はいつだって真剣に捧げる。それはシンとレイの間だって同じだし、彼らがアイに向けるものも変わらない。その逆もしかりである。  それは正面から与えた方が、無駄に歪曲されずに相手に伝わると彼らは知っているからだ。 「レイ姉、僕は…レイ姉が辛くなってシン兄に助けてもらってる事も知ってる」  アイはレイがシンと同様に初めて記憶がフラッシュバックした日に、体調を崩したのをしっかりと覚えている。その直後に彼女が暴走した事もアイは知っている。  当然アイは体調を崩した理由までは知らないが…。 「!?」  レイは当然バレてはいないと思っていた。シンが隠してくれただろうと思っていたし、仮にばれていたとしても、少なくとも病状(フラッシュバック)を繰り返している事はバレていないだろうと思っていた。 「…本当に辛そうな顔をしてるのも知ってるよ」  レイの記憶のフラッシュバックは今も続いている。最近は慣れてきたようだが、それでもやはり、翌日の動きに支障が出るという事はかなり多い。…アイとの試合においてそれが影響した事は無いようだが…。 「・・・」 「シン兄とレイ姉だけで隠してるつもりなのか知らないけど、僕にはバレバレだよ」  アイは本当に不器用だなと思う。  アイは恐らくシンとレイが同じ様な物を共有しているであろう事も知っている。  シンは時々記憶がフラッシュバックした際に、顔色を悪くして起きてくる。その際にアイはいつも聞くが、彼ははぐらかしてしまうのだ。  そして、アイは"僕に言えない事があるのかな?"と思った。…が、彼女にはそんな心当たりは無かった。  そこでシンをアイは問い詰めた。"真偽の魔眼"を使って…。  そこで初めて、シンが何やらレイに関連する事柄を隠している事をアイは知る事が出来た。  恐らくレイが、何かの理由で口止めしている事も知ったのだ。 「レイ姉、僕はレイ姉もシン兄も好きだからに甘えるけどさ。僕は弱音を吐かれた所で嫌いにならないよ?」 「・・・」 「レイ姉には甘やかされたいけどさ…それでもレイ姉が辛い時まで甘やかせるレイ姉じゃなくて良いよ。…別に何かを隠してるから見せてって言ってる訳じゃなくてさ」  アイは硬直を続けるレイに、下から見上げる様に抱きついた。 「それくらいに、僕は今までをこうやって歩いて来た事に満足してる。…レイ姉から見て、僕は立派に見えるかな??」  更にアイがそう告げると、やっと、レイが再起動した。 「…ええ、間違い無く、私達の自慢の妹です」 「うん、ありがとう」  アイはそれを聞いて満足そうにそう言った。 「ねえねえ、久しぶりに添い寝して欲しいなーって…」  更に続ける様に、そうワガママを告げるのだった。 ☆☆☆  一方その頃、シンの部屋では…。 「んっ…ここは…」  吸血鬼の彼女は横になっていたベッドから起き上がり、辺りを見回した。 「…目覚めたな?」  部屋の中に居たシンはそんな彼女と視線が交錯する。 「あ…貴方は…」 「…シンで良い」  吸血鬼らしい紅色の目を見てシンはそう告げる。 「…ここはどこなの?」 「私の部屋だ。ああまで言って、私が面倒を見ない訳にもいかなくてな」  シンは答えて、更にそう加える様に言う。 「ありがとう…」 「・・・」  彼女はそう言って頭を下げた。少しシンは戸惑ってしまったが言葉を発さない事で動揺を封じ込めた。 「私の名はミリアリア・トランジスタ。…いえ、もう亡くなってしまったから只のミリアリアね。…神祖の吸血鬼よ」 「そうか。…名前は初めて知ったよ。私の名はシン、呼び捨てにしてもらって構わない」  シンは名前以外のほぼ全てを既に知っていた。名前を知らなかったのは彼なりの礼儀だとでも言えようか…。 「私もミリ、と呼んで欲しいわ」 「じゃあ、そうしよう」  吸血鬼の彼女‐ミリ‐がそう言い、シンもそれに頷いた。 「…ねえ、シンはさっきああ言ったけど…本気?」  ミリがここで言う"さっき"とは、自身がここに運び込まれる前の話である。 「まあ…、ミリが良ければ…な」 「…ん、私はそれで良いわ。助けてもらった身だし…ああまで言われて引き下がろうとも思わないわ」  ミリに否は無いようだ。 「それに何より…今の私は心の支えが欲しいわ」 「…隠さずに言うんだな」  シンはミリの包み隠さない物言いに少し驚く。 「…だって、強がっても何も手に入らないもの」  ミリは苦笑を浮かべて、シンにそう言う。 「欲を言えば…私の支えになって欲しいわ。それは…もちろん、私も貴方の事を支えるから」  ミリの目に迷いは無い。 (なるほど…嫌いじゃない女性だ)  シンは自身の記憶の通りにして良かったと密かに思った。 「なら取り敢えず、これから1年を私と共に過ごそう。そこで気が合わなければ…解消だ」 「…ん、わかったわ。嫌われない様に頑張るわ」  シンの提案にミリは頷いた。  こうして、シンの恋人期間?とでも呼べそうな日々が始まったのだった。 ☆☆☆☆  更に場面は代わり、レイが造り出したレオンらの住まいでは…。 「レオン、ここの主人はどうなのですか?」  フィリカはレオンと共に眠る寸前、つまり、ベッドに入る直前だが、その時間にシンの人柄をレオンから聞き出そうとしていた。 「んあ? 悪くねえなって思う。俺達を捕まえた奴らみてえに目は濁ってねえよ」  レオンは率直な感想をフィリカに告げた。 「そうですか。…なら良かった」  フィリカはレオンの言葉を聞き心底そう思った。 「フィリにも迷惑掛けたな。俺がもっと強ければ守り切れたかもしれねえのに…」  レオンは自身らが捕まった状況を反芻させながら告げる。 「そう言うのは女性軽視の発言にあたりますよ。私は…貴方とまた、共に歩める未来を得る事が出来て…嬉しいのですから…」  そう言いながらもポロポロと小さな水玉が、フィリカの目から零れていく。 「おいおい…泣いてんじゃねえか…」  レオンは少し焦りながらもフィリカの目頭も拭った。 「だって…」 「わーってるよ…」  フィリカを抱き締めて、レオンはその身体にも種族にも似合わない優しさで背中をさする。 「レオンは悪魔らしくない…」  レオンに抱き締められ、そう零すように言う。 「お前だって悪魔と一緒になってる時点で天使らしくねえよ」  レオンはフィリカにそう返した。 「そんなの…知りません。…私は貴方を愛している」  フィリカは半分天使の血を、半分神の血を継いでいる。そして、レオンは半分悪魔の血を、半分神の血を継いでいるのだ。 「俺だって同じだよ」  フィリカを抱き締めたまま、レオンは彼女と共にベッドに倒れ込んだ。 「…今日はこのままで…」 「おうよ。…おやすみ」 「…おやすみなさい」  そのまま、レオンの巨悪そうな赤黒い腕の中で、銀髪銀目の絶世の美女と言われても可笑しくないような女性は眠りにつくのだった。
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